「一  考」

 

               中 越 習 道

 

 本誌11号の鷹尾貞彦氏の「正信会への提言」(1)を読んで、又昨秋の教師講習会に出席して私なりに考へた事を書いてみたい。

 確かに教師講習会の全体会議に於いて「本山復帰への正信会として何らかのアクションを起こす可きではないか。」との意見が出た事は事実である。更に少数ではあったけれど賛同の意見も有った事も又事実である。

 しかし鷹尾氏の「察するに、これは正信会の流れの中に本山復帰の願望が強まっている証左ではないかと案じています。」とあるけれど私はその心配はしていない。

 むしろ本当に考へなければならぬ問題はもっと別の所に有るような気がする。

 正信会には200人からの僧侶が居る。従って私は色々な意見を持つ人がいても全く自然だと思っている。無論「本山復帰論者」がいても特に何も感想も有る訳ではない。私自身は「本山復帰論」者に賛同するつもりはないけれど現在の本山へ復帰して自分達の手で清浄な本山を取り戻そうとされるのであればそれも結構だと思っている。但し本山側が復帰を認めるのであればの話だが。…

 7,8年程前の事になるだろうか。裁判に関係していない正信会の布教所の規則なるものを決めると云う事で東京の善福寺に全国の布教所の主管が集められた。

 前もってその規則なるものの草案が配られてあり、疑問の部分を質問し、問題がなければその儘「正信会布教所規則」となる筈だったらしい。更に裁判等種々の絡みが取れたならば寺院も加へた「正信会々則」となった筈である。

 私個人としては一切の規則に反対であったので草案は読みもしなかった。従って内容の検討も当然していない。非協力的と言われれば全くその通りかも知れぬが私自身が持っている正信会とは唯一個々の信仰心を信じている集団だと思っていたからであって、この意見は現在まで全く変わってはいない。

 御本尊に対する信のみが決まりと言うのならばそうだと思っている。

 従っての私の態度だったのであるが、会議に於いては規則が必要か否かは全く論じられる事無く突然に草案の内容の検討に終始してしまい閉口してしまった事を覚えている。

 会も大分過ぎた頃隣のS師に「一体これはどういう事だろう」と教へられたのが草案の第一条、第一項である。

 「この会の目的は総本山大石寺への復帰を目的とする。」

 此の規則は裁判の絡みやら反対やらで結局うやむやになってしまったけれど、集まった主管達は何ページの何行目が云々。と意見は出してはいたが第一条、第一項に反対していたのはそのS師只一人であった。

 今考へてみるとあの時あの儘、細かい部分の改変はあるにしろ、決まっていたならば現在の「正信会布教所規則」の第一条、第一項には「本山復帰」がうたってあることになる。更に進んで「布教所の規則を土台に正信会々則とする考へ。」との返答があったように、正信会々則となっている筈であろう。つまり7,8年程前の正信会の目的が「本山復帰」だったと言っても誤まりではあるまい。

 「流れたのだから、決まらなかったのだから好いじゃあないか。」では済まされまい。なぜなら昨秋の教師講習会に於ける全体会議で「本山復帰論」を唱へた人は7、8年前の正信会の意見をその儘変えずに持ち続けただけなのだから。7,8年前のあの時「この第一条第一項のどこがどうおかしいのか。」と言っていた人が、昨秋の全体会議に於いては、「本山復帰論」に対して仲々辛口の反対意見を出されていたのには大いに愕いてしまったが。……

 しかし個々の意見が変わるのは珍らしくはない。本山復帰をいくら唱えたとしても相手有っての話であり、どうもその相手が正信会の復帰など全く考へていないようだと悟っての180度の変わり身だったとしてもそれはそれで好いと思う。

 問題は正信会の目的の変更である。種々の絡みは有っても正信会としての目的は本山復帰に在ったのであって否定は出来まい。

 その目的を10数年来変わる事なく持ち続けた人が全体会議に於ける「本山復帰論者」なのである。従って会としての目的が変わるのであれば明白に会員に告げるべきであろう。

 機を見るに敏な人は変われるけれど、それが仲々出来ない人もいる。変われない人は始めの目的の儘今まで来たのである。

 全体会議の席の後方で「遅れている。」だの「レベルが低い。」だのとはやしている人達もいたが、私に言わせれば10年も、いやもっとだろう、変わらずに当初の目的を持ってここまでやって来た人の方が機敏で変わり身の上手な人よりは余程尊敬出来る。そういう人達にこそ正信会の真の目的はどこに有るかを知ってもらうべきだと考へる。又何故、どう変わったのかを告げるべきである。でないと昨秋の全体会議を又くり返さなくてはならぬ事になる。

 私はくり返す事になるけれど鷹尾氏の心配は不要だと思う。そして現在の正信会の状態を歓迎している。それは会としてもっとも大切な目的を皆が真剣に考へざるを得なくなったからである。当初の目的としていたものが現在消えてしまったのであるから今からそれを何に求めるかである。私の中では以前から決まっていたけれど何をどう目的とするのかしっかりと見せていただきたいと思う。

 

 

芝川 12号 1995年6月

 

 

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