はじめに  2050年までを見通すことで現在を理解できる

 


編集長 ダニェル・フランクリン

 

 世界人口が10億人になったのは、1800年ごろのことだが、それまでに人類は、20数万年の歳月を費やしている。ところが、60億人から2011年の70億人に達するまでに要した時間はわずか10数年に過ぎない。このような変化 ―― 驚くほどの速さで展開する大規模な変化 ―― は”メガチェンジ”と呼ぶにふさわしいものだ。

 じっさい、わたしたちはメガチェンジに囲まれている。技術は信じられないほどのスピードで拡散しており、インターネットや携帯電話の進歩は言うに及ばず、現在では、コンピューターから大量の情報を人手したり、フェイスブックやツイッターなどのソーシャル・ネットワークを通じて、大量の情報を発信したりすることが可能である。また、世界経済はわたしたちの目の前で、着々とアジアヘ重心を移している。このような変化はどれも、人々の生活と、企業の戦略と、国家の政策と、地球の将来展望に深遠な影響を与える。

 本書はふたつの重要な目的を持っている。第1の目的は、人々の健康から財産まで、あらゆる側面から世界を変革するトレンドを特定して探求することだ。本書では、身の回りの話題をひとつひとつ論じていきたい。この手法を採用すれば、わたしたちはヘリコプターから地上を見下ろすように、はっきりとした俯瞰図を掌握することができるだろう。

 第2の目的は、第1の目的で確認したトレンドによって、2050年の世界がどのように形作られるかを予測することだ。一見すると、これは非常識なほど大きな野望に思えるかもしれない。ダン・ガードナーが自著『専門家の予測はサルにも劣る』で論証したとおり、人類の歴史には100パーセントでたらめな予言がちりばめられている。

 1914年、英国人ジャーナリストのH・N・ブレールスフォードは、「近代国家間の国境の線引きが最終決定されたことは、政治的にはこれ以上ないというほど確実である。私見を述べると、今後、既存の6大国のあいだで戦争は勃発しないだろう」と記した。

 第1次世界大戦が始まったのはその直後だ。米国人経済学者のアーヴィング・フィッシャーが、「わたしの予想では、これから数力月のあいだに、株式市場は大幅に上昇するだろう」と予言したのも、1929年の株価大暴落が起きる1週間前だった。

 果たして、人間が未来を知ることは可能なのか? あすの天気を予想するのさえむずかしいのに、40年後の世界をどうやって描き出せるのか? おそらくこの40年のあいだに、わたしたちは”ブラック・スワン”の群れを絶えず目撃させられるはずだ(無作為性についての著作を持つ認識論研究者のナシム・タレブは、予測不可能な事象を”黒鳥”と名付けて理論化した)

 とはいえ、未来を予測してみる価値はある。奇妙な話だが、2050年を予測することは、来週や来年を予想することよりもたやすい。じっさい、ナシム・タレブも1世代以上先の未来予測を好んでいる。なぜなら、長い年月のあいだに、「今日において脆弱なものが壊れて消えてくれる」からだ。いくら来月の天気予報の信頼性が低くても、2050年までの天候パターンの変化を予測すらしないという態度は、無責任きわまりないと言っていい。

 さらに言うと、今後40年間に起こる重大な変化の一部は、かなり高い精度で予測が可能だ。例えば人口統計に関しては、運命とまでは言えなくとも、実際に近い数字が弾き出せるだろう。未来を考えるにあたって、人口は絶好の出発点となってくれる。かくいう本書の第1章も、ジョン・パーカーによる人口動態の概説で始まっている。

 世界人口にまつわるトレンドは、残りの章のほとんどに影響を与える。『エコノミスト』ファミリーに所属するジャーナリスト陣が執筆した全20章は、幅広い話題をカバーしており、人間、地球、経済、知識という4つの力テゴリーに分類される。これら20章をすべて読み切れば、本書のテーマである”メガチェンジ”を理解できるだけでなく、未来に関する数多くの共通理念を持てるようになるはずだ(それは予測の誤謬性に対する適切な謙虚さを含む)。

 

 

2050年を予測する4つの共通項

 第1に、執筆陣はみなほぼ同じ手法を採用している。未来を予測するために、まず過去を振り返るという手法だ。これにより、読者は変化の性質とその大きさについて、明確に理解することができる。また、変化の背景の大きな流れを感じ取ることもできるだろう。

 しかし、流れがいつまでも続くとは限らない。だから、執筆陣は第2の共通項として、単純に過去を未来に当てはめるのではなく、そうした流れが途絶することを積極的に見越していく。例えば、地球の環境破壊は間違いなく進行していくように見えるが、マット・リドリーは生態系が大きく回復すると予測し、オリヴァー・モートンはリスク管理の考えかたが気候変動に深遠な変化をもたらすと予測する。現在、信仰は世界じゅうで花を咲かせているが、アンソニー・ゴットリーブは途上諸国で宗教が弱体化すると主張する。シャーロット・ハワードは、ゲノム解析と健康保険制度の革命により、病気をめぐるダイナミズムが変わると考えている。バーバラ・ベックが説明するとおり、新興諸国の急激な発展と、女性の教育および機会の向上は、非連続的な社会変化をもたらすだろう。エドワード・ルーカスが予想するのは、今後40年間に、独裁国家で民主化が進行し、自由国家で民主主義が後退する事態だ。

 経済について言うと、今日、富裕諸国における不平等は無慈悲なほど大きく見えるが、ザニー・ミントン・ベドーズは今後40年間でこの流れが逆転すると推測する。現在のトレンドが続けば、医療と年金のコスト増加により、各国政府の財政赤字はかつてない規模の膨張を余儀なくされるだろうが、ポールーウォレスの予想では、将来の改革が各国政府の贅肉をそぎ落とすこととなる。目の覚めるような中国の躍進は、年を追うごとに当然視されてきているが、サイモン・コックスの説によれば、2050年までに中国の年間成長率は、2.5パーセントあたりに落ち着くという。

 筆陣の第3の共通項は、アジア ―― とりわけ中国 ―― の隆盛を重視する姿勢だ。現在、地球上では東洋への大移動が進行している。ラーザ・ケキックが指摘するとおり、2050年のアジアは、世界経済の50パーセント以上を占有しているだろう。1820年以前の数100年間と同等のこの数字は、地球環境から軍事力のバランス、世界経済の重心まで、ありとあらゆる事象に甚大な影響を及ぼすはずだ。

 とはいえ、2050年の世界では、中国がすべてを支配しているわけではない。ロバート・レーン・グリーンが推測するとおり、世界言語として北京語が英語に取って代わることはないだろう。ジェフリー・カーが考えるとおり、中国の科学者たちが世界をリードすることもないだろう。少なくとも中国の政治制度が改革され、科学の繁栄に欠かせないある程度自由な知識環境ができあがるまでは……。

 執筆陣の第4の共通項は、暗い見通しが好きな未来予測産業の大多数とは対照的に、前向きな進展の構図を描き出そうとする点だ。とはいえ、彼らは薔薇色の水晶玉を通して未来を見ているわけではなく、むしろ人類の行く手には大きな壁が立ちはだかると考えている。気候変動への対処、水などの稀少資源の管理を巡る紛争、2050年までに90億人を超えると予想される世界の食糧問題……。マシュー・シモンズが記しているように、新たな安全保障上の脅威は尽きないだろう。しかし、本書は全体として将来を楽観視している。少なくとも、正しい政策をとれば、ほとんどの分野で進歩は可能だと信じているのだ。

 言葉を換えれば、2050年の世界は可能性に満ちあふれている。人々は、もっと豊かにそして健康になり、人間同士の結びつきはさらに強くなる。より持続可能な社会になっているだろうし、生産性は向上し、より多くのイノベーションが起きるだろう。教育水準も向上する。富の差は縮まり、男女の差別も解消に向かい、数10億人の人々がより良い機会を享受できる。

 確実に世界は都市化が進み(都市部の人口は、現在の50パーセント強から70パーセント近くまで跳ね上がる)、高齢化が進み(中位数年齢は、現在の29歳から38歳に跳ね上がる)、アフリカ化か進むだろう(増加する23億人のうち、およそ半分をアフリカ人が占める)。このような変化の大半には、身がよじれるような動乱が伴うはずだが、エイドリアン・ウルドリッジが結論づけたように、「創造的破壊の嵐はわたしたちをより良い場所へ吹き飛ばしてくれる」だろう。

 新しい技術 ―― まだ想像さえされていないものもあれば、実用化の目途がすでについたものもある ―― は、わたしたちを助けてくれるはずだ。”積層造形”技法や3D印刷が製造業に革命を起こし、自分で自動車部品を作れるようになるかもしれない。遺伝子標的治療や、常温輸送可能なワクチンや、新しい細胞を生み出せる幹細胞などが、医学の奇跡を引き起こすかもしれない。生物学とロボット工学の融合は、麻痺した四肢の回復を可能にするかもしれない。現実世界と仮想世界の境界線が曖昧になり、学習の大衆化が進んでいけば、オックスブリッジやハーバードの教育を、ほとんど全世界でバーチャル体験できるようになるかもしれない。現在のSFが2050年の事実となり、絶滅した生物種がよみがえるかもしれない。テイム・クロスによれば、今後40年のあいだに、地球外生命体が発見される確率はかなり高いという。

 これらは将来の可能性の一部に過ぎない。本書の全20章にはひとつの共通点がある。わたしたちの直観に反する概念やデータであふれているという点だ。未来を垣間見た読者の多くは、おそらく目から鱗が落ちるだろう。例えば、2050年までにフランスの人口はドイツを追い抜く。中国人の平均年齢は、アメリカだけでなくヨーロッパよりも高くなる。急発展する中東のイスラム圏は、”人口の配当”から経済的な利益を享受する。ナイジェリアの人口は4億人に近づき、アメリカを凌駕する勢いを持つ。ひょっとすると2050年のナイジェリアは、数少ない巨大新興市場のひとつとして、現在のBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)並みの成長を見せているかもしれない。

 戦略面で言うと、NATOは2050年までに、重要な防衛同盟としての役目を終える可能性がある。少なくとも作戦行動の大多数には、有人ではなく無人の航空機が用いられるようになるはずだ。 科学の中では生物学が頂点に立ち、ナノサイエンスや情報科学との連携を通じて、多くの成果を生むこととなるだろう。市場では循環サイクルの多様化が起こるとフィリップ・コガンは主張する。2050年の世界では、今日の血液検査と同じように、遺伝子治療が気軽に行なわれているだろう。また、コンピューター翻訳が実用化されるため、外国語という技能はペン習字のように陳腐化しているだろう。マーティン・ジャイルズが示唆するとおり、ツーシャル・ネットワークヘの常時接続の結果として、個人の知能は集団の知能によって補完されるはずだ。ケネス・クキエの説明によれば、ユビキタス・コンピューティング ―― あらゆるものにチップを埋め込むこと ―― は今後40年間に、人類の生活様式に最大の変化をもたらすという。

 通信の発展によって、事実上、距離が無意味となった世界でも、相変わらず物理的な位置は意味を持ち続けるのか? ラドウィグ・シーゲルの主張によれば、世界が経験する激変は、わたしたちの想像をはるかに超えるという。
 このように、本書の内容は幅広い読者層に刺激と興奮を与えるはずだ。企業の戦略立案者も、政府の政策立案者も、生物科学から経営学までのあらゆる分野の学生も、本書から多くのものを得られるに違いない。今日のニュースをもっと深読みしたい人や、未来に起こりうるニュースを先取りしたい人は、きっと本書に魅力を感じてくれるだろう。

 本書が描き出す未来は、終未論的な予言ほどおぞましくない。もちろん、将来には数多くの危機が待ち受けており、メガチェンジヘの適応には必ず困難が伴うだろう。しかし、2050年の世界はそれほど悪い場所ではない。信じられないなら、是非とも最終章を読んでみてほしい40年後があなたの時代かどうかは別にして、今日のあなたに明るい光が射し込んでくるはずだ。

 

 

 

 

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