はじめに

 

 

 本書はフェイクニュースの科学に関する入門書です。2016年以降、嘘やデマ、陰謀論やプロパガンダ、こうした虚偽情報がソーシャルメディアを介して大規模に拡散し、現実世界に混乱や悲劇をもたらす事象が次々と発生しています。「フェイクニュース」と呼ばれているこれらの一連の現象は、人間とデジタルテクノロジーの相互作用が生み出す複雑な現象であり、私たちの日常生活や民主主義を脅かす深刻な社会問題です。

 フェイクニュースはなぜ生まれ、どのようにして拡散し、われわれ人類の脅威となるのでしょうか。その仕組みを理解することは、情報と虚偽情報が混在する複雑化社会を生きていくうえで重要です。本書では、フェイクニュース現象を、情報の生産者と消費者がさまざまな利害関係の中でデジタルテクノロジーによって複雑につながりあったネットワーク、つまり、「情報生態系(Information Ecosystem)」の問題として捉え、その仕組みについて紐解いていぎます。その目的を達成するために、伝統的な社会科学だけでなく、計算社会科学という新しい学際科学の知見を取り入れながら、できるだけ平易な言葉でフェイクニュースに関おる科学の重要な要素とそれらの関係を解説しました。また、理解の手助けになるようなコラムも用意しました。

 まず第1章では、2016年の米大統領選挙からフェイスブック社のデータスキャンダルまでのフェイクニュース小史を振り返り、フェイクニュース現象の全体を俯瞰します。第2章から第4章では、フェイクニュースの拡散に関わる人間の認知特性、情報環境、情報量の問題について説明します。これら三つの問題は独立ではなく、相互に影響しあうことでプエイクニュース現象をより一層複雑にしていることが明らかになります。第5章では、プエイクニュース対策の現状を概観し、個人や社会が取り組むべき今後の方向を探ります。最後の第6章では、本書の内容を情報生態系の観点から整理して締め括ります。

 本書の内容が、話を単純化しすぎたり、一般化しすぎたりしていると感じられる部分があるかもしれません。しかし、入門書という性格上、正確さを多少犠牲にしてでもわかりやすさを優先しました。また、フェイクニュースを題材とするため、どうしても文調がネガティブになりがちですが、この問題の理解と克服の先に新しい人間社会があることを意識して、できるだけポジティブな書き方を心掛げました。

 なお本書では、以降、現象や問題を指し示すときは「フェイクニュース」、コンテンツを指し示すときは「偽ニュース」またぱ「虚偽情報」という表現を主に用います。

 本書か複雑極まるフェイクニュース現象の見通しをよくし、客観的な事実よりも個人的な信条や感情が重視される「ポスト真実(Post-truth)」の時代を乗り越えていくためのヒントとなれば幸いです。

 

 


 

目次

 

はじめに  

 

第1章 フェイクニュースとは何か  

 

1 フェイクニュースの全体像  

フェイクニュースの定義  フェイクニュースの生態系

フェイクニュースの三要素

コラム1 ソーシャルメディア  

 

2 フェイクニュース小史  

フェイクニュースの起源  トランプ大統領の誕生とフェイクニュース

ピザゲート事件  フェイクニュースエ場

ロシアのサイバー攻撃  フェイスブックのデータスキャンダル

コラム2 計算社会科学  

 

3 フェイクニュースの科学  

フェイスブック上での陰謀論の拡散  ツイッター上での偽ニュースの拡散

偽ニュースは速く遠くまで拡散する

まとめ 求められる情報生態系の理解  

 

 

第2章 見たいものだけ見る私たち  

 

1 認知の癖  

認知バイアスとは  見たいように見る

みんなと同じようにする

コラム3 認知バイアス・コーデックス  

 

2 みんなからの影響  

社会的影響とは  流行が生まれるわけ

感情は伝わる  道徳的感情も伝わる

類は友を呼ぶ

まとめ 私たちの認知特性と情報拡散  

コラム4 噂の公式  

 

 

第3章 見たいものしか見えない情報環境  

 

1 嘘がこだまする部屋  

エコーチェンバーとは  オンフインに見られるエコーチェンバー

現実世界で生じるエコーチェンバー  エコーチェンバーの計算モデル

意見の分極と社会的ネットワークの分断  エコーチェンバー化を加速するSNS

コラム5 エコーチェンバーを疑似体験  

 

2 フィルターに囲まれた世界  

フィルターバテルとは  パーソテテイゼーション技術

「いいね!・」であなたを言い当てる  つィートが運ぶ個人情報

アルゴリズムは悪さをしない?

コラム6 フィルターバブルを潰す  

まとめ フェイクニュースの温床を理解する  

 

 

第4章 無限の情報、有限の認知  

 

1 情報過多世界  

情報オーバーロードとは  プラットフォームの功罪

人と対話テるボット  知能テストをパステるAI

ソーシャルボット  フェイクを創造テるAI

コラム7 ボットらしさの測定  

 

2 希少資源としての注意力  

テテンション・エコノミーとは  フェイクニュースというミーム

テテンションをめぐるミームの競争  低品質なニュースでもバズる

まとめ 注意力の隙をつくフェイクニュース  

 

 

第5章 フェイクニュースの処方箋  

 

1 偽ニュースを見抜くスキル  

メディアリテラシーとは  世界のメディテリテラシー教育

メディアリテラシーの実践

コラム8 ゲームで学ぶメティアリテラシー  

 

2 フェイクに異を唱える社会づくり  

ファクトチェックとは  ポリティファクトの取り組み

バズフィード・ジャパンの取り組み  ファクトチェックの自動化

コラム9 フェイクニュース対ファクトチェック  

 

3 法による規制  

フェイスブック法  表現の自由と法規制の狭間

まとめ フェイクニュースに騙されないために  

 

 

終章 情報生態系の未来  

 

あとがき  

さらに詳しく知るために 

 

 

 


 

 

第1章 フェイクニュースとは何か 

 

 この章では、辞書的、歴史的、科学的な視点からフェイクニュースを解説し、フェイクニュース現象の全体を俯瞰します。そして、本書の問題意識を明らかにします。

 

1 フェイクニュースの全体像

 

 フェイクニュースの定義

 2016年の英国のEU(欧州連合)離脱の国民投票や米大統領選挙、その翌年のフランス大統領選挙やドイツ連邦議会選挙では、人々を惑わす虚偽情報がインターネット上を大規模に拡散し、大きな社会問題になりました。2016年12月には、パキスタンの国防相が偽ニュースを信じて、イスラエルヘの核攻撃を示唆するという事態にまで発展しました。2018年1月24日、このような状況を憂慮したローマ法プランシスコは、「フェイクニュースの拡散は人々を分断させようとする悪魔の所業だ」と強く非難しています。

 2016年に全世界的に生じた偽ニュースの氾濫とそれが引き起こした混乱をきっかけとして、事実かどうかわからない情報の代名詞として「フェイクニュース」という言葉が使われ始めました。一部の人たちによって、都合の悪い事実や否定的な記事などに対してもこの言葉が用いられることがあります。

 嘘やデマ、陰謀論やプロパガンダ(政治的な宣伝行為)、誤情報(ミスインフォメーショとや偽情報(ディスインフォメーション)、扇情的なゴシップやディープフェイク〔人工知能(AI)の技術で合成した偽動画〕、これらの情報がインターネット上を拡散して現実世界に負の影響をもたらナ現象は、フェイクニュースという言葉で一括りにされています。

 ここでまず、 フェイクニュースの辞書的な定義を確認してみましょう。虚偽情報の問題を受けて、言葉の番人たる辞書がフェイクニュースという言葉を定義し始めています。

 代表的な英語辞書の一つであるコリンズ辞書では、「Fake News(フェイクニュース)」は[2017七年の言葉」に選ばれました(ちなみに、2016年の言葉に選ばれたのは、英国のEU離脱を意味する「Brexit(部レグジット)」でした)。 コリンズ辞書では次のように定義されています。

 

  フェイクニュース 名詞

ニュース報道の体裁で拡散される、虚偽の、しばしば扇情的な内容の情報

(false、often sensational、information disseminated under the guise of news reporting)

 

 この定義のポイントは2つあります。フェイクニュースは「ニュースに擬態した(感情を刺激する)偽情報」だということ。そして、「拡散する」ということです。

 しかし、この辞書的な定義は、 フェイクニュースの複雑性を的確に捉えているとは言えません。噂や都市伝説の類はインターネット発明以前から存在しましたし、献血を呼びかける嘘のメールの拡散はインターネット初期からありました。もちろん、これらはフェイクニュースの一種には違いありませんが、 フェイクニュースらしさを特徴づけるためには、内容や伝達だげでなく、他の側面も考える必要がありそうです。

 

 フェイクニュースの生態系

 フェイクニュースとは何かと尋ねたならば,百人百様の答えか返ってきます。しかし,研究者やジャーナリストたちの間で合意がとれていることが一つだげあります。それは,フェイクニュースという言葉は役に立たない」ということです。先ほど述べたように、混乱を引き起こすという点以外ではさまざまな点て異なっている情報に対して、この言葉が使われているからです。

 代わりになる別の言葉を探すべきなのですが、それは本質的に難しい問題を抱えています。

ハーバード大学ショレンスタイン・センターのプロジェクト「ファースト・ドラフト(First Draft)]のディレクターを務めるクレア・ウォードルは、その難しさの理由を次のように述べています。

 別の言葉を見つけるのに苦労している理由は、これ(フェイクニュース)は単なるニュースだげの問題ではなく、情報生態系の全体に関わるものだからです。

 私なりに言い換えると、フェイクニュースは、ニュースの内容や伝達の問題としてだけでなく、情報の生産者と消費者がデジタルテクノロジーによってさまざまな利害関係の中で複雑につながりあったネットワークの問題として捉えるべきだということです。この情報生態系を駆動しているものは、人々の興味関心、共感や偏見、経済的あるいは政治的な思惑、メディアやジャーナリズムなどさまざまです。

 

 フェイクニュースの3要素

 ウォードルは、フェイクニュースの情報生態系を理解するためには,虚偽情報の種類、動機、拡散様式の3つを理解する必要があると述べています。この分類に沿って、 フェイクニュースの特徴を詳しく見ていきます。

 まず、虚偽情報の種類と動機についてです。ウォードルは、2016年の米大統領選挙の最中にイッターネット上に出回った虚偽情報を整理し、「編そうとする意図」の大きさに応じてそれらを分類しました。編そうとする意図が最も小さい「風刺・パロディ」から最も大きい「捏造」まで7種類に分類されています(図1‐1)。

 また、これらの虚偽情報がどのような動機でつくられているのかを、「質の悪いジャーテリズム」や「金儲け」などの8つの動機との関係でまとめました(表1‐1)。「風刺・パロディ」を除けば、ほとんどの虚偽情報が複数の動機によってつくられていることがわかります。

 「風刺やパロディ」は、 フィクションであるという前提をみんなが共有していれば問題にはなりません。例えば、〈虚構新聞〉というサイトは「ノーベル平和賞にノーベル財団」や「人工知能、内定勝ち取る 就活業界に波紋」など、ありそうでなさそうな記事を掲載していますが、読者がパロディニュースだと知っていれば問題にはなりません。

 しかし、風刺やパロディが文脈から切り離されて、 一人歩きする可能性はゼロではありません。2018年5月14日に、「50人分の料理を用意したら、ドタキャンされた。国際信州学院大学の教職員の皆さん、二度と来ないでください」という投稿がツイッター上で拡散されましたか、これは電子掲示板〈5ちゃんねる〉のユーザたちによるデマであることか判明しました。しかも、国際信州学院大学の公式を装ったウェブサイトまでありました。パロディというには度が過ぎると言えるでしょう。

 ウェブサイトを閲覧していて、気になる記事を見つけてタイトルや画像をクリックすると、全く内容の異なるページに飛ばされてしまって、戸惑うことがあります。こうした「誤った関連づけ」は、コンテンツの作者の不注意による間違いの場合もあれば、意図的なものもあります。特に問題なのは後者です。

 本文の内容とかけ離れた刺激的なタイトルをつけて、ユーザをサイトへ流入させる「釣り記事」や「クリックベイト」はこの種の虚偽情報と言えます。多くの場合、その目的は広告収入ですが、中には詐欺サイトへ誘導する悪質なものもあります。「○○の秘密」とか「天使すぎる○○」などの見出しには要注意です。

 事実を装飾したり改竄したり、事実を元の文脈から引き剥がして別の文脈で使用したり、偽の事実をでっちあげたりと、残りの5種類のコンテンツ(ミスリーディングな内容」、「偽の文脈」、「偽装された内容」、「操作された内容」、「捏造された内容」)は明らかに読者を騙そうという意図があります。今問題になっているのは、まさにこれらのニュース群です。次節でこれらの具体例を紹介します。

 次は、虚偽情報の拡散様式についてです。ソーシャルメディテは、コミュニケーションや情報共有のあり方を劇的に変化させました(コラム1を参照)。〈フェイスブック〉や〈ツイッター〉などのSNS(ソーシャルーネットワーキングーサービス)を使えば、誰もがコストをかけずに情報発信をすることができ、ボタン1つで瞬時に、友人や知人だちとコンテンツを共有することができます。みんなが「いいね!」や「リツイード」などの反応を示せば、そのコンテンツはSNSのアルゴリズムによってさらに目立つ場所に表示されるようになります。ソーシャルメディテは効率の良い情報拡散装置なのです。

 こうしたソーシャルメディテの仕組みを悪用すれば、社会的混乱や政治的介入を意図したデマの拡散も可能になってしまいます。また、「ボット(Bot){}」と呼ばれるコンピュータプログラムがデマを拡散させることもあります(第4章を参照)。情報過多で注意散漫になり、同じ情報を何度もソーシャルメディテで目にするようになると、よく確かめもせずにその情報を事実だと信しやすくなります。その情報が自分の慣れ親しんでいる価値観と一致する場合はなおさらです(第2章および第3章を参照)。

 このように、人間とデジタルテクノロジーの相互作用がいかにしてフェイクニュースの拡散を引き起こすのかが、本書の中心となるテーマです。この具体的な仕組みについては第2章から第4章で解説しますので、いったんこの話題を離れて、フェイクニュースの歴史を振り返ってみましょう。

 

 


 

 

第5章 フェイクニュースの処方箋 

 

 

 この章では、 フェイクニュース対策の現状について概観します。そこから、巧妙化する偽ニュースに対して私たち一人ひとりが気をつけるべきこと、 メディアやジャーナリズムが取り組むべきこと、企業や国が着手すべきことなど、偽ニュースの処方瀋が見えてきます。

 

1 偽ニュースを見抜くスキル

 

 メディアリテラシーとは

 フェイクニュースの問題が深刻化するにつれて、これまで以上に重要視されるようになったのかリすラシー教育です。リテラシーはもともと「読み書き能力」を意味する言葉でしたが、現在は「特定分野の知識の活用能力」という意味で使われています。

 さまざまなリすラシーの中でも偽ニュースを見抜くために重要なのが「メディアリテラシー」です。メディアリすラシーとは、新聞やテレビやインターネットなどのメディアから得られる情報の読解力のことです。フェイクニュースの文脈でぃうと、インターすットの情報を鵜呑みにせす、嘘を見破るための自衛のスすルです。

 メディアリテラシーは単独のスキルというよりは、メディアに対する知識、クリティカルシンキング(物事を批判的に分析して最適な判断をする能力)、デジタルリテラシー(デジタルッールを使いこなす能力)などからなる複合的なスキルです。スキルとはトレーニングによって身につくものですから、普段からこれらを意識して訓練する必要があります。

 実際に、 メディアリテラシーが高い人ほど偽ニュースに騙されにくいという調査結果があります。イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の研究者らは、397人の成人を対象に、メディアリテラシーとインターネット上のデマを信じる傾向の関係を調査しました。その結果、 メディアに関する知識をもってぃる人ほど、「ワクチンを打つと自閉症になる」などのデマを信じる割合が低いということがわかりました。

 また、現代の若者のメディアリテテシーは高くないという調査結果もあります。スタンフすード大学の研究グループが、全米コー州の中学生から大学生までの七八〇四人を対象に調査を実施しましいに〇その結果によると、中学生のI〇人中八人は、ウェブすイトのニュース記事とスポンすーつきの記事(広告)を判別できないことがわかりました。また、奇形のヒすギクの写真に「福島原発の花(Fukushima Nuclear Flower)」というタイトルがつけられたウェブすイトの記事(https://imgur.com/gallery/BZWWx)ごを見た高校生の10人中4人は、その写真がいつどこで誰が撮影したのか明記されていないにも関わらす、本物だと信じたと報告されています。現代の若者は「デジタルネイティテ」などと呼ばれ、幼い頃からソーシャルメディアに慣れ親しんでいるからといって、メディアリテラシーが高いわげではな
いのです。

 これらの研究結果は、メディアリテラシーが偽ニュースに対する耐性をつけることや、小さい頃からメディアリテラシー教育が必要なことを示唆しています。

 

 世界のメディアリテラシー教育

 (不名誉な呼称ですが) フェイクニュース先進国の欧米ではメディアリテラシー教育か特に盛んで、若者を対象とした優れた教育プログラムやメディアリテラシー・プロジェクトが始動しています。

 米国では非営利団体ニュース・リテラシー・プロジェクト (News Literacy Projed)が立ち上がり、ABCニュース、CNN、バズフィードなど約30の主要メディアの協力を得て、2009年からジャーナリストたちか中高生を対象としてメディアリテラシーに関する授業を行っています。また、2016年には「チェックオロジー(Checkology)」というインターネット上の偽ニュースを見抜く能力を養うためのeラーユング(インターネツトを利用した学習)のプラットフォームを開発し、米国内はもとより世界40カ国以上で利用されています。

 英国ではBBC(英国放送協会)が2018年3月から偽ニュースに関するプログラムを開始し、ジャーナリストたちか学校に出向いて授業をしたり、オンライン授業を提供したりしています。また、「みんなのメディアリテラシー(Media Literacy for A1l)」という欧州全体としての取り組みが始まり。市民がメディアの情報を批判的に理解することを促進するプロジェクトの提案を呼びかけています。

 日本では。米国や英国のようなメディアリテラシーの包括的なプログラムや大型プロジェクトはまだありませんか、フェイクニュース問題は決して対岸の火事ではありませんので、今備えておく必要かあります。

 

 メディアリテラシーの実践

 現代人に必要なのは新聞やテレビが主流だった時代のメディアリテラシーではなく。誰もが情報の受信者にも発信者にもなれるソーシャルメディア時代のリテラシーです。

 そんなメディアリテラシーを実践するための具体例として、米国ワシントンDCにあるニュースとジャーナリズムの博物館「ニューグアム(Newseum)」が、フェイスプックのサポートを受けて開発した二つの教材をとりあげます。これらには、現代人に求められるメディアリテラシーの要点がまとめられています。

 「ESCAPE Junk News(ジャンクニュースから逃げろ)」というポスターにあるESCAPEは、インターネットで目にする情報を評価する際に、疑ってみるべき6つの項目の英語の頭文字をとったものです(図5−1)。

 

・Evidence(証拠):その事実は確かかな?

・Source(情報源): 誰がつくったのかな? つくった人は信頼できるかな?

・Context(文脈):全体像はどうなっている?

・Audience(読者):誰向けに書いてあるの?

・Purpose (目的):なぜこの記事がつくられたの?

・Execution(完成度):情報はどのように提示されている?

 

 日本語に訳してしまうと語呂合わせではなくなってしまいますが、真偽不明の情報と出会ったときに、これらの項目を意識することで、嘘やデマの被害に会う確率を減らすことができます。これらの6つの項目の中でも、特に、情報源を確認する習慣は大事です。インターネットで検索しても点検できないような出所不明の情報であれば、おのずと疑いの目をもって対処することができます。

 同団体は、「その話、シェアする価値ある? フローチャート(ls This Story Share‐worthy? Flowchart)」も公開しています(図5−2)。

 このフローチャートをたどっていくと、自分が目にした情報をシェアやリツイードなどの手段で、友人や知人と共有すべきかどうかを判断することかできます。偽ニュースを拡散する加害者にならないように、このチャートに記載されている判断項目を日頃から意識しておくのが賢明です(コラム8も参照)。

 私が作成協力したこれら二つの教材の日本語版がニュージアムのサイトで公開される予定です。

 

コラム8 ゲームで学ぶメディアリテラシー

1 メディアリテラシーを向上させるツールとして、偽ニュースを題材としたさまざまなゲームが開発されています。

 2017年6月にアメリカン大学の研究グループが公開した〈ファクティシャス(Factitious)〉は、次々と表示される記事が本物か偽物かを判定するゲームです (図5-3)。

 

「ローマ法王がトランプ氏支持を表明」や「マクロン氏が租税回避地で税逃れか」などの偽ニュースを題材として、これらが偽物だと見抜けるかどうかを競います。もし、偽ニュースを見抜くのに失敗すると、正しい情報源と正解するための説明が表示されます。

 2018年5月にインディアナ大学の研究グループが公開した〈フェイキー(Fakey)〉は、フェイスブックのニュースフィードのような画面構成をしていて、正しいニュースをどれだけ共有できたかを競うゲームです。フェイキーのウェブサイト版は誰でも利用可能です。フリーのスマートフォン用のアプリもありますが、現時点では米国のアップストアとグーグループレイにしか対応していません。

  一方、2018年2月にケンブリッジ大学の研究グループらが公開した〈バッドニュース(Bad News)〉は上記二つのゲームとは違い偽ニュースを拡散させるゲームです。どんどん偽ニュースを
拡散して、それを競わせることで、逆説的に偽ニュースに対する知識やリテラシーを身につけさせることを目的としています。

 ゲームの要素をうまく取り入れてメディアリテラシーを学ぶというのは、子どもから大人まで、多くの人にとって親しみやすい方法です。日本のメディアリテラシー教育においても有効な方法だと思います。

 

 

まとめ フェイクニュースに騙されないために

 この章ではフェイクニュース対策の現状を見てきました。

 嘘やデマを生み出す動機が、私たちの生まれつきの傾向や偏見、政治的あるいは経済的な動機に根ざしている以上、偽ニュースをただちに根絶するというのは難しい話です。まずは、メディアリテラシー、ファクトチェック、法による規制などの対策をセットで押し進め、私たち一人ひとりが偽ニュースに騙されない賢い読者になる、事実を大事にする姿勢を社会全体で共有する、規制やプラットフォームによって政治的・経済的動機をくじく努力をするのが賢明です。

 一方で、情報生態系の持続的発展という長期の視点にたった対策も必要だと思います。虚実が混在しながらも多様性を維持できる情報生態系の原理や、それを支援する社会制度やテクノロジーを生み出す知恵を、私たちはもっているはずです。

 


 

 

終章 情報生態系の未来 

 

 ここまで、 フェイクニュース現象を科学の視点で解説してきました。各章の要点をもう一度整理したうえで、それらがどのように関係しているのかを確認し、今後の展望を述べます。

 第1章では、フェイクニュースを情報生態系の問題として捉えるという視点を導入し、フェイクニュースの種類、動機、拡散様式の理解が不可欠であることを具体例とともに見てきました。この情報生態系は、情報の生産者と消費者がデジタルテクノロジーによって、さまざまな利害関係の中で複雑につながりあったネットワークです。そして、人々の興味関心、共感や偏見、経済的あるいは政治的な思惑、メディアやジャーナリズムなどさまざまな要因が相互作用しながら、この情報生態系は進化しています。

 第2章から第4章では、フェイクニュースの情報生態系の要素(人間の認知特性)、つながり(社会的ネットワーク)、文脈(情報過多と有限の注意力)について解説しました。

 私たちは「見たいものだけ見る」そして「似た人とつながり影響しあう」という生まれつきの傾向をもっています。認知バイアスや社会的影響は、社会的な生き物である人間には必要不可欠なものです。しかし、これらの傾向は偽ニュースを容易に信じ共有する行動を誘発します。情報生態系には要素レベルで偽ニュースに対する脆弱性があるのです。

 ソーシャルメディアのアルゴリズムやプラットフォームは、 この要素レベルの脆弱性をシスすムレベルに増幅します。偽ニュースというミームは、巧みに人の認知バイアスや感情や党派心に働きかけ、似た者どうしがつながった(似ていない者たちからは切り離された)大規模なオンライン上の社会的ネットワーク上を速く遠くまで拡散します。事実を置いてけぼりにして。エコーチェンバーやフィルターバテルは、この拡散現象を異なる側面から捉えたものの呼称です。

 情報過多や有限の注意力は、偽ニュースの拡散が生じる確率を増大させます。デジタルすクノロジーによって人々は強力な表現手段を得ましたが、それによって生み出される情報過多は人々から注意力を奪いました。有り余る情報に対処するために、人は種々のアルゴリズムを発達させてきましたが、経済的な動機や政治的な意図をもった者たちは、その隙間を突いて偽ニュースを仕掛けているという現状があります。

 これが情報生態系の進化という視点で捉えたフェイクニュース現象の全体像です。

 では、巧妙化するフェイクニュースを前にして、私たちに打つ手はないのでしょうか。私はそうではないと考えます。

 

第5章で取り上げたメディアリテラシーやファクトチェックなどの個人や社会の取り組みは、「虚偽はお断り」という私たちの意思表示であり、「事実は重要である」という当たり前の前提をみんなで再確認する行為です。この前提が共有されない社会に民主主義は根づかないでしょう。メディアリテラシーとファクトチェックは、どちらもフェイクニュース時代を生き延びるための基本です。

 社会制度やテクノロジーによって、偽ニュースの動機をくじいたり、早期に防いだりという対抗策はもちろん重要です。ドイツで施行されたネットワーク執行法(フェイスブック法)やEUの一般データ保護規則(GDPR)など、欧州を中心に始まっている法の整備は、表現の自由との兼ね合いもありますが、検討すべき方向性です。また、ブラットフォーム企業も偽ニュースの対策に本腰を入れ始めています。2018年になって、フェイスブック社は同社のデータを偽ニュース研究などに提供する取り組みを始めました。同年、ツイッター社は会話の健全性を測る指標の開発を公募し、ライデン大学およびオックスフォード大学とパートナー協定を結んでいます。このような流れにおいて、計算社会科学は重要な役割を果たすことが期待されます。

 情報生態系の仕組みがわかってきた今、私たちはもう少し余裕をもってフェイクニュースを受け止めることができるのではないでしょうか。100年後の辞書には次のような定義が載っている、そんな情報生態系の未来を願いつつ、筆を置くことにします。

 

  フェイクニュース 名詞

 ニュース報道の体裁で拡散される、虚偽の、しばしば扇情的な内容の情報。2016年から数年間にわたって猛威を振るったが、今となっては死語である。

(false,often sensational,Information disseminated under the guise of news reportng;this type of news was prevalent for a few years afte 2016, but this phrase is now obsolete」

 

 

 

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