第8章 弱者が強者となる戦争の未来

 

 

中国の台頭、技術の拡散、新しい形のテロ戦争などでアメリカの超軍事国家としての優位性は、さまざまな領域で崩れ始める。

そうした中で、核戦争の危険は冷戦時代以上に高まる。

 

 

 国防計画の立案担当者たちはいつも決まって言う。自分たちの目標は柔軟性と適応性を兼ね備えだ軍隊を創ることだ、と。次の戦争の形態がどんなものになるか、どんな種類の戦闘部隊が必要となるかについて、予測がむずかしいことを知っているのだ。もちろん計画立案に予測は必要だが、ひとつの予測に大金を賭けすぎれば、賭けがはずれたときの結果は国家の滅亡になりかねない。こと戦争に関するかぎり、数10年どころか10年先の予想さえむずかしいのだ。

 2010年度のイギリスの戦略防衛安全保障レビュー(SDSR)は、専門家の予測がいとも簡単にはずれることを示している。英国のデイヴィッド・キャメロン政権は、国防予算の持続可能性を高める努力の一環として、10年のあいだ空母攻撃能力を持たないというリスクをあえて選択しだ。しかし、SDSRのインクが乾かぬうちに、キャメロンはリビアの反政府勢力の救出と、彼らの命を脅かす独裁者、ムアンマル・カダプイの(事実上の)打倒に乗り出した。不幸にも、対リビア作戦で最も活躍するはずの資産、英国海軍の航空母艦アークロイヤルとハリアー垂直離着陸機は、ちょうどスクラップエ場へ送られたばかりだった。

 イギリスのSDSRがかくも簡単に水準に達していないレポートだとばれてしまったのは、それが、経費削減の必要から書かれたものだからだろう。

 2001年初頭のドナルド・ラムズフェルドは、どうだろうか。アメリカの国防長官として2期目に入ったとき、ラムズフェルドは国防総省の遠大な改革の実行に取りかかった。彼の見立てによれば、米軍の高級将校たちが懐古主義的にしがみついているのは、ソビエト連邦の脅威に直面していたころに必要とされた能力だった。”先見の明”を持つラムズフェルドは、歩兵とそれに随行する重金属――数1000の戦車と大砲とジェット戦闘機、そして、果てしなく後方へ伸びる補給線――を大量配備する基本方針から離れ、もっと柔軟性が高く、もっと小回りがきき、必要な場所へ即時に派遣でき、最新の通信技術を活用でき、戦場の迅速な制主が可能な部隊を中心に据えようとした。イラク戦争後がここまでひどくなったのは、伝道師を彷彿させるこの国防長官の熱意も一因として挙げられる。

 2001年9月11日のような事態を、ラムズフェルドは最悪の悪夢の中で見ていたかもしれない。しかし、9・11の当時に、アメリカが今後10年にわたって1兆3000億ドルを費やすと言ったら、二つの産業規模の対ゲリラ戦争を”地上軍”で戦うことになると言ったら、彼でさえ正気の沙汰ではないと思っただろう。

 今のところ、振り子は逆戻りしたままだ。アフガニスタンのような”一般市民に混じっての戦争”は、複雑な対テロ活動が必要なだけでなく、地元の軍部隊を訓練し、さまざまな形で民生能力を構築しなければならない。アメリカとイギリスの軍事計画担当者の一部――とりわけ陸軍上層部――は、準備をしておくべき最大規模の戦争は、この種の戦争だけだと考えている節がある。しかし、それとてどうなるかはわからない。

 弱体化する国家と聖戦テロの問題は、かなりの長期にわたって、わたしたちを悩ませつづけるだろう。他方、イランとイラクに対する介入の天文学的な出費と(現時点で)不透明な成果は、かなりの長期にわたって、同じ轍を踏まないだめの懸命の努力を、欧米の政治指導者たち(アメリカの大統領と言い換えてもいい)に強いることとなるだろう。言葉を換えれば、現在と違う未来が確実に訪れるのである。どう変わるかはまだわからないが……。

 

 

不確実性が高まる

 今後40年間を見通すとき、欧米の軍事戦略担当者にとって良い知らせは、20世紀の同業者と違って、国家存亡の脅威にまったく直面していないという点だ。2つの世界大戦の戦死率がきわめて高かったことと、とてつもなく危険な米ソ間の核のにらみ合いが終結したことは、大国同士が無制限の戦争を行なう可能性を、近代国民国家の誕生以降で最も低い水準に抑えてきた(可能性が皆無なわけではない)。じっさい、あらゆる形態の戦争における戦死率は、過去半世紀のあいだに劇的に低下してきている(図8.1を参照)。

 悪い知らせは、不確実性が格段に高まった点だ。国防計画の立案者はどんな種類の紛争に備えるべきなのか? 脅威はどこからやってくるのか? 急速に変化する技術は味方と敵に何をもたらすのか? たとえこのような不確実性――来月に発生する出来事が、2001年9月11日のように、すべての予想を根底から覆すかもしれない――が存在するとしても、やはり立案者たちは意思決定を行なわなければならず、ここで下される決定は、今後40年間の戦争のありように大きな影響を与えうる。なぜなら、新しい武器システムの開発には時間がかかり、開発された兵器は、長く使われることになるからだ。

 F‐35統合打撃戦闘機を例にとってみよう。国防総省によれば、この人類史上最も高価な国防産業プロジェクトには、すべて込みの料金として1兆3000億ドルの値札が貼られている。2020年ごろから少なくとも2065年まで、F-35はアメリカと西側諸国の空軍の主力を担うことになっている。信じられないほど複雑なソフトウェアとセンサーを搭載し、あらゆる任務の遂行が可能なF-35が、極上品であることに疑いの目を向ける者は少ないが、批判派は膨らみつづける巨額の開発費(もともとはかなり安価な戦闘機として開発が始まった)と、600マイルという短い戦闘行動半径(発進基地、とりわけ航空母艦が攻撃されるリスクが高まる)を問題視する。批判派の主張によれば、今すぐ米軍に必要なのは、長距離攻撃に特化した戦闘機であり、中長期的に見ると、長距離以外の作戦行動の大部分は、さまざまな種類の無人機(UAVもしくはドローンと呼ばれる)によって遂行される確率が高い。大量のF‐35の購入――国防総省は現時点でも2400機以上の保有をもくろんでいる――は、きわめて賢い判断にもなれば、きわめて愚かな判断にもなりうる。充分な資金があるなら、すべてを手に入れようとする姿勢は理解できる。しかし、予算が緊縮していく現状を見るかぎり、将来の軍の占い師たちには、掛け金を分散する余地はほとんどないはずだ。

 明日の戦争の引火点を予測するのは、おそらく簡単な部類に入るだろう。将来においても、人々の争いの源はこれまでと変わらないはずだ。資源、領土、部族、宗教、イデオロギー、国家同士の対立が引き起こすあらゆる緊張と誤断……。ただし、これらがどう組み合わさったときに毒性を持つかという点は、おそらく変化していくだろう。今後40年間、世界人口が(現在の約70億から)90億を超えていくにつれ、そして、地球温暖化が確実になっていくにつれ、資源を巡る争いと、争いが引き起こす社会の不安定化は、間違いなく大きくなると考えられる。世界が数年以内に”石油生産のピーク”を迎えるという予想は、新たな油田の発見や、深海掘削の技術の開発や、シェールオイル(とシェールガス)の抽出手法の商業化などによって覆されてきた。しかし、多くの産油国(中東だけではない)における不安定な政治状況と、国家的要因でも非国家的要因でも混乱が起きやすい湾岸諸国の脆弱性と、氷が消えた北極海の豊富な資源を巡る国際紛争の可能性は、いまだ消え去っていない。

 しかし、2050年までのあいだに、最も大きな争いの種となるのは石油ではないかもしれない。時間と創意工夫があれば、石油の代替物は数多く登場するはずだ。しかし、水はそうはいかない。水は生命に欠かせない成分だ。気候変動や集約農業の技法や激しい人口増加からの圧力は、それぞれが水資源に悪影響を与える。すでに部族紛争の火薬庫となっていて、アルカイーダの拠点でもあるイエメンは、2015年までに水が枯渇する最初の国となるかもしれない。核兵器で武装し、テロリストによって分断され、過剰な人口を抱え、慢性的に不安定なパキスタンでも、棉花と米の潅漑用水を提供するインダス川は、かつての勢いはどこへやら、今では海へたどり着く前に、哀れを誘うような細流となってしまった。中東間題の和平調停にも、水は最大級の障害となっている。ヨルダン川の水源域と、西岸地区の帯水層を利用できなければ、イスラエルの生活様式は変化を余儀なくされるだろう。水問題は中国の華々しい成長を脱線させ、国内に緊張状態を引き起こす可能性があり、将来の政府は国民の目を間題からそらすため、もっと攻撃的で冒険主義的な外交政策をとる誘惑に駆られるかもしれない。水不足と気候変動は、大規模な人口移動の原因となる可能性も高く、もっと待遇の良い国へ入りたい人々と、それを阻止したい人々のあいだに、武力衝突を引き起こす場合もあるだろう。

 領土紛争が大きな戦争につながることは稀だが、小さな戦争は数多く誘発されている。1982年にアルゼンチンとイギリスのあいだで勃発したフォークランド紛争は、昔からの恨みつらみが軍事上の無謀さや便宜主義(もしくは自暴自棄)と合体したとき、最も意外な場所で、最も意外な形で顕現することを明らかにした。カシミール地方やイスラエルの占領地は、間違いなく、21世紀における世界屈指の危険な火薬庫でありつづけるだろう。しかし、アメリカの軍事計画立案者の警戒リスト上では、台湾海峡が右肩上がりでランクアップしていくと予想される。なぜなら、中国政府が独善性を強め、能力を拡大する中国軍がいじめや蛮行に走ると、アメリカがこれらの事態に直面するリスクが増大するからだ。中国といくつかの隣国のあいだでは、西太平洋の島々(と周辺の天然資源)を巡って緊張が高まっており、状況がいつ悪化してもおかしくない。

 

 

イデオロギーから宗教の戦争へ

 今世紀を前世紀と比較したとき、おそらく最大の驚きは、対立の供給源としてのイデオロギーが没落した一方で(中国式の国家資本主義は、西側自由主義に対する代替モデルになるかもしれないが、改宗志向と領土拡張志向はソビエト共産主義ほど高くない)、宗教がかつての残忍な才能を取り戻し、ふたたび人々を分断して戦争に引き込みはじめたことだろう。2011年の”アラブの春”(訳注:アラブ諸国で起こった大規模な反政府抗議運動の総称)で希望が芽生えたものの、イスラム過激派は欧米の価値観に対する長い闘争を続けると予想される。組織としての聖戦テロであれ、国家としてのテロ支援であれ、彼らはアメリカとその同盟諸国の権益を可能なかぎり弱体化させ、軍事活動のための時間と資金を大量に吸い上げようとするはずだ。アフガニスタンの経験を繰り返したくないという欧米の姿勢と、あからさまなケース以外では自由主義的介入主義の負担を賄いきれないという考え方は、衰えゆく国家や壊れやすい国家の数を増やし、テロ・ネットワークの選択肢の数を増やしてしまうだろう。大多数がヒンズー教徒のインドとイスラム教国のパキスタンが、カシミール問題(宗教問題でもあり領土問題でもある)で折り合いをつけられなければ、繁栄の度を高めるインドの領土内には、散発的ながらも派手なテロ攻撃が加えられ、やがては我慢の限界が訪れると予想される。この結果、世界で初めて核保有国同士の戦争が始まり、世界で初めて核ミサイルの撃ち合いが起こるかもしれない。

 神政主義と拡張主義をとるイランの政権が、転覆させられるか、みずから野望を抑え込むかしないかぎり、中東におけるイスラム教シーア派とスンニ派の緊張は高まりつづけると予想される。イランの提携組織、とりわけレバノンのヒズボラとガザ地区のハマスは、アラブ諸国にとっての脅威というより、イスラエルにとっての脅威にとどまるだろう。しかし、イランが核兵器の生産能力を持ったとき(仮定ではなく時間の問題)、核兵器が実際に生産されるかどうかにかかわらず、アラブ諸国はアメリカの庇護に頼ろうとはしないだろう。すでにアメリカは信頼できない同盟国と見なされ、中東における影響力の低下を見透かされているのだ。結果として、サウジアラビアとエジプトは核兵器の入手に走り、かつてイランと同じ道を目指したイラクとシリアも、この動きに追随する可能性が高い。宗教的に分断された気むずかしい中東諸国のあいだで、冷戦時代の米ソのように、安定した抑止が機能することも考えられるが、これは大胆な想定の部類に入る。

 紛争を引き起こす潜在的原因の多くは、21世紀前半を通じて効力を保ちつづけると予想される。戦闘行為そのものと、戦争遂行に利用される技術は、困惑するほどのスピードで変わっていき、数多くの技術の拡散は、西側諸国全般を、とりわけアメリカを大いに悩ませるだろう。また、長期的な地政学上の推移は、現権力にとって潜在的脅威でありつづけるはずだ。米国のシンクタンクのRAND研究所は、2011年に行なった研究の中で、2050年まで加速すると見られる軍事分野の主要トレンドをいくつか特定した。そして、アメリカの軍隊は陳腐化の危機に直面していると結論づけた。

 

 

アメリカの軍事優位性が揺らぐ

 軍事分野に見られる第一のトレンドは、技術そのものの変化と技術の普及方法が、今まで盤石だった欧米の軍事支配を、浸食する方向に働きやすいという点だ。将来の敵対勢力は、比較的高性能の武器を持つこと、もしくは、効果の高い非対称戦術をとることが可能になるだろう。

 ほとんどの人々が思い出せる範囲内では、軍事活動の四つの領域(陸・海・空・宇宙)すべてにおいて、アメリカが圧倒的な技術の”優位性”を享受してきた。しかし、この状況はもう長続きしないだろう。インターネットを基盤とする既成の通信手段と暗号化ソフト、安価な精密誘導ミサイルと迫撃砲、人間が持ち運びできる新型の防空兵器、対衛星システム、対艦ミサイル、核弾頭を搭載できる高精度長距離弾道ミサイル……。これらは潜在的な敵の能力を劇的に向上させるはずだ。将来の敵の中には、新たに台頭しつつある中国などの”相措抗する”ライバルや、ヒズボラなどの非国家組織も含まれる。前者は、先に挙げたような能力をすべて備え、他の勢力にも能力の付与を行なっている。後者は、いくつかの能力しか持っていないものの、装備と訓練の充実した通常軍に対して甚大な効果をあげうることは、2006年のレバノン戦争ですでに実証済みだ。

 現在では、第五の軍事領域が存在する。サイバー空間だ。本質的にサイバー戦争は、軍事面では貧弱でも技術面で熟達した国(と、これまで取るに足らない存在だった非国家組織)に、不釣り合いなほど大きな力を授ける傾向がある。事態をさらに複雑化させているのは、合理的な確度でサイバー攻撃の源を特定できる見込みがないかぎり、適切な対策を講じることも、将来の攻撃を抑止することも、きわめてむずかしいという点だ。

 第二のトレンドは、(欧米にとって)おおむね敵対的な戦略地政学上の動きがいくつも折り重なることだ。これらの動きは、21世紀の軍事計画立案者が取り組むべき脅威の範囲と複雑さを示している。脅威のひとつとして挙げられるのは、不安定な地域における核兵器の拡散だ。国連安全保障理事会の核保有国、すなわち”常任理事国五ヵ国”の主導のもとで、国際社会が協調した行動をとらないかぎり、すべての核兵器を排除することはできないだろう。二番目に挙げられる脅威は、聖戦に突き動かされるテロリズムだ。21世紀最初の10年間の経験で傷を負ったアメリカと同盟国は、無制限な対ゲリラ作戦や、非友好的な遠隔地での国造りの支援を実施しようとはしないだろう。三番目の脅威は、アメリカがほぼ独占してきた宇宙を基盤とする軍事システムを、新興勢力が着々と手に入れていることた。第五の軍事領域もしくは作戦区域となったサイバー空間では、戦力は見劣るものの技術の高い勢力が、強大な敵の軍事インフラと民間インフラに脅威を与えられる。最後に挙げる脅威は、東アジア地域――日本、韓国、そして最も明白な台湾を含む――におけるアメリカの安全保障体制を脅かすほど、台頭著しい中国が軍事大国としての力を身につけることだ(図8.2を参照)。

 

 これらの脅威が意味するのは、少なくとも過去20年のあいだ、アメリカに無競争の軍事優位性を与えてきた米軍が、数を増す難局に次から次へと襲いかかられるという事態だ(図8.3はアメリカの現在の権勢を示している)。

 

アメリカ軍の最大の懸念は、技術進歩の多くが非対称戦争を促すこと。このような状況になれば、ハイエンドな軍隊の長所は、比較的ローエンドな手段で毀損もしくは無力化される可能性がある。極端な例だが、イラクとアフガユスタンでは、最先端の装備に身を固めた欧米の熟練兵が、携帯電話機で起爆する即席の手製爆弾に苦労させられてきたのだ。少しスケールを大きくすると、イランが流通させる数100ドルほどのミサイルのせいで、イスラエルは自国の軍隊を守るために、最新鋭の防衛システムに数億ドルの支出を余儀なくされている。さらにスケールを大きくすると、中国が、アメリカの航空母艦群を太平洋の端に追いやるために戦力増強をしていることがあげられるだろう。

 空母を巡る問題は、軍事に関する幅広いトレンドをはっきりと示している。アメリカは長いあいだ、いつどこへでも戦力を派遣できる空母打撃群に依存してきた。じっさい、米軍の空母打撃群はつい最近まで、ほとんどなんの損害も受けずに、仮想敵国の海岸付近で活動することができた。打撃群はそれ自体が巨大な攻撃力を持つだけでなく、すばやく周辺空域の制空権を握ることで、地上部隊をほぼ無傷で上陸させられる。アメリカ軍の世界覇権を示す象徴として、11の空母打撃群に勝るものはない。しかし、今後30年問にわたり、打撃群の脆弱性は高まっていく可能性がある。新型のフォード級航空母艦は、艦載機とミサイルをフル装備すると、150億〜200億ドルの標的となる。この数字には、空母を防御・支援する随伴艦(潜水艦一隻、巡洋艦二隻、駆逐艦最大三隻、フリゲート艦数隻、補給艦一隻というような構成)のコストは含まれていない。

 戦略上の難題の数と種類は、警報を鳴り響かせている。従来型戦力を展開する際のリスクやコストを過剰に高める技術的トレンド。テロの国際ネットワークの形成。つたない統治や、人口増加や、気候変動や、水供給の不安定化か原因で滅びゆく国々における人道的危機。核武装した国々における政権の不安定化もしくは先鋭化。資源に対する貪欲さと独善性を強め、軍事面でアメリカと”相措抗する”国々の急激な台頭による緊張……。現在から2050年までのあいだに、戦争のありようと戦争を防ぐための方策は、確実に大きな変化を余儀なくされるだろう。しかし、人口の高齢化と、労働力の減少と(移民で補充される場合は除く)、医療費の膨張という制約によって、国家予算に占める国防費の比率が右肩下がりで推移する中では、アメリカと西側富裕諸国が変化のために振り向けられる富の割合は縮小していくだろう。

 軍事優位性の浸食を防ぎたいなら、アメリカは今後数10年間に、気が遠くなるほど大きな能力の獲得を迫られるはずだ。いくつか例を挙げよう。高精度迫撃砲や長距離弾道ミサイルなど、各種誘導兵器から基地や戦場の兵士を守る能力。攻撃を受けても機能しつづける情報・監視・偵察(ISR)システム。敵の防衛システム(潜水艦から地対空ミサイルまで)を広範に制圧する能力。長距離攻撃用の航空機。核兵器の発射施設など、地下深くの目標を破壊できる弾薬。敵の攻撃を生き延びられる海軍基地。身軽な自国軍部隊と、装備と経験に優れる地元軍部隊を組み合わせ、対テロ作戦と対ゲリラ作戦を遂行する手法……。

 これらの要件の大多数は、技術的に実現がむずかしく、コストも高くつくと考えられる。たとえば、射程距離の違う数種類の迎撃ミサイルを使えば、地上海上を問わず、部隊を守る多層構造の防衛網を構築できる可能性はあるが、目玉が飛び出るような費用がかかる。空中から発射するレーザー兵器は、まだ期待どおりの成果を出せていない。ほぼリアルタイムで機能するISRの大部分を、脆弱な低軌道衛星に頼っている現実を考えると、システムの復元性を適切に確保するには、別系統の基盤を整備する必要があるだろう。

 重要性を持つと予想されるのは、F-35のような短距離戦術航空機を前線基地や航空母艦から運用する能力だ。同型の”僚機”で空中給油を行なえば、戦場を遠く離れた基地からの出撃が可能となるだろうが、このような兵器の存在そのものが、先制攻撃の誘因になると見なされるかもしれない。アメリカ空軍の優先事項リストの上位には、B‐52の後を継ぐ長距離爆撃機の開発が記載されるだろう。1946年に構想されてから100年近くたっても、B‐52はまだ現役で飛びつづけている可能性がある。

 

 

ロボットの戦争

 標的攻撃の一瞬のチャンスをものにするため、性能が上がりつづける無人機(UAV)を”目と耳”として使用する需要は、かなりの水準まで高まっていくだろう。そして、2050年の世界では、作戦行動のほとんどでUAVが有人機に取って代わっているだろう。UAVへの依存は、戦闘のロボット化というもっと幅広いトレンドの一部である。紛争の現場から遠く離れた場所で技術者が操作するシステムは、当然ながら、倫理的にも法的にも問題を引き起こしており、今後もこれらの問題が消えてなくなる可能性は低い。

 なんらかの技術的修正によって、対ゲリラ作戦に必要な資源を減少させられるかどうかは、今後何10年ものあいだ論議の争点となるだろう。試行される可能性が高いのは、高度にネットワーク化された特殊部隊と、遠隔操縦される武装UAVを組み合わせ、地元軍の治安維持能力を向上させるというモデルだが、皮肉にも、これはラムズフェルドが思い描いたモデルとそっくりだ。このモデルが失敗すれば(経験上その確率が高い)、軍は厳しい選択を突きつけられることとなる。従来型手法での目的達成に必要な戦力をかき集めるか、それとも、国家安全保障上のやむにやまれぬ局面だけに限って人力集約型の作戦を遂行するか。

 もしも2050年までに、中国の地域支配の強化が主たる原因となって、アメリカの軍事至高性の維持という選択肢が現実的でなくなった場合、アメリカの戦略家たちは正式な軍事同盟の再興を望むに違いない。冷戦時代のほとんどの期間、ソ連との荒っぽいパーティーを特徴づけていたのは軍事同盟だった。しかし、2050年の世界における最も重要な同盟は、昔のようにヨーロッパではなく、インド洋から西太平洋にかけての地域で結ばれているはずだ。このような同盟がNATO――緊密な防衛連合としての役目は終えている可能性がある――と似たものになるかどうかは、中国が近隣諸国やアメリカとの関係をどう扱うかにかかっているだろう。経済上の協力的競争(新造語で”コーぺティション co-opetition"と呼ばれる}という従来の針路を保って、おおむね国際システムの規則の中で活動するのか? それとも、高まる国内の緊張によって、もっと厄介で喧嘩っ早いライバルとなるのか?

 

 

中国という難題 

 1996年、中国が台湾近海で弾道ミサイルの実験を行なうと、アメリカは一線を越えるなと中国に警告するため、躊躇なく台湾海峡に二個空母打撃群を派遣した。今後20年間のスパンで見ると、いや、今後10年間のスパンで見ても、台湾を巡つて米中間に危機が発生しても、将来のアメリカ大統領が充分な自信をもって、1996年のような示威行動に踏み切る可幾性は低い。中国の野心的な軍近代化計画は、アメリカと対等になることを目指していない。最も好戦的な人民解放軍(PLA)の将軍でさえ、そうなることを想像すらしていないし、そうなることを望ましいとも思つていない。とはいえ、アメリカによる東アジアヘの空海戦力の投入を、もつとむずかしくしたい、もっと危険にしたいとは思っている。中国の戦略的目標は、作戦区域に入ろうとする米軍を足止めし、中国軍の支配地域内で活動する場合に、許容範囲な上の損失が出ることをアメリカに覚悟させることなのだ。 

 この目的を達成するため、中国は反撃能力に力を注いでいる。攻撃対象は、東アジア地域の米軍基地と、水上艦(特に空母)と、米軍のC41SR(指揮・統制・通信・コンビューター・情報監視・偵察の略)が依拠する衛星とデーターネットワークだ。ワシントンDCに本拠を置くシンクタンクの戦略予算評価センターは、中綴の軍事力の増大ぶりとアメリカに及ぶ潜在的影響を分析し、2020年までのスパンで、中国の戦略の重大な要素をリストアップした。海・空・宇宙を監視するだめのレーダーと衛星とUAV。各種弾頭を搭載した数千基の地対地ミサイル。地上目標と艦船を標的とする数千基の巡航ミサイル。機動誘導弾頭を搭載する数十基の対艦弾道ミサイル。完全に一言管理された多層構造の防空ンステム。多数の ”第4世代”の制空戦闘機。巡航ミサイルと音響追尾魚雷を搭載する攻撃型原潜を少なくとも六艦強力な潜水艦隊。指向性エネルギーや運動エネルギーを用いる対衛星兵器。そして、洗練されたサイパー戦争遂行能力。中国はこのような戦力を整備することで、危機が勃発したとき、アメリカの航空母艦と、西太平洋の米軍基地から飛来するの航空機を抑止したいと顧っている。具体的な目標は、アメリカの空母と航空機を”第一列島線”の内側で活動させないことだ。”第一列島線”とは、中国が設定した防衛境界線で、おざっぱに言うと、北のアリューシャン列島から日本列島を経て、台湾、フィリピン諸島、ボルネオ島まで引かれている。中国の戦力家たちは、2050年までに、防衛戦を”第二列島線”――小笠原諸島からマリアナ諸島やグアム島を経てカロリン諸島へ至る線――まで拡したいと望んでいるはずだ。中国と近隣諸国、もしくは、中国とアメリカの関係が悪化し、”冷たい戦争”ならぬ”涼しい戦争”に突入し、衝突のリスクが極めて高くなる、というのは必然的なシナリオではない。しかし、中国が台頭するにつれ、アメリカの影響力が低下していくだろう。アメリカが東アジア地域への戦力投入能力を維持し、同盟国に対する防衛能力も維持することを示せないかぎり、膨張し続ける中国の独善性は、もっと大きな脅威の源となるはずだ。

 

 

新たな核の脅威

 アメリカの国防計画立案者たちが中国に固執し(この点は理解できる)、サイバー戦争という文明への脅威にパニックを起こしているにもかかわらず(パニックを注意深くかき立てているのは、右肩上がりで資力を増やすIT産業)、21世紀前半に人類が直面する最大の危険は、前世紀後半のほとんどのあいだ、最大の危険だったものとまったく同じである。それは核兵器の使用だ。長い冷戦のあいだ、米ソ両国は互いの敵対関係をうまく調整する方法を身につけてきた。一度ならず戦争の瀬戸際まで追い込まれたこともあったが、両国は恐怖の均衡を維持するすべを学び、故意にせよ偶然にせよ、核兵器の使用の確率が最も低くなる仕組みを、着々と築き上げてきたのだ。

 新規の核保有国はこのような経験を持っておらず、(地理のせいで)米ソ間のように"戦略的間隙”を享受できる国はほとんどない。核兵器の大量保有と、潜水艦のような脆弱性の低い運搬手段によって、報復能力を確保している国もほとんどない。核兵器の保有量が比較的少なく、予測できない国もしくは信頼できない国が近隣にある核保有国の場合、今後50年間に核兵器の使用に踏み切る確率は、過去50年間のアメリカとロシアよりかなり高くなるだろう。地球を滅亡させる大国同士の全面核戦争の危険性は減少してきたが、数百万人を死に至らしめ、紛争地帯以外の環境と経済に広く中期的悪影響を及ぼす地域核戦争は、勃発の危険性が指数関数的に上昇していくと予想される。核拡散の動きを減速させ、停止させ、逆戻りさせられないかぎりは……。弱体化する国家の不安定な政権に、核兵器と核分裂性物質が拡散する状況は、テロ集団が核兵器を買ったり、盗んだり、作ったりする脅威を生み出すこととなる。

 今後40年のあいだに、世界の運命は決定されるだろう。いつかほぼ確実に核兵器が使用される、という有屑上がりのリスクと共存する準備をするか、それとも、このリスクを許容範囲外と見なし、脅威を消すために何らかの手を打つか。

 現在の風向きを示すヒントはいくつかある。2007年、冷戦を戦った四人の老兵たち――ジョージ・シュルツ、ヘンリー・キッシンジャー、ビル・ペリー、サム・ナン――が、のちのち大きな意味を持つ論文を『ウォールストリート・ジャーナル』に共同執筆した。すぐさま”黙示録の四騎士”と名付けられた四人組は共同論文の中で、世界の核兵器20500発のうち、95パーセントを保有するアメリカとロシアが主導して、核保有国が核兵器全廃へ向けた多角的交渉を始めないかぎり、ほぼ間違いなく破滅は避けられないと主張した。それ以降、アメリカ大統領のパラク・オパマとロシア大統領のドミトリー・メドヴェージェプが、世界から核兵器をなくすという目標を公に掲げ、”グローバル・ゼロ”と呼ばれる組織が核廃絶運動を牽引してきた。世界の政界、学界、軍事界、実業界のリーダー300人以上の支援を受けるグローパルーゼロは、”核兵器禁止”を叫ぶ昔ながらの平和運動と違って、実用的な四段階の多角的行動計画を呼びかけ、各段階における入念な検証も提案してきた。第一段階では、アメリカとロシアが保有数をそれぞれ1000発に減らし、最終段階では、全核保有国が所持する核兵器を廃棄する条約に署名する。

 しかし、グローパルーゼロ計画は厄介な障害に直面している。特にむずかしいのは、ほとんど何の説得材料もない中で、核兵器では自国の安全が確保されないことを核保有国に納得させ、世界有数のならず者の国々を、注意深く演出されたプロセスに引き込むという作業だ。じっさいオパマ大統領は、ゼロを目標に努力は続けるものの、自分が生きているあいだには実現されないかもしれないと発言した。2050年まで生きていれば、彼は89歳だ。2050年の段階でも、まだゴールは見えていないかもしれないが、旅が始まりさえすれば、世界は現時点での見通しより、少しは安全な場所になっているだろう。

 

 

 

 

 


 

第8章のまとめ

 

 

 

 

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