100年後に遺す歌
永田和宏
1年あまり前に『近代秀歌』 (岩波新書)という新書を出した。
近代の歌人三一名をとりあげ、その代表歌(と、私が思うもの)100首について、鑑賞を附したものである。斎藤茂吉の11首を筆頭に、与謝野晶子、石川啄木9首、若山牧水8首などと続く。
この本では、私は珍しく読者へのかなり強いメッセージを意識していた。帯には「日本人ならこれだけは知っておきたい 近代の歌100首」と刷られているが、ここに第一のメッセトジは集約されている。
本当は、私の思いはもう少し過激で、「知っておきたい」の部分は、「知らなければ恥だ」という気分だったのだが、あまりに挑戦的すぎて却下。
「知らなければ」というのは、覚えていなくてはというつもりではない。どこかで聞いたことがあるとか、一部だけ覚えているとか、そんな程度でいいのである。
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その背景には、我々世代とこのごろの若い世代が、それぞれ「知らない」と言うときの、その態度あるいは口調における甚だしい落差がある。「知らない」と言うことに対する慎みの気分と言ってもいいだろうか。若い人たちが「知らない、わからない」と言う時、その言葉にほとんど内的な抵抗感が感じられないことに危倶を抱いている。平然と発せられる「知らない」という言葉は、そんなことには「興味ないよ」という拒否のシグナルでもあるようだ。
「本来知っているべきなのだが、たまたま知らなくて済みません」という恐縮の雰囲気がほとんどない。あるいは、相手が知っていることを自分が知らないのは恥しい、悔しいという風にも感じないらしい。知っておいたほうがいいことを知らない自分を、相対化して見る視線がほとんど感じられないと言ってもいいだろうか。
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『近代秀歌』は、今春、6つの大学で入学試験問題に採用されたのだそうだ。驚くとともに、素直にうれしかった。大学生になったばかりの学生に読んでほしいという強い思いがあったからである。
なかに一校、この私のメッセージに直接触れている「おわりに」の部分が出題されていて、これもわが意を得たりという気分だった。
『近代秀歌』が本になってから気づいたもう一つのメッセージは、歌を本棚に奉っておくのではなく、日常のなかで思い出してやろう、口ずさむうというものであった。「本棚から歌を解放しよう」と言ってもいい。どんなに優れた歌でも、それが語られる湯が・、雑誌や本の評論のなかだけであるのは、歌にとって少しも幸せではないのではないか。歌は日常の端々に、人々の口に登ってくる、あるいは意識の端にちょっとひっかかる、そんな思い出され方をするときにこそ、その本来の輝きを持つはずなのだ。
『近代秀歌』の「はじめに」のなかで、「友人と一緒に酒を飲む。『〈酒はしづかに飲むべかりけり〉なんて牧水は言ったけれど、こうしてわいわい飲むのもいいよなあ』と誰かが言う。『そう彼はほんとに酒が好きだったから、一合が二合になって、どんどん進むって歌もあったよね』と応じる奴がいる。『だから、彼が亡くなった時、遺体はアルコール漬けみたいになって、しばらく腐らなかったそうだよ』と言う奴もいる。こんな会話がさりげなく交わされる飲み会の場は、魅力的ではないだろうか。」と書いている。こんな風に、日常にさりげなく顔を見せる歌、そんな思い出され方こそが、歌にとっての幸せであろう。
私たちは和歌1400年の歴史のなかで蓄積されてきた作品を財産として受け継いだ。近代短歌についても然りである。歌は日本人にとって、感性の基盤を成しているというところがある。それを知らないのは損であるが、損得を越えて、それを共通の話題にできないようでは、基本的な知的基盤の形成、教養というのの形成が危うくなる。
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歌人の馬場あき子が、「いい歌を作るのも歌人の責任だが、いい歌を遺すのも歌人の責任だ」と言ったことがある。いい言葉だ。まさにそのとおりと、私はあちこちで吹聴している。
先の世代から遺してもらった歌を、次に送り遺すこととともに、現代という時代が生み出した新たな作物を次世代に遺す仕事も、同じように歌人にとっての責任である。
同時代のさまざまの評価のなかで自分の作品を磨くのも歌人として当然の作業であろう。しかし、現歌壇の評価に一喜一憂するのではなく、現代の歌を後の世に遺すという大切な作業があることを忘れたくない。
そんな意味を込めて、『近代秀歌』の続編『現代秀歌』を出すべく、いま仕上げの段階に入っている。今回は、一〇〇人の歌人の、一〇〇首の歌を取り上げて、解説鑑賞をすることになった。
「いい歌を遺す」と言っても、いい歌とするには、同時代の歌はまだ時間の濾過作用を経ていない。選歌は、勢い、アンソロジーを編む人間の趣味や嗜好に左右されやすくなる。当然のことだ。要は、現代に作歌括動をしている多くの歌人たちが、それぞれ自分だけの一〇〇首を選ぶことであろうと思うのである。ひとりの択びが絶対ではないが、100人が選べば、そのアンサンブルとして、遺すべき100首はおのずから定まってくる。いい歌は自然に残っていくなどというのはあまりに楽天的な怠慢あるいは倣慢である。
帯には「500年後に遺したい現代の歌100首」と記したいものだが、いくらなんでもということで、「100年後」くらいになるのかも知れない。