自立した日興門流の信仰を
本年も何かと慌ただしい師走を迎えました。皆様には今年一年、弊紙のご購読に感謝申し上げますと共に御礼を申し上げます。
昨年の当紙12月号には、「日々発心の志」の大切さを掲載させていただきました。一年は一日の積み重ねですので、日々、志をもって生活することが大切です。朝を迎えるごとに新たな気持ちで目標を立てることは容易なことではありませんが、どんな些細な雑事であっても、丁寧に扱って生活しようとする心がけは持ちたいものです。たとえ、その時はムダだと思ったことも、実は大切なことであったと後から振り返って気付くこともあるでしょう。むしろ些細な事柄が人生の大半を占めているともいえますので、食事や人との会話、車の運転などの何気ない日常の行為こそ大切にしたいものです。そして、平凡な日々の生活の中で、自らが沢山の生命と連関することによって生が成り立っていることへの感謝の念を忘れず、どこにいても何に対しても合掌する気持ちで生活を積み重ねることにより、信仰者として豊かな人生を送ることができるのだと思います。
【何を信じ仰ぐか】
誰でも我が人生を充実させ、一生を心豊かに過ごしたいと願うものです。神仏を仰ぎ、先達の生き方や教えを学ぼうという謙虚な気持ちは、本来そうした願いから生じるものでしょう。あらゆる分野で、その道に精通している方から教えを請うことが上達の近道となるように、信仰もまた、本尊というお手本や教えを最も大切にしています。
信仰とは、文字通り信じ仰ぐことですから、その対象である本尊を定めることは、私たちの人生を左右する重要な選択となります。
当家では、大石寺第九世の日有上人が、「当宗の本尊の事。日蓮聖人に限り奉るべし」(『化儀抄』)と明確に記されています。さらに日有上人は、「滅後の宗旨なる故へに未断惑の導師を本尊とするなり」(『化儀抄』)と教示され、滅後末法に当たるために、未だ惑(煩悩)を断じきらないという未断惑の導師とされ、それをもって日蓮大聖人のことを説明されています。
【身延離山の意義と私たちの歩み】
さて、これまで正信覚醒運動を展開していく過程で、活動のお手本として掲げたものの中に、日興上人の身延離山という史実があります。詳細は既刊の書物に委ねますが、日興上人は、大聖人の御廟のある身延を離れ、富士に移住して正法を弘通されました。生涯身延へ戻ることがなかったことは周知の通りです。「いづくにても聖人の御義を相継ぎ進らせて、世に立て候はん事こそ詮にて候へ」(『原殿御返事』)と、日興上人は、信仰の拠点であった身延に固執することなく、大聖人の教えを護り伝えることを最も優先されました。大聖人の教えと異なってしまった身延の清浄化を祈りつつ、富士の地で大聖人の本尊や御書を書写しながら、正法を世に残し弘めようとされたのです。
「日興一人、本師の正義を存じて本懐を遂げ奉り候べき仁に相当たりて覚え候へば、本意忘るることなく候」(『同書』)と述べられているように、自分が大聖人の教えを護持する仁にあたるとの自負と覚悟の上で離山されました。
日興上人は、身延在住の人々に対して、自らの帰山や復権を目的とした主張をされたのではなく、何処であっても大聖人の御義に忠実であるべきことを目指し伝えられたのです。また、身延から追放されたという被害者意識は皆無でありましたし、地頭であった波木井氏と政治的に解決しようとなど全くされなかったことからも、私たちは学ぶところが多いと思います。
【明年に向けて堂々と】
日興上人の身延離山の史実をどのように拝するかによって、末弟である私たち一人一人の信仰や覚悟、更には正信覚醒運動の方向性も定まるのではないでしょうか。素直に離山の精神をお手本とするならば、どれほど歴史ある宗派であっても、多人数の組織であっても、それは正邪の判断材料にならないことを知らなければならないでしょう。大聖人の示された御義に忠実であれば、誰人でも自立した日興門流の信仰を立てていけるのです。むしろ、自身が信仰者の一人として、どこにいても、大聖人の本義を護ろうする自覚をもつことこそ、日興上人が「日興一人」と自負された志に通じるものにちがいありません。
明年も正信会僧俗が互いに感謝の気持ちをもって切磋琢磨し、大聖人の教え、日興上人の御精神の深意に近づけるよう、一人一人が正直な歩みを日々丁寧に重ねていきたいものです。