文献調査研究
松 岡 幹 夫
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結論に在る 「現宗門は、今の大石寺門流の信仰状況が中近世の頃のそれとは劇的に変化している、という点にあまりにも無自覚である。その滑稽さは喩えて言えば、髷を結い、刀を差した侍集団が社会から隔離されたまま現代に生き残り、江戸時代の士農工商さながらの論理でグローバルな大企業に武家への絶対服従を強要し、聞かぬとみるや「切捨て御免」と騒ぐようなものであろう。」 とは、見事な表現。全く同感である! |
宗 学 論 |
「今、その問題点をあげてみれば、 1、近代的学問の方法との比較における宗学の方法の問題 3、宗祖の教学を自己のものとする際の手つづきと宗学の本質との関連 4、その際の宗学の方法 5、近代的学問(隣接の学問方法)との関連 等々が考えられるのであろう」と。 |
現時における正信覚醒運動と今後の進め方 |
亡き望道師の遺言と受け止めるべき論文である。若き僧侶に熟読して頂きたい。
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│日蓮宗に見る教団から宗団への過程について│ |
川澄先生が良く「明治教学」と仰っていた事が気になり、この論文を読んでみました。 明治・大正・昭和という近現代の間に大きく変質していった事が、それなりに理解できました。 大石寺も、この激しい流れに棹さすことなく、漂流してきたのでしょうね。 |
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安房国を旅して、色々なお寺の御本尊様を拝見し、此の論文を思い出しました。 下の論文で、お偉方が色々議論したが、現実は何も変わらないという焦りが聞こえてきます。 池上本門寺の御会式でも痛感したのですが、日蓮宗は「こんなにも寺毎に化儀が異なるのか!」と驚きました。 |
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現在、「現代宗教研究所」の所長をなさっている三原正資氏の若き日の論文である。 之を読むと如何日蓮宗が本尊に迷っているかが良く分かります。学問(教学)の上で本尊を規定しても、其れを教団全体に行き渡らせるのは容易なことでは有りませんね。又、学会(正宗)が本尊論にかなり影響を与えたのではないかが窺い知れるものです。 |
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「中世東国日蓮宗寺院の研究」を読んで、昔、友人から頂いた「興風」に載っていた坂井法曄氏の論文を思い出しました。又、妙真寺でお会いした時の初々しい印象は今でも覚えております。 今では、「御書システム」の構築等にもに貢献していると聞き、陰ながらエールを送っております。 此の論文は、学会員からかなり批判されたという書物を見たことが有りました。 なかなか、目に触れにくい論文なので、ここに上梓しました。 |
「新しい法華門流の各教団は、近代になって出てきたものでありますだけに、一種「煽る文化」あるいは「禁欲的頑張リズム」の側にある。それが今、全体的に行き詰まってまいっておりますから、変な言い方ですが、ここに本流としての日蓮宗のつけ込む余地はあると思います」という見解は面白い! |
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−在家主義法華系新宗教における自己教化運動− |
創価大学文学部社会学科教授の中野毅氏が講演した「学会像」である。 自分が所属していた時は能く判らなかったものが、やっと明確になった。 正宗とは全く「似て非なるもの」ですよね! |
新しい死の文化を求めて |
デーケン牧師(元上智大学教授)の今から10数年前行われた名講演録です。読んでいて時々涙する自分に気付きましたので、是非是非皆様にも読んで頂きたいと思います。 |
シンポジウム 本 |
日蓮宗現代宗教研究所の重鎮方々による「本 |
現代教学への視座 ― 問題点と方向性 ― |
「最後に、この無益とも見える営みを・・・・・一人でも多くの教師に理解され、教団の将来を担うべきこの作業が、一日もはやく教団レベルの認識のもとに、スタートすることに期待を託して、拙い小論の結びとしたい。」との思いは切ない。どの教団でも同じ課題を持つ。 |
日興上人の渇仰恋慕のお心のままに |
最近読ませて頂いた法話の中では出色の内容だと思わせる簗瀬師の法話です。 |
真偽データ |
正信会作成の御書システムに引用されている「御書」の信頼度レベルをデータを紹介致しましょう。文献研究等の成果により、この数字は変わっていくかもしれませんが。 |
川澄語録 |
川澄さんの御書に対する姿勢及び拝読観等々を抜き出して見ました。 |
「御書」研究の最先端へ |
継命に載っていた面白い記事を紹介します。 |
日蓮認識の諸問題 上原專禄⇔田村芳朗 |
ただただ・・・ご尤も! |
法華経の信仰と研究 |
御書というものに一切疑問や不信を抱いた事のない私に、專禄さんは強烈なパンチを浴びせてくれました。 專禄云く、 「ヨーロッパのキリスト教信仰は、聖書に関する文献学的な批判がいかに鋭くたりましても、そのために衰えたとか微弱になったとかいうことは、少しもないと私は考えるのでございます。むしろそういうような学問的分析の研究が厳しくなり、学問的な証明が現われれば現われるほど、以前と違った形ではあるけれども、キリスト信仰というものは深まってくるというようには考えられないだろうか。」 「学問研究が進んだ結果、法華経は釈尊が説いたものではない、あれは紀元前150年位からでき始めて、すっかりでき上がったのは紀元後2世紀の半ば頃であって、ことに最初の形は27品であって後に28品になったのだ、とかいうことが明らかにたることが、信仰を弱めるものででもあるかのような懸念の下に、学問と信仰との分離が行なわれて来ておるように、私には受け取れるのであります。果してそれでいいものだろうか、どういうわけで学問研究が信仰の問題と別だものだということになるのか。学問研究の結果、動揺するような信仰であるならば、そういう信仰は、およそ安っぽい信仰ではあるまいか。」 「日蓮聖人が『智者に我が義破られずば用いじ』といわれましたのは、何も文献学的研究のとではないと思いますげれども、理知的立場で法華経がヨーロッバ流に分析されると動揺するような法華経信仰というものは、いったいどんたものかという疑問が、私どものような者には、出てくるのでございます。むしろ文献学的研究の進展によって信仰そのものの深化が可能なのではないのか。」 私も全くその通りだと思います。ただ信じろという言葉に従うのは将に盲信でしかありえないし、道を説く人の傲慢でしかありえない。詳細は、以下の論文を参考にしていただきたい。 |
御遺文の真偽問題 |
「何か面白い話の種は無いかな」という軽い気持ちで「現代宗教研究所」のコンテンツを漁っていたところ、專禄さんの論文同様に強い衝撃を受けました。夫れと同時に、他宗の僧を蔑視の眼差しでしか見てこなかった自分が一寸恥ずかしくなりました。如何に多くの方々が真面目に調査・研鑽に取り組んでいることか? |