2002(平成14)515(水曜日) 読売新聞  

 

 京都に本山をもつ二大真宗教団が、東京で布教・伝道の新たな展開を始めた。様々な苦悩、現代の課題が渦巻くメガロポリスに親鸞の教えを広めるのが目的だが、背景には少子・高齢化、地方の過疎化が進む中、教勢の衰退に対する危機感もうかがえる。両教団の試みを報告しながら、大都市における伝統仏教の役割についても考えてみたい。

 真宗大谷派(東本願寺)と浄土真宗本願寺派(西本願寺)。門徒数は六百万と一千万(いずれも公称)の巨大教団。しかし、関西や真宗王国といわれる北陸などと比べれば、首都圏での教勢は弱い。

 しかも門徒の基盤は主に農・山・漁村部であり、高齢化や過疎化の影響は深刻。いったん都会に出た門徒とは縁がきれてしまうことが多い。それだけに未開拓の地首都圏における布教・伝道は、教団の将来にとって重い意味をもつわけだ。

 こうした状況を視野に入れて、大谷派は東京・文京区に「親鸞仏教センター」を設立、先月二十六日に開所式を行った。練馬区の真宗会館が首都圏の開教・教化基地であるのに対し、センターは現代社会に親鸞の教えを生かすための研究拠点。政治・経済・文化など、最先端の情報が飛び交う東京で、時代の風を感じながら親鸞の思想・信念を現代的に吟味し、社会に発信していくのがねらいだ。

 スタッフは本多弘之所長を含め、計十人。研究会などを通して、様々な分野で活躍する有識者らと交流し、開かれたネットワークをつくるほか、機関誌「アンジャリ」(年二回刊行)で、執筆者とともに現代の課題について考える。本多所長は「現代人の苦悩に正面からぶつかってこなかった伝統教団や寺の責任は大きい。宗門を取り巻く情勢が厳しい今こそ、親鸞聖人の大谷派の開教・布教の基地「真宗会館」(東京都練馬区)教の核と位置づけ、講座の開催などによって教えや情報を発信しつつ、寺院・布教所を増やしていく方針。いわゆる離郷門徒対策にとどまらず、新しい門徒を掘り起こし、念仏の輪を広げていこうという構えだ。

 山内所長は「これまでも伝道の努力はしてきたが、個々の僧侶の自発性に頼る傾向が大きかった。今後は組織として本格的に取り組みたい。伝統にあぐらをかいていたのでは教団の長期低落は目に見えており、一歩前に出る姿勢が求められる」と力説する。

 寺院や布教所を開設するといっても、人材や費用の確保は容易ではない。既存寺院と競合しないような配慮も必要だ。また、オウム事件以降、伝統仏教とはいえ、宗教施設というだけで世間の目は冷たい。こうした課題を洗い出しながら、伝道の方法論やシステムの構築を目指す。

 このほか、浄土宗も水谷幸正・宗務総長の陣頭指揮で、東京における情報発信・広報活動の強化をはかっている。「知恩院のある京都と比べ、東京での法然上人の知名度はきわめて低い。あらゆる情報の発信地・東京で上人の知名度をあげ、その思想と心を全国、さらに世界へ伝えるのが今世紀の課題」と袖山栄真・東京事務所長は語る。

 例えば、昨年十一月、法然をテーマにシンポジウムを開いたが、これを毎年続けていく考えだ。

 各教団関係者は「東京は何ごともテンポが速すぎる。忙しさの中、仏教に対する信仰心や関心が希薄な印象さえ受ける」と口をそろえる。確かに、葬儀や法事以外に寺へ行く人は少ないだろう。家の宗派を知らない人も結構いる。

 こうした傾向は都市部で顕著だが、全国的に広がりつつあるようだ。

 本紙の昨年末の世論調査によると、何か宗教を信じている人は22%。二十歳代では7%、七十歳以上も前年より6%減って31%にとどまっている。既成教団にとって厳しい状況であることは間違いない。

 しかし、他方で「癒やしブーム」など、心の問題への関心は決して低くない。仏教書や人生読本的な著作の刊行点数も多い。

 宗教学者の井上順孝・国学院大教授は、こう見る。「深刻な悩みを抱え、生き方を模索している人はたくさんいる。大都市圏でも、仏教に対する潜在的期待は大きいはず。寺に人を呼び戻そうという発想ではなく、自ら寺の外に出て、積極的に教えを広める姿勢が必要だ。失敗を恐れることなく、組織として考え、行動する時期だろう」日本人の宗教意識が変化する中、これら教団の首都圏での試みは、どんな展開を見せるのか。伝統仏教教団の真価が間われる場面でもある。

 

 

    戻る