六巻

 

 

  三重秘伝鈔第一

 

  文底秘沈鈔第二

 

  依義判文鈔第三

 

  末法相応鈔第四

 

  当流行事鈔第五

 

  当家三衣鈔第六

 

 

 

 

 

 

 

 



三重秘伝鈔第一

 



 正徳第三癸巳予四十九歳の秋、時々御堂に於いて開目鈔を講じ、而して文底秘沈の句に至る、其の義甚深にして其の意解し難し。所以に文に三段を分ち義に十門を開く。草案已に畢り清書未だ成らず、むなしく笈の中に蔵して之を披くに遑あらず。而して後、享保第十乙巳予六十一歳の春、たまさかに之を閲するに疎略稍多し、故に粗添削を加うるのみ、敢えて未治の本を留むること莫かれ。然るに此の鈔の中に多くの大事を示す、此れは是れ偏えに令法久住の為なり、末弟等深く吾が意を察にせよ云云。



三重秘伝鈔  

         

日寛謹んで記す

開目鈔上に曰く、一念三千の法門は但法華経の本門寿量品の文の底に秘し沈めたまえり、竜樹・天親は知って而も弘めたまわず、但我が天台智者のみ此れを懐けり等云云。

 問うて云く、方便品の十如實相・寿量品の三妙合論、豈一念三千経文の面に顕然なるに非ずや、宗祖何ぞ文底秘沈と言うや。

答う、此れ則ち当流深秘の大事なり、故に文少なしと雖も義意豊富せり。若し此の文を暁むる則んば一代の聖教鏡に懸けて陰り無く、三時の弘経掌に在りて覩るべし。故に先哲尚お分明に之れを判ぜず、況んや予が如き頑愚、焉んぞ之れを解るべけんや。然りと雖も今講次に因んで文に三段を分かち、義に十門を開き、略して文旨を示さん。

文に三段を分かつとは即ち標・釈・結なり。義に十門を開くとは、第一に一念三千の法門は聞き難きを示し、第二に文相の大旨を示し、第三に一念三千の数量を示し、第四に一念に三千を具する相貎を示し、第五に権実相対して一念三千を明かすことを示し、第六に本迹相対して一念三千を明かすことを示し、第七に種脱相対して一念三千を明かすことを示し、第八に事理の一念三千を示し、第九に正像未弘の所以を示し、第十に末法流布の大白法なることを示さん。

第一に一念三千の法門は聞き難きを示すとは、

経(方便品)に曰わく、諸仏は世に興出すること懸遠にして値遇すること難し、正使世に出づるとも是の法を説くこと復難し、無量無数劫にも是の法を聞くこと亦難し、能く是の法を聴く者は斯の人亦復難し。譬えば、優曇華は一切皆愛楽し、天人の希有とする所にして時々乃し一たび出づるが如し、法を聞いて歓喜して讃むること乃至一言をも発せば則ち為れ已に一切の三世の佛を供養するなり等云云。応に知るべし、此の中の法の字は並びに一念三千なり。

記の四の末の終りに云わく、懸遠等とは、若し此の劫に准ずれば六・四・二万なり文。

劫章の意に准ずるに住劫第九の減、人寿六万歳の時拘留孫仏出で、人寿四万歳の時拘那含仏出で、人寿二万歳の時迦葉仏出で、人寿百歳の時釈迦如来出づと云云。是れ則ち人寿八万歳より一百年に人寿一歳を減じ乃至一千年に十歳を減ず、而して六・四・二万等に至る、豈懸遠に非ずや。

縦い世に出づると雖も須扇多仏・多宝如来の如きは遂に一念三千を説かず、大通仏の如きも二万劫の間之れを説かず、 今 、仏世尊の如きも四十余年秘して説かず、豈是の法を説く、復難きに非ずや。既に出興懸遠にして法を説くこと亦難し、豈容易く之れを聞くことを得んや。縦い在世に生まると雖も舎衛の三億の如きは尚お不見不聞なり、況んや像末の辺土をや。

 故に安楽行品に云わく、無量の国中に於いて乃至名字をも聞くを得べからず等と云云。豈聞法の難きに非ずや。聞法すら尚お爾なり、況んや信受せんをや。応に知るべし、能く聴くとは是れ信受の義なり、若し信受せずんば何んぞ能く聴くと云わんや。故に優曇華に譬うるなり、此の華は三千年に一たび現わるるなり。

 而るに今宗祖の大悲に依って一念三千の法門を聞き、若し能く歓喜して讃むること乃至一言をも発せば、則ち為れ已に一切の三世の佛を供養するなり。

第二に文相の大旨を示すとは、

文に三段あり。初めに一念三千の法門とは標なり、次ぎに但法華経の下は釈なり、三に龍樹の下は結なり。釈の文に三意を含む、初めには権実相対、所謂但法華経の四字是れなり、次ぎには本迹相対、所謂本門寿量品の五字是れなり、三には種脱相対、所謂文底秘沈の四字是れなり、是れ則ち浅きより深きにいたり次第に之れを判ず、譬えば高きに登るには必ず卑きよりし、遠くに往くには必ず近きよりするが如し云云。三に龍樹の下、結とは是れ正像未弘を結す、意は末法流布を顕わすなり。亦二意あり、初めに正法未弘を挙げ、通じて三種を結す、次ぎに像法在懐を挙げ、別して第三を結するなり。応に知るべし、但法華経の但の字は是れ一字なりと雖も意には三段を冠するなり。謂わく、一念三千の法門は一代諸経の中には但法華経、法華経の中には但本門寿量品、本門寿量品の中には但文底秘沈なり云云。故に三種相対は文に在って分明なり。

問う、権実・本迹は是れ常の所談なり、第三の種脱相対の文理如何。

答う、此れ則ち宗祖出世の本懐なり、此こに於いて若し明きらむる則んば諸文に迷わざるなり。故にしばらく一文を引いて其の綱要を示さん。禀権鈔三十一に云わく、法華経と爾前の経とを引き向かえて勝劣浅深を判ずるに当分跨節の事に三の様あり。日蓮が法門は第三の法門なり、世間には粗夢の如く一二をば申せども第三をば申さず候等云云。

今謹んで案じて曰わく、一には爾前は当分、迹門は跨節、是れ権実相対にして第一の法門なり。

二には迹門は当分、本門は跨節、是れ本迹相対にして第二の法門なり。三には脱益は当分、下種は跨節、是れ種脱相対にして第三の法門なり。此れ則ち宗祖が出世の本意なり、故に日蓮が法門と云うなり。今一念三千の法門は但文底秘沈と曰う、意此こにあり、学者深く思え云云。

問う、当流の諸師・他門の学者皆第三の教相を以って即ち第三の法門と名づく。然るに今種脱相対を以って名づけて第三の法門となす、此の事前代に未だ聞かず、若し明文なくんば誰か之れを信ずべけんや。

答う、若し第三の教相は仍お天台の法門にして日蓮が法門には非ず。応に知るべし、彼の天台の第一第二は通じて当流の第一に属し、彼の第三の教相は即ち当流の第二に属することを。故に彼の三種の教相を以って若し当流に望むる則んば二種の教相となるなり。妙楽の、前の両意は迹門に約し、後の一意は本門に約すと云うは是れなり。更に種脱相対の一種を加えて以って第三と為す、故に日蓮が法門と云うなり。

今明文を引いて以って此の義を証せん。十法界鈔に云わく、四重興廃云云。血脈鈔に云わく、四重浅深云云。又云わく、下種三種の教相云云。本尊鈔に云わく、彼は脱、此れは種なり等云云。秘すべし、秘すべし云云。

第三に一念三千の数量を示すとは、

将に三千の数量を知らんとせば須く十界・三世間・十如の相を了すべし。十界は常の如し、八大地獄に各十六の別処あり、故に一百三十六、通じて地獄と号づくるなり。餓鬼は正法念経に三十六種を明かし、正理論に三種・九種を明かす。畜生は魚に六千四百種、鳥に四千五百種、獣に二千四百種、合して一万三千三百種なり、通じて畜生界と名づくるなり。修羅は身長八万四千由旬、四大海の水も膝に過ぎず、人は則ち四大洲、天は則ち欲界の六天と色界の十八天と無色界の四天となり。二乗は身子・目連等の如し。菩薩は本化・迹化の如く、仏界は釈迦・多宝の如し云云。

三世間とは五陰と衆生と国土となり。五陰とは色・受・想・行・識なり、言う所の陰とは正しく九界に約し、善法を陰蓋するが故に陰と名づくるなり、是れは因に就いて名を得。又陰は是れ積聚なり、生死重沓す、故に陰と名づく、是れは果に就いて名を得。若し仏界に約せば常楽重沓し、慈悲覆蓋するが故なり。次ぎに衆生世間とは十界通じて衆生と名づくるなり、五陰仮に和合するを名づけて衆生と曰うなり、仏界は是れ尊極の衆生なり。故に大論に曰わく、衆生の無上なるは仏是れなりと。豈凡下に同じからんや云云。三に国土世間とは則ち十界の所居なり、地獄は赤鉄に依って住し、餓鬼は閻浮の下、五百由旬に住し、畜生は水陸空に住し、修羅は海の畔海の底に住し、人は大地に依って住し、天は空殿に依って住し、二乗は方便土に依って住し、菩薩は実報土に依って住し、仏は寂光土に依って住したもうなり云云。並びに世間とは即ち是れ差別の義なり、所謂十種の五陰不同なる故に五陰世間と名づけ、十種の衆生不同なる故に衆生世間と名づけ、十種の所居不同なる故に国土世間と名づくるなり。

十如是とは相・性・体・力・作・因・縁・果・報等なり。如是相とは譬えば臨終に黒色なるは地獄の相、白色なるは天上の相等の如し。如是性とは十界の善悪の性、其の内心に定まりて後世まで改まらざるを性と云うなり。如是体とは十界の身体色質なり。如是力とは十界各々の作すべき所の功能なり。如是作とは三業を運動し善悪の所作を行ずるなり、善悪に亘りて習因習果あり、先念は習因、後念は習果なり。是れ則ち悪念は悪を起こし、善念は善を起こす。後に起こす所の善悪の念は前の善悪の念に由る。故に前念は習因即ち如是因なり、後念は習果即ち如是果なり。善悪の業体を潤す助縁は是れ如是縁なり。習因習果等の業因に酬いて正しく善悪の報を受くるは是れ如是報なり。初めの相を本と為し、後の報を末と為し、此の本末の其の体究りて中道実相なるを本末究竟等と云うなり云云。

正しく一念三千の数量を示すとは、応に知るべし、玄・文両部の中には並びに未だ一念三千の名目を明かさず、但百界千如を明かす、止観の第五巻に至りて正しく一念三千を明かすなり。此こに二意あり、一には如是に約して数量を明かす、所謂百界、三百世間、三千如是なり。二には世間に約して数量を明か

す、所謂百界、千如是、三千世間なり。開合異なりと雖も同じく一念三千なり云云。 第四に一念に三千を具する相貎を示すとは、

問う、止観第五に云わく、此の三千一念の心に在り等云云、一念の微少何んぞ三千を具せんや。

答う、凡そ今経の意は具遍を明かす、故に法界の全体一念に具し、一念の全体法界に遍し。譬えば一微塵に十方の分を具し、一滴の水は大海に遍きが如し云云。華厳経に云わく、心は工みなる画師の種々の五陰を造るが如し、一切世間の中に法として造らざること無し等云云。

問う、画師は但是れ一色を画く、何んぞ四心を画くことを得んや。

答う、色心倶に画くが故に種々の五陰を造ると云うなり。故に止観第五に云わく、善画は像を写すに真に逼り、骨法精霊の生気飛動するが如し云云。誰か鐘馗を見て喜ぶと云う可けんや、誰か布袋を見て瞋れると云う可けんや。故に知んぬ、善く心法を画けることを。止観に又三喩を明かす云云。

又二寸三寸の鏡の中に十丈・百丈・乃至山河を現わすが如し。況んや石中の火・木中の華、誰か之れを疑うべけんや。

弘の五の上に心論を引いて云わく、慈童女長者伴を随え海に入り宝を採らんと欲し母より去らんことを求む。母の云わく、吾は唯汝のみあり、何んぞ吾を捨てて去るや。母其の去らんことを恐れ、便ち其の足を捉う、童女便ち手を以って母の髪を捉えるに一茎の髪落つ、母すなわち放ち去る。海洲の上に至るに熱鉄輪の空中より其の頂上に下臨するを見る、便ち誓いを発して言わく、願わくば法界の苦皆我が身に集まれと、誓願力を以っての故に火輪遂に落つ。身を捨てて天に生まる、母に違いて髪を損ずるは地獄の心となり、弘誓の願いを発すは即ち仏界に属する等云云。一念の心中に已に獄と仏とを具う、中間の互具は准説して知るべし云云。

本尊鈔に云わく、数々他面を見るに、或る時は喜び、或る時は瞋り、或る時は平らかに、或る時は貪現われ、或る時は痴現われ、或る時は諂曲なり。瞋は地獄、貪は餓鬼、痴は畜生、諂曲は修羅、喜は天、平は人なり、乃至世間の無常は眼前に在り、人界に豈二乗界なからんや。無顧の悪人なお妻子を慈愛す、菩薩界の一分なり、乃至末代に凡夫出生して法華経を信ずるは人界に仏界を具するが故なり〔略鈔〕。法華経を信ずる等の文深く之れを思うべし云云。

妙楽云わく、仏界の心強きを名づけて仏界となし、悪業深重なるを名づけて地獄となす云云。既に法華経を信ずる心強きを名づけて仏界となす。故に知んぬ、法華経を謗ずる心強きを悪業深重と号し地獄界と名づくるなり。故に知んぬ、一念に三千を具すること明きらかなり。

第五に権実相対して一念三千を明かすことを示すとは、



次ぎの文に(開目鈔)云わく、此等の経々に二つの失あり。一には行布を存するが故に仍お未だ権を開せず、迹門の一念三千を隠せり。二には始成と言うが故に尚お未だ迹を発せず、本門の久遠を隠せり。迹門の方便品には一念三千、二乗作仏を説いて爾前二種の失一つを脱れたり〔已上〕。

此等の経々は四十余年の経々なり、行布とは即ち是れ差別の異名なり、所謂昔の経々には十界の差別を存ずるが故に仍お未だ九界の権を開せず、故に十界互具の義なし、故に迹門の一念三千の義を隠せりと云うなり。

問う、応に迹門方便品は一念三千を説きて爾前二種の失一つを脱れたりと云うべし、何んぞ二乗作仏等と云うや。

答う、一念三千は所詮にして、二乗作仏は能詮なり。今能所並べ挙ぐるが故に一念三千、二乗作仏等と云うなり。謂わく、若し二乗作仏を明かさざる則んば菩薩・凡夫も作仏せざるなり、是れ則ち菩薩に二乗を具すれば所具の二乗、作仏せざれば則ち能具の菩薩、豈作仏せんや。故に十法界鈔に云わく、然るに菩薩に二乗を具するが故に二乗が沈空尽滅すれば則ち菩薩が沈空尽滅するなり云云。

問う、昔の経々の中に一念三千を明かさずんば、天台、何んぞ華厳心造の文を引いて、一念三千を証するや。

答う、彼の経に記小久成を明かさず、何んぞ一念三千を明かさんや。若し大師引用の意は、浄覚の云わく、今の引用は会入の後に従う等云云。又古徳の云わく、華厳は死の法門にして法華は活の法門なり云云。彼の経の当分は有名無実なり、故に死の法門と云う。楽天が云わく、龍門原上の土に骨を埋むとも名を埋めじ。和泉式部が云わく、諸共に苔の下には朽ちずして埋もれぬ名を聞くぞ悲しき云云。若ならば会入の後は猶お蘇生の如し、故に活の法門と云うなり。

問う、澄観が華厳鈔八十に云わく、彼の経の中に記小久成を明かす等と云云。

答う、従義の補註三に之れを破す、見るべし。

問う、真言宗の云わく、大日経の中に一念三千を明かす、故に義釈一に云わく、世尊已に広く心の実相を説く、彼に諸法実相と言うは即ち是れ此の経の心の実相なりと云云。

答う、大日経の中に記小久成を明かさず、何んぞ一念三千を明かさんや、故に彼の経の心の実相とは但是れ小乗、偏真の実相なり、何んぞ法華の諸法実相と同じからんや。弘一下 に云わく、婆沙の中に処々に皆実相と云う、是くの如き等の名大乗と同じ、是れを以って応に須く義を以って判属すべし云云。守護章中の中に云わく、実相の名有りと雖も偏真の実相なり、是の故に名同義異なりと云云。

宗祖云わく、爾前迹門の円教すら尚お仏因に非ず、況んや大日経等の諸小乗教等をや。故に知んぬ、大日経の中の心の実相は小乗偏真の実相なることを。

問う、彼の宗の云わく、大日経に二乗作仏、久遠実成を明かす。是の故に弘法大師の雑問答に云わく、問う、此の金剛等の中の那羅延力、大那羅延力、執金剛とは若し意有りや。答う、意無きに非ず、上の那羅延力は大勢力を以って衆生を救う、次ぎの大那羅延力は是れ不共の義なり、謂わく、一闡提人は必死の病二乗定性は已死の人なり、余教の救う所に非ず、唯此の秘密神通の力のみ即ち能く救療す、不共力を顕わさんが為めに大を以って之れを分かつ云云。義釈九に云わく、我一切本初等とは将に秘蔵を説かんとするに先ず自ら徳を歎ず、本初は即ち是れ寿量の義なりと云云。

答う、弘法強いて列衆の中の大那羅延を以って二乗作仏を顕わす、実に是れ不便の引証なり、彼の経の始末にすべて二乗作仏の義なし、若し有りと言わば正しく其の劫国名号等は如何、況んや復法華の中の彰灼の二乗作仏を隠没して余経の救う所に非ずと云うは寧ろ大謗法に非ずや。次ぎに我一切本初とは是れ法身本有の理に約す、何んぞ今経の久遠実成に同じからんや、証真の云わく、秘密経に云わく、我一切本初とは本有の理に帰す、故に本初と云う云云。妙楽大師の弘の六末六に云わく、遍く法華已前の諸経を尋ぬるに実に二乗作仏の文及び如来久遠の寿を明かすこと無し等云云。妙楽大師は唐の末天宝年中の人なり、故に真言教を普く之れを昭覧す。故に知んぬ、真言教の中に記小久成、一向に之れ無し、如何ぞ一念三千を明かすと云わんや、而も彼の宗の元祖は法華経の宝珠を盗み取って己が家財となすが故に閻王の責めを蒙るなり。

宗祖の云わく、一代経々の中には此の経計り一念三千の珠を懐けり、余経の理は珠に似たる黄石なり、沙を絞るに油なし、石女に子の無きが如し、諸経は智者尚お仏にならず、此の経は愚人も仏因を種うべし等云云。

第六に本迹相対して一念三千を明かすことを示すとは、

諸鈔の中に二文あり。一には迹本倶に一念三千と名づけ、二には迹は百界千如と名づけ、本を一念三千と名づく。初文を言わば次ぎ下に云わく、然りと雖も未だ発迹顕本せざれば真の一念三千も顕われず、二乗作仏も定まらず、なお水中の月を見るが如く、根無草の波の上に浮かべるに似たり

初文を言わば次ぎ下に(開目鈔)云わく、然りと雖も未だ発迹顕本せざれば真の一念三千も顕われず、二乗作仏も定まらず、なお水中の月を見るが如く、根無草の波の上に浮かべるに似たり云云。

文に法譬あり、法の中の一念三千は是れ所詮なり、二乗作仏は是れ能詮なり、譬の中に水中の月は真の一念三千顕われざるに譬え、根無草は二乗作仏定まらざるに譬うるなり、法譬の四文並びに本無今有および有名無実の二失を挙げて以って之れを判ずるなり。

問う、迹門の一念三千何んぞ本無今有ならんや。

答う、既に未だ発迹せざる故に今有なり、亦未だ顕本せず、豈本無にあらずや、仏界既に爾なり、九界も亦然なり。故に十法界鈔に云わく、迹門には但是れ始覚の十界互具を説き、未だ本覚本有の十界互具を顕わさず、故に所化の大衆も能化の円仏も皆悉く始覚なり、若し爾れば本無今有の失、何んぞ脱るることを得んや等云云。

問う、迹門の一念三千も亦何んぞ有名無実と云うや。

答う、既に真の一念三千顕われずと云う、豈有名無実と云うに非ずや。故に十章鈔に云わく、一念三千の出処は略開三の十如実相なれども義分は本門に限る、爾前は迹門の依義判文、迹門は本門の依義判文なり等云云。迹門は但文のみ有って其の義なし、豈有名無実に非ずや、妙楽云わく、外小権迹を内大実本に望むるに即ち是れ有名無実なりと云云。

次ぎに二乗作仏も定まらずとは亦二の失あり。

問う、迹門の二乗作仏何んぞ是れ本無今有なるや。

答う、種子を覚知するを作仏と名づくるなり。而るに未だ根源の種子を覚知せざるが故に爾云うなり。

本尊鈔八
-二十に云わく、久遠を以って下種となし、大通前四味迹門を熟となし、本門に至り等妙に登らしむるを脱となす等云云。

而るに迹門に於いては未だ久遠下種を明かさず、豈本無に非ずや。而も二乗作仏と云う、寧ろ今有に非ずや。

問う、本尊鈔の文は且く久遠下種の一類に約す、何んぞ必ずしも二乗の人ならんや。答う、天台大師の三種の教相の中の第二化導の始終の時は、三周得道は皆是れ大通下種の人なり、若し第三師弟の遠近顕われ已れば咸く久遠下種の人と成るなり、且く二乗の人の如きは大通覆講の時に発心・未発心の二類あり、若し久遠下種を忘失せざるは法華を説くを聞いて即ち発心するなり、若し其れ久遠下種を忘失するは妙法を聞くと雖も未だ発心せざるなり。故に玄の六の文に云わく、不失心の者は薬を与うるに即ち服して父子を結ぶことを得、其の失心せる者は良薬を与うと雖も而も肯えて服せず等云云。籤の六に云わく、本の所受を忘るるが故に失心と曰う等云云。彼の発心の中にも亦二類あり、謂わく、第一に不退・第二に退大なり、彼の未発心の人は即ち是れ第三類なり。而るに今日得道の二乗は、多分は第二退大にして、少分は第三類なり。豈久遠下種の人に非ずや、古来の学者斯の旨に達せず云云。

問う、所引の玄籤の文は即ち是れ迹門第九眷属妙中の文なり、迹妙の中に於いて何んぞ本門の事を明かすべけんや。

答う、此れは是れ取意の釈なり、大師言えること有り、未だ是れ本門ならずと雖も意を取って説けるのみと云云。若し爾らずんば何んぞ迹妙の第一、境妙の中に二諦の意を明かすに尚お本行菩薩道の時を取って以って之れを釈するや。

問う、迹門の二乗作仏を何んぞ有名無実と云うや。

答う、其の三惑を断ずるを名づけて成仏となす、而るに迹門には二乗未だ見思を断ぜず、況んや無明を断ぜんや。

文の九−三十二に云わく、今生に始めて無生忍を得、及び未だ得ざるもの咸く此の謂いあり等云云。既に近成を愛楽すれば即ち是れ思惑なり、未だ本因本果を知らず、即ち是れ邪見なり、豈見惑に非ずや。十法界鈔に云わく、迹門の二乗は未だ見思を断ぜず、迹門の菩薩は未だ無明を断ぜず、六道の凡夫は本有の六界に住せず、有名無実の故に涌出品に至りて爾前迹門の無明を断ずる菩薩、五十小劫半日の如しと謂わしむと説く等云云。既に二失あるが故に不定と云うなり、猶お水中の月を見るが如しとは是れ真月に非ず、故に知んぬ、真の一念三千顕われざるに譬うるなり。而して法体の二失を顕わすなり。

一には本無今有の失を顕わす。玄の七に云わく、天月を識らずただ池月を観ずと云云。不識天月豈本無に非ずや、但観池月寧ろ今有に非ずや。二には有名無実の失を顕わす。慧心僧都の児歌に曰わく、手に結ぶ水に宿れる月影の有るか無きかの世にも住むかな云云。根無草の波の上に浮かぶに似たりとは、是れ二乗作仏定まらざるに譬うるなり、根無草とは即ち萍の事なり、故に小野小町の歌に曰わく、わびぬれば身を萍の根を絶えて誘う水あらば往なんとぞ思う云云。

又法体の二失を顕わすなり。一には本無今有の失を顕わす。又小野小町の歌に曰わく、まかなくになにをたねとて萍の波のうねうねおいしげるらん云云。上の句は即ち本無、下の句は是れ今有なり、学者之れを思え。二には有名無実の失を顕わす。資治通鑑に曰わく、浮とは物の水上に浮かぶが如く実につかざるなり云云。既に草ありと雖も実無し、豈有名無実に非ずや、法譬の二文符節を合せるが如し云云。

問う、啓蒙の第五−二十八に云わく、未発迹の未の字本迹一致の証拠なり、已に発迹顕本し畢れば迹は即ち本なるが故なり云云。此の義如何。

難じて曰わく、若し爾らば未顕真実の未の字は権実一致の証拠ならんか、その故は已に真実顕われ畢れば権は即ち是れ実の故なり。日講重ねて会して云わく、権実の例難、僻案の至りなり、若し必ずしも一例ならば則ち宗祖何んぞ予が読む所の迹と名づけて但方便品を誦し、予が誦む所の権と名づけて弥陀経を誦まざるや等云云。

今大弐莞爾として云わく、此の難太だ非なり、何んとなれば権実本迹ともに法体に約するが故に是れ一例なり、若し其れ読誦は修行に約す、故に時に随って同じからず、日講尚お修行を以って法体に混乱す、況んや三時弘経を知らんをや、応に明文を引いて彼れが邪謬を顕わすべし云云。

玄の七−三十三に云わく、問う、三世諸仏皆顕本せば最初実成は若為ぞ本を顕わさん。答う、必ずしも本を顕わさず。問う、若し仏に始成・久成あり発迹・不発迹あらば亦まさに開三顕一・不開三顕一あるべしや等云云。

文の九−十八に云わく、法華に遠を開し竟って常不軽、那んぞ更に近なるや、若し爾らば会三帰一竟って亦応に会三帰一せざるべしや等云云。

文の六−二に云わく、有る人言わく、此の品は是れ迹なり、何んとなれば如来の成道已に久し、乃至中間の中止も亦是れ迹なるのみ。私に謂えらく、義理乃ち然れども文に在りて便ならず、何んとなれば仏未だ本迹を説かず那んぞ忽ちに預領せん、若ならば未だ三を会せず、已に応に一を悟るべし等云云。此の品とは即ち信解品なり。

記の九本三十四に云わく、本門顕われ已って更に近ならば迹門会し已って会せざらんやと云云。治病鈔に云わく、法華経に亦二経有り、所謂迹門と本門となり、本迹の相違は水火天地の違目なり、例せば爾前と法華経との違目よりも猶お相違ありと云云。天台・章安・妙楽・蓮祖、並びに是れ僻案なりや、日講如何。

又修行に約して若し一例を示さば、凡そ蓮祖は是れ末法本門の導師なり。故に正には本門、傍には迹門なり、故に予が誦む所の迹と名づけて方便品を読みたまえり。天台亦是れ像法迹門の導師なり、故に正には法華、傍には爾前なり、故に亦弥陀経等を誦みたまえり、而も亦他人の読誦に異なり、口に権を説くと雖も内心は実法に違わず云云。豈予が誦む所の権と名づけて弥陀経を読むに非ずや、日講如何。

問う、又啓蒙に云わく、既に二乗作仏の下に於いて多宝・分身を引いて真実の旨を定むる故に未発迹顕本の時も真の一念三千にして二乗作仏も定まれり。然るに今真の一念三千顕われず二乗作仏も定まらずとは久成を以って始成を奪う言なり。是くの如く久成を以って始成を奪う元意は天台過時の迹を破せんが為なり云云、此の義如何。

難じて云わく、拙いかな日講、竊盗を行なう者は現に衣食の利あり、何んぞ明文を曲げて強いて己情に会すや。

妙楽の云わく、凡そ諸の法相は所対不同なりと。

宗祖云わく、所詮所対を見て経々の勝劣を辨ずべきなり等云云。上に多宝・分身を引き真実の旨を定むるは是れ爾前の方便に対する故なり。是の故に彼の結文に云わく、此の法門は迹門と爾前と相対する等云云。

今真の一念三千顕われず等と言うは是れ本門に対する故なり、是の故に未発迹顕本等と云うなり。同じき迹門なりと雖も而も所対に随って虚実天別なり。若し強いて爾らずと言わば重ねて難じて云わく、一代聖教皆是れ真実ならんや、既に上の文に言わく、一代五十年の説教は外典外道に対すれば大乗なり、大人の実語なりと云云、日講如何。

況んや復久成を以って始成を奪う則んば真の一念三千に非ざること汝も亦之れを知れり。若し実に然らずんば蓮祖何んぞ無実を以って台宗を破すべけんや。

始成正覚を破れば等とは、経に云わく、我実に成仏してよりこのかた無量無辺なり等云云、

是れ即ち爾前迹門の始成正覚を一言に大虚妄なりと破る文なり。

天台云わく云云。

宗祖云わく云云。

四教の果を破れば四教の因破る等とは、広くは玄文第七巻の如し、此の中に十界の因果とは是れ十界互具の因果には非ず、因は是れ九界、果は是れ仏界の故に十界の因果と云うなり、並びに釈尊の因行を挙げ、通じて九界を収むるなり、是れ則ち本因本果の法門とは此に深秘の相伝有り、所謂文上文底なり、今はしばらく文上に約して以って此の文を消せん。本因は即ち是れ無始の九界なり、故に経に云わく、我本菩薩の道を行ぜし時、成ずる所の寿命今猶お未だ尽きず等云云。天台云わく、所住に登る時已に常寿を得等云云。既に是れ本因常住なり、故に無始の仏界と云う、本因猶お常住なり、何に況んや本果をや。故に経に云わく、我実に成仏してより已来甚大久遠にして寿命無量阿僧祇劫なり、常住にして不滅なり云云。既に是れ本果常住なり、故に無始の仏界と云う。本有常住名体倶実の一念三千なり。故に真の十界互具、百界千如、一念三千と云うなり

次ぎに迹門百界千如の文とは、

本尊鈔八−十八に云わく、迹門は始成正覚の仏、本無今有、百界千如を説く、本門は十界久遠の上に国土世間既に顕わる云云、

迹門は未だ国土世間を明かさざる故に百界千如に限るなり、而るに迹門方便品に一念三千を説くと云えることは正に必ず依あり、故に与えて爾云うなり。若し奪って之れを論ぜば迹門は但之れ百界千如なり。

本尊鈔に云わく、百界千如と一念三千と差別如何。

答えて曰わく、百界千如は有情界に限り、一念三千は情・非情に亘る云云。

 

 


 

文底秘沈鈔第二

 



佛は法華を以って本懐と為すなり、世人は但本懐為ることを知って未だ本懐たる所以を知らず。然らば本懐たる所以應に之れを聞くことを得べけんや。

謂わく、文底に三大秘法を秘沈する故なり。何を以って識ることを得んや、

一は謂わく、本門の本尊なり。是れ則ち一閻浮提第一の故なり、又閻浮提の中に二無く亦三無し、是の故に一と言うなり。

大は謂わく、本門の戒壇なり。旧より勝るる也と訓ず、権迹の諸戒に勝るるが故なり、又最勝の地を尋ねて建立するが故なり。

事は謂わく、本門の題目なり。理に非ざるを事と曰う、是れ天台の理行に非ざる故なり、又事を事に行ずるが故に事と言うなり、並びに両意を存す、乃ち是れ待絶なり、於戯天晴れぬれば地明きらかなり、我が祖の本懐掌に在らんのみ。

 


文底秘沈鈔


日寛謹んで記す

法華取要鈔に云わく、問うて曰わく、如来の滅後二千余年、龍樹・天親・天台・伝教の残したもう所の秘法何物ぞや。答えて云わく、本門の本尊と戒壇と題目の五字となり云云。

問う、此の文の意如何。

答う、此れは是れ文底秘沈の大事、正像未弘の秘法、蓮祖出世の本懐、末法下種の正体にして宗門の奥義此れに過ぎたるは莫し。故に前代の諸師尚お顕わに之れを宣べず、況んや末学の短才何んぞ輙く之れを解せん。

然りと雖も今講次に臨んで遂に已むことを獲ず、粗大旨を撮って以って之れを示さん。初めに本門の本尊を釈し、次ぎに本門の戒壇を釈し、三に本門の題目を明かさん。

第一本門本尊篇

夫れ本尊とは所縁の境なり、境能く智を発し、智亦行を導く、故に境若し正しからざる則んば智行も亦随って正しからず。

妙楽大師(弘決)謂えること有り、仮使発心真実ならざる者も正境に縁ずれば功徳猶お多し、若し正境に非ざれば縦い妄偽なけれども亦種と成らず等云々。

今末法下種の本尊を明かすに且つ三段と為す。初めに法の本尊を明かし、次ぎに人の本尊を明かし、三に人法体一の深旨を明かす。

初めに法の本尊とは、即ち是れ事の一念三千無作本有の南無妙法蓮華経の御本尊是れなり、具さに観心本尊鈔の如し。

問う、法の本尊を以って事の一念三千と名づくる所以如何。

答う、将に此の義を知らんとせば須く迹本文底の一念三千を了すべし。謂わく、迹門を理の一念三千と名づく、是れ諸法実相に約して一念三千を明かす故なり。

弘の五の中に云わく、既に諸法と云う、故に実相即十なり、既に実相と云う、故に十即実相なり云云。

金ぺい論に云わく云云。

北峯に云わく、諸法は十界十如を出でず、故に三千を成ずと云云。

又本門を事の一念三千と名づく、是れ因果国に約して一念三千を明かす故なり。

本尊鈔に云わく、今本時の娑婆世界は三災を離れ四劫を出でたる常住の浄土なり、仏既に過去にも滅せず、未来にも生ぜず、所化以って同体なり、此れ即ち己心の三千具足の三種の世間なりと云云。

此の文の中に因果国明きらかなり、

文句第十に云わく、因果は是れ深事等云云。

今事の一念三千の本尊とは、前に明かす所の迹本二門の一念三千を以って通じて理の一念三千と名づけ、但文底独一の本門を以って事の一念三千と名づくるなり、是れ則ち本尊鈔に竹膜を隔つると判じ、開目鈔に文底秘沈と釈したもう故なり云云。

問う、本尊鈔の文、古義蘭菊たり。所謂、

一には本迹鈔一に云わく、國土世間と十如是と只開合の異なるが故に竹膜を隔つと云うなり云云。

二には決疑鈔の下に曰わく、九界の一念三千と仏界の一念三千と但竹膜を隔つるなり云云。

三には又(本迹決疑鈔)云わく、能居の十界、所居の國土既に一念に具する故に只竹膜を隔つるなり云云。 

四には幽微録の四に云わく、迹化の内証自行の辺と宗門の口唱と只竹膜を隔つるなり云云。 

五には又(幽微録)云わく、十界久遠の曼荼羅と一念三千と只竹膜を隔つるなり。

六には又(幽微録)云わく、法相に約すれば本有の三千、行者に約すれば一念三千、少分の異なるが故に竹膜を隔つと云うなり云云。

七には日朝の鈔に云わく、迹門は理円、本門は事円、事理の心地只竹膜を隔つるなり。

八には又云わく、本門の一念三千之れを顕わし已んぬれば自己の一念三千と只竹膜を隔つるなり云云。

九には日享の鈔に云わく、迹門には未だ國土世間を説かず、本門には之れを説く、此の不同の相只竹膜を隔つるなり云云。

十には安心録に云わく、一念三千、凡聖同体なり、迷悟之れを隔つること猶お竹膜の如きなり云云。

十一には啓蒙十八に云わく、寿量品の因果國の法相と一念三千の本尊と只竹膜を隔つるなり云云。

十二には日忠の本尊鈔の鈔に云わく、十界久遠の上に國土世間既に顕わる、一念三千の法門と只竹膜を隔つるなり云云。

十三には日辰の鈔に云わく、一念三千始めの相違は竹膜の如く、終りの相違は天地の如し、謂わく、迹門の妙法を一念三千と名づくると、本門の妙法を一念三千と名づくると只竹膜を隔つるなり、若し種熟の流通に約して本化迹化の三千の不同を論ぜば天地水火の如くなり云云。

十四には日我の鈔に云わく、一念三千殆んど竹膜を隔つとは久成と始成と、事の一念三千と理の一念三千となり、雖近而不見の類いなり、近き処の事の一念三千を知らざるを竹膜を隔つと云うなり云云。其の外之れを略す云云。 

上来示す所の古今の師は、智は日月に等しく徳は日本に耀けり。然りと雖も未だ迹本事理の一念三千殆んど隔つと言わず、山野の憶度誰人か之れを信ぜん。

答う、不相伝の家には聞き得て應に驚くべし、今略して所引の文の意を示さん云云。

凡そ本尊の鈔の中に五種の三段を明かすに分かって二と為す、初めは総の三段、二には別の三段なり、総の三段亦二と云云。 

次ぎの別の三段に亦分かって三と為す、初めには迹門熟益の三段、次ぎには本門脱益の三段、三には文底下種の三段なり。今所引の文は本門脱益の三段の中の所説の法体の下の文なり、此の所説の法体の文亦二意有り。

初めには直に迹門に対して以って本門を明かす、所謂彼は本無今有の百界千如、此れは本有常住の一念三千なり、故に所説の法門天地の如し。

二には重ねて文底に望んで還って本迹を判ず、所謂本迹の異り実に天地の如しと雖も、若し文底独一の本門真の事の一念三千に望んで、還って彼の迹本二門の事理の一念三千を見る則んば只竹膜を隔つるなり云云。

譬えば直に一尺を以って一丈に望むれば則ち長短大いに異なれども、若し十丈に望んで而も還って彼の一尺一丈を見れば則ち只是れ少異と成るが如し。

又玄文第六疏記第一等に准ずるに、且く二万億仏の時節久しと雖も、若し大通に望むれば始めて昨日と為るが如し、又三千塵点遥かなりと雖も、若し五百塵点に望むれば猶お信宿と成るが如し、之れに准じて知るべし云云。

学者應に知るべし、所説の法門実に天地の異り有りと雖も、若し文底独一本門真の事の一念三千に望むる則んば只竹膜と成ることを。故に知んぬ、諸の法相は所対に随って同じからず、敢えて偏執すること勿れ、敢えて偏執すること勿れ。

故に当流の意は而も文底独一本門真の事の一念三千に望むに、迹本二門の事理の一念三千を以って通じて迹門理の一念三千と名づくるなり。

妙楽(文句記)云わく、本久遠なりと雖も観に望むれば事に属す云云。

寛が云わく、本久遠なりと雖も観に望むれば理に属す云云。

謂わく、本は十界久遠の事の一念三千なりと雖も、文底直達の正観に望むる則んば理の一念三千に属するが故なり、還って日忠が一字の口伝に同じ。

妙楽云わく、故に成道の時此の本理に称うと云云。

日忠の謂わく、故に成道の時此の本事に称うと云云。

問う、文底独一本門を以って事の一念三千の本尊と名づくる意如何。

答う、云云。

重ねて問う、

云云。

問う、修禅寺決に曰わく、南岳大師一念三千の本尊を以って智者大師に付す、所謂絵像の十一面観音なり。頭上の面に十界の形像を図し、一念三千の体性を顕わす、乃至一面は一心の体性を顕わす等云云。既に十界の形像を図し顕わす、應に是れ事の一念三千なるべきや。

答う、之れを図し顕わすと雖も猶お是れ理なり、何んとなれば三千の体性、一心の体性を図し顕わす故なり。應に知るべし、体性は即ち是れ理なり。故に知んぬ、理を事に顕わすことを。是の故に法体猶お是れ理なり、故に理の一念三千と名づくるなり。例せば大師の口唱を仍お理行の題目と名づくるが如し。若し当流の意は事を事に顕わす、是の故に法体本是れ事なり、故に事の一念三千の本尊と名づくるなり。

問う、若し爾らば其の法体の事とは何。

答う、未だ曾って人に向かって此くの如き事を説かじ云云。

次ぎに人の本尊とは即ち是れ久遠元初の自受用報身の再誕、末法下種の主師親、本因妙の教主大慈大悲の南無日蓮大聖人是れなり。

問う、久遠元初の自受用身とは即ち是れ本因妙の教主釈尊なり、而るに諸門流一同の義に曰わく、蓮祖は即ち是れ本化上行の再誕なりと云云。其の義文理分明なり、処々に之れを示すが如し、今何んぞ蓮祖を久遠元初の自受用身と称し奉るや。

答う、外用の浅近は実に所問の如し、今は内証の深秘なるが故に自受用報身の再誕と云うなり。血脈鈔に云わく、久遠名字已来本因本果の主、本地自受用報身の垂迹、上行菩薩の再誕、本門の大師日蓮等云云。

若し外用の浅近に拠れば上行の再誕日蓮なり、若し内証の深秘に拠れば本地自受用の再誕日蓮なり。故に知んぬ、本地は自受用身、垂迹は上行菩薩、顕本は日蓮なり。

問う、顕本日蓮とは前代に未だ聞かず、若し文理無くんば誰か之れを許すべけんや。

答う、宗祖(三三蔵祈雨事)云わく、日蓮佛法を試むるに道理文証には過ぎず、亦道理文証よりも現証には過ぎず云云。

今先ず現証を引き、次ぎに文証を引かん。

初めに現証とは、開目鈔下に云わく、日蓮と云いし者は去ぬる文永八年九月十二日子丑の時に頚刎ねられぬ、此れは魂魄佐渡の國に至りて等云云。

上野鈔外五に云わく、三世諸佛の成道は子丑の終り寅の刻の成道なり云云。

四条金吾鈔外二云わく、娑婆世界の中には日本國、日本國の中には相模の國、相模の國の中には片瀬、片瀬の中には龍口に日蓮が命を留め置く事は法華経の御故なれば寂光土とも云うべきか云云。

寂光豈自受用土に非ずや、故に知んぬ、佐州已後は蓮祖は即ち是れ久遠元初の自受用身なり、寧ろ現証分明なるに非ずや。

次に文証とは、血脈鈔に云わく、釈尊久遠名字即の御身の修行を末法今時の日蓮が名字即の身に移す云云。

又(血脈鈔)云わく、今の修行は久遠名字の振舞に介爾計りも相違なき云云。

是れ行位全同を以って自受用身即ち是れ蓮祖なることを顕わすなり。

故に血脈鈔に云わく、久遠元初の唯我独尊とは日蓮是れなり云云。

三位日順の詮要鈔に云わく、久遠元初の自受用身とは蓮祖聖人の御事なりと取り定め申す可き也云云。

学者應に知るべし、但吾が蓮祖のみ内証外用有るには非ず、天台・伝教も亦内証外用有り。

故に等海鈔三に云わく、されば異朝の人師は天台を小釈迦と云う、乃至又釈尊の智海、龍樹の深位、天台の内観、三祖一体と習うなり、此の時は天台と釈尊と一体にして不同無しと云云。

異朝の人師とは伝法護國論に云わく、龍智天竺に在り、讃じて云わく、震旦の小釈迦広く法華経を開し、一念に三千を具し依正皆成佛すと云云、此の文を指すなり。

書註二に山門の縁起を引いて云わく、釈迦は大教を伝うるの師たり、大千界を観るに豊葦原の中國有り、此れ霊地なり。忽ちに一叟有り、佛に白して言わく、我人寿六千歳の時より此こを領す、故に肯えて之れを許さずと、爾の時に東土の如来忽ちに前に現じて言わく、我人寿二万歳の時より此の地を領すと、即ち釈迦に付して本土に還帰す、爾の時の叟とは白鬚神是れなり、爾の時の釈迦とは伝教是れなり、故に薬師を以って中堂の本尊と為す、此れは是れ且く寿量の大薬師を表して像法転時の薬師佛と号づく等云云。

若し外用浅近は天台は即ち是れ薬王の再誕なり、伝教は亦是れ天台の後身なり、然りと雖も台家内証の深秘は倶に釈尊と是れ一体なり、他流の輩は内証深秘の相伝を知らざるが故に外用の一辺に執するのみ。

次ぎに末法下種の主師親とは諸鈔の中に其の文散在す云云。

産湯相承に云わく、日蓮は天上天下の一切衆生の主君なり、父母なり、師匠なり、今久遠下種の寿量品に云わく、今此三界乃至三世常恒に日蓮は今此三界の主なり云云。

亦次ぎに本因妙の教主とは血脈鈔に云わく、具騰本種正法実義本迹勝劣の正伝、本因妙の教主、本門の大師日蓮と云云。

又(血脈鈔)云わく、我が内証の寿量品とは脱益の寿量の文底本因妙の事なり、其の教主は某なり。

問うて言わく、教主とは應に釈尊に限るべし、何んぞ蓮祖を以って亦教主と称せんや。

答う、釈尊は乃ち是れ熟脱の教主なり、蓮祖は即ち是れ下種の教主なり、故に本因妙の教主と名づくるなり。應に知るべし、三皇・五帝は儒の教主なり、無畏三蔵は真言の教主なり、天台大師は止観の教主なり、今吾が蓮祖を以って本因妙の教主と称するに何の不可有らんや。

補註十二−十四に云わく、且つ夫れ儒には乃ち三皇・五帝を以って教主と為す、尚書の序に云わく、三皇の書は之れを三墳と謂い大道を言うなり、五帝の書は之れを五典と謂い常道を言うなり、此の墳典を以って天下を化す、仲尼・孟軻より下は但是れ儒教を伝うるの人なるのみ、尚お教主に非ず、況んや其の余をや云云。

宋高僧伝の無畏の伝に云わく、開元の始め玄宗夢に真僧と相見ゆ、丹青を御して之れを写す、畏の此こに至るに及んで夢と符号す、帝悦んで内道場を飾り尊んで教主と為す、釈書第一大概之れに同じ。

止観第一に云わく、止観の明静なる前代に未だ聞かず、智者、大隋の開皇十四年四月二十六日荊州玉泉寺に於いて一夏敷揚し二時に慈ちゅうす云云。

弘の一上八に云わく、止観の二字は正しく聞体を示し、明静の二字は体徳を歎ず、前代未聞とは能聞の人を明かし、智者の二字は即ち是れ教主なり、大隋等とは教を説くの時なり云云。

亦次ぎに大慈大悲とは開目鈔上に云わく、去れば日蓮は法華経の智解は天台・伝教には千分が一分も及ぶ事無けれども、難を忍び慈悲勝れたる事は怖れをも懐きぬべし等云云。

報恩鈔に云わく、日蓮が慈悲広大ならば南無妙法蓮華経は万年の外未来までも流布すべし云云。

應に知るべし、大難を忍びたもうは偏えに大慈大悲の故なり。

復次ぎに南無日蓮大聖人とは、

問う、他門流の如き一同に皆日蓮大菩薩と号す、即ち是れ勅命に由るが故なり、所謂人王九十九代後光厳院の御宇大覚僧正祈雨の効験により、文和元年壬辰六月二十五日大菩薩の綸旨を賜う故なり、何んぞ当門流のみ一り日蓮大聖人と称するや。

答う、是れ即ち蓮祖の自称、亦是れ佛の別号なるが故なり。

撰時鈔下に云わく、南無日蓮聖人と唱えんとすとも南無と計りにてや有らん、不便と云云。

又(撰時鈔下)云わく、日蓮當世には日本第一の大人なり云云。

既に大人なり、聖人なり、豈大聖人に非ずや。

聖人知三世鈔二十八に云わく、日蓮は一閻浮提第一の聖人なり等云云。第一と云うは即ち大の義なり。

故に開目鈔上十一に云わく、此等の人々に勝れて第一なる故に世尊をば大人と申すなりと云云。聖人の名通ずる故に大を以って之れを簡ぶなり。

應に知るべし、大聖人とは即ち佛の別号なり、

故に経(方便品)に云わく、慧日大聖尊と云云、尊は即ち人なり、人は即ち尊なり、唯我独尊、唯我一人是れなり。

又開目鈔に云わく、佛世尊は実語の人なる故に聖人・大人と号するなり等云云。

故に知んぬ、日蓮大聖人とは即ち蓮祖の自称にして亦是れ佛の別号なり、何んぞ還って大菩薩と称すべけんや。

下山鈔二十六−五十一に云わく、教主釈尊よりも大事なる日蓮云云。

佐渡鈔(種々御振舞御書)十四に云わく、斯かる日蓮を用ゆるとも悪敷敬わば國亡ぶべし等云云。之れを思い合わすべし。

三には人法体一の深旨とは、謂わく、前代に明かす所の人法の本尊は其の名殊なりと雖も其の体是れ一なり。所謂人は即ち是れ法、自受用身即一念三千なり、法は即ち是れ人、一念三千即自受用身なり、是れ則ち正が中の正、妙が中の妙なり、即ち是れ行人所修の明鏡なり、豈鏡に臨んで容を正すに異なるべけんや。諸宗の学者近くは自門に執し遠くは文底を知らず、所以に粗之れを聞くと雖も敢えて之れを信ぜず、徒らに水影に耽りて天月を蔑ろにす、寧ろ不識天月但観池月の者に非ずや。妙楽の所謂目に如意を覩て水精と争い已に日光に遇いて燈燭を謀るとは是れなり。

問う、曾って諸経の明文を開きて衆釈の元旨を伺うに人法の勝劣猶お天地の如し、供養の功徳亦水火に似たり、那んぞ人法体一と云うや。

普賢観経に云わく、此の大乗経典は三世の諸の如来を出生する種なり云云。

又(普賢観経)云わく、方等経典は為れ慈悲の主なり云云。

涅槃経に云わく、諸佛の師とする所は所謂法なり、是の故に如来恭敬供養す等云云。

薬王品に云わく、若し復人有りて七寶を以って三千大千世界を満てて佛を供養せん、是の人の得る所の功徳も此の法華経の乃至一四句偈を受持する、其の福の最も多きに如かじと云云。

文十−三十一に云わく、七寶もて四聖に奉するも一偈を持つに如かず、法は是れ聖の師にして、能く生じ能く養い能く成じ能く栄うるは、法に過ぎたるは莫し、故に人は軽く法は重し云云。

記十−六十七に云わく、発心法に由るを生と為し、始終随逐を養と為し、極果を満たしむるを成と為し、能く法界に應ずるを栄と為す、四不同なりと雖も法を以って本と為す云云。籤八−二十五に云わく、父母に非ざれば以って生ずること無く、師長に非ざれば以って成ずること無く、君主に非ざれば以って栄うること無し云云。

方便品に云わく、法を聞きて歓喜し讃めて乃至一言を発せば則ち為れ已に一切三世の佛を供養するなり云云。

寶塔品に云わく、其れ能く此の経法を護ること有らん者は則ち為れ我及び多寶を供養するなり云云。

又(寶塔品)云わく、此の経は持ち難し、若し暫くも持つ者は我則ち歓喜す、諸佛も亦然なり云云。

神力品に云わく、能く是の経を持たん者は我及び分身滅度の多寶佛をして一切皆歓喜せしめ、亦は見、亦は供養し、亦は歓喜することを得せしめん云云。

陀羅尼品に云わく、八百万億那由他恒河沙等の諸佛を供養せん、能く是の経に於いて乃至一四句偈を受持せん、功徳甚だ多し略鈔。

善住天子経に云わく、法を聞きて謗を生じ地獄に堕つるは恒沙の佛を供養するに勝る等云云。

名疏十−三十八に云わく、実相は是れ三世諸佛の母なり、母若し病を得ば諸子憂愁す、乃至若し止一佛を供養するは余佛に於いて功徳無し、若し一佛を謗るは余佛に於いて罪無し、佛母の実相を供養せば即ち三世十方の佛所に於いて倶に功徳を得、若し佛母を毀謗せば則ち諸佛に於いて怨となる云云。

今此等に准ずれば法は是れ諸佛の主師親なり、那んぞ人法体一と言うや、若し明文無くんば誰人か之れを信ぜんや。

答う、所引の文皆迹中化他の虚佛、色相荘厳の身に約するが故に勝劣有り、若し本地自行の真佛は久遠元初の自受用身、本是れ人法体一にして更に優劣有ること無し、今明文を出だして以って実義を示さん。

法師品に云わく、若しは経巻所住の処此の中已に如来の全身有す云云。

天台釈して(文句)云わく、此の経は是れ法身の舎利等云云。

寶塔品に云わく、若し能く持つ有らば則ち佛身を持つ云云、

普賢観経に云わく、此の経を持つ者は則ち佛身を持つ云云。

文句第十に云わく、法を持つは即ち佛身を持つ云云。

又涅槃経には如来行と言い今経には安楽行と言う。

天台文八−六十五に之れを會して云わく、如来は是れ人、安楽は是れ法、如来は是れ安楽の人、安楽は是れ如来の法、総じて之れを言わば其の義異ならずと云云。

記八末に云わく、如来涅槃、人法名殊なれども大理別ならず、人は即ち法の故にと云云。

會疏十三−二十一に云わく、如来は即ち是れ人の醍醐、一実諦は是れ法の醍醐、醍醐の人醍醐の法を説き、醍醐の法醍醐の人を成ず、人と法と一にして二無しと云云。

略法華経に云わく、六万九千三八四、一一文々是真佛云云。

諸鈔の中文字は是れ佛なりと云云。

御義口伝に云わく、自受用身即一念三千。

伝教大師秘密荘厳論に云わく、一念三千即自受用身等云云。

報恩鈔に云わく、自受用身即一念三千。

本尊鈔に云わく、一念三千即自受用身云云。

宗祖示して(上野殿御返事)言わく、文は睫毛の如し云云。斯の言良に由有るかな、人法体一の明文赫々たり、誰か之れを信ぜざらんや。

問う、生佛尚お一如なり、何に況んや佛々をや、而るに那んぞ仍お一別の異有らんや。

答う、若し理に拠って論ずれば法界に非ざること無し、今事に就いて論ずるに差別無きに非ず。謂わく自受用身は是れ境智冥合の真身なり、故に人法体一なり、

譬えば月と光と和合するが故に体是れ別ならざるが如し。若し色相荘厳の佛は是れ世情に随順する虚佛なり、故に人法体別なり、譬えば影は池水に移る故に天月と是れ一ならざるが如し、妙楽の所謂本時の自行は唯円と合す、化他は不定なり亦八教有りとは是れなり。

問う、色相荘厳の佛身は世情に随順する証文如何。

答う、且く一両文を出ださん。方便品に云わく、我が相を以って身を厳り光明世間を照らし、無量の衆に尊ばれて為めに実相の印を説く云云。

文四に云わく、身相炳著にして光色端厳なれば衆の尊ぶ所と為り則ち信受すべし云云。

弘六本に云わく、謂わく、佛の身相具せざれば一心に道を受くること能わず、器の不浄なるに好き味食を盛れども人の喜ばざる所の如し、是の故に相好を以って自ら其の身を荘る云云。

安然の教時義に云わく、世間皆知る佛に三十二相を具することを、此の世情に随って三十二相を以って佛と為す云云。

止観七−七十六に云わく、縁不同と為す、多少は彼に在り云云。

劣應三十二相、勝應八万四千、他受用の無盡の相好は只道を信受せしめんが為めに仮りに世情に順ずる佛身なり、

金剛般若経に云わく、若し三十二相を以って如来と見れば転輪聖王も即ち是れ如来ならん云云。

又偈に(金剛般若経)云わく、若し色を以って我と見れば是れ則ち邪道を行ず等云云。

台家の相伝、明匠口決五−二十六に云わく、他宗の権門の意は紫金の妙体に瓔珞細なんの上服を著し意義具足する佛を以って佛果と為す、一家の円実の意は此くの如きの佛果は且く機の前に面形を著け、化たる佛なる故に有為の報佛未だ無常をまぬがれずと下し、此の上に本地無作三身を以って真実の佛果と為す、其の無作三身とは亦何物ぞ、只十界三千万法常住の所を体と為す、山家(秘密荘厳論)の云わく、一念三千即自受用身と以上略鈔。

問う、本果は正しく是れ本地自行の自受用身なり、若し爾らば則ち人法体一とせんや。

答う、若し文底の意に准ずれば本果は仍お是れ迹中化他の應佛昇進の自受用にして、是れ本地自行の久遠元初の自受用に非ず、何んぞ人法体一と名づけんや。

問う、若し爾らば本果は猶お迹佛化他の成道とせんや。

答う、文底の意に准ぜば実に所問の如し、謂わく、本果の成道に既に四教八教有りて全く今日の化儀に同じきが故なり。

文一−二十一に云わく、唯本地の四佛は皆是れ本なり云云。

籤七に云わく、既に四義の深浅不同有り、故に知んぬ、不同は定めて迹に属す云云。

又(釈籖)云わく、久遠に亦四教有り云云。

又(釈籖)云わく、昔日已に已今を得等云云。

故に知んぬ、本果仍お四教八教有り。

記一に云わく、化他は不定なり亦八教有りと云云。

此等の文に准ずるに本果は仍お是れ迹佛化他の成道なり。應に知るべし、三蔵の應佛次第に昇進して寿量品に至り、自受用身と顕わるるが故に應佛昇進の自受用身と名づくるなり、是れ則ち今日の本果と一同なり云云。

問う、二佛の供養に浅深有りや。

答う、功徳の勝劣猶お天地の如し、

入大乗論下十九に云わく、若し法身を礼すれば即ち一切の色心を礼す、故に知んぬ、法身を本と為す、無量の色身は皆法身に依って現ず、故に仮使恒河沙の色身と雖も一法身に如かじ云云。

金剛般若論に云わく、法身に於いて亦能く了因と作り、報應の荘厳相好此こに於いて正因と為る云云。

玄私五本に云わく、彼の経論の意は色相の佛を以って佛と為すに非ず、故に今報應の因を以って亦世間の福に属す云云。

名疏十−三十七に云わく、生身を供養するを名づけて生因と為すも、菩提に趣かず、法身を供養するを実に了因と名づけ能く菩提に趣くと云云。

籤五−八に云わく、生因とは有漏の因なり云云。

法師品に云わく云云、

妙楽(文句記)云わく、供養すること有らん者は福十号に過ぐ云云。

学者應に知るべし、久遠元初の自受用身は全く是れ一念三千なり、故に事の一念三千の本尊と名づくるなり、秘すべし、秘すべし云云。

第二に本門戒壇篇

夫れ本門の戒壇に事有り、義有り、所謂義の戒壇とは即ち是れ本門の本尊所住の処、義の戒壇に当たる故なり、

例せば文句第十に、佛其の中に住す即ち是れ塔の義なりと釈するが如し云云。

正しく事の戒壇とは一閻浮提の人、懴悔滅罪の処なり、但然るのみに非ず、梵天・帝釈も来下して踏みたもうべき戒壇なり。

秘法鈔に云わく、王臣一同に三秘密の法を持たん時、勅宣並びに御教書を申し下して、霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべき者か、時を待つべきのみ、事の戒法と申すは是れなり等云云。

宗祖(南条殿御返事)云わく、此の砌に臨まん輩は無始の罪障忽ちに消滅し三業の悪転じて三徳を成ぜんのみ云云。

問う、霊山浄土に似たらん最勝の地とは何処を指すとせんや。

答う、應に是れ富士山なるべし、故に富士山に於いて本門の戒壇之れを建立すべきなり、将に此の義を明かさんとするに且く三門に約す、所謂、道理・文証・遮難なり。

初めに道理とは、一には謂わく、日本第一の名山なるが故に、

都良香の富士山の記に云わく、富士山は駿河の國に在り、峰削り成すが如く直に聳えて天に属けり、其の高きこと測るべからず、史籍の記する所を歴覧するに未だ此の山より高きは有らざる者なり、蓋し神仙の遊萃する所なり云云。

二には謂わく、正しく王城の鬼門に當たるが故に、

義楚六帖第二十一−五に云わく、日本國亦倭國と名づく、東海の中に在り、都城の東北千里に山あり、富士山と名づく云云。

東北は即ち是れ丑寅なり、丑寅を鬼門と名づくるなり。珠林十一−十一・ほ記第三云云。

類聚一末五十三に云わく、天竺の霊山は王舎城の丑寅なり、震旦の天台山は漢陽宮の丑寅なり、日本の比叡山は平安城の丑寅なり、共に鎮護國家の道場なり云云。

上野鈔外五−七に云わく、佛法の住処は鬼門の方に三國倶に建つるなり、此等は相承の法門なりと云云。

三には謂わく、大日蓮華山と名づくるが故に、

神道深秘二十六に云わく、駿河國大日蓮華山云云。

今之れを案ずるに山の形八葉の蓮華に似たるが故に爾名づくるなり。

神社考四−二十に云わく、富士縁起に云わく、孝安天皇九十二年六月富士山涌出す、乃ち郡名を取って富士山と云う、形蓮華に似て絶頂に八葉ありと云云。

既に是れ日蓮が山なり、最も此の処に於いて戒壇を建つべきなり、自余之れを略す。

次ぎに文証を引くとは、本門寺の額に云わく、大日本國富士山、本門寺根源等云云。

御書外十六(身延相承書)に御相承を引いて云わく、日蓮一期の弘法白蓮阿闍梨日興に之れを付嘱す、本門弘通の大導師たるべし、國主此の法をたてらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり、時を待つべきのみ、事の戒法と謂うは是れなり等云云。

開山上人門徒存知(富士一跡門徒存知の事)に云わく、凡そ勝地を撰び伽藍を建立するは仏法の通例なり、然るに駿河國富士山は日本第一の名山なり、最も是の砌において本門寺を建つべきなり云云。

三位日順詮要鈔に云わく、天台大師は漢土天台山に於いて之れを弘宣す、彼の山名を取って天台大師と号す、富士山又日蓮山と名づく、最も此の山に於いて本門寺を建つべし、彼は迹門の本寺、此れは本門の本山なり、此こに秘伝有り云云。

況んや復本門戒壇の本尊所住の処、豈戒壇建立の霊地に非ずや。

経(神力品)に曰わく、若しは経巻所住の処、若しは園中に於いても、若しは林中に於いても、乃至是の中皆應に塔を起て供養すべし等云云。

問う、有るが謂わく、凡そ身延山は蓮祖自らの草創の地にして諸山に独歩せり、所以に諸鈔(南条殿御返事)の中に歎じて曰わく、天竺の霊鷲山にも劣らず、震旦の天台山にも勝れたり云云。

故に知んぬ、霊鷲山に似たらん最勝の地とは應に是れ身延山なるべし、如何。

答う、最勝の地を論ずるに事有り、義有り、謂わく、富山の最勝は即ち事に約するなり、身延山の最勝は是れ義に約するなり。然る所以は蓮祖大聖九年の間、一乗の妙法を論談し摩訶止観を講演したもうが故に霊山金仙洞にも劣らず、天台銀地の峰にも勝る、天台の所謂法妙なるが故に即ち処尊しとは是れなり。然るに正応元年の冬、興師離山の後、彼の山已に謗法の地と成りぬ、云うても余り有り、歎いても何かせん、彼の摩梨山の瓦礫の土と成り、栴檀林の荊棘と成りしにも過ぎたり云云。

問う、有るが謂わく、宗祖(南条殿御返事)云わく、教主釈尊の一大事の秘法を霊鷲山にして相伝し、日蓮が肉団の胸中に秘して隠し持てり、去れば日蓮が胸の間は諸仏入定の処なり、舌の上は転法輪の処、喉は誕生の処、口中は正覚の砌なり、斯かる不思議なる法華経の行者の住処なれば争でか霊山浄土に劣るべき云云。

今此の文に准ずるに延山は正しく是れ法身の四処なり、豈最勝の地に非ずや。

答う、教主釈尊の一大事の秘法とは結要付属の正体、蓮祖出世の本懐、三大秘法の随一、本門の本尊の御事なり。是れ則ち釈尊塵点劫より来心中深秘の大法なり、故に一大事の秘法と云うなり。

然るに三大秘法の随一の本門戒壇の本尊は今富士の山下に在り、故に富士山は即ち法身の四処なり、是れ則ち法妙なるが故に人尊く、人尊きが故に処尊しとは是れなり。

問う、有るが謂わく、凡そ身延山は蓮師の正墓なり、故に波木井鈔二十三に云わく、何國にて死し候とも墓をば身延の山の沢に立てさすべく候等云云。既に是れ御墓処なり、豈最勝の地に非ずや。

答う、汝等法水の清濁を論ぜず但御墓所の在無を論ず、是れ全身を軽んじて砕身を重んずるか、而るに彼の御身骨は正しく興師離山の日之れを富山の下に移し、今に伝えて之れ有り、塔中の水精輪に盛ること殆んど升余に満つ、

而も開山上人御遺状有り、(日興跡条条事)謂わく、大石寺は御堂と云い墓所と云い日目之れを管領せよ等云云。

既に戒壇の本尊を伝うるが故に御堂と云い、又蓮祖の身骨を付するが故に墓所と云うなり、故に蓮祖の正墓は今富山に在るなり。

問う、有るが謂わく、宗祖の云わく、未来際までも心は身延の山に住むべく候云云。故に祖師の御心常に延山に在り、故に知んぬ、是れ最勝の地なることを。

答う、延山は本是れ清浄の霊地なり、所以に蓮師に此の言有り、而るに宗祖滅度の後地頭の謗法重畳せり、興師諌暁すれども止めず、蓮祖の御心寧ろ謗法の処に住せんや、故に彼の山を去り遂に富山に移り、倍先師の旧業を継ぎ更に一塵の汚れ有ること無し。

而して後法を日目に付し、日目亦日道に付す、今に至って四百余年の間一器の水を一器に移すが如く清浄の法水断絶せしむること無し、蓮師の心月豈此こに移らざらんや、是の故に御心今は富山に住したもうなり。

問う、若し蓮祖の御心、地頭の謗法に依って彼の山に住したまわずといわば、天子将軍仍お未だ帰依したまわざる故に一閻浮提皆是れ謗法なり、那んぞ彼を去って此こに移るべけんや。

答う、総じて之れを言わば実に所問の如し、今別して之れを論ぜば縁に順逆あり、故に逆を去って順に移るなり。

取要鈔に云わく、小大権実顕密倶に教のみ有って得道無し、一閻浮提皆謗法と成り畢んぬ、我が門弟は順縁なり、日本国は逆縁なり云云。

四条鈔に云わく、去れば八幡大菩薩は不正直を悪みて天に登りたまえども、法華経の行者を見ては争でか其の影を惜しみたもうべき云云、此の文に准例して今の意を察にすべし云云。問う、癡山日饒が記に云わく、富士山に於いて戒壇を建立すべしとは是れ所表に約する一往の意なり。謂わく、當に大山において大法を説くべき故なり、例せば佛十二の大城の最大王舎城霊山に於いて法華経を説けるが如し、即ち是れ大法を説くことを表わす所以なり、再往所縁に約する則んば本門流布の地皆是れ富士山本門寺の戒壇なり。

故に百六箇に云わく、何
くの在処たりとも多宝富士山本門寺と号すべきなりと、

経(神力品)に云わく、當知是処即是道場とは是れなり、何んぞ必ずしも富士山を以って体と為し本山と為さんや略鈔、此の義如何。

答う、拙い哉癡山や、汝は是れ誰が弟子ぞや、苟くも門葉に隠れて将に其の根を伐らんとするや、且つ其の流れを汲んで正に其の源を壅がんとするや、是れ愚癡の山高く聳えて東天の月を見ざるに由るが故なり、方に今一指を下して饒が癡山を劈くべし、曷んぞ須く巨霊が手を借るべけんや。

謂わく、佛実に王舎城に住せずと雖も且く所表に約して一時仏住王舎城と説かんや、若し仏実に王舎城に住して法華経を説かば那んぞ実に富士山に於いて戒壇を建立せざらんや是一。若し是れ本門流布の地は皆是れ本門戒壇といわば應に是れ権迹流布の地も亦皆権迹の戒壇なるべし、若し爾らば如何ぞ月氏の楼至菩薩、祇園の東南に更に之れを建立せんや、亦復如何んぞ震旦の羅什三蔵草堂寺に於いて別に之れを建立せんや、亦復如何ぞ日域の鑒真和尚小乗の戒壇を三処に之れを建立せんや、亦復如何んぞ伝教大師迹門の戒壇を叡山に之れを建立せんや、権迹の戒壇既に別に之れを建立す、本門の戒壇何んぞ更に建てざるべけんや是二。

百六箇に云わく、日興嫡々相承の曼荼羅を以って本堂の正本尊と為すべし乃至何の在処たりとも多宝富士山本門寺と号すべし云云、

嫡々相承の曼荼羅とは本門戒壇の本尊の御事なり。

故に御遺状(日興跡条条事)に云わく、日興が身に宛て賜わる所の弘安二年の大本尊日目に之れを授与す、本門寺に掛け奉るべし云云、

故に百六箇の文意は本門戒壇所在の処を本門寺と号すべし云云。何んぞ上の文を隠して之れを引かざるや是三。

経に云わく、即是道場とは是れなりといわば彼の経文を引くと雖も而も経文の意を知らず、今略して之れを引きてその意を示すべし。

経(神力品)に云わく、若しは経巻所住の処、若しは園中に於いても、若しは林中に於いても是の中皆應に塔を建て供養すべし、所以は何ん、当に知るべし、是の処は即ち是れ道場なり、諸佛此こに於いて三菩提を得、諸佛此こに於いて法輪を転じ、諸佛此こに於いて般涅槃す云云。

 若経巻とは即ち是れ本門の本尊なり、皆應起塔とは本門の戒壇なり、故に此の文の意は本門の本尊所住の処に應に本門の戒壇を起つべし。所以は何ん。当に知るべし、是の処は法身の四処の故なりと云云。明文白義宛も日月の如し、何んぞ曲げて私情に会せんや是四。

又云わく、何んぞ必ずしも富士山を以って体と為し、本山とせんやと云云。

一には富士山は是れ広宣流布の根源なるが故に。根源とは何んぞ、謂わく、本門戒壇の本尊是れなり、故に本門寺根源と言うなり、

弘一本十五に云わく、像末の四依仏化を弘宣す、化を受け教を禀く、須く根源を討ぬべし、若し根源に迷う則んば増上して真証を濫さんと云云。

宗祖(顕仏未来記)云わく、本門の本尊妙法蓮華経の五字を以って閻浮提に広宣流布せしめんか等云云。

既に是れ広布の根源の所住なり、蓋んぞ本山と仰がざらんや。

二には迹門を以って本門に例するが故に、謂わく、迹門弘通の天台宗は天台山を以って既に本寺と為す、本門弘通の日蓮宗、寧ろ日蓮山を以って本山とせざらんや。

三位日順の詮要鈔に云わく、天台大師は漢土天台山に於いて之れを弘通す、富士山亦日蓮山と名づく、最も此の山に於いて本門寺を建立すべし、彼は迹門の本寺、此れは本門の本山疑い無き者なり、是れ深秘の法門なり云云。

三には本門大戒壇の霊場なるが故に、凡そ富士大日蓮華山は日本第一の名山にして正しく王城の鬼門に当たれり、故に本門の戒壇応に此の地に建立すべき故なり云云。

四には末法万年の総貫首の所栖なるが故に。

謂わく、血脈鈔に云わく、日興を付弟と定め畢んぬ、而して予が入滅の導師として寿量品を始め奉るべし、万年已後未来までの総貫首の証拠なり等云云。

謂わく、御遺状に云わく、本門寺建立の時は日目を座主と為し、日本乃至一閻浮提の山寺等に於いて半分は日目嫡子分として管領せしむべし、残る所の半分は自余の大衆等之れを領掌すべし等云云。

明文斯くの如し、若し本山に非ずんば何んぞ未来までの総貫首及び一閻浮提の座主と称せんや、日饒如何是五。

学者應に知るべし、独尊の金言偽り無く三師の相承虚しからずんば富士山下に戒壇を建立して本門寺と名づけ、一閻浮提の諸寺・諸山、本山と仰ぐべきことを。天台の所謂流れをくんで源を尋ね香を聞いで根を討ぬとは是れなり。

第三に本門題目篇

夫れ本門の題目とは即ち是れ妙法五字の修行なり、是れ即ち聖人垂教の元意、衆生入理の要蹊なり、豈池に臨んで魚を観、肯えて網を結ばず、糧を裹んで足を束ね、安座して行ぜざるべけんや。修行に本有り、所謂信心なり。

弘一上六十七に云わく、理に依って信を起こす、信を行の本と為す云云。

記九末に云わく、一念信解とは即ち是れ本門立行の首等云云。

故に知んぬ、本門の題目には必ず信行を具す、所謂但本門の本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱うるを本門の題目と名づくるなり、仮令信心有りと雖も若し修行無くんば未だ可ならざるなり、

故に起信の義記に云わく、信有って行無きは即ち信難からず、行を去るの信は縁に遇っては便ち退すと云云。

仮令修行有りと雖も若し信心無くんば不可なり、

故に宗祖云わく(法蓮鈔)、信無くして此の経を行ぜんは、手無くして宝山に入るが如しと云云。

故に知んぬ、信行具足して方に本門の題目と名づくるなり、何んぞ但唱題と云わんや。

玄一に云わく、百論に盲跛の譬え有り云云。謂わく、跛にして盲ならざるは信有って行無くが如く、盲にして跛ならざるは行有って信無きが如し、若し信行具足するは猶お二全きが如し云云。

玄の四に云わく、智目行足到清涼池云云。

宗祖(四信五品鈔)謂わく、信を以って慧に代う云云。

当体義鈔に云わく、日蓮が一門は当体蓮華を証得して寂光当体の妙理を顕わすは、本門寿量の教主の金言を信じて南無妙法蓮華経と唱うる故なり云云、

血脈鈔に云わく、信心強盛にして唯余念無く南無妙法蓮華経と唱え奉れば凡身即佛身なり云云。

問う、宗祖(報恩鈔)云わく、如是我聞の上の妙法蓮華経の五字は即ち一部八巻二十八品の肝心、亦復一切経の肝心なり云云。此の文如何。

答う、凡そ此の文の意大に二意有り、所謂一往就法、再往功帰なり。一往就法に亦二意有り、一往名通、再往義別なり。一往名通とは即ち是れ妙法の名二十八品に通ず、故に名の中に二十八品を収む。

故に妙楽云わく、略して経題を挙ぐるに玄に一部を収む等云云。

宗祖(四条金吾殿御返事)云わく、妙法蓮華経は総名なり二十八品は別名なり、譬えば日本の両字に六十余州を収むるが如しと云云。

次ぎに義別再往とは一部八巻通じて妙法と名づくれども、二門の妙法其の義天別なり、謂わく、迹門は開権顕実の妙法、本門は開迹顕本の妙法なり、具さに玄文の如し。

当体義鈔等云云。

妙楽云わく、豈是くの如きの妙中の妙等の名を以って能く法体を定めんや、是の故に須く名の下の義を以って之れを簡別すべし等云云。

名通一往、義別再往此の文に分明なり。

第二に再往功帰に亦二意有り、所謂一往脱益、再往下種なり。

一往脱益とは、玄一に曰わく、此の妙法蓮華経は本地甚深の奥蔵なり、三世諸佛の証得する所なり云云、

籤一に云わく、迹中に説くと雖も功を推すに在ること有り、故に本地と云うと云云。應に知るべし、就法は是れ一往なりと、故に迹中雖説という。功帰は是れ再往なり、故に功を推すに在ること有りと云うなり。

次ぎに再往下種とは四信鈔に云わく、妙法蓮華経の五字は文に非ず義に非ず、一部の意ならくのみ云云。

須く知るべし、文は則ち一部の始終能詮の文字なり、義は即ち所詮迹本二門の所以なり、意は則ち二門の所以、皆文底に帰す。故に文底下種の妙法を以って一部の意と名づくるなり。文底大事の御相伝(寿量品文底大事)に云わく、文底とは久遠下種の名字の妙法に今日熟脱の法華経の帰入する処を志し給うなり等云云、

古徳の云わく、文は謂わく、文字一部の始終なり、義は則ち深く所以有り、意は則ち所以帰する有り云云、此の釈之れを思い合わすべし。

妙楽云わく、脱は現に在りと雖も具さに本種に騰ず云云、

應に知るべし、脱益は是れ一往なり、故に雖脱在現と云い、下種は是れ再往なり、故に具騰本種と云うなり云云。

故に知んぬ、文義意の中の意の妙法、種熟脱の中の種の妙法、即ち是れ文底秘沈の大法にして寿量品の肝心本門の題目是れなり。

問う、有るが謂わく、本門の一品二半の妙法なるが故に本門の題目と云う云云。有るが謂わく、八品所顕神力の妙法なるが故に本門の題目と云うなり云云。此の義如何。

答う、吾が祖の所判四十巻の中に都べて此の義無し、誰か之れを信ずべけんや。

問う、若し爾らば寿量肝心の明文如何。

答う、今略して七文を引かん。

一には三佛舌相の本意による、

下山鈔に曰わく、実には釈迦・多宝・十方の諸佛は寿量品の肝心たる南無妙法蓮華経の五字を信ぜしめんが為めに出だし給う広長舌なり等云云。

二には如来別命の本意に由る、

撰時鈔に曰わく、寿量品の肝心南無妙法蓮華経を末法に流布せんずる故に此の菩薩を召し出だす云云。

三には本化所修の正体に由る、

下山鈔に曰わく、五百塵点劫より一向に本門寿量の肝心を修行し習給る上行菩薩等云云。四には如来付嘱の正体に由る、本尊鈔に曰わく、是好良薬は寿量品の肝要名体宗用教の南無妙法蓮華経是れなり、仏尚お迹化に授与せず、何に況んや他方をや云云。

五には本化授与の正体に依る、

本尊鈔に云わく、但地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる南無妙法蓮華経の五字を以って閻浮の衆生に授与せしむるなり云云。

六には末法下種の正体に由る。

教行証鈔外二十に云わく、当世逆謗の二人に初めて本門寿量の肝心南無妙法蓮華経を以って下種と為す、是好良薬今留在此は是れなり云云。

七には末法所修の正体に由る。

下山鈔に云わく、地涌の大菩薩末法の初めに出現し給い、本門寿量品の肝心南無妙法蓮華経の五字を一閻浮提の一切衆生に唱えさせ給う云云。

開目鈔に云わく、一念三千の法門は但法華経の本門寿量品の文の底に秘し沈め給えり云云、血脈鈔に云わく、文底とは久遠名字の妙法を余行に渡さず直達正観する事行の南無妙法蓮華経なり。

文底秘沈鈔畢んぬ

          享保十乙巳三月下旬大石の大坊に於いて之れを書す

                                六十一歳

                       日 寛(花押)



依義判文鈔第三

 



依義判文鈔明者は其の理を貴び闇者は其の文を守る、苟くも糟糠を執し橋を問う、何の益かある。而も亦謂えること有り、文証無くんば悉く是れ邪偽なり、縦い等覚の大士法を説くと雖も経を手に把らずんば之れを用ゆべからざるなりと。

 故に開山上人の口決(上行所伝三大秘法口決)に慣って謹んで三大秘法の明文を考え、而して文底秘沈の誠證に擬し以って後世の弟子に贈る。此れは是れ偏えに広宣流布の為めなり、必ず其の近きを以って之れを忽せにすべからず云々。



依義判文鈔



日寛謹んで記す


撰時鈔上に曰わく、仏の滅後、迦葉・阿難・馬鳴・龍樹・天台・伝教の未だ弘通したまわざる最大深秘の大法経文の面に顕然なり、此の深法今末法の始め後五百歳に一閻浮提に広宣流布す等云云

。問う、夫れ正像未弘の大法、末法流布の正体、本門の三大秘法とは一代諸経の中には但法華経、法華経の中には但本門寿量品、寿量品の中には但文底秘沈の大法なり、宗祖何んぞ最大深秘の大法経文の面に顕然なりと言たもうや

。答う、一代聖教は浅きより深きに至り、次第に之れを判ずれば実に所問の如し。若し此の経の謂われを知って立ち還って之れを見る則んば爾前の諸経すら尚お本地の本法を詮せずと云うこと莫し、何に況んや今経の迹本二門をや。

天台大師玄文の第九に、皆本地の実因実果、種々の本法を用って諸の衆生の為めに而も仏事を作すと云うは是れなり。

故に知んぬ、文底の義に依って今経の文を判ずるに三大秘法宛も日月の如し。故に経文の面に顕然なりと云うなり。

問う、此の経の謂われを知るとは其の謂われ如何。

答う、宗祖云わく(一代聖教大意)、此の経は相伝に非ざれば知り難し等云々。三重の秘伝云云。

問う、若し爾らば其の顕然の文如何。

答う、此こに開山上人の口決(上行所伝三大秘法口決)あり、今略して之れを引いて以って綱要を示さん云云

。三大秘法口決に云わく、一には本門寿量の大戒、虚空不動戒を無作の円戒と名づけ、本門寿量の大戒壇と名づく。二には本門寿量の本尊、虚空不動定、本門無作の大定を本門無作事の一念三千と名づく。三には本門寿量の妙法蓮華経、虚空不動慧を自受用本分の無作の円慧と名づく云云

。口決(上行所伝三大秘法口決)に云わく、三大秘法の依文は神力品なり。

疏に曰わく、於諸法之義の四偈は甚深の事を頌す云云。

能持是経者は三大秘法の中の本門の妙法蓮華経なり、乃至畢竟住一乗とは三大秘法の中の本門寿量の本尊なり、一切衆生の生死の愛河を荷負する船筏、煩悩の嶮路を運載する車乗なり、乃至応受持斯経とは三大秘法の中の本門の戒壇なり。

裏書(上行所伝三大秘法口決)に云わく、受持即持戒なり、持戒清潔作法受得の義なり等云々略鈔。秘すべし、秘すべし、仰いで之れを信ずべし云云。

問う、更に勘文有りや、若し爾らば聞くことを得べけんや。

答う、勘文無きに非ず、若し之れを聞かんと欲せば先ず須く三大秘法の開合の相を了すべし。若し之れを了せずんば経文を引くと雖も恐らくは解し易からざらんことを云云。

問う、若し爾らば三大秘法開合の相如何

。答う、実には是れ一大秘法なり。一大秘法とは即ち本門の本尊なり、此の本尊所住の処を名づけて本門の戒壇と為し、此の本尊を信じて妙法を唱うるを名づけて本門の題目と為すなり。故に分かって三大秘法と為すなり。又本尊に人有り法有り、戒壇に義有り事有り、題目に信有り行有り、故に開して六義と成り、此の六義散じて八万法蔵と成る。

例せば高僧伝に、一心とは万法の総体分かって戒定慧と為り、開して六度と為り、散じて万行と為ると云うが如し

。当に知るべし、本尊は万法の総体なり、故に之れを合する則んば八万法蔵は但六義と成り、亦此の六義を合する則んば但三大秘法と成り、亦三大秘法を合すれば則ち但一大秘法の本門の本尊と成る。

故に本門戒壇の本尊を亦は三大秘法総在の本尊と名づくるなり。若し此の開合の意を得ば亦所引の文意を得ん云云。

問う、已に開合の相此れを聞く事を得たり、正しく三大秘法の経文如何。

答う、三大秘法とは即ち戒定慧なり、一部の文三学に過ぎたるは莫し、然りと雖も今管見に任せ略して三大秘法具足の文を引かん。

第一に法師品の若復有人等の文

法師品に云わく、若し復人有って妙法華経乃至一偈をも受持し読誦し解説し書写せん、此の経巻に於いて敬視すること仏の如く種々に供養せん等云云。

応に知るべし、受持は即ち是れ本門の戒壇なり、読誦等は本門の題目なり、於此経巻敬視如仏は本門の本尊なり、此の文に則ち人法の本尊を含むなり。

問う、受持・読・誦等は是れ五種の妙行なり、何んぞ受持の両字を以って即ち本門の戒壇とせんや。

答う、開山上人既に応受持此経の文を以って即ち本門の戒壇と為す。故に今受持の両字を以って本門の戒壇と為すなり。若し汎く之れを論ずれば受持の言に則ち三意を含む。

一に所持の法体に約すれば即ち是れ本門の本尊なり。畢竟住一乗の文を以って即ち本門の本尊と為すが如き是れ所住の辺を取る、所住は即ち是れ所持の法体なり。

二に能持の信行に約すれば即ち是れ本門の題目なり、能持是経者の文を以って即ち本門の題目とするが如し。但し能持是経の能は能所の能と謂うに非ざるなり。

三に受持の儀式に約すれば即ち是れ本門の戒壇なり、此れ則ち作法受得の義なり。

問う、既に読誦乃至一偈と云う。故に知んぬ、応に一部に亘るべし、何んぞ唯題目と云うや。

答う、広略時に適いて一准なるべからず、今既に末法なり、故に要法に約す。読誦と云うと雖も何んぞ広略に限らん。正しく本尊に向かって妙法を唱え奉るは即ち是れ読なり、本尊に向かわずして妙名を唱うるは即ち是れ誦なり、

天台の所謂文を看るを読と為し忘れざるを誦と為すとは是れなり。

修禅寺の決に曰わく、天台大師行法の日記に云わく、読誦し奉る一切経の総要毎日一万遍と、玄師の伝に云わく、一切経の総要とは所謂妙法蓮華経の五字なりと云云。

豈要行を読誦と云うに非ずや。又妙法華経乃至一偈と云うと雖も何んぞ広略に限らん、仏欲以此妙法華経及び能持是経者等の句の如き豈要法に非ずや、況んや復句々之下通じて妙名を結すの文之れを思い合わすべし。

問う、法は是れ聖の師なり、何んぞ於此経巻敬視如仏と云うや。

答う、若し附文の辺は且く世情に順ずる故なり、若し復元意の辺は人法名殊なれども其の体異ならず、故に如と云うなり。

第二に法師品の在々処々等の文

法師品に云わく、薬王、在々処々に若しは説き若しは読み若しは誦し若しは書き若しは経巻所住の処には皆応に塔を起つべし等云云

。応に知るべし、若説若読等は本門の題目なり、若経巻は即ち本門の本尊なり、所住之処皆応起塔は本門の戒壇なり、中に於いて所住之処は義の戒壇なり、皆応起塔は事の戒壇なり。

問う、五種の妙行は応に広略に亘るべし、何んぞ題目と云うや

。答う、修禅寺の決の中に一字五種の妙行を明かす、況んや要法五種の妙行をや。

御義口伝の上に若説若此経の文を釈して云わく、此経とは題目なり云々。今文准知せよ云云。

問う、若経巻とは応に是れ黄巻朱軸の経巻なるべし、何んぞ本門の本尊と云うや。

答う、今は末法に約して経文を消する故なり。

況んや復本尊問答鈔に正しく此の文を引いて、末代悪世の衆生は法華経の題目を以って本尊と為すべし等云云。

問う、但皆応起塔と云う、何んぞ必ずしも本門の戒壇ならんや。

答う、凡そ戒定慧は仏家の軌則なり、是の故に須臾も相離るべからず。然るに若説等は本門の題目、虚空不動慧なり。若経巻は本門の本尊、虚空不動定なり。定慧已に明きらかなり、豈虚空不動戒を闕くべけんや。故に知んぬ、皆応起塔は本門の戒壇なり。

所以に三位日順の心底鈔に云わく、行者既に出現し久成の定慧広宣流布す、本門の戒壇豈其れ建てざらんや云云。

問う、若し爾らば戒壇戒相如何

答う、三位日順の心底鈔に云わく、戒壇の方面は地形に随うべし、国主信伏し造立の時至らば智臣大徳宜しく群議を成ずべし、兼日の治定は後難を招くに在り、寸尺高下註記すること能わず等云云。

順公尚お爾り、況んや末学をや。今略して一両の文を引き後の君子を俟つのみ。

仏祖統紀第三ー三十に云わく、仏祇園の外院の東南に戒壇を建立せしむ、地より立ちて三重を相と為し以って三空を表わす、帝釈又覆釜を加え以って舎利を覆う、大梵天王無價の宝珠を以って覆釜の上に置く、是れを五重と為し五分法身を表わす等云云。

書註六ー二十三に伝通記の下を引いて云わく、鑒真、大仏殿の西に別して戒壇院を建つ。所立の戒場に三重の壇有り、大乗の菩薩の三聚浄戒を表わす。故に第三重に於いて多宝の塔を安んじ塔中に釈迦・多宝二仏の像を安じて一乗深妙理智冥合の相を表わす云云。

学生式問答第五に云わく、問うて曰わく、其の第一菩薩戒の本師塔中の釈迦伝戒の相何ん。答えて曰わく、塔中の釈迦は分身を集め以って垢衣を脱し地涌を召して以って常住を示す等云云

。 第三に宝塔品の此経難持等の文

宝塔品に云わく、此の経は持ち難し、若し暫くも持つ者は我即ち歓喜す、諸仏も亦然なり、是くの如きの人は諸仏の歎むる所是れ則ち勇猛なり、是れ則ち精進なり、是れを戒を持ち頭陀を行ずる者と名づけ則ち疾く無上仏道を得と為す、能く来世に於いて此の経を読み持つ、是れ真の仏子にして淳善地に住す云云。

応に知るべし、此経難持より無上仏道に至る三行の文は即ち是れ本門の本尊なり。能於来世読持此経とは即ち是れ本門の題目なり、是真仏子住淳善地とは即ち是れ本門の戒壇なり。

初めに本門本尊の文亦分かって二と為す、初めに三大秘法総在の本尊を明かすなり、総在の本尊とは題目・戒壇の功能を具足する故なり。亦は一大秘法の本尊と名づく、題目・戒壇の功能を具すると雖も但是れ一個の本尊なるが故なり。

次ぎに則為の下は行者の疾成を明かす、謂わく、此の本尊を受持すれば理即の凡夫全く究竟の仏果なり、故に疾得無上仏道と云うなり。

初めに三大秘法総在の本尊を明かすに亦分かちて三と為す。初めに所持の本尊を明かし、次ぎに是則の下は能持即題目なることを明かし、三に是名の下は能持即戒壇なることを明かすなり。

応に知るべし、我等信行を励まずと雖も、我等戒法を持たずと雖も、若し能く此の本尊を受持する則んば自然に信行を励まし戒法を持つに当るなり、故に是則是名等と云うなり。

無量義経(功徳品第三)に云わく、未だ六波羅蜜を修行することを得ずと雖も六波羅蜜自然に在前す云云

。宗祖の云わく(観心本尊鈔)、釈尊の因行・果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す、我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与えたもうと云云。法仏の深恩此れを思い見るべし云云。

初めに所持の本尊を明かすに亦分かって三と為す。初めに法の本尊を明かす、此経難持等の二句是れなり。言う所の此経とは即ち是れ所持の法体なり。故に法の本尊なり。

次ぎに我即の下は人の本尊を明かす、我は即ち釈尊、諸仏は即ち是れ多宝・分身なり、此の三仏は即ち久遠元初の無作三身を表わす、所表の本仏豈人の本尊に非ずや。

三に如是の下は一念三千を明かして人法体一を示すなり。如是之人は即ち九界なり、諸仏所歎は是れ仏界なり、九界は能く仏身を持ち、仏界は能く九界を歎ず。是の故に十界冥薫し一念三千最も明きらかなり。

宗祖云わく(御義口伝)、一念三千即自受用身、自受用身即一念三千云云。寧ろ人法体一に非ずや。

次ぎ上の文(御義口伝)に云わく、若有能持則持仏身と、之れを思い合わすべし。

問う、勇猛精進を題目と為す意如何

。答う、本門の題目は即ち二意を具す、所謂信心唱題なり。応に知るべし、勇猛精進は即ち是れ信心唱題なり、故に本門の題目と為すなり。中に於いて勇猛は是れ信心なり。

故に釈に曰わく、敢んで為すを勇と曰い、智を竭すを猛と曰う云云。故に勇み敢んで信力を励み竭すを勇猛と名づくるなり、精進は即ち是れ唱題の行なり、

故に釈して曰わく、無雑の故に精、無間の故に進と云云

。宗祖の云わく(四信五品鈔)、専ら題目を持ちて余文を雑えず云云。

又云わく(上野殿御返事)、此の妙法に余事を雑ゆるは由々敷僻事なり云云。

記の三下六十五に云わく、勇猛精進とは二意有り、一には期心在ること有り、二には身心倶に勤む等云云。

応に知るべし、期心有在は即ち信心なり、若し本尊を信ぜざる則んば期心在ること無し、虚空を射るに期心在ること無きが如し、若し能く本尊を信ずる則んば期心在ること有り、若し的を射る則んば期心在ること有るが如し、故に是れ信心なり。身心倶に勤むるは即ち唱題なり

、宗祖の云わく(顕立正意鈔)、日蓮が弟子等此の咎を免れんと欲せば薬王・楽法の如く臂を焼き皮を剥ぎ、雪山・国王の如く身を投げ心を仕えよ、若し爾らずんば遍身に汗を流せ、若し爾らずんば珍宝を以って仏前に積め、若し爾らずんば奴婢となって持者に仕え奉れ、若し爾らずんば等云云。

疏八ー四十一に正しく当文を釈して云わく、是則勇猛の下は能く難持を持てば即ち勝行と成ることを明かす云云。応に知るべし、能持難持は即ち信心なり、即成勝行豈唱題に非ずや。

是名持戒即戒壇とは文十ー八十一に云わく、持経即是第一義戒と云云。

宗祖(十法界明因果鈔)此の文を釈して曰わく、但此の経を信ずるは即ち是れ持戒なり等云云

。大文の第二、能於来世読持此経とは即ち本門の題目なり、能於来世は即ち是れ末法なり、読は是れ唱題、持は是れ信心なり、但本門の本尊を信じて余事を雑えずして之れを唱うる故に能と云うなり

。大文の第三、是真仏子住淳善地とは即ち本門の戒壇なり。凡そ戒は防止を以って義と為す、非を防ぐが故に淳なり、悪を止むるが故に善なり、豈本門の戒壇に非ずや。今は並びに事に約す、前の文に同じからざるなり。

学生式の第五に曰わく、虚空不動戒、虚空不動定、虚空不動慧、三学倶に伝うるを名づけて妙法と曰う、

故に見宝塔品に云わく、此経難持乃至住淳善地と云云。之れを思い合わすべし。

第四に寿量品の此大良薬等の文

寿量品に云わく、此大良薬は色香美味皆悉く具足す云々。此の文に三大秘法顕然なり

。大師釈して曰わく、色は是れ戒に譬う、事相彰顕なり、香は定に譬う、功徳の香一切に薫ず、味は慧に譬う、理味を得るなり等云云。

色香美味既に是れ三学、豈本門三大秘法に非ずや。

学者応に知るべし、今此の経文は正しく三大秘法総在の本尊を顕わす、故に此大良薬皆悉具足と云うなり、

伝教大師の所謂三学倶伝名曰妙法とは是れなり。

問う、涅槃経第九ー三十七に云わく、爾の時に是の経閻浮提に於いて当に広く流布すべし、是の時に諸の悪比丘有って能く正法の色香美味を滅せん、是の諸の悪人は復是くの如きの経典を読誦すと雖も如来の深密の要義を滅除す、当に知るべし、此くの如き比丘は是れ魔の伴侶なり已上略鈔。此の文の色香美味と同異如何。

答う、宗祖の云わく(寺泊御書)、涅槃経の正法は即ち法華経なり云云。

若し爾らば法華涅槃の両文豈異なるべけんや、深密の要義文底秘沈之れを思い合わすべし、若し文の前後は持品に同じきなり。

問う、諸の悪比丘能く正法を滅すの文旨如何。

答う、正法の文に三重の秘伝有り、故に諸の悪比丘亦一類に非ざるなり。今退いて且く一種を指さば即ち本迹一致の輩なり。是れ則ち曲げて本門三大秘法の本門の言を會し強いて本迹一致の秘法と成すが故なり。

問う、若し爾らば其の文如何。

答う、今彼の解を引きて幸いに僻見を破らん。諌迷論の第十巻、啓蒙の第二十巻の意の云わく、実には本迹一致の秘法なりと雖も而も本門の三大秘法と名づくることは多くの所以あり。

一には謂わく、其の功を推する則んば久成の釈尊の所証なるが故に。

二には謂わく、本門神力品に於いて之れを付嘱するが故に。

三には謂わく、既に本化の大士の所付嘱なるが故に。

四には謂わく、迹化の弘通に対して本化弘通の規模を顕わすが故に。

五には謂わく、本迹一致の本迹は本が家の迹にして一部唯本なるが故に已上。

若し此の義の如くんば豈能く本門三大秘法を滅するに非ずや。若し爾らば本迹一致の輩は寧ろ諸悪比丘能滅正法色香美味の者に非ずや。

今一言を以って破法罪を責めん。

一には謂わく、凡そ今日始成の所証を説くを名づけて迹門と為し、乃し久遠本果の所証を説くを名づけて本門と為す。若し爾らば久遠本果の釈尊の所証豈本門の妙法に非ずや、何んぞ本迹一致と云わんや云云。

二には謂わく、神力・嘱累総別殊なりと雖も付嘱の事同じ、若し爾らば本門嘱累品に於いて法華経及び前後一代の諸経を一切の菩薩に付嘱す。然らば則ち前後一代の諸経皆本門と名づくべしや。既に本門嘱累品に於いて付嘱する故なり

。三には謂わく、本化の大士には但本門寿量の妙法を付す。

故に道暹の曰わく、法は是れ久成の法なるが故に久成の人に付す等云云。

宗祖云わく(観心本尊鈔)云云。

何んぞ本迹一致の妙法を本化に付嘱すと云うや。

四には謂わく、難じて曰わく、若し爾らば汝等本化弘通の規模を隠さんとして本迹一致と云うや、豈仏敵に非ずや。

五には謂わく、若し与えて之れを論ずれば既に一部唯本と云う、若し爾らば但是れ本門なり、何んぞ本迹一致と云わんや。若し奪って之れを論ぜば一部も亦是れ唯迹なり、是れ則ち今日迹中の所説なるが故なり。若し爾らば汝等は但是れ迹門宗にして全く是れ蓮祖の末弟に非ず、豈涅槃経の指す所の悪比丘に非ずや。

問う、三大秘法並びに本門と曰う、其の意如何。

答う、本門の言に於いて且く二意あり。一には本門寿量文底の秘法なり、故に本門と云うなり云云。

二には久遠元初の独一の本門なり、故に本門と云うなり。応に知るべし、久遠元初は唯是れ本門の一法にして更に迹として論ずべきなし、故に独一と云うなり。二意有りと雖も往いては是れ一意なるのみ。

第五に寿量品の是好良薬等の文

寿量品に云わく、是好良薬今留在此、汝可取服勿憂不差等云云。

応に知るべし、此の文正しく三大秘法を明かすなり、所謂是好良薬は即ち是れ本門の本尊なり、今留在此は即ち是れ本門の戒壇なり、汝可取服は即ち是れ本門の題目なり。

問う、天台大師云わく、経教を留めて在く、故に是好良薬と云う等云云

。此の釈の意に准ぜば通じて一代を指して倶に是好良薬と名づく。那ぞ本門の本尊とせんや

、妙楽大師の云わく、頓漸に被ると雖も本実乗に在り等云云、

若し此の釈に依らば乃し法華経を指して名づけて是好良薬と為す、曷ぞ本門の本尊と言わんや。

答う、像末時異にして付嘱同じからざるが故なり、今は末法本化の付嘱に約す、故に本門の本尊と云うなり。

是れ則ち神力付嘱の正体なり、豈本門の本尊に非ずや。応に知るべし、寿量品の肝要とは肝要は即ち是れ文底なり、故に開目鈔には文底と云い、本尊鈔には肝要と云う。故に知んぬ、文底肝要は眼目の異名なり。

御相伝に(寿量品文底大事)云わく、文底とは久遠名字の妙法に今日熟脱の法華経の帰入する処を志し給うなり、故に妙楽大師の云わく、雖脱在現具騰本種と云云。之れを思い合わすべし。

名体宗用教とは天台既に三徳に約して良薬具足の色香美味を釈す、此れ即ち五重玄なるが故なり

、文九−六十二に云わく、色は是れ般若、香は是れ解脱、味は是れ法身なり、三徳不縦不横なるを秘密蔵と名づく、教に依って修行して此の蔵に入ることを得以上略鈔。

妙楽の云わく、体等の三章は只是れ三徳と云云。

故に知んぬ、色は是れ般若即ち妙宗なり、香は是れ解脱即ち妙用なり、味は是れ法身即ち妙体なり、秘密蔵は即ち是れ妙名なり、依教修行は即ち是れ妙教なり、故に是好良薬は即ち是れ五重玄なり。若し色香等を具足せずんば何んぞ好き良薬と名づけん。而るに色香美味皆悉く具足す、故に是好良薬なり、豈五重玄に非ずや。更に亦深意有り、吾人に向かって説かじ云云

。問う、其の深意如何。

答う、是れ秘事なりと雖も一言是れを示さん。

証真法印の玄文私記第一に云わく、而るに妙法の名に体宗用を含む、故に必ず応に人法の二義を兼ぬべし等云云。

宗祖(一念三千法門)の云わく、三徳は即ち是れ三身なり等云云。

故に知んぬ、色は是れ般若即ち報身なり、香は是れ解脱即ち応身なり、味は是れ法身即ち法身なり。此れ即ち寿量の肝要文底の三身なり。

故に知んぬ、久遠元初の自受用報身報中論三の無作三身なり、

(御義口伝)此の無作三身の宝号を南無妙法蓮華経と云うなり。故に三徳不縦不横名秘密蔵と言うなり。

又(御義口伝)此の無作三身の所作は何物ぞ、即ち此れ南無妙法蓮華経なり。故に依教修行得入此蔵と言うなり。此の無作三身は即ち是れ末法の法華経の行者なり云云。

若し爾らば是好良薬の文豈人法体一の本尊に非ずや。耆婆が薬童之れを思い合わすべし云云。

問う、有る人云わく、名体宗用教は序品より起こる故に迹門の五重玄なり、今本門の是好良薬を迹門の名体宗用教と判じ給うが故に本迹一致なり云云。此の義如何

。答う、彼の義の如くんば則ち迹門には永く約説の次第なく、本門には亦約行の次第無きなり云云

。難じて云わく、若し爾らば天台何んぞ玄文の中に於いて但約行の次第を以って並びに迹本二門の五重玄を明かすや是一。

妙楽の云わく、迹を以って本に例す云云。

又云わく、迹を借らずんば何んぞ能く本を識らん云云。

今迹を以って本に例し迹を借りて本を識る、豈本門の約行の次第無かるべけんや是二。

況んや復序品は並びに迹本を表わす。故に記三上−二十一に曰わく、近は則ち迹を表わし遠は本を表わす云云

。能表は既に是れ約行の次第なり、所表の本門豈約行無ならんや是三。

況んや復迹門の開示悟入は正しく是れ約行なり

。然るに顕本の後は即ち本門の開示悟入と成る、

故に記八に云わく、開示悟入は是れ迹の要なりと雖も若し顕本し已れば即ち本の要と成る云云。本門の約行豈分明なるに非ずや是四

。記第一に曰わく、本地の総別は諸説に超過す、迹中の三一は功一期に高し云云。

道暹曰わく、一は則ち前の十四品に超え二は則ち一代の教門に超ゆ等云云。迹本二門五重玄の勝劣文に在りて分明なり、何んぞ本迹一致と云わんや是五。

今留在此は即ち是れ本門の戒壇なり、此れ即ち本門の本尊所住の処なり、故に是れ本門の戒壇なり云云。汝可取服は即ち是れ本門の題目なり。謂わく、此の文信行具足して本門の題目最も明きらかなり。謂わく、取は是れ信心、服は是れ唱題なり、凡そ取と云うは手を以って之れを取る、故に信心なり。

大論の第一に曰わく、経の中に信を説いて手と為す、手有って宝山に入れば自在に能く取るが如し等云云。

言う所の服とは口を以って之れを服す、故に唱題なり。天台の所謂修行名服は是れなり。

第六に寿量品の一心欲見仏等の文

寿量品に云わく、一心欲見仏不自惜身命、時我及衆僧倶出霊鷲山云云

。此の文に三大秘法分明なり。所謂初めの二句は本門の題目なり、時我及衆僧等は即ち本門の本尊なり、霊鷲山と言うは即ち是れ本門の戒壇なり云云。

初めの二句の中に一心欲見仏とは即ち是れ信心なり、不自惜身命とは即ち唱題の修行なり。此れに自行化他有り、倶に是れ唱題なり

。三大秘法鈔に云わく、今日蓮が唱うる所の題目は前代に異なり、自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり、名体宗用教の五重玄の五字なり云云。

問う、録外二十五(義淨房御書)に云わく、自我偈に云わく、一心欲見仏不自惜身命と云云、日蓮が己心の仏果(界)を此の文に依って顕わすなり、其の故は寿量品の事の一念三千、三大秘法を成就せん事此の文なり、秘すべし、秘すべし云云。

既に此の文を引いて三大秘法等と云う、如何ぞ但本門の題目と云うや。

答う、此の文は即ち是れ本門の題目なり、而も所引の文の中に三大秘法と云うは是れ三大秘法総在の本尊に約する故に事の一念三千の三大秘法と云うなり、例せば此大良薬色香美味の文の如し云云。

日蓮が己心の仏果等とは即ち是れ事の一念三千の三大秘法総在の本尊なり。此の本尊は本門の題目に依って顕わる、故に此の文に依って顕わす等と釈し給えり、事の一念三千の三大秘法とは日蓮が己心の仏果、久遠元初の自受用報身、報中論三の無作三身を成就せん事但是れ本門の題目なり。故に此の文なりと云うなり。

一念三千は即ち自受用身なり、三大秘法は無作三身なり云云。

時我及衆僧等は即ち是れ本門の本尊なり。

御義口伝に曰わく、此の文は本門事の一念三千の明文なり、御本尊は此の文を顕わし出だするなり、時は末法第五の時なり、我は釈尊、及は菩薩、衆僧は二乗、倶は六道なり、出は霊山浄土に列出するなり云云。

霊鷲山とは即ち是れ本門の戒壇なり。

故に御義口伝に又云わく、霊山とは御本尊並びに日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉る者の住処を説くなり云云。

板本の利出の利の字応に列の字に作るべし、御本尊也の也の字応に並の字に作るべし云云。

録外十八−十三(法華宗内証仏法血脈)に云わく、法華経所坐の処、行者所住の処、皆是れ寂光なり等云云。之れを思い合わすべし。

第七に神力品の爾時仏告上行等の文

神力品に云わく、爾の時に仏、上行等の菩薩大衆に告げたまわく、諸仏の神力は是くの如く無量無辺不可思議なり、若し我是の神力を以って無量無辺百千万億阿僧祇劫に於いて嘱累の為めの故に此の経の功徳を説く、猶お尽くす事能わず、要を以って之れを言わば、如来の一切の所有の法、如来の一切の自在の神力、如来の一切の秘要の蔵、如来の一切の甚深の事、皆此の経に於いて宣示顕説す、是の故に汝等如来の滅後に於いて応に一心に受持、読、誦、解説、書写し説の如く修行すべし、所在の国土に若しは受持、読、誦、解説、書写し説の如く修行する有らん、若しは経巻所住の処、若しは園中に於いても、若しは林中に於いても、若しは樹下に於いても、若しは僧坊に於いても、若しは白衣の舎、若しは殿堂に在りても、若しは山谷曠野にても是の中に皆応に塔を起って供養すべし、所以は如何、当に知るべし、是の処は即ち是れ道場なり、諸仏此こに於いて阿耨多羅三藐三菩提を得、諸仏此こに於いて法輪を転じ、諸仏此こに於いて般涅槃したもう已上。

今謹んで案じて曰わく、爾時仏告上行より下は是れ結要付嘱の文、四と為す。

一に称歎付嘱、

二に以要言之の下は本尊付嘱、

三に是故汝等の下は題目勧奨、

四に所在国土の下は戒壇勧奨亦三と為す。一には義の戒壇を示す、二には是中皆応の下は正しく事の戒壇を勧む、三に所以者何の下は釈なり

。初めに称歎付嘱とは将に之れを付嘱せんとするに、先ず所属の法体、本門本尊の功徳を歎ず、故に称歎付嘱と云うなり。文中に説此経功徳と言うは即ち是れ本門の本尊、妙法蓮華経の功徳なり。

二に以要言之の下は本尊付嘱とは即ち是れ如来の一切の名体宗用は皆本門の本尊、妙法蓮華経の五字に於いて宣示顕説する故に皆於此経等と云うなり。此の本尊を以って地涌千界に付嘱する故に撮其枢柄而授与之と言う、豈本尊に非ずや。

問う、大師は但だ結要付嘱と云って本尊付嘱と云わず、故に宗門の先哲未だ曾つて爾云わず、若し誠証無くんば誰か之れを信ずべけんや

。答う、内鑒冷然なれども而も末法に譲るが故に顕わに之れを言わず、今既に末法なり、何んぞ像法に同ぜんや。今明文を引いて略之れを示すべし。

本尊鈔に云わく、此の本門の肝心南無妙法蓮華経の五字に於いては仏猶お文殊等にも之れを付嘱せず、但地涌千界を召して之れを付嘱す、其の本尊の為体、本時の娑婆の上に宝塔空に居し、塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏・多宝仏、釈尊の脇士には上行等の四菩薩と云云。

此の文分明なり。応に知るべし、其の本尊の為体とは即ち是れ上の本門の肝心南無妙法蓮華経の五字を指して而して其の本尊と言うなり

、新池鈔外十二−二十七(新尼御前御返事)に云わく、今此の御本尊は五百塵点劫より心中に納めさせ給い世に出現せさせ給いても四十余年、其の後迹門走せ過ぎて宝塔品より事起こり、寿量品に説き顕わし神力・嘱累に事究まりて候いしが、乃至上行菩薩等を涌出品に召し出ださせ給いて法華経の本門の肝心たる妙法蓮華経の五字を譲り給う云云。之れを思い合わすべし云云。

当に知るべし、其の本尊の為体とは且く是れ今日迹中脱益の儀式なり。

而るに妙楽の曰わく、若し迹を借らずんば何んぞ能く本を識らん云云。

又云わく、雖脱在現具騰本種と云云。

三に是故汝等の下は即ち題目勧奨なり、一心と言うは即ち是れ信心なり。受持等は見るべし。故に信行具足の本門の題目分明なり。

四に所在国土の下は即ち戒壇勧奨なり、文亦三と為す。初めに義の戒壇を示し、次ぎに是中の下は事の戒壇を勧め、三に所以者何の下は釈なり。

初めに義の戒壇を示すに亦二と為す。初めに本門の題目修行の処を示し、次ぎに若経巻の下は本門の本尊所住の処を明かす。故に知んぬ、本門の題目修行の処、本門の本尊所住の処並びに義の本門の戒壇に当たるなり。

次ぎに是中皆応の下は正しく事の戒壇を勧むるなり。

三大秘法鈔十五−三十一に云わく、戒壇とは王法仏法に冥じ仏法王法に合して王臣一同に三秘密の法を持ちて、有徳王、覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時、勅宣並びに御教書を申し下して霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべき者か、時を待つべきのみ、事の戒法と申すは是れなり云云。

霊山浄土に似たらん最勝の地とは応に是れ富士山なるべし。

録外十六−四十一(身延相承書)に云わく、日蓮一期の弘法白蓮阿闍梨日興に之れを付嘱す、本門弘通の大導師たるべきなり、国主此の法を立てらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立すべきなり、時を待つべきのみ、事の戒法と謂うは是れなり云云。

応に知るべし、日蓮一期の弘法とは即ち是れ本門の本尊なり、本門弘通等とは所弘は即ち是れ本門の題目なり、戒壇は文の如く全く神力品結要付嘱の文に同じ云云。秘すべし、秘すべし云云。

三に所以者何の下は釈なり。疏十−二十四に云わく、阿含に云わく、仏の出世は唯四処に塔を起つ、生処、得道、転法輪、入涅槃なり云云。

文八−十七に云わく、此の経は是れ法身の生処等云云

。記八本−十六に云わく、化身の八相すら此の四相の処に尚お応に塔を起つべし、況んや復五師及び此の経の所在は即ち是れ法身の四処なり、皆応に塔を起つべきなり云云

。文中法身等とは即ち是れ久遠元初の自受用身なり、今生身に対する故に法身と云う、理智並びに是れ法身なるが故なり

。南条鈔二十二に云わく、教主釈尊の一大事の秘法を霊鷲山にして相伝し、日蓮が肉団の胸中に秘して隠し持てり、されば日蓮が胸の間は諸仏入定の処なり、舌の上は転法輪の処、喉は誕生の処、口中は正覚の砌なるべし、斯かる不思議なる法華経の行者の住処なれば争でか霊山浄土に劣るべき、法妙なるが故に人尊し、人尊き故に処貴しと申すは是れなり云云。

応に知るべし、教主釈尊の一大事の秘法とは即ち是れ本門の本尊なり、日蓮が肉団の胸中とは即ち本尊所住の処、是れ義の戒壇なり、されば日蓮が胸の間等とは即ち今文に同じ、斯かる不思議なる法華経の行者の住処等とは、所修は即ち是れ本門の題目なり、住処と言うは題目修行の処即ち義の戒壇なり、法妙なるが故に人尊し等とは即ち上の義を証するなり。

第八に本門因果国の三妙の文

本因妙の文に云わく、我本菩薩の道を行じ成ずる処の寿命云云。

我本行菩薩道は即ち是れ唱題なり、所成寿命は即ち是れ信心なり、信を以って慧に代うるが故なり。是の故に本因妙の文は即ち本門の題目なり。

本果妙の文に云わく、我成仏してより已来甚だ大いに久遠なり云云。

我は即ち是れ法身なり、仏は即ち是れ報身なり、已来は即ち是れ応身なり、此れは是れ久遠元初の無作三身なり、故に甚大久遠と云う。是の故に本果妙の文は即ち是れ本門の本尊なり。

本国土妙の文に云わく、我常に此の娑婆世界に在り云云。

本尊所在の処即ち是れ戒壇なり。

第九に本因の境智行位の文

玄文第七に云わく、我本菩薩の道を行ぜし時成ぜし所の寿命とは慧命とは即ち本時の智妙なり、我本行とは即ち本行妙なり、菩薩は是れ因人なれば復位妙を顕わす、一句の文に三妙を証成す、即ち本時の因妙なり云云。

妙楽云わく、一句の下、本因の四義を結す云云。

応に知るべし、智必ず境有り、即ち是れ本門の本尊なり、智行の二妙は即ち本門の題目なり、位は是れ可居の義、戒壇亦是れ所居の処、故に位妙は戒壇を顕わすなり。故に本因の四義は即ち三大秘法なり

。 第十に天台の遠霑妙道の文

天台大師文の一に云わく、後五百歳遠霑妙道云云。

応に知るべし、後の五百歳は末法の初め、遠霑は是れ流布の義なり、妙は是れ能歎の辞、道は即ち所歎の三大秘法なり。

問う、何んぞ道の字を以って即ち三大秘法と為すや。

答う、天台常に道と言うは即ち三義有り。

一には虚通の義、即ち本門の本尊なり、故に文の第二に云わく、中理虚通之れを名づけて道と為す云云

。応に知るべし、中理は即ち是れ中道実相一念三千の妙法なり、此の妙法法界に周遍して更に壅る所なし、故に虚通と云うなり。既に中道実相の一念三千なり。故に知んぬ、本門の本尊なり。

二には所践の義、即ち本門の戒壇なり。輔記第四に云わく、道は是れ智の所践なるが故に云云。戒壇亦是れ行者所践の故なり。

秘法鈔に云わく、王臣一同に三秘法を持つ時乃至戒壇を建立すべし、但三国並びに一閻浮提の人懴悔滅罪の戒法なるのみに非ず、大梵天王・帝釈天王も来下して践み給うべき戒壇なり云云。

三に能通の義、即ち本門の題目なり。天台大師云わく、道は能通を以って義となす等云云

。玄文の四に云わく、智目行足をもて清涼池に到る云云。智目行足の是の二相扶けて通じて清涼池に到る。故に能通の義は本門の題目なり。

問う、宗旨の三箇経文分明なり、宗教の五箇の証文如何。

答う、当流の五義は永く諸門に異なる、故に須く先ず五義を暁らめて後に証文を尋ぬべし云云

。問う、若し爾らば宗教の五箇其の義如何

。答う、今略して要を取り応に其の相を示すべし、此の五義を以って宜しく三箇を弘むべし云云。

夫れ宗教の五箇とは所謂教・機・時・国・教法流布の前後なり。

第一に教を知るとは、即ち一代諸経の浅深勝劣を知るなり。大師は五時八教を以って一代聖教を判じ、吾祖は三重の秘伝を以って八万法蔵を暁らむ云云

。開山上人の実相寺申状に云わく、大覚世尊、霊山虚空二処三會、二門八年の間三重の秘法を説き究むと雖も、仏滅後二千二百三十余年の間而も之れを伝えず、第三の秘法今に残る所なりと云云。権実、本迹、種脱云云。云云。

宗祖(常忍鈔)の云わく、日蓮が法門は第三の法門なり、世間に粗一二をば申せども第三をば申さず候と云云。此くの如く知るを則ち之れを教を知ると謂うなり。

第二に機を知るとは、太田鈔に云わく、正像二千余年に猶お下種の者あり、今既に末法に入って在世結縁の者漸々に衰微して権実の二機皆悉く尽きぬ、彼の不軽菩薩をして毒鼓を撃たしむるの時なり云云。

今謹んで案じて曰わく、文に互顕あり、謂わく、正像二千余年等とは但過去の下種を挙げて而して在世の結縁を略す。今既に末法に入り等とは但在世の結縁を挙げて而して過去の下種を略し而も互いに之れを顕わすなり。権実二機とは権は即ち熟益の機、実は即ち脱益の機なり、毒鼓は即ち是れ下種の機なり

。故に文の意の云わく、正像二千年に猶お過去下種、在世結縁の者有り、今既に末法に入って過去下種、在世結縁の者漸々に衰微し熟脱の二機皆悉く尽きぬ、彼の不軽菩薩世に出現して下種せしむるの時なり云云。

証真の云わく、聞法を下種と為す、了因の種なるが故に、発心を結縁と為す、仏果の縁なるが故に云云。

若し他門流の如く在世の聞法下種を許さば恐らくは大過を成ぜんか。何となれば既に三周の声聞は三千塵点を経歴し、本種現脱の人は五百塵点を経歴す、今日在世下種の人何んぞ僅かに二千余年の間に皆悉く尽きんや。

故に知んぬ、釈尊の御化導は久遠元初に初まり、正像二千年に終るなり、此こに相伝有り云云。

故に末法の衆生は皆是れ本未有善にして最初下種の直機なり。

問う、経(法師品)に云わく、已に曽って十万億の仏を供養する等云云。故に知んぬ、末法と云うと雖も何んぞ必ずしも皆是れ本未有善ならんや。

答う、今当流の意に准ずるに是れ熟脱の仏に約するが故に之れを供養すと雖も而も仏種と成らざるなり。

問う、十万億の仏那んぞ皆熟脱の仏ならんや

。答う、是れ経論の常の談に由る故なり。謂わく、経論常に色相荘厳を以って説き名づけて仏と為す、今豈爾らざらんや。既に是れ色相荘厳の身体なり、寧ろ熟脱の仏に非ずや。

況んや復宗祖(題目彌陀勝劣事)の云わく、法華経の題目は過去に十万億生身の仏に値い奉り、功徳を成就せる人初めて妙法蓮華経の名を聞き、始めて信を致すなり云云。

初めて妙名を聞き、始めて信を致すとは即ち是れ今日最初聞法名字下種の位なり。故に知んぬ、過去供養は皆熟脱の仏なることを。是の故に末法の衆生は皆是れ本未有善、最初下種の機縁なり。

妙楽曰わく、已は熟脱、未は下種云云。

宗祖(立正観鈔)の云わく、本化弘通の所化の機は法華本門の直機なり等云云。此くの如く知るを則ち之れを機を知ると謂うなり。

第三に時を知るとは、今末法に入り一切の仏法悉く皆滅尽す。故に大集経に後五百歳白法隠没と云うなり。正しく爾の時に当たって三大秘法広宣流布す、故に薬王品に後五百歳広宣流布と説くなり、

宗祖(撰時鈔)の云わく、後五百歳に一切の仏法滅する時、上行菩薩に妙法蓮華経の五字を持たしめ、謗法一闡提の輩の白癩病の良薬と為す云云。具さには撰時鈔の如し。此くの如く知るを則ち之れを時を知ると謂うなり

。 第四に国を知るとは、通じて之れを論ずれば法華有縁の国なり、別して之れを論ずれば本門の三大秘法広宣流布の根本の妙国なり。

日本の名に且く三意有り。一には所弘の法を表わして日本と名づくるなり。謂わく、日は是れ能譬、本は是れ所譬、法譬倶に挙げて日本と名づくるなり

。経(薬王品)に云わく、又日天子の能く諸の闇を除くが如くと云云。

宗祖の云わく、日蓮が云わく、日は本門に譬うるなりと云云。日は文底独一本門に譬うるなり、

四条鈔に名の目出度きは日本第一と云うは是れなり云云。

二に能弘の人を表わして日本と名づくるなり。謂わく、日蓮の本国なるが故なり。

故に見仏未来記に云わく、天竺・漢土に亦法華経の行者之れ有るか如何。答えて云わく、四天下の中に全く二の日無し、四海の内豈両主有らんや云云。故に知んぬ、此の国は日蓮の本国なりと云云。

三には本門流布の根本を表わして日本と名づくるなり。謂わく、日は即ち文底独一の本門三大秘法なり、本は即ち此の秘法広宣流布の根本なり、故に日本と云うなり。

応に知るべし、月は西より東に向い、日は東より西に入る、之れを思い合わすべし。然れば則ち日本国は本因妙の教主日蓮大聖の本国にして本門の三大秘法広宣流布の根本の妙国なり

。問う、若し爾らば蓮祖出世の後応に日本と名づくべし、何んぞ開闢已来日本国と名づくるや

。答う、是れ霊瑞感通し嘉名早立する故なり、例せば不害国の名の如し。

記一末に云わく、摩訶提此こに不害と云う、劫初より已来刑殺無き故なり、阿闍世に至って指を截るを刑と為す、後自ら指を齧むに痛し、復此の刑を息む、仏当に其の地に生まるべき故に吉兆預め彰わる、所以に先ず不害国の名を置く等云云。

今復是くの如し。蓮祖当に此の国に生まれ独一本門の妙法を弘通すべき故に吉兆預め彰わる、所以に先ず日本国の名を置くなり、彼此異なりと雖も其の趣是れ同じきなり、豈之れを信ぜざるべけんや。此くの如く知るを則ち之れを国を知ると謂うなり。

第五に教法流布の前後を知るとは、太田鈔に云わく、迦葉・阿難は小乗教を弘通し、龍樹・無著は権大乗を申ぶ、南岳・天台は観音・薬王の化身として小大権実迹本二門、化導の始終・師弟の遠近等悉く之れを宣べ、其の上已今当の三説を立てて一代超過の由を判ず。然りと雖も広略を以って本と為し肝要なる能わず、自身之れを存ずと雖も敢えて他伝に及ばず云云。

既に像法の中に於いて広略二門を弘通す。故に知んぬ、今末法に於いて応に但要法を弘通すべきなり。此くの如く知るを則ち之れを教法流布の前後を知ると謂うなり。

問う、宗教の五義最も皎然なり、正しく其の証文如何。

答えて云わく、文(寿量品)に云わく、是好良薬今留在此、汝可取服勿憂不差 文。

応に知るべし、是好良薬は即ち是れ教を明かし、他の毒薬に対して好き良薬と云う、故に勝劣分明なり。今留の二字は即ち時を明かすなり、滅後の中にも別して末法を指すなり。在此の両字は是れ国を明かすなり、閻浮提の中に別して日本を指すなり、汝の一字は即ち機を明かすなり、三時の中に別して末法の衆生なり。

御義口伝に云わく、是好良薬は或は経教末法に於いて南無妙法蓮華経なり、今留とは末法なり、在此とは日本国なり、汝とは末法の衆生なり 略鈔。若し四義を了する則んば前後は其の中に有り。神力品に云わく、如来の滅後に於いて仏の所説の経の因縁及び次第を知って義に随って実の如く説く云云。

応に知るべし、於如来滅後は即ち時を知るなり、知仏所説経は即ち是れ教を知るなり、因縁亦感応に名づく、即ち機を知るなり、及は即ち国を知るなり、次第は即ち教法流布の前後を知るなり。

依義判文鈔畢んぬ

六十一歳

日 寛(花押)

享保十−乙巳年四月中旬大石の大坊に於いて之れを書す

   
 
 

 


末法相応鈔第四



春雨昏々として山院寂々たり、客有り談著述に逮ぶ。客の曰わく、永禄の初め洛陽の辰、造読論を述べ専ら当流を難ず、爾来百有六十年なり、而して後門葉の学者四に蔓り其の間一人も之れに酬いざるは何んぞや。

予謂えらく、当家の書生の彼の難を見ること闇中の礫の一も中ることを得ざるが如く、吾に於いて害無きが故に酬いざるか。

客の曰わく、設い中らずと雖も而も亦遠からず、恐らくは後生の中に惑いを生ずる者無きに非ざらんことを、那んぞ之れを詳らかにして幼稚の資と為さざるや。二三子も亦復辞を同じうす。

予左右を顧みて欣々然たり。聿に所立の意を示して以って一両の難を遮す。余は風を望む、所以に略するのみ。



末法相応鈔上

                         日寛謹んで記す

問う、末法初心の行者に一経の読誦を許すや否や

。答う、許すべからざるなり、将に此の義を明かさんとするに初めに文理を立て次ぎに外難を遮す。

初めに文理とは、一には正業の題目を妨ぐるが故に、

四信五品鈔十六−六十八に文九−八十を引いて云わく、初心は縁に紛動せられ正業を修するを妨ぐるを畏る、直ちに専ら此の経を持つは即ち上供養なり、事を廃し理を存ずれば所益弘多なり云云。

直専持此経とは一経に亘るに非ず、専ら題目を持ちて余文を雑えず、尚お一経の読誦を許さず、何に況んや五度をや 以上。

二には末法は折伏の時なるが故に、

経(常不軽品)に曰わく、不専読誦経典但行礼拝云云。

記十−三十一に云わく、不専等とは不読誦を顕わす、故に不軽を以って詮と為して但礼と云う云云。

聖人知三世鈔二十八−九に云わく、日蓮は不軽の跡を紹継す等云云。

開山上人五人所破鈔に云わく、今末法の代を迎えて折伏の相を論ぜば一部読誦を専らにせず、但五字の題目を唱え諸師の邪義を責むべし云云。

三には多く此の経の謂われを知らざるが故に、

一代大意鈔十三−二十二に云わく、此の法華経は謂われを知らずして習い読む者は但爾前経の利益なり云云。

深秘の相伝に三重の謂われ有り云云。

次ぎに外難を遮すとは

、問う、日辰が記に云わく、蓮祖身延九箇年の間読誦したもう所の法華経一部触手の分、黒白色を分かつ。十月中旬二日九年読誦の行功を拝見せしむ云云、此の事如何。

答う、人の言謬り多し、但文理に随わん。

天目日向問答記に云わく、大聖人一期の行法は本迹なり、毎日の勤行は方便・寿量の両品なり、御臨終の時亦復爾なり云云。既に毎日の勤行は但是れ方便・寿量の両品なり、何んぞ九年一部読誦と云うや。

又身延山鈔十八−初に云わく、昼は終日一乗妙典の御法を論談し、夜は竟夜要文誦持の声のみす云云。既に終日竟夜の御所作文に在って分明なり、何んぞ一部読誦と云うや

。又佐渡鈔十四−五に云わく、眼に止観・法華を曝し口に南無妙法蓮華経と唱うるなり云云。

故に知んぬ、並びに説法習学の巻舒に由って方に触手の分有り、那んぞ一概に読誦に由ると云わんや。而も復三時の勤行、終日竟夜一乗論談、要文誦持、習学口唱の外更に御暇有れば時々或は一品一巻容に之れを読誦したもうべし。

然りと雖も宗祖は是れ四重の浅深、三重の秘法源を窮め底を尽くし、一代の聖教八宗の章疏膺に服て掌に握る、故に自他の行業自在無礙なること譬えば魚の水に練れ鳥の虚空に翔るが如し。故に時々に之れを行ずと雖も何んの妨礙有らんや、而るに那んぞ蓮師を引いて輙く末弟に擬せんや。

問う、又云わく、蓮祖自身の紺紙金泥の法華経一部富士重須に之れ在り、書写即読誦なり云云、此の義如何。

答う、但重須に在るのみに非ず、又大石にも之れ有り。所謂宗祖自筆の一寸八分細字の御経一部一巻、又開山上人自筆の大字、細字の両部是れなり。此れ亦前の如く自他行業の御暇の時々或は二行三行五行七行之れを書写し、遂に以って巻軸を成ず。是れ滅後に留めんが為めなり。故に義化他に当たれり。曷んぞ必ずしも書写即読誦と云わんや。

問う、又云わく、生御影の御前に法華一部有り、大曼荼羅の宝前にも亦之れを安置す、住持毎日三時の勤行は即ち机上の八軸に向かう等云云、此の事如何。

答う、世人は但眼に法華経を見て此の経の謂われを知らざる故なり。

秘法鈔十五−三十三に云わく、法華経を諸仏出世の一大事と説かれて候は、此の三大秘法を含みたる経にて渡らせ給えばなり云云。即ち此の意を以って之れを安置する者なり。

問う、又云わく、日代は是れ日興の補処なり。正慶二年二月七日師入滅の後、御追善の為め日代法華一部を石に記して重須開山堂の下に納め、之れを石経と名づく。其の石の大いさ掌の如く或は大小有り、日辰等之れを見るに其の石の文、時に観音品なり云云、此の事如何。

答う、擯出の現証に由るに応に是れ迷乱なるべきか。既に是れ補処なり、更に大罪無し。若し迷乱に非ずんば那んぞ之れを擯出せん、補処と云うと雖も何んぞ必ずしも謬り無からん、例せば慈覚等の如し云云。問う、又云わく、転重軽受鈔十七−二十九に云わく、今日蓮法華経一部読んで候、一句一偈尚お授記を蒙る、何に況んや一部をや、弥憑もしく候云云、此の文如何。

答う、此れは是れ身業の読誦にして口業の読誦に非ざるなり。此の鈔は文永八年辛未九月十二日龍口の後、相州依智に二十余日御滞留の間、佐州に遷されんとする五日已前十月五日の御書なり。此の時法華経一部皆御身に当てて之れを読ませたもうが故なり。

是の故に次ぎ上の文(転重軽受法門)に云わく、不軽菩薩覚徳比丘は身に当てて読み進らせ候、末法に入って日本国当時は日蓮一人と見えて候云云。

前後の文相分明なり、正に是れ身業の読誦なり、曷んぞ此の文を引いて口業の読誦を証せんや。

下山鈔二十六−三十七に、法華経一部読み進らせ等の文の意も亦然なり云云。

問う、日辰が御書鈔の意の謂わく、身業既に爾り口業も亦然なり云云、此の義如何。

答う、今反難して云わく、若し爾らば不軽菩薩は但身業に読誦して口業に読誦せざるは如何。

宗祖(転重軽受法門)の云わく、不軽菩薩は身に当てて読み進らせ候云云。豈身業の読誦に非ずや。

又経(常不軽品)に云わく、不専読誦経典但行礼拝云云。寧ろ口業不読に非ずや、何んぞ必ずしも一例ならんや。

問う、彼の鈔次ぎ上に観行即の例を引いて(転重軽受法門)云わく、所行所言の如く所言所行の如し云云。豈身口一例に非ずや。

答う、此れは是れ随義転用なり、今の所引の意は行者の所行は仏の所言の如く、仏の所言は行者の所行の如し云云。仏の所言は即ち是れ経文なり。

故に次ぎの文(転重軽受法門)に云わく、彼の経文の如く振舞う事難く候云云。

問う、真間の供養鈔に云わく、法華経一部を仏の御六根に読み入れ進らせて生身の教主釈尊に成し進らせ返し迎い進らせ給え等云云、此の文如何。

答う、且く一縁の為めに仍お造仏を歎ず。故に知んぬ、開眼も亦其の宜しきに随うか。

宗祖(経王殿御返事)云わく、仏の御意は法華経なり、日蓮が魂は南無妙法蓮華経なり云云。

問う、又日辰が記に云わく、法蓮慈父十三年の為めに法華経五部を転読す、若し読誦を以って謗罪に属せば何んぞ之れを責めずして却って称歎したもうや云云、此の難如何。

答う、一経読誦を許さざる所以は是れ正業を妨げ折伏を礙ゆるが故なり、曷んぞ読誦を以って直ちに謗罪に属せんや、法蓮暇の間まに或は一品二品之れを読み遂に五部と成る。本意に非ずと雖も而も弘通の初めなり、況んや日本国中一同に称名念仏三部経等なり、而るに法蓮、妙経を読誦す、豈称歎せざらんや。

問う、又云わく、若し不雑余文の四字に依り一部読誦を禁制せば何んぞ亦方便・寿量を読誦するや、是れ亦題目の外の故なり云云、此の難如何。

答う、不雑余文の四字に依るに非ず、正しく不許一経読誦の六字に依るなり。

問う、又云わく、尚不許一経読誦とは末法初心の正業に約す、若し助行に至っては之れを許すべき旨分明なり云云、此の義如何。

答う、若し爾らば其の分明の文如何。四信鈔の意の謂わく、若し正業に於いては専ら題目を持ちて余文を雑えず、若し助業に於いても尚お一経の読誦を許さず、何に況んや五度をや云云。

問う、又(聖人知三世事)云わく、蓮祖紹継不軽跡とは不軽の不読誦を顕わす、不軽菩薩に亦読誦の経釈有り、何んぞ之れを覆蔵するや。

不軽品に云わく、我先に仏の所に於いて此の経を受持し読誦し人の為めに説く、故に疾く阿耨菩提を得たり

。文十に云わく、読誦経典は即ち了因性、皆行菩薩道は即ち縁因性、不敢軽慢而復深敬は即ち正因性 文。

答う、一翳眼、在り空華乱墜すと云云、日辰の博学、州の額を県に打つ、前代未聞の珍謬後世不易の恥辱なり。謂わく、五失有る故に

、一には時節混乱の失、謂わく、読誦経典即了因性とは威音王仏の像法の時なり。故に文句に不専読誦の下に於いて此の釈を作すなり。若し所引の経文、我於先仏所受持読誦とは雲自在王の時なり。

故に補註十−十四に云わく、若し我宿世に於いて受持読誦せずば疾く菩提を得ること能わずとは此れは雲自在王の時を指す云云。

威音王と雲自在王と実に多劫を隔つるなり、応に経文を見るべし、那んぞ多劫後の事を引いて多劫前の事に擬するや

。二には次位混乱の失、謂わく、威音王仏の像法の不軽は観行初品の位なり。

文十−十六に云わく、不専読誦経典とは初随喜の人の位なり云云。又雲自在王の所の不軽は是れ初住の位なり、

故に経(常不軽品)に云わく、復二千億の仏に値い同じく雲自在燈王と号す、此の諸仏の法中に於いて受持読誦して諸の四衆の為めに此の経典を説く、故に是の常眼清浄、耳鼻舌身意の諸根清浄を得たり云云。

補註十−十五に云わく、前に六根浄を得たるは是れ十信なり、又六根浄を得たるは恐らくは是れ初住ならん云云。

証真云わく、前に得るは相似、今得るは真位、故に常と云うなり云云。何んぞ初住の事を以って初品の事に擬するや。

三には能所混乱の失、謂わく、不軽は是れ能随喜の人なり、三仏性は是れ所随喜なり、

故に文句に云わく、一切の人皆三仏性有ることを随喜す云云、何んぞ所随喜の仏性を以って能随喜の人に擬するや。

四には信謗混乱の失、謂わく、疏に云わく、読誦経典即了因性とは是れ謗者の四衆の読誦にして不軽の読誦に非ず。

故に玄文第五−七十四に云わく、是の時の四衆衆経を読誦するは即ち了因性と云云。那んぞ謗者の読誦を以って信者の不軽に擬するや

。五には所例混乱の失、謂わく、吾が祖の諸鈔の所例は但威音王仏像法の不軽に限るなり、且く一文を引かん。

顕仏未来記二十七−三十に云わく、本門の本尊妙法蓮華経の五字を以って閻浮提に広宣流布せしめんか、例せば威音王仏の像法の時、不軽菩薩我深敬汝等の二十四字を以って彼の土に広宣流布せしめ、一国の杖木等の大難を招きしが如し。彼の二十四字と此の五字と其の語異なりと雖も其の意之れ同じ。彼の像法の末と此の末法の初めと全く同じ云云。

明文此こに在り、何んぞ恣に雲自在王の所の不軽の読誦を引いて吾が祖の正義を破らんと欲するや。

問う、尼崎の相伝に云わく、読誦をするに就いて不専と曰うなり云云、此の不審如何。

答う、此の義太だ非なり。妙楽云わく、但は不雑を顕わし、不専は専に対す云云。既に但行礼拝と云う、故に知んぬ、余行を廃することを。不専と言うは不敢軽慢と云うが如く是れ決定なり、故に正経に不肯読誦と云うなり。

問う、又日辰の記に云わく、御草案に曰わく、日興(五人所破鈔)が云わく、如法一日の両経乃至但四悉の廃立、二門の取捨宜しく時機を守るべし、敢えて偏執すること勿れ已上。

但四悉の下は或る時は世界悉檀を用い王法に順じて仏法の滅を致さず、或る時は第一義悉檀を用いて仏法を以って正理を立て、或る時は摂受門を用いて折伏門を捨て、或る時は折伏門を用いて摂受門を捨つ。是れを四悉の廃立、二門の取捨と謂う。或るは四悉折伏之れを用ゆべく亦之れを捨つべし。其の故は時に依り機に依る故なり、敢えて一偏の局見を生ずること勿れ。是れを宜しく時機を守り敢えて偏執すること勿れと謂うなり。不読の一類但四已下の文を見ず、故に末法と雖も摂受無きに非ず、何んぞ一部読誦を制せんやと云云、此の義如何

。答う、此れは是れ辰公の邪解なり、今全文を引いて以って其の意を示さん。

開山上人の五人所破鈔に云わく、五人一同に云わく、如法一日の両経は共に法華の真文を以ってす、書写読誦に於いて相違すべからず云云、

日興が云わく、如法一日の両経は法華の真文たりと雖も正像伝持の往古平等摂受の修行なり、今末法の代を迎えて折伏の相を論ずれば一部読誦を専らにせず、但五字の題目を唱えて三類の強敵を受くと雖も諸師の邪義を責むべきか。是れ則ち勧持・不軽の明文、上行弘通の現証なり。何んぞ必ずしも折伏の時に摂受の行を修すべけんや。但四悉の廃立、二門の取捨宜しく時機を守るべし、敢えて偏執すること勿れ云云。

此の文分かちて四と為す。初めに五人の謬解を牒し、二に日興云わくの下は興師の正義を示し、三に何必の下は五人の義を破し、四に但四悉の下は重ねて五人を勧誡するなり。前の三段は其の文見るべし。但四悉等とは上代は本已有善の衆生にして而も是れ熟益の時なり、故に退治・第一義を廃して世界・為人を立つ、宜しく楽欲に随って宿善を生ぜしむべし。故に正像に於いては折伏門を捨てて摂受門を用ゆるなり。末代は本未有善の衆生にして而も是れ下種の時なり、故に世界・為人を廃して退治・第一義を立つ。宜しく諸宗の邪義を破して五字の正道を聞かしむべし、故に末法に於いては摂受門を捨てて折伏門を用ゆべし。敢えて正像摂受の行を偏執すること勿れ云云。

聖愚問答鈔下に云わく、取捨宜しきを得て一向にすべからず云云。此の釈分明なり、今世は濁世なり。此の時は読誦書写の修行は無用なり、只折伏を行じて邪義を責むべし、取捨其の旨を得て一向に執する事勿れと書かれたり云云。

故に但四悉廃立二門取捨宜守時機とは即ち是れ取捨得宜の文意なり。敢勿偏執とは不可一向の文意なり。若し爾らば重ねて五人を勧誡すること文に在って分明なり。何んぞ須く此の文を隠すべけんや。但略して引かざるのみ、日辰の能破の文を粉らかさんと欲して所破の五人の義を覆蔵するに同じからざるなり。

評して曰わく、此の文分明に五人を勧誡す。然るに日辰門弟子に約す、是れ一の不可なり。此の文の時機とは是れ正像末の大段の時機なり。而るに日辰但末法の中に約す、是れ二の不可なり。此の文正しく五人の末法摂受の行を誡む、而るに日辰恣に之れを許す、是れ三の不可なり。

問う、日しゅう略要集に玄文第七の文を釈して云わく、迹権本実より非権非実に至る、是れ一往なり。但約此法性の下は是れ再往なり。

例せば興師の御草案(五人所破鈔)に、但四悉の廃立、二門の取捨宜しく時機を守り、敢えて偏執すること勿れと云うが如し、

又十章鈔に、円の行區なり、砂を数え大海を見る、尚お円の行なり、何に況んや爾前経を読み弥陀等の諸仏の名号を唱うるをや、但し此等は時々の行なるべし、真実の円の行に順じて応に口号にすべき事は南無妙法蓮華経なりと云うが如し已上、此の義如何。

答う、十章鈔を以用って玄文に例す、此れ則ち然るべし、但し四悉を以って十章鈔に同ず、此れ則ち不可なり。若し強いて一例を言わば、難じて云わく、悲しい哉痛ましい哉、但唱五字の題目空しく弥陀の名号に同じ、不惜身命の立行は算砂の修行に異ならず、勧持・不軽の明文は徒らに爾前権説の如く、上行弘通の現証還って虚戯の行と成らん、何に為ん、何に為ん、学者思量せよ。

本因妙鈔に云わく、彼は安楽・普賢の説相に依り、此れは勧持・不軽の行相を用ゆ云云。

三位日順詮要鈔に云わく、迹化は世界悉檀に准じて摂受の行を修し、高祖は法華折伏の掟に任せて謗法の邪義を破す。彼は安楽・普賢の説相に依るとは摂受門の修行なり、読誦等の因に依って六根清浄の位に至る。此れは勧持・不軽の行相を用ゆとは折伏門を本と為し、不専読誦の上に不軽の強毒を抽んず云云。

然れば則ち末法の折伏は法華流通の明鏡、時機相応の綱格なり、何んぞ此れを以って一往の義とせんや。問う、若し爾らば但四悉等の例文如何。

答う、譬喩品に云わく、但楽受持大乗経典乃至不受余経一偈云云。

但楽受持大乗経典とは是れ勧門なり、即ち但四悉廃立二門取捨宜守時機に同じ。乃至不受余経一偈とは是れ誡門なり、即ち敢勿偏執に同じ云云

。止観に云わく、但信法性不信其諸云云。

会疏に云わく、取捨得宜不可一向云云。並びに勧誡の二門有り、学者准説して知んぬべし。

問う、又日辰が記に、取要鈔の我が門弟は順縁なり、日本国は逆縁なり等の文を引いて云わく、逆縁の下種は但妙法に限り、門弟の順縁は一部を読むべし云云、此の義如何。

答う、此れは是れ僻解なり。彼の鈔の意の謂わく、(法華取要鈔)今末法に入って一閻浮提皆謗法と成り畢んぬ、故に不軽品の如く但妙法五字に限って之れを弘むるに而して之れを信ずる者は我が門弟と成りて順縁を結び、日本国中の之れを謗る者も仍お逆縁を結ぶなり。即ち初心成仏鈔の意に同じ。

彼の文(法華初心成仏鈔)に云わく、当世の人は何と無くとも法華経に背く失に依って地獄に落ちん事疑い無し、故に兎も角も法華経を強いて説き聞かすべし、信ぜん人は仏に成るべし、謗ぜん者も毒鼓の縁と成って仏に成るべきなり云云。

取要鈔の意弥以って分明なり、更に門弟の順縁一部を読むべきの意無し、何んぞ曲げて私情に會するや。

問う、又云わく、不読の輩、五種の妙行を欠く等云云、此の難如何。

答う、吾今尋ねて云わく、五種の妙行は名利の為めに之れを修するや、成仏の為めに之れを修するや。若し名利の為めと言わば具足せずんばあるべからず、若し成仏の為めと言わば一行と雖も則ち足りぬべし、何んぞ必ずしも具足することを俟つべけんや。

経(神力品)に曰わく、於我滅度後応受持此経是人於仏道決定無有疑等云云。

宗祖(御義口伝)釈して云わく、是人とは名字即の凡夫なり、仏道とは究竟即なり、末法当今は此経受持の一行計りにて成仏すべしと定むるなり 是一。

又法師功徳品に云わく、若善男子善女人受持是経若読若誦若解説若書写是人当得六根清浄云云。此の文の中若の字の顕わす所の五種の妙行に随って一行を修する則んば六根浄を得るなり 是二。

又末法当今日本国中の不学無智の俗男俗女皆必ず五種の妙行を具足するや 是三。

況んや復五種の妙行は一部に限るに非ず、今信者の為めに更に三義を示さん。

一には一字五種の妙行、修禅寺決六十に云わく、妙の一字に於いて五種法師の行を伝う、広く五種を行ずれば心散乱するが故に要に非ず、大師好んで常に此の行を修し、亦之れを以って道俗に授く。和尚の云わく、一字五種の妙行と云云。

二には要法五種の妙行、又二十二に云わく、天台大師毎日行法日記に云わく、読誦し奉る一切経の総要毎日一万返云云、

玄師の伝に云わく、一切経の総要とは所謂妙法蓮華経の五字なりと云云

。三には略品五種の妙行、大覚鈔十八に云わく、二十八品の中に勝れてめでたきは方便品と寿量品とにて侍り、余品は皆枝葉にて候、されば常の御所作には此の二品を習い読ませ給えと云云。

三義分明宛も日月の如し、故に広く之れを行ぜずと雖も五種の妙行を欠くこと無し、一部読誦の輩は還って欠くる所有り。

本因妙鈔に云わく、彼は一部を読誦すと雖も二字を読まず、此れは文々句々悉く之れを読む。二字と言うは三位順公が云わく云云。房州の要公が云わく云云。

問う、又云わく、報恩鈔に云わく、他事を捨ててと云うは顕応が云わく、読誦を捨つと云ふ事なりと。悲しい哉経文を見ず、

経(分別功徳品)に云わく、何況読誦。

又(随喜功徳品)云わく、何況一心聴説読誦。

又(陀羅尼品)云わく、何況擁護具足受持 已上。功徳の浅深を論ぜず経釈の淵底を知らず、嗚呼聾駭なり云云。此の義如何。

答う、文(報恩鈔)に云わく、一同に他事を捨てて南無妙法蓮華経と唱うべし云云。

此の文分明に唱題の外を他事を捨ててと云う、他事の中に曷んぞ読誦を除かんや。四信鈔云云。上野鈔云云。若し爾らば辰公の破責恐らくは蓮祖に当たるか。所引の文に読誦と言うは即ち他事を捨てて南無妙法蓮華経と唱うるを読誦と云うなり。読誦し奉る一切経の総要毎日一万返云云。

当に知るべし、法華経は一法なりと雖も而も機に随い時に随って其の行万差なり。日辰偏えに像法の釈相にして未だ末法の妙旨を知らず、寧ろ株を守るに非ずや、那んぞ舷に刻するに異ならんや。

何況擁護等とは即ち二意有り。所謂一には題号入文相対なり、二には但是れ名義相対なり。日辰但初義を知って未だ後義を識らざる者なり。

問う、若し此の経の謂われを知る者には応に一部読誦を許すべきや。

答う、若し三事相応の人有らば何んぞ之れを制すべけんや。三事と言うは、一には此の経の謂われを知り、二には正業を妨げず、三には折伏を礙えず云云。

運末法に居し根機漸く衰う、有識の君子能く之れを思量せよ。恐らくは三事相応の人無からんか。

問う、化他の辺は一部に通ずとせんや。

答う、化他の正意は但題目に在り、若し助証を論ずれば尚お一代に通ず、何に況んや一部をや。

太田鈔に云わく、此の大法を弘通せしむるの法は、必ず一代聖教を安置し八宗の章疏を習学すべし等云云。

末法相応鈔上畢んぬ



末法相応鈔下



問う、末法蓮祖の門弟色相荘厳の仏像を造立して本尊と為すべきや。

答う、然るべからざるなり、将に此の義を明かさんとするに且く三門に約す

。初めに道理とは、一には是れ熟脱の教主なるが故に、謂わく、凡そ末法は是れ下種の時なり、故に下種の仏を本尊と為すべし。

然るに釈尊は久遠に下種し大通に結縁し、其の機漸く熟し仏の出世を感ずるが故に、本より迹を垂れ王宮に誕生し樹下に成道す、世情に随順し色相を荘厳し、爾前迹門を演説し漸く其の機を熟し、次ぎに本門寿量を説きて咸く得脱せしむ。

故に色相荘厳の尊容は在世熟脱の教主にして、末法下種の本仏に非ず、故に造立して本尊と為ざるなり。

血脈鈔に云わく、仏は熟脱の教主、某は下種の法主なり云云。

二には是れ三徳の縁浅きが故に、謂わく、三徳有縁を本尊と為すべし。然るに正像の群類は本已有善なり、故に色相の仏に於いて其の縁最も深し。末法の衆生は本未有善なり、故に色相の仏に於いて三徳の縁浅し。故に造立して本尊と為ざるなり。

太田鈔に云わく、正像二千年に猶お下種の者有り、今既に末法に入り在世結縁の者は漸々に衰微して権実の二機皆悉く尽きぬ云云。

三には是れ人法勝劣あるが故に、謂わく、凡そ本尊とは勝れたるを用ゆべし。然るに色相の仏を以って若し法に望むる則んば勝劣宛も天地の如し云云。

疏十−三十一に云わく、法は是れ聖の師、能く生じ・能く養ない・能く成じ・能く栄ゆるは法に過ぎたるは莫し、故に人は軽く法は重し云云。

籤八−二十五に云わく、父母に非ざれば以って生ずること無く、師長に非ざれば以って成ずること無く、君主に非ざれば以って栄ゆること無し云云。故に造立して本尊とせざるなり。

次ぎに文証を引くとは、法師品に云わく、若経巻所住之処皆応起塔不須復安舎利所以者何此中已有如来全身等云云。

文八−十七に云わく、此の経は是れ法身の舎利なり、須く更に生身の舎利を安くべからず 文。

記八本−十六に云わく、生身の全砕は釈迦と多宝との如し云云。

法華三昧−四に云わく、道場の中に於いて好き高座を敷き法華経一部を安置し、未だ必ずしも形像・舎利並びに余の経典を安くべからず等云云。

本尊問答鈔に云わく、問うて云わく、汝云何ぞ釈迦を以って本尊とせずして法華経の題目を本尊とするや。答う、上に挙ぐる所の経釈を見給へ、私の義に非ず云云。

開山上人門徒存知に云わく、五人一同に云わく、本尊に於いては釈迦如来を崇め奉るべし云云、日興が云わく、聖人御立の法門は全く絵像・木像の仏菩薩を以て本尊と為ず、唯御鈔の意に任せて妙法蓮華経の五字を以って本尊と為すべし、即ち御自筆の本尊是れなり等云云。文証多しと雖も今且く之れを略す。

三に外難を遮すとは、問う、日辰が記に云わく、唱法華題目鈔に云わく、本尊は法華経八巻一巻或は題目を書きて本尊と定むべし、又堪えたらん人は釈迦・多宝を法華経の左右に書き作り立て奉るべし、又堪えたらんは十方の諸仏・普賢菩薩等をも書き造り奉るべし已上。

答う、此れは是れ佐渡已前文応元年の所述なり、故に題目を以って仍お惑義と為す、本化の名目未だ曾って之れを出ださず、豈仏の爾前経に異ならんや。日辰若し此の文に依って本尊を造立せば須く本化を除くべし、何んぞ恣に四大菩薩を添加するや云云。

問う、又云わく、真間供養鈔三十七に云わく、釈迦御造仏の御事無始昿劫より已来未だ顕われ有さぬ己心の一念三千の仏を造り顕わし在すか、馳せ参りて拝み進らせ候わばや、欲令衆生開仏知見乃至我実成仏已来は是れなり云云

又四条金吾釈迦仏供養鈔二十八に云わく、御日記の中に釈迦仏の木像一体と云々、乃至此の仏は生身の仏にて御座候へ云云。

又日眼女釈迦仏供養鈔に云わく、三界の主教主釈尊一体三寸の木像之れを造立し奉る、檀那日眼女、現在には日々月々大小の難を払い、後生には必ず仏と成る可し云云、此等の文如何。

答う、古来会して云わく、此れは是れ且く一機一縁の為めなり、猶お継子一旦の寵愛の如し、若し爾らずば如何んぞ大黒を供養するや云云。

真間鈔の終りに云わく、日外大黒を供養し候云云。

問う、日辰重ねて難じて云わく、若し一機一縁ならば何んぞ真間・金吾・日眼の三人有るや。次ぎに継子一旦の寵愛とは宗祖所持の立像の釈尊なり、何んぞ当宗の本尊に同じからんや。此の難如何。

答う、一機一縁の名目何んぞ須く必ずしも一人に限るべけんや。

一乗要決下−三十八に云わく、法華は広大、平等、明了の演説なり、余経の所説は則ち是くの如くならず、或は略説し或は一機に逗り或は明了ならず云云。

既に平等に非ざるを名づけて一機と為す。故に知んぬ、設い三五と雖も豈一機と云わざらんや。

又梵網経下−初に云わく、爾の時に盧遮那仏、此の大衆の為めに略して百千恒沙の法門中の心地を開す云云。天台文九−二十一に云わく、梵網は別して一縁の為めに此くの如きの説を作すと 文。既に大衆を以って尚お一縁と名づく、何に況んや三五をや。日辰如何んぞ天台を難ぜざる。

開山上人(五人所破鈔)云わく、諸仏の荘厳同じと雖も印契に依って異を弁ず、如来の本迹は測り難し、眷属を以って之れを知る、一体の形像豈頭陀の応身に非ずや云云。

日眼・金吾・真間倶に是れ一体仏なり、故に全く立像の釈迦に同じ、豈継子一旦の寵愛に非ずや。日辰実に一機一縁の為めに非ずと思わば那んぞ一体仏を以って本尊とせざるや。

今謹んで案じて曰わく、本尊に非ずと雖も而も之れを称歎したもうに略して三意有り

。一には猶お是れ一宗弘通の初めなり、是の故に用捨時宜に随うか。

二には日本国中一同に阿弥陀仏を以って本尊と為す。然るに彼の人々適釈尊を造立す、豈称歎せざらんや

。三には吾が祖の観見の前には一体仏の当体全く是れ一念三千即自受用の本仏の故なり。学者宜しく善く之れを思うべし。

問う、又云わく、宝軽法重鈔二十七に云わく、一閻浮提の内に法華経寿量品の釈迦仏の形を書き作れる堂未だ候わず云云、此の文如何。

答う、此れは是れ寿量品文底の釈迦仏久遠元初の自受用身の御事なり。

故に上の文(宝軽法重事)に云わく、天台云わく、人は軽く法は重し。妙楽云わく、四不同なりと雖も法を以って本と為す云云。

又云わく(宝軽法重事)、天台・伝教は事極め尽くさず、日蓮が弟子と成らん人々は易く之れを知る可し云云。当に知るべし、自受用身は人法体一なることを云云。

問う、又云わく、本尊鈔八に云わく、其の本尊の為体本時の娑婆の上に宝塔空に居し、塔中の妙法蓮華経の左右には釈迦牟尼仏・多宝仏、釈尊の脇士には上行等の四菩薩、乃至正像に未だ寿量品の仏有さず、末法に来入して始めて此の仏像出現せしむべきか云云。此の仏像の言は釈迦・多宝を作る可しと云う事分明なり云云、此の義如何。

答う、其の本尊の為体等とは正しく事の一念三千の本尊の為体を釈するなり。故に是れ一幅の大曼荼羅即ち法の本尊なり。而も此の法の本尊の全体を以って即ち寿量品の仏と名づけ亦此の仏像と云うなり。

寿量品の仏とは即ち是れ文底下種の本仏久遠元初の自受用身なり。既に是れ自受用身なり、故に亦仏像と云うなり、自受用身とは即ち是れ蓮祖聖人なるが故に出現と云うなり。

故に山家大師秘密荘厳論に云わく、一念三千即自受用身、自受用身者出尊形仏云云。全く此の釈の意なり、之れを思い見る可し。

又仏像の言未だ必ずしも木絵に限らず、亦生身を以って仏像と名づくるなり。即ち文句第九の如し、若し必ず木絵と言わば出現の言恐らくは便ならず、前後の文本化出現と云云。之れを思い合わす可し云云。

問う、又云わく、本尊鈔に云わく、南岳・天台は迹面本裏の一念三千其の義を尽くすと雖も、但理具を論じて事行の南無妙法蓮華経の五字並びに本門の本尊未だ広く之れを行なわず已上。此の鈔の意は本門の教主釈尊を以って本尊と為す可きこと文に在って分明なり云云、此の義如何。

答う、事行の南無妙法蓮華経とは即ち是れ第三の本門の題目なり。本門の本尊とは即ち事の一念三千の法本尊なり。凡そ本尊鈔一巻の大旨、一幅の大曼荼羅の御鈔なるが故なり、何んぞ此の文を以って人の本尊と為すや

。妙楽云わく、若し文の大旨を得る則んば元由にくらからず等云云日辰既に文の大旨を失う、焉んぞ元由を知ることを得んや。

問う、又云わく、報恩鈔下に云わく、日本乃至一閻浮提一同に本門の教主釈尊を本尊と為すべし、所謂宝塔の中の釈迦・多宝以下の諸仏並びに上行等の四菩薩の脇士と成るべし已上。此の文分明なり云云、此の義如何。

答う、当山古来の御相伝(百六箇鈔)に云わく、本門の教主釈尊とは蓮祖聖人の御事なりと云云。

問う、日辰重ねて難じて云わく、正しく此れ曲解私情なり、若し蓮祖を以って本尊とせば、左右に釈迦・多宝を安置し、上行等脇士と為る可きなり、若し爾らば名字の凡僧を以って中央に安置し、左右は身皆金色の仏菩薩ならんや云云。此の難如何。

答う、日辰未だ富士の蘭室に入らず、如何んぞ祖書の妙香を聞ぐことを得んや。今謂わく、御相伝(百六箇鈔)に、本門の教主釈尊とは蓮祖聖人の御事なりと云うは、今の此の文の意は自受用身即一念三千を釈するが故なり。誰か蓮祖の左右に釈迦・多宝を安置すと言わんや。

問う、義意解し難し、具さに之れを聞くことを得んや。

答う、此の一文を釈するに且く三門に約す。初めに異解を牒し、次ぎに邪難を破し、三に正義を示さん。

有るが謂わく、今人の本尊を明かす。而も本仏・迹仏相対するに猶お天月水月の如し。故に本門の教主釈尊に望むる則んば迹門塔中の釈迦は便ち脇士と成るなり、例せば本尊鈔の三変土田を無常土に属するが如し云云。

有るが謂わく、今法の本尊を明かす。故に所謂の下に妙法中尊の義を顕わして釈迦・多宝等を脇士とするなり。然るに標の文に本門の教主釈尊を本尊と為すべしと云うは、既に人法一体なる故に能証の釈尊に寄せて所証の妙法を顕わすなり。然も直に妙法を本尊と為すべしと云わざる所以は、第三の本門の題目に簡異するが故なり。本尊鈔に塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏・多宝仏等と云う。之れを思い合わすべし云云。

有るが謂わく、今文の標釈是れ一轍なり。故に文の意の謂わく、本門の教主釈尊を本尊と為すべし、所謂宝塔の中の釈迦なり、多宝以外の諸仏等は脇士と為るべし云云。例せば取要鈔に多宝を所従とせるが如きなり。

有るが謂わく、今文の標釈是れ一轍なるに非ざるなり。故に文の意の謂わく、本門の教主釈尊を本尊となすべしとは所謂宝塔の中の釈迦多宝なり、以外の諸仏等は脇士と成るべし云云、是れ標文に単に釈尊を挙ぐと雖も而も所謂の下は境智不二の義に約して二仏倶に本尊と為すなり。然る所以は二仏の境智冥合に寄せて兼ねて妙法本尊の義を顕わすなり。啓蒙十五に此等の義を挙げ畢って云わく、祖意測り難し、衆義並び存すと云云。多難有りと雖も且く置きて論ぜず。

次ぎに邪難を破すとは、妙楽云わく、凡そ一義を銷するに皆一代を混じて其の始末を窮む等云云。而るに日辰何んぞ教機時国をも思量せず在滅三徳の有無をも弁えずして卒爾に僻難を興すや 是一。

今文は正しく正像未弘の三大秘法を明かす。故に是れ文底秘沈の法門にして文の上の所談に非ず、日辰如何んぞ但文上を論じて文底を論ぜざるや 是二。

今文は正しく末法下種の本因の教主を明かす、日辰那んぞ在世脱益の教主にするや  是三。

今文は正しく末代理即の観心の本尊を明かす、日辰曷んぞ身子等の教相の本尊に約するや 是四。

今文は分明に法を以って人を釈す、故に人法体一の自受用身なり、日辰那んぞ色相荘厳の仏にするや 是五。

日辰重難の文に云わく、若し蓮祖を以って本尊とせば左右に釈迦・多宝を安置するや云云。今反詰して云わく、若し脱益の釈尊を以って本尊とせば左右に亦釈迦・多宝を安置するや 是六。

又重難の文に云わく、若し爾らば名字の凡僧を以って中央に安置し、左右は身皆金色の仏菩薩ならんや云云。今謂わく、当文の意の云わく、蓮祖一身の当体全く是れ十界互具の大曼荼羅なり云云。故に蓮祖の外に別に釈迦・多宝等有るに非ず、那んぞ左右身皆金色の仏菩薩と云わんや 是七。

吾が祖諸鈔の中に示して云わく、日蓮は日本国の一切衆生の主師父母なり云云、日辰如何んぞ三徳の大恩を忘却して輙く名字の凡僧と云うや 是八。

血脈鈔に云わく、本地自受用報身の垂迹、上行の再誕日蓮云云。日辰如何んぞ但示同凡夫の辺を執して本地自受用の辺を抑止するや 是九。

撰時鈔に云わく、欽明より当帝に至る七百余年未だ聞かず未だ見ず、南無妙法蓮華経と唱えよと勧めたるの智人無し、日蓮は日本第一の法華経の行者なること敢えて疑い無し。之れを以って之れを推するに漢土・月氏・一閻浮提の内に肩を並ぶるもの有るべからずと云云。当に知るべし、第一は即ち是れ最極の異名なり。

妙楽云わく、一部最極の理豈第一に非ずや云云。

最極豈亦究竟の異名に非ずや。若し爾らば一閻浮提第一とは即ち是れ名字究竟の本仏なり、日辰如何んぞかるがるしく名字の凡僧と云うや 是十。

知三世鈔に云わく、日蓮は一閻浮提第一の聖人なり、我が弟子仰いで之れを見よ云云。吾が祖現に三度の高名有り、自余の兼讖毫末も差わず、豈兼知未萠の大聖に非ずや。日辰如何んぞ蔑如して凡僧と云うや、豈魯人に異なるべけんや 是十一。

血脈鈔に云わく、我が内証の寿量品とは文底本因妙の事なり、其の教主は某なり云云。

又云わく(百六箇鈔)、本因妙の教主日蓮云云。既に是れ本因妙の教主なり、日辰那んぞ本尊とすることを拒むや 是十二。

金剛般若経に云わく、若し三十二相を以って如来と見、
○若し色を以って我と見れば是れ則ち邪道を行ずるなり云云。日辰但色相に執して真仏の想いを成す、若し経文の如くんば寧ろ邪道を行ずるに非ずや 是十三。

法蓮鈔に云わく、愚人の正義に違うこと昔も今も異ならず、然れば則ち迷者の習い外相のみを貴んで内智を貴まず等云云。豈日辰の見計正しく蓮祖の所破に当たるに非ずや 是十四。

三に正義を示すとは、今此の文(報恩鈔)を消するに即ち分かって二と為す。初めに本門の教主釈尊とは是れ標の文にして人の本尊に約するなり。次ぎに所謂宝塔の下は是れ釈の文にして法の本尊に約す、全く本尊鈔に同じ。而るに標釈の二文人法同じからず、是の故に先ず須く人法一別の相を了すべし。

謂わく、若し理に拠って論ずれば法界に非ざること無く、若し事に拠って論ぜば一別無きに非ず。

謂わく、迹中化他の色相の仏身は能生所生、人法体別なり、是れ世情に随順する方便の身相なるが故なり

。譬えば天月水月其の体同じからざるが如し。若し本地自行の自受用身は倶に是れ能生にして人法体一なり、是れ本地難思境智冥合する故なり。

譬えば月と光と和合して其の体是れ一なるが如きなり。

妙楽の云わく、本時の自行は唯円と合す、化他は不定なり、亦八教有り云云。此こに相伝あり云云。

然るに当文明きらかに法を以って人を釈する故に、文の意の謂わく、本門の教主釈尊を本尊と為すべし、所謂教主釈尊の当体全く是れ十界互具、百界千如、一念三千の大曼荼羅なるが故なり云云。

是れ豈人法体一を顕わすに非ずや。故に知んぬ、是れ迹中化他の色相の仏身に非ず、応に是れ本地自行の自受用身なるべきなり、本地自行の自受用身は即ち是れ本因妙の教主釈尊なり。本因妙の教主釈尊は即ち是れ末法出現の蓮祖聖人の御事なり。是れ則ち行位全く同じき故なり。名異体同の御相伝本因妙の教主日蓮之れを思い合わすべし、之れを思い合わすべし。故に当文の意人法体一の故に蓮祖を以って本尊と為すべし云云。

又標の文に本門の教主釈尊を本尊と為すべしと云うは、文の意蓮祖は本因下種の教主なり、故に本尊と為すべし云云。

又次ぎ下の文に蓮祖自身の三徳を示して云わく、日蓮が慈悲広大乃至日本国の一切衆生の盲目を開ける功徳有り、無間地獄の道を塞ぎぬ等云云。

慈悲は父母なり、盲目を開くは師なり、道を塞ぐは主君なり、蓮祖の三徳分明なり、故に本尊と為すべし云云。故に此の文の中に三義具足す、有智の君子寧ろ之れを信ぜざらんや。当流の相伝敢えて之れを疑うこと勿れ

。問う、又日辰が記に云わく、一宗の本尊久遠元初の自受用身なり、久遠の言、本因本果に亘ると雖も、久遠元初の自受用身の言は但本果に限って本因に亘らず。自受用身とは寿量品の教主三身宛足の正意なり。

故に疏の九に云わく、此の品の詮量は通じて三身に名づく、若し別の意に従わば正しく報身に在り云云、此の義如何。

答う、久遠元初の自受用身とは本因名字の報身にして色相荘厳の仏身に非ず、但名字凡身の当体なり。今日寿量の教主は応仏昇進の自受用身にして久遠元初の自受用に非ず、即ち是れ色相荘厳の仏身なり。謂わく、界内の仏は身皆金色の応仏に非ざる莫し。三蔵は劣応、通教は勝応、別教は他受用、亦勝応と名づく、法華迹門は応即法身なり。寿量品に至って始成の三身を破し久成の三身を顕わす、故に通名三身と云う。而も自受用を以って正意と為す、故に正在報身と云うなり。既に三蔵の応仏次第に昇進して自受用を顕わす、故に応仏昇進の自受用と名づくるなり。

故に三位日順の詮要鈔に云わく、応仏昇進の自受用身とは今日の釈尊、三蔵の教主次第に昇進して寿量品に至って自受用を成ずる故なり云云。

然るに日辰応仏昇進の自受用を以って而も久遠元初の自受用と名づく。故に応仏昇進の自受用に非ず、亦久遠元初の自受用にも非ず、今古並びに迷い二身倶に失う。豈顛倒迷乱の甚だしきに非ずや 是一。

又若し今日寿量の教主を以って而も久遠元初の自受用と名づけば、応に何れの教の教主を以って応仏昇進の自受用と名づくべき、日辰如何 是二。

又若し汎く久遠と言う則んば尚お大通に通ず、何んぞ止本果に通ずるのみならん。若し久遠元初とは但本因名字に限って、尚お本因の初住に通ぜず、何に況んや本果に通ぜんをや。

血脈鈔に云わく、久遠元初直行の本迹、名字の本因妙は本種なれば本なり云云。

又云わく、久遠名字の時、所受の妙法は本、上行等は迹なり、久遠元初の結要付属は今日寿量の付属と同意なり云云。日辰眼を開いて応に此の文を見るべし、久遠元初の言豈本因名字に非ずや 是三。

問う、又云わく、本因名字の報身とは法華論及び天台・妙楽並びに末師の中に全く文証無し、何んぞ私曲の新義を述ぶるや云云、此の難如何。

答う、難勢太だ非なり。凡そ本因名字の報身とは三大秘法の随一、正像未弘の本仏なり。前代の論釈豈之れを載す可けんや 是一。

況んや久遠元初の言は即ち本因名字なり、了々たる明文具さに向に示すが如し。故に久遠元初の自受用とは即ち是れ本因名字の報身なり。何んぞ更に其の文を尋ぬ可けんや 是二

。凡そ天台一家の四教五時、六即の配立、一念三千の名目、皆是れ大師の所立にして天親・龍樹・阿難・迦葉の所述に非ず。日辰応に天台を難じて私曲の新義を述ぶと言うべきなり 是三。

太田鈔に云わく、迦葉・阿難・龍樹・天親・天台・伝教等の知って而も未だ弘宣せざる所の肝要の秘法、法華経の文に赫々たり、論釈等にも載せざること明々たり、生知は自ら知るべし、賢人は明師に値遇して之れを信ぜよ、罪根深重の輩は邪推を以って人を軽しめて之れを信ぜず等云云。

今此の文の意は正像未弘の秘法、論釈に載せざること明々たり云云。若し爾らば日辰応に蓮祖を難じて私曲の新義を述ぶと言うべきなり 是四。

罪根深重の輩は人を軽しめて之れを信ぜず云云、此の呵責正に日辰に当たる、哀れむ可し、悲しむべし 是五。

問う、又云わく、法華論に云わく、報仏菩提十地満足して常涅槃を得、経の我実成仏已来の如し 已上。

本因の五十二位中第十地修行満足して報仏菩提を得。故に知んぬ、本果の報身なり、若し報身、因位に亘らば五十八位中何処に於いて之れを立つるや云云、此の難如何。

答う、正法の天親は権経に付順して五十二位の階級を明かす、故に十地満足等と云うなり。末法の蓮祖は直に円頓速疾の深旨に准ずる故に本因名字の報身と云うなり。

勘文鈔に云わく、一切の法は皆是れ仏法なりと通達解了す、是れを名字即と為す、名字即の位より即身成仏す、故に円頓の教には位の次第無し。権経の行は無量劫を経て昇進する次位なれば位の次第を説く。今の法華は八教に超ゆる円なれば速疾頓成して下根の行者すら尚お一生の中に妙覚の位に入る。何に況んや上根をや 已上。

又録外十七−九に云わく、天台六即を立てて円人の次位を判ず、尚お是れ円教の教門にして証道の実義に非ず。何に況んや五十二位は別教の権門に付する廃立なり云云。明文白義宛も日月の如し、日辰如何んぞ此の文を覆蔵して凡夫即極の美談を蔑るや。

問う、又云わく、凡そ身土の相配は劣応は同居、勝応は方便、報身は実報、法身は寂光なり、若し記の九に云うが如くんば常在の言に拠るに即ち自受用土に属すと。則ち自受用も亦寂光に居するなり。又所化の身土の相配は、理即・名字・観行は同居の穢土、相似は方便、住上は実報、究竟は寂光なり。本因名字是れ報身なれば即ち応に名字即の寂光土に居すべきや。

答う、妙法受持の行者は外相は是れ名字の凡夫なりと雖も実には是れ究竟円満の仏果なり。故に師弟倶に寂光に居するなり。

南条鈔二十二に云わく、教主釈尊の一大事の秘法を霊鷲山にして相伝し日蓮が肉団の胸中に秘して隠し持てり、斯かる不思議なる法華経の行者の住処なれば争でか霊山浄土に劣る可き云云。蓮師豈寂光土に居するに非ずや。

当体義鈔に云わく、南無妙法蓮華経と唱うる人は煩悩・業・苦の三道、法身・般若・解脱の三徳と転じ、其の人所住の処常寂光土なり。是れ即ち日蓮が弟子檀那等の中の事なり 略鈔。所化豈寂光土に居するに非ずや。

経(法師品)に云わく、須臾聞之即得究竟云云。須臾聞之は即ち是れ名字なり、即得究竟は文の如し、見る可し、(神力品)於我滅度後応受持斯経是人於仏道決定無有義云云。是人と云うは名字即なり、仏道と言うは究竟即なり、此等の文之れを思い合わす可し。

問う、本果の報身は久遠元初に属すとせんや、応仏昇進に属すとせんや

。答う、是れ応仏昇進の自受用身なり。何となれば本果の説法に即ち四教五味有り、全く今日の化儀に同じきなり。

籤七に云わく、久遠に亦四教有り云云。又云わく、昔日已に已今を得云云。

文句第一に云わく、唯本地の四仏皆是れ本なりと云云。故に知んぬ、三蔵の応仏次第に昇進して自受用を顕わす、豈今日に異なる可けんや。

問う、若し爾らば血脈鈔の中に那んぞ勝劣を判じて今日本果従因至果は本の本果に劣ると云うや。

答う、此れは是れ同じく応仏昇進なりと雖も若し所顕に従えば則ち亦勝劣有り。謂わく、今日の本果は迹の因門を開して本の果門を顕わす、故に従因至果なり。

勝劣を言わば今日の本果は迹の因門を開して本の果門を顕わす、所顕の本果を若し本因に望むれば仍お本の上の迹なり、故に今日の本果は劣るなり。若し本の本果は迹の本果を開して本の本因を顕わし、所顕の本因は独一の本門の故に本の本果は勝るるなり。所顕の法門、勝劣殊なりと雖も今日の本果は同じく是れ色相荘厳の応仏昇進の自受用身なり。

問う、久遠元初の自受用身と応仏昇進の自受用身と其の異なり如何。

答う、多異有りと雖も今一二を説かん。一には謂わく、本地と垂迹、二には謂わく、自行と化他、三には謂わく、名字凡身と色相荘厳、四には謂わく、人法体一と人法勝劣、五には謂わく、下種の教主と脱益の化主云云。

問う、又日辰が記に云わく、興師の御筆の中に造仏制止の文全く之れ無き所なり云云、此の義如何。

答う、今明文を引いて日辰が慢幢を倒す可し、開山上人門徒存知に云わく、聖人御立の法門は全く絵像・木像の仏菩薩を以って本尊とせず、唯御書の意に任せて妙法蓮華経の五字を以って本尊と為す可し云云。

開山の本意此の文に分明なり、全唯の両字意を留めて見る可し。日辰如何。

問う、興師五人所破鈔に云わく、五人一同に云わく、立像の釈迦仏を本尊と為す可し云云。

日興が云わく、諸仏の荘厳同じと雖も印契に依って異を弁ず、如来の本迹測り難し、眷属を以って之れを知る、乃至一体の形像豈頭陀の応身に非ずや、強ちに執する者尚お帰依を致さんと欲せば須く四菩薩を加うべし、敢えて一体仏を用うること勿れ云云。此の文寧ろ但一体仏を斥けて四脇士を加うることを許すに非ずや。

答う、此れは是れ且く一縁の為めなり、故に強ちに執する者等と云うなり。

又波木井殿御返事に云わく、仏は上行等の四脇士を造り副え進らせ、久成の釈尊を造立し進らせて、又安国論の趣に違う可からず等の文亦強執の一機の為めなり。前に准じて知るべし。

問う、又原殿御返事に云わく、日蓮聖人出世の本懐南無妙法蓮華経の教主釈尊、久遠実成如来の絵像は一二人書き奉り候えども未だ木像をば誰も造り奉らず候。入道殿御微力を以って形の如く造立し奉らんと思し召し立ち候に御用途も候わざるに、乃至御力も契い給わずんば御子孫の御中に造り給う仁出来し給うまでは聖人の文字に遊ばしたるを御安置候えと云云。此の文如何。

答う、蓮師出世の本懐、前に門徒存知を引く、全唯の両字宛も日月の如し。故に知んぬ、一体仏に望みて且く久成の仏像を以って出世の本懐と云うなり。例せば爾前に望みて迹門を本懐と為すが如し、是れ真実の本懐に非ざるなり。学者応に知るべし、猶お是れ宗門草創の時なり、設い信心の輩も未だ是れ一轍ならず。是の故に容預に之れを誘引し故事を子孫の中に寄せ、意は実に造立を制止するなり。若し強いて是れ本懐と言わば開山曷んぞ之れを造立せざるや。

問う、又門徒存知に云わく、伊予阿闍梨下総国真間堂は一体仏なり、而も年月を経て日興が義を盗み取り四脇士を造り副う等云云。既に日興が義と云う、何んぞ制止と云うや。

答う、若し五人一同の義とは立像の釈迦を本尊と為す可し云云。若し興師の正義は全く絵像・木像を以って本尊と為さず、唯妙法の五字を以って本尊とするなり云云。

而も強ちに執する者尚お帰依を致さんと欲するには四菩薩を加うることを許すなり。故に四脇士を造り副うるは是れ五人の義に非ず、興師一機の為めに且く之れを許す義なり、故に日興が義と言い、是れを正義と謂うには非ざるなり。

問う、日尊実録に云わく、日興上人仰せに云わく、末法は濁乱なり三類の強敵之れ有り、爾るに木像等の色相荘厳の仏は崇敬憚り有り、香華灯明の供養も称うべからず、広宣流布の時まで大曼荼羅を安置し奉る可しと云云。若し此の文に准ぜば広宣流布の時には両尊等を造る可きや。

答う、広布の時と雖も何んぞ之れを造立せん。故に此の文亦事を三類の強敵等に寄せて広宣流布の時に譲り、而も其の意実には当時の造立を制止するなり。

問う、三位日順の心底鈔に云わく、戒壇の方面は地形に依る可し、安置の仏像は本尊の図の如し云云。

又日代師日印に酬うる書簡に云わく、仏像造立の事、本門寺建立の時なり、未だ勅許有らず、国主御帰依の時三箇の大事一度に成就せしむべきの由の御本意なり、御本尊の図は其の為めなり、只今仏像造立過無くんば私の戒壇又建立せらる可く候か云云。此等の師の意豈仏像造立を広布の時に約するに非ずや

。答う、亦是れ当時の造立を制せんが為めに且く事を広布の時に寄するか。

応に知るべし、開山上人御弟子衆に対するの日仍お容預進退有り、是れ宗門最初の故に宜しく信者を将護すべき故なり。

末法相応鈔畢んぬ

享保十乙巳五月上旬大坊に於いて之れを書す

六十一歳

日 寛(花押)

 

 



当流行事鈔第五



当流行事鈔                                       日寛謹んで記す

大覚世尊設教の元意は一切衆生をして修行せしめんが為めなり。修行に二有り、所謂正行及び助行なり。宗々殊なりと雖も同じく正助を立つ、同じく正助を立つれども行体各々異なり。流々の正助は今論ぜざる所なり、当門所修の二行の中に、初めに助行とは方便・寿量の両品を読誦し、正行甚深の功徳を助顕す。

譬えば灰汁の清水を助け塩酢の米麺の味を助くるが如し、故に助行と言うなり。

此の助行の中に亦傍正有り、方便を傍とし寿量を正と為す。是れ則ち遠近親疎の別有るに由る故なり、傍正有りと雖も倶に是れ助行なり

。次ぎに正行とは三世諸仏の出世の本懐、法華経二十八品の最要、本門寿量の肝心、文底秘沈の大法、本地難思、境智冥合、久遠元初の自受用身の当体、事の一念三千、無作本有の南無妙法蓮華経是れなり。

荊渓尊者謂えること有り、正助合行して因んで大益を得と云云。

行者応に知るべし、受け難きを受け値い難きに値う、曇華にも超え浮木にも勝れり、一生空しく過ごさば万劫必ず悔いん、身命を惜まずして須く信行を励むべし、円頂方袍にして懶惰懈怠の者は是れ我が弟子に非ず、即ち外道の弟子なりと云云。慎しむ可し、慎しむ可し、勤めよや、勤めよや。

第一に方便品篇 問う、凡そ当流の意は一代経の中には但法華経、法華経の中には但本門寿量品を以って用いて所依と為し、専ら迹門無得道の旨を談ず、何んぞ亦方便品を読誦し以って助行とするや。

答う、但是れ寿量品が家の方便品なり。宗祖(観心本尊得意鈔)の所謂予が読む所の迹門とは是れなり。予が読む所の迹門に亦両意を含む。所謂一には所破の為め、二には借文の為めなり

。故に開山上人(五人所破鈔)曰わく、一に所破の為めとは方便称読の元意は只是れ牒破の一段なり。二に借文の為めとは迹の文証を借りて本の実相を顕わすなり等云云。

今謹んで解して曰わく、文々句々自ら両辺有り、所謂文義なり。文は是れ能詮、義は是れ所詮、故に読誦に於いて亦両意を成ず。是れ則ち所詮の辺に約せば所破の為めなり、能詮の辺に約せば借文と為るなり。故に所破の為めとは即ち迹門所詮の義を破するなり。借文の為めとは迹門能詮の文を借りて本門の義を顕わすなり。

且く唯仏与仏乃能究尽の文の如き此の一文を誦するに即ち両意を含む

。一には所破の為めとは、立正観鈔に云わく、経に唯仏与仏乃能究尽とは迹門の仏当分に究尽する辺を説くなり等云云。

二には借文の為めとは、十章鈔に云わく、一念三千の出処は略開三の十如実相なれども義分は本門に限る等云云。

一文既に然り、余は皆准説せよ。両意有りと雖も是れ前後に非ず、是れ別体に非ず、唯是れ一法の両義にして明暗来去同時なるが如きなり。

問う、寿量品が家の方便品とは其の相如何。

答う、通じて迹門に於いて自ら両意有り。一には顕本已前の迹門、是れを体外の迹門と名づく、即ち是れ本無今有の法なり。

譬えば不識天月但観池月の如し。

二には顕本已後の迹門、是れを体内の迹門と名づく、即ち本有常住の法と成るなり

。例せば従本垂迹如月現水の釈の如し、此の二義諸文に散在せり云云。今は是れ体内の迹門を読誦する故に寿量品が家の方便品と云うなり。

問う、若し所破借文と言わば応に体外の迹門に約すべし、若し体内の迹門は即ち是れ本門なり、豈所破借文と言うことを得べけんや。

答う、古徳の釈に云わく、体内の権に非ずんば焉んぞ実を引くことを得んと云云、今亦復爾なり、故に両義並びに顕本已後に約するなり。

十章鈔に云わく、止観一部は法華経開会の上の建立なり、爾前・外典を引くと雖も而も爾前・外典の意には非ず、文をば借れども義をば削り捨つるなり云云。開会の上の所破借文宛も晴天に日輪の赫々たるが如し云云。

問う、若し体内の迹門は即ち本有常住の法なり、那んぞ其の義を破せんや。

答う、体内と云うと雖も仍お是れ迹門なり、是の故に体内の本門に及ばず、例せば十章鈔に云うが如し、仮使開会を悟れる念仏なりとも仍お体内の権なり、体内の実に及ばず云云。

十法界鈔に云わく、本門顕われ已ぬれば迹門の仏因則ち本門の仏果なる故に天月水月倶に本有の法と成り、本迹倶に三世常住と顕わるるなり云云。

当に知るべし、三世常住の水月は三世常住の天月に及ばず、焉んぞ破せざるを得んや。一致門流此の義を知らず、曲げて私情に会し己義を荘厳するなり。

問う、在々処々に破する所の迹門と所破の為めに読む所の迹門と正しく其の不同如何。

答う、在々処々に破する所の迹門とは是れ体外の迹門にして天台過時の迹なり。若し所破の為めに誦む所の迹門は是れ体内の迹門にして予が誦む所の迹なり。

問う、往古の難に云わく、若し所破の為めならば何んぞ爾前を読まざるや云云、此の難如何。

答う、此の難甚だ非なり、是れ三時の弘経に昧く四重の興廃を辨えざる故なり、謂わく、天台は像法迹門の導師、故に但爾前を破して専ら迹門を弘む。吾が祖は末法本門の導師、故に迹門を破して専ら本門を弘む。是れ則ち像末適時の破立なり。況んや爾前に於いては更に一念三千の文無し、何んぞ借用すべけんや。

問う、顕本已後何んぞ其の文を借るや。

答う、玄文第九に云わく、諸迹悉く本より垂る、還って迹を借りて本を顕わすと云云、即ち此の文の意なり。

問う、迹本の実相方に何の異有って迹の文証を借り本の実相を顕わすと言うや。

答う、二門の実相豈浅深無からん、所詮の実相若し浅深無くんば能詮の教も勝劣無かるべし、能詮の勝劣宛も天地の如し、所詮の浅深何んぞ水火に異ならんや。

妙楽大師の弘一末に云わく、一期の仏教並びに所詮を以って体と為す、体亦教に随い権実一ならず等云云。

伝教大師の守護章の中に云わく、凡そ能詮の教権なれば所詮の理も亦権なり、能詮の教実なれば所詮の理も亦実なり等云云。

宗祖(開目鈔)云わく、教の浅深を知らざれば理の浅深を知る者無し等云云、

故に理の浅深を知るは全く教の浅深の如し、何んぞ煩しく異解を生ず可けんや。況んや復迹理は是れ所開にして本理は是れ能開なり。

故に玄の九に云わく、開迹顕本此れ亦理に就く云云。

荊渓の籤第七に云わく、今此の本門は身に約し事に約す、身事を開すと雖も猶お須く理を開すべし等云云

。宗祖(題目彌陀名号勝劣事)の云わく、能開・所開を辨ぜず物知り顔に申し候なり云云。

況んや復妙楽大師の記の九に云わく、此の釈を作さざれば尚お昔教の中の実を見ること能わず、況んや開顕の実をや、況んや久遠の実をや云云。若し浅深無くんば曷んぞ何況と云わんや

。又妙楽本理を称歎して云わく、密開寿量是第一義とは即ち此れ一部最極の理、豈第一に非ずや云云。若し浅深無くんば何んぞ最極と云わんや。

天台大師疏第十に云わく、仏の本地の深遠深遠を聞き信順して逆わず等云云。

妙楽釈して云わく、但指すこと久本に在り、功は実証に帰す、理深時遠の故に深遠と云う云云。若し浅深無くんば何んぞ理深と云わんや。

宗祖(立正観鈔)の云わく、経に唯仏与仏乃能究尽とは迹門の仏当分に究尽する辺を説くなり、本地難思の境智の妙法は迹仏等の思慮に及ばず等云云。

故に知んぬ、開山の意は迹仏究尽の実相の文を借りて本地難思の境智の妙法を顕わすことを。故に迹の文証を借りて本の実相を顕わすと云うなり。若し諸文の中に実相同を明かすは是れ異を明かさんが為めに且く同を示すのみ。

荊渓の云わく、若し通を識ることなくんば安んぞ能く別を知らん等云云。

問う、御法則の鈔(観心本尊得意鈔)に云わく、在々処々に迹門を捨てよと書きて候事は、予が読む所の迹に非ずとは此の寿量品は聖人の迹門なり、文在迹門義在本門等云云。若し此の文に拠り正しく寿量品を以って予が読む所の迹門と名づけ何んぞ方便品と云うや。

答う、此の文の由来は教信の坊等、観心本尊鈔の未得道教等の文章に就いて迹門を誦まず等云云。故に宗祖の意は直に寿量品を指して予が誦む所の迹と名づくるに非ざるなり。故に知んぬ、御法則の鈔の意既に寿量品が家の迹門なるを以って方便品を直に寿量品と云うなり。

例せば産湯記の中に譬喩品を直に寿量品と云うが如し。彼の文に云わく、寿量品(譬喩品)に云わく、今此三界云云、況んや次ぎ下の文に云わく、文在迹門義在本門と云云。即ち此の意なり。

問う、日辰造読論の中に当山鎮師の記を引いて云わく、日代云わく、迹門は施迹の分には捨つべからず云云、日道師云わく、施開廃倶に迹門は捨つ可し 已上。又日道師、日尊師に酬うる書に云わく、或は天目に同じ迹門を誦むべからず、或は鎌倉方に同じて迹門に得道有り等云云、日道一人正義を立て候 略鈔。天目に同ずる者は讃州の日仙なり、鎌倉方に同ずる者は即ち日代師なり。此の義如何云云。

問う、日尊師の実録に云わく、迹門は衆生法妙、本門は仏法妙、観心は即ち心法妙なり。方便品には心法所具の衆生法妙を説き、寿量品には心法所具の仏法妙を説く。題目は心法の直体なり。此くの如き深意を知らずして所破の為めに之れを読む等云云。実録は即ち是れ日大の所述なり。此の義如何云云。

今更に未解の者の為めに要を取って之れを言わば、且く唯仏与仏等の一文の如し、汎く之れを論ずれば則ち而も多意と成る。

謂わく、所破の辺自ら二意を含む。一には体外の迹門、即ち是れ今日始成正覚の仏の所証の法なり、在々処々多く此の意に拠る。

二には体内の迹門、此れ即ち従本垂迹の仏の所証の法なり、読誦の意正しく此こに在り。

又借文の辺も又両意を含む。一には近く久遠本果所証の法を顕わすなり、通得引用多く此の意に拠る。

二には遠く久遠名字の所証の法を顕わすなり、読誦の意正しく此こに在り云云。

当に知るべし、若し文底の眼を開く則んば此の文即ち是れ久遠名字の本仏、唯仏与仏乃能究尽なりと云云、云云。

問う、今当門流或は但十如を誦し、或は広開長行を誦す。其の謂われ如何。

答う、十如の文既に是れ一念三千の出処なり。故に但之れを誦すれば其の義則ち足りぬ、然りと雖も略開は正開顕に非ず、故に一念三千猶未だ明了ならず、故に広開に至るなり。

疏記三下に云わく、今諸仏及び釈迦を歎ずるは下の五仏の弄引の為めなり等云云。

又第七に云わく、略開は但是れ動執生疑にして正開顕に非ず等云云。

宗印の教義に云わく、三千は是れ不思議の妙境なり、若し開権顕実に非ずんば豈能く互具互融せんや云云。

開目鈔上に云わく、法華経方便品の略開三顕一の時仏略して一念三千の本懐を宣ぶれども、時鳥の初音を寝臥たる耳に聞くが如く、月の山の端に出でて薄雲の覆えるが如く幽かなり等云云。

故に知んぬ、若し広開に至らずんば一念三千其の義仍お未だ分明ならず、故に広開長行を誦するなり。

大覚鈔の中に方便品の長行をも習い誦むべしと言うは即ち広開の長行を指すなり。其の間に偈頌有りと雖も比丘偈の長篇に望むれば其の前は通じて皆長行と名づくるなり。

第二に寿量品篇

問う、凡そ当流の意は本門寿量品の中に但文底に依って以って宗旨を立つ、今寿量品を読誦する其の心地聞くことを得べけんや。

答う、唯是れ文底が家の寿量品を読誦して以って助行とするなり。此こに亦二意有り、一には所破の為め、二には所用の為めなり。是れ則ち此の品元両種の顕本、体内・体外等の義を含むが故なり。

問う、両種の顕本其の相如何。

答う、法は是れ一法なり、是れ一法なりと雖も時に随い機に随って義は則ち無量なり。今両種の顕本と言うは、一には謂わく、文上の顕本、二には謂わく、文底の顕本なり。文上の顕本とは久遠本果の成道を以って本地自行と名づけ、此の本果の本を顕わすを文上の顕本と名づく。文底の顕本とは久遠元初の成道を以って本地の自行と名づけ、此の久遠元初を顕わすを文底の顕本と名づくるなり。

且く我実成仏の文の如き若し久遠本果の成道を我実成仏と説くと言わば即ち是れ文上の顕本なり、若し久遠元初の成道を我実成仏と説くと言わば即ち是れ文底の顕本なり、両種の顕本其の相斯くの如し。

文上の顕本に亦二意有り、一には謂わく、体外、二には謂わく、体内なり。

問う、体内・体外其の相如何。

答う、是れは則ち顕と未顕と、知と不知と、天地遥かに異なり。謂わく、文底未だ顕われざるを名づけて体外と為す、猶お天月を識らず但池月を観ずるが如し。文底已に顕わるれば即ち体内と名づく、池月は即ち是れ天月の影なりと識るが如し。

且く我実成仏の文の如し。若し本地第一、本果自行の成道を我実成仏と説くと言わば即ち是れ体外の寿量品なり。若し迹中最初の本果化他の成道を我実成仏と説くと言わば即ち是れ体内の寿量品なり。内外殊なりと雖も倶に脱迹と名づく、是れ文底の種本に対する故なり。

応に知るべし、迹門既に内外有り、今の脱迹豈爾らざらんや。若し体外の寿量品は天台常途の釈の如し、若し体内の寿量品は血脈鈔に本果を迹と名づくるが如し云云。

問う、内外の得脱、同とせんや異とせんや。

答う、此れ即ち天地水火の不同なり。本尊鈔に云わく、久遠を以って下種と為し、大通前四味迹門を熟と為し、本門に至って等妙に登らしむるを脱と為す云云。

解して云わく、等覚に登らしむとは即ち体外の意なり、妙覚に登らしむるとは即ち体内の意なり、若し体外の意は常の所談の如し。在世の衆生寿量品を聞き但二住乃至等覚に至る、而も妙覚に至るの人は都べて経文に之れ無きなり。

然るに体内の意は霊山一会の無量の菩薩体内の寿量を聴聞して但文上脱迹を信ずるのみに非ず、復文底秘沈の種本を了し久遠元初の下種の位に立ち還って本地難思境智の妙法を信ずるが故に皆悉く名字妙覚の極意に至るなり、是れ即ち体内得脱の相なり。

故に荊渓の云わく、故に長寿を聞いて須く宗旨を了すべし云云。又云わく、若し但事中の遠寿を信ぜば何んぞ能く此の諸の菩薩等をして増道損生して極位に至らしめんや、故に本地難思の境智を信解す等云云。

吾が祖祈祷鈔に諸菩薩皆妙覚の位に上って釈迦如来の悟りと等しと判じたもう是れなり。

当流の口伝(本因妙鈔)に云わく、等覚一転名字妙覚云云。

問う、今日在世得脱の衆生は皆是れ三五下種の輩なり、何んぞ久遠元初の下種等と云うや。

答う、三五下種と言うは且く是れ当家第一第二の教相の意なり。若し第三の教相顕われ已れば在世の衆生は皆悉く久遠元初下種の人なり。

且く身子の如し。鹿苑の断惑は只是れ当分の断惑にして跨節の断惑に非ず、是れ則ち種子を知らざる故なり。然るに法華に来至して大通の種子を覚知す、此れ即ち跨節の断惑なり。

然りと雖も若し本門に望むれば猶お是れ当分の断惑にして跨節の断惑に非ず、未だ久遠の下種を了せざるの故なり。而して後本門に至って久遠の下種を顕わす、此れ即ち跨節の断惑なり。

然りと雖も若し文底に望むれば猶お是れ当分の断惑にして跨節の断惑に非ざるなり。若し文底の眼を開いて還って彼の得道を見れば実に久遠下種の位に還って名字妙覚の極位に至る、此れ即ち真実の跨節の断惑なり。

故に経(譬喩品)に云わく、以信得入等云云。以信豈名字に非ずや、得入は即ち是れ妙覚なり。又云わく、我等当信受仏語云云。

宗祖(御義口伝)釈して云わく、此の無作三身は一字を以って得たり、所謂信の一字なり云云。

信は即ち慧の因、名字即なり、無作三身豈妙覚に非ずや。身子既に爾り、一切皆然らん云云。当流深秘に三重の秘伝あり云云。

問う、疏第一四節の釈に准ずるに、本因本果下種の輩多く近世に得脱す、地涌等是れなり。残る所は今日の序品に度脱す、本種現脱の人是れなり。故に知んぬ、本因果種の人尚お迹門正宗に至らず、況んや復久遠元初下種の輩本門に至りて方に度脱を得可けんや。

答う、縁微少の故に、退して修せざる故に、惑厚重の故に、根回らし難き故に塵劫遠々に方に得ることを妨げざるなり。

問う、仮令然りと雖も若し明文無くんば有智無智誰か之れを信ず可けんや。

答う、明文有りと雖も人之れを見ず。宗祖(上野殿御返事)の云わく、文は睫毛の如しと。良に由有るかな、吾今之れを示さん、他に向かって説くこと勿れ云云。

疏の第九に云わく、然るに本門の得道の数、衆経に倍す、但数多のみに非ず、又薫修日久し、元本より迹を垂れ処々に開引し中間に相値うて数々成熟し、今日五味に節々に調伏し収羅結撮して法華に帰会す等云云。

此の文正しく本門の得道を明かす、文を分かって二と為す。初めに横に多きことを明かし、次ぎに非但の下は竪に久しきことを明かす、亦分かって三と為す、初めに久遠元初の下種を明かし、二に元本の下は本果中間、今日の調熟を明かし、三に収羅の下は体内の寿量の得脱を明かすなり云云。

初めの文は見る可し。薫修日久しとは釈尊久遠元初に一迷先達して余迷に教ゆる時、順逆二縁に始めて仏種を下し、爾来其の種漸々に薫修すること五百塵点、復倍上数、塵々劫々、久々遠々なり、故に薫修日久と言うなり。

而るに機縁已に熟して仏の出世を感ず。故に久遠元初の本より本果第一番の迹を垂れ、五時に経歴し開化引導す。故に元本垂迹処々開引と云うなり。元本の二字に意を留めて見る可し。

第二番の後今日已前世々番々にして之れを調熟す、故に中間相値数々成熟と言うなり。凡そ中間とは第二番より後今日已前を方に中間と名づく、此れは是れ台家常途の法相なり。故に知んぬ、元本垂迹等の文は正しく本果第一番に当たるなり、有智の君子深く之れを案ず可し。今日四味及以迹門も亦之れを調伏す、故に今日五味節々調伏と云うなり。

而るに後体内寿量に至って皆悉く久遠元初の下種の法華に帰会し名字妙覚の極位に至らしむ、故に収羅結撮帰会法華と云うなり云云、明文赫々たり、誰か之れを信ぜざらんや。

問う、大段の第二、文底の顕本若し誠証を尋ねられば応に何れの文を出だすべきや。

答う、深く之れを秘すと雖も若し復伝えずんば当門の法燈何に由ってか光を増さん、故に明文を考えて以って末弟に贈る、公場に非ざるよりは妄りに之れを宣ぶること莫かれ。

玄文第七に云わく、若し過去は最初所証の権実の法を名づけて本と為すなり。本証より已後方便をもて化他し、三を開し一を顕し発迹顕本するは還って最初を指して本と為す、中間の示現、発迹顕本も亦復最初を指して本と為す、今日の発迹顕本も亦最初を指して本と為す、未来の発迹顕本も亦最初を指して本と為す、三世は乃ち殊なれども毘盧遮那の一本は異ならず、百千の枝葉同じく一根に趣くが如し云云。

今此の文を釈するに大に分かって二と為す。初めには正釈、次ぎに三世の下は結。

初めに正釈の文亦分かって五と為す、一には久遠元初、二に従本証の下は本果、三に中間、四に今日、五に未来なり。

又此の五段更に分かって二と為す。初めには本地の自行を明かし、次ぎに従本証の下は垂迹化他を明かす、亦分かって四と為す。謂わく、本果・中間・今日・未来なり。

初めに本果の文亦分って二と為す、初めに従本証已後と云うは是れ本果の時を示すなり。次ぎに方便の下は是れ本果の説法を明かすに文亦三と為す。

初めに方便化他と云うは是れ四味を明かすなり。次ぎに開三顕一は是れ迹門を明かすなり。三に発迹顕本等は正しく本門を明かすなり。発とは開なり、謂わく、本果の成道の迹を開して久遠元初の本を顕わす、故に還指最初為本と云うなり。

問う、何んぞ本果を以って垂迹に属するや。

答う、本果の儀式全く今日に同じ、四味及以迹本二門今文に顕然なり、況んや復疏の第一に云わく、本時の四佛は皆是れ本なり云云、

籤の第七に云わく、四義深浅不同あり。故に知んぬ、不同なるは定めて迹に属す云云。

問う、何んぞ本果を以って化他に属するや。

答う、是れ亦前に同じ、既に四教八教有るが故なり。籤の第七に云わく、最初実得に亦四教有り云云。

疏記第一に云わく、化他は不定なり亦八教有り等云云。

問う、本果は正しく是れ最初成道なり、何んぞ寿量を説き発迹顕本せんや。故に玄の第七に云わく、必ずしも皆顕本せずと云云。

答う、若し文上に准ぜば実に久本の顕わす可き無し、故に顕本せず、若し文底に拠らば実に久本の顕わす可き有り、故に顕本と云う、義一概に非ず、故に不必と云うなり。

問う、本果の成道に正しく本門を説く証文如何。

答う、今文分明なり。況んや復籤の第七に云わく、又已今とは即ち是れ昔日已得の已今を本と為し、中間今日所対の已今を迹と為し、四味及び迹門を已と為し、長遠の寿を開するを今と為す等云云。

昔日と言うは正しく本果を指し、已得已今は本果所説の四味及び迹門を已と為し、而して寿量を説くを今と為すなり云云。明文此こに在り、敢えて之れを疑うこと勿れ。

次ぎに中間示現等と言うは、中間の文は前に之れを示すが如し、第二番後今日已前なり。故に知んぬ、本証より下の二十四字は正しく本果を明かすなり。台家の学者異義多端なるが故に之れを示す。発迹顕本亦最初を指して本と為す等は准説して知んぬべし。

三に今日の発迹顕本亦最初を指して本と為すとは、故に知んぬ、今日の発迹顕本の文に我実成仏と云うは、正しく久遠元初の自行の成道を指す、故に亦最初を指して本と為すと云う、文底の顕本寧ろ炳焉なるに非ずや。四に未来の発迹顕本亦最初を指して本と為すとは、未来と言うは即ち末法を指すなり、末法の発迹顕本とは蓮祖即ち久遠元初自受用身と顕わる、是れを末法の発迹顕本と名づくるなり。

問う、蓮祖は乃ち是れ上行の再誕なり、故に応に須く上行菩薩と顕われたもうべし、何んぞ久遠元初の自受用身と顕われたまわん。況んや復久遠元初の自受用身は即ち是れ本因妙の教主釈尊にして上行等の主師親なり。故に涌出品に云わく、悉く是れ我が化する所、大道心を発さしむ 師也、此等は是れ我が子 親也、是の世界に依止す 主也等云云。経文明白なり、何んぞ別義を存ぜんや。

答う、此こに相伝有り、略引して之れを示さん。血脈鈔に云わく、本地自受用身の垂迹、上行菩薩の再誕日蓮等云云。再誕の言上の二句に冠す、若し外用に拠らば今の所問の如く上行の再誕日蓮なり、若し内証に拠らば自受用身の再誕日蓮なり、故に日蓮即ち是自受用身なり。

問う、内証の辺文理如何。

答う、文理多しと雖も且く一二を示さん。一には種脱勝劣の故に、諌暁鈔に云わく、天竺国をば亦月氏国と名づく、仏応に出現したもうべき名なり、扶桑国をば亦日本国と名づく、聖人豈出現したまわざらんや、月は西より東へ向えり、月氏の仏法の東に移る可き瑞相なり、日は東より西に入る、日本の仏法月氏に遷る可き瑞相なり、月は光明きらかならず在世は但是れ八箇年なり、日は光明きらかにして月に勝れたり、後五百歳の長き闇を照らす可き瑞相なり、仏は法華誹謗の者をば治したまわず、在世には則ち無かりし故に、末法には一乘の強敵充満す、不軽菩薩の利益是れなり 取意。

此の文正しく種脱勝劣を明かすなり。文に二段有り、初めに勝劣を明かし、次ぎに種脱を明かす。

初めに勝劣を明かすに亦三意有り、同じく日月を以って即ち種脱に喩う。

一には国名に寄る、謂わく、月氏は是れ迹門の名なり、故に脱迹の仏応に出現すべきなり、日本は即ち是れ本門の名なり、下種の本仏豈出現せざらんや、国名寧ろ勝劣に非ずや。

二には順逆に寄す、謂わく、月は西より東に向かう、是れ左道にして逆なり、日は東より西に入る、是れ右繞にして順なり、順逆豈勝劣に非ずや。

三に長短に寄す、月は光明きらかならず在世は但八年なり、日は光明きらかにして末法万年の闇を照らす、長短寧ろ勝劣に非ずや。

次ぎに種脱を明かす、法華誹謗の者を治せざるは即ち在世脱益の迹佛なり、末法は即ち不軽の利益に同じ、豈下種の本仏に非ずや、十勝鈔に、所謂迹門を月に譬え本門を日に譬うと云云。学者応に知るべし、蓮祖若し久遠元初の自受用身に非ずんば焉んぞ教主釈尊に勝るることを得可けんや。

二に行位全く同じきが故に、本因妙鈔に云わく、釈尊久遠名字即の御身の修行を末法今時日蓮が名字即の身に移すなり云云。

血脈鈔に云わく、今の修行は久遠名字の振舞に介爾計りも相違無し云云。行位全く同じ、故に知んぬ、蓮祖即ち是れ自受用身なり。

三に本因妙の教主なるが故に、血脈鈔に云わく、本因妙の教主本門の大師日蓮云云。

又(血脈鈔)云わく、下種法華経の教主の本迹、自受用身は本、上行日蓮は迹なり、我が内証の寿量品とは脱益寿量の文底本因妙の事なり、其の教主は某なり云云。

文に二段有り、初めは是れ従本垂迹なり、次ぎは是れ発迹顕本なり、故に其の教主は某なりと云うなり。故に知んぬ、蓮祖即ち是れ自受用身なり、是の故に応に知るべし、下種の教主は但是れ一人なり。謂わく、久遠元初の教主も自受用身なり、末法今時の教主も自受用身なり、久末一同之れを思い合わす可し。

四に文証分明なるが故に、血脈鈔に云わく、久遠元初の天上天下唯我独尊は日蓮是れなり云云。

久遠元初の唯我独尊豈自受用身に非ずや。故に三位日順の詮要鈔に云わく、久遠元初の自受用身とは蓮祖聖人の御事なりと取り定め申す可きなり云云。

五に現証顕然なるが故に。

開目鈔下に云わく、日蓮は去ぬる文永八年九月十二日子丑の時頚刎られぬ、此れは魂魄佐渡に至る等云云。

応に知るべし、丑寅の時は是れ陰の終り死の終り、陽の始め生の始め、陰陽生死の中間なり。

上野鈔五に云わく、御臨終の刻み生死の中間に日蓮必ず迎え参らせ候べし、三世諸仏の成道は子丑の終り、寅の刻みの成道なり等云云。

故に知んぬ、子丑の時は末法蓮祖垂迹の凡身の死の終りなり、故に頚を刎ねらると云うなり。寅の刻みは即ち是れ久遠元初の名字本仏の生の始めなり、故に魂魄等と云うなり。

日我本尊鈔見聞に云わく、開目鈔に魂魄佐渡に到るとは是れ凡夫の魂魄に非ずして久遠元初の名字本仏の魂魄なり云云。

然れば則ち蓮祖大聖佐渡已後今日凡身の迹を開して久遠元初の本を顕わす、豈発迹顕本の現証に非ずや。

故に文の意の謂わく、日蓮実に自受用身の成道を唱えてより已来無量無辺百千万億劫なり云云。

末法の発迹顕本亦最初を指して本と為す、豈顕然なるに非ずや。

次ぎに三世乃殊の下は結文なり、文自ら二と為す、初めに法、次ぎに譬なり。初めに法の中に毘盧遮那と云うは此こに法身と飜ず、是れ単の法身に非ず。

故に記第三に云わく、但法身を以って本とせば何れの教にか之れ無からん云云、

、故に知んぬ、境智和合は自受用身なり、学者須く知るべし、初めの正釈の中に能証の人を挙げず、但所証の法を挙ぐ、故に最初所証等と云うなり。今結文の中に所証の法を挙げず、但能証の人を挙ぐ、故に毘盧遮那等と云うなり。実に是れ能証所証体一なり、是れ体一なりと雖も而も人法宛然なり。故に知んぬ、釈結の二文人法互顕なり、是の故に明きらかに知んぬ、久遠元初は人法倶に本なり、本果已後は人法倶に迹なり。

文に一本異ならずと云うは、

問う、凡そ寿量品の意は唯釈迦一仏とするや、別に余仏有りとするや、若し唯一仏なりと言わば玄文第七に正しく東方の善徳仏及び神力品の十方諸仏を以って便ち余仏と為す、若し余仏有りと云わば那んぞ毘盧遮那一本等と云うや。

答う、若し文上の意は久遠の本果を以って本地とするが故に余仏有り、何となれば本果は実に是れ垂迹なり、故に本果の釈尊は万影の中の一影、百千枝葉の中の一枝葉なり、故に本果の釈尊の外更に余仏有るなり、若し文底の意は久遠元初を以って本地とするが故に唯一仏のみにして余仏無し、何となれば本地自受用身は天の一月の如く樹の一根の如し、故に余仏無し。当に知るべし、余仏は皆是れ自受用身の垂迹なり。

故に日眼女鈔に云わく、寿量品に云わく、或説己身或説他身云云、東方の善徳仏・中央の大日如来・十方の諸仏・過去の七仏・三世の諸仏・上行菩薩等乃至天照太神・八幡大菩薩其の本地は教主釈尊なり、例せば釈尊は天の一月、諸仏菩薩等は万水に浮かべる影なり等云云。

次ぎに譬の文に百千枝葉の同じく一根に趣くが如しと云うは、横には十方に遍じ、竪には三世に亘り微塵の衆生を利益したもう、垂迹化他の功皆同じく久遠元初の一仏一法の本地に帰趣するなり。

総勘文鈔に云わく、釈迦如来五百塵点の当初凡夫にて御座せし時我が身地水火風空なりと知めし即座に悟りを開き、後化他の為めに世々番々に出世成道し在々処々に八相作仏し、王宮に誕生し樹下に成道し始めて仏に成る様を衆生に見知せしめ、四十余年方便教を儲けて衆生を誘引し、其の後方便の教経を捨てて正直の妙法蓮華経の五智の如来の種子の理を説き顕わす等云云。

謹んで此の文を釈するに亦分かって二と為す、初めに本地の自行を明かし、次ぎに後為化他の下は垂迹化他を明かすなり、初め本地の自行其の文少なしと雖も而も義意豊富せり、故に多義を以って之れを解す云云。

一には謂わく、是れ久遠元初の自受用身を明かすなり、応に知るべし、五百塵点は即ち是れ久遠なり、当初の二字豈元初に非ずや。言う所の知とは即ち是れ能称如々の智なり、我身等は是れ所称如々の境なり、境智相称う、豈自受用報身に非ずや。

疏の第九に云わく、如来は如実に三界の相を知見す、如々の智、如々の境に称う、此れは是れ報身如来の義なり等云云。

問う、疏に三界の相を知見すと云うと今の我が身地水火風と知ると云うと同とせんや異とせんや。

答う、其の言異なりと雖も其の意是れ同じ、謂わく、三界の五大倶に法界なるが故なり、妙楽釈して云わく、倶に三界と云う、法界に非ざるなし云云。

当家深秘の御相伝(御本尊七箇之相承)に云わく、我が身の五大は即ち法界の五大なり、法界の五大即ち我が身の五大なり云云。

二には謂わく、是れ本極法身を明かすなり、謂わく、五百塵点の当初の故に本極と云うなり。知は謂わく、能如の智即ち是れ智法身、我身等は所如の境即ち是れ理法身、境智倶に法身の故に法身と称するなり。

玄第七に云わく、本極法身微妙深遠云云。

金光明に云わく、唯有如々、如々智云云、唯有如々は境法身なり、如々智は即ち智法身なり。

故に天台の文九−二十一に云わく、法如々境、法如々智云云。

玄に微妙深遠と云うは微妙は総じて法身を歎ず、微妙浄法身の如し、深遠は別して境智を歎ず。

故に妙楽云わく、理深く時遠し、故に深遠と云う云云。

当に知るべし、玄文に本極法身と云うは即ち是れ久遠元初の自受用身の御事なり、久遠は即ち本、元初は即ち極、自受用は即ち法身なるが故なり。

三には謂わく、是れ久遠元初の無作三身を明かすなり、久遠元初は前に准じて知る可し、無作三身は即ち是れ自受用報身一体三身の徳なり、知は謂わく能成の智、此れ即ち無作の報身なり、我身等は所成の境、此れ即ち無作の法身なり、境智合する則んば必ず大悲有り、大悲は必ず用を起こす、起用は即ち是れ無作の応身なり、譬えば函蓋相応せば必ず含蔵の用有り、所蔵の物方に外資に任すが如し。

止観六に云わく、境に就くを法身と為し、智に就くを報身と為し、起用を応身と為す云云。

又此の三身は即ち三徳三章なり。謂わく、無作の法身は即ち法身の徳是れ妙体なり、無作の報身は即ち般若の徳是れ妙宗なり、無作の応身は即ち解脱の徳是れ妙用なり、無作三身の宝号を南無妙法蓮華経と云うなり、是好良薬、結要付嘱之れを思い合わす可し、之れを思い合わす可し。

四には謂わく、是れ久遠元初の名字の報身を明かすなり、久遠元初は准説して知る可し、釈尊凡夫の御時豈名字に非ずや。知我身等とは即ち是れ境智和合寧ろ報身に非ずや。若し証文を訪わば此の文を出だす可し。

問う、止観一に云わく、名字の中に於いて通達解了して一切の法は皆是れ仏法なりと知る云云。今彼の文と同異如何。

答う、其の辞異なりと雖も其の意是れ同じく、今釈尊凡夫の御時と云うは即ち於名字中等に同じ、今知我身地水火風空と云うは即ち知一切法皆是仏法に同じ。

謂わく、一切の法の外我が身無く、我が身の外一切の法無し、故に我が身全く一切の法なり。地水火風空は即ち妙法の五字なり、妙法の五字の外に仏法無し、故に五大全く皆是れ仏法なり。故に其の意是れ同じきなり。

然れば即ち釈尊名字凡夫の御時一切の法は皆是れ仏法なり、我が身の五大は妙法の五字なりと知ろしめし、速かに自受用報身を成ず、故に即座開悟と云うなり。

宗祖(惣勘文鈔)の云わく、一切の法は皆是れ仏法なりと通達解了す、是れを名字即と為す、名字即の位より即身成仏す、故に円頓の教には次位の次第無し等云云。

授職鈔十七に云わく、天台六即を立てて円人の次位を判ずる尚お是れ円教の教門にして証道の実義に非ず、何に況んや五十二位は別教に附ける権門の廃立なり云云。

止観六−二十一に云わく、円人は根最も利なり、復是れ実説なり、復品秩無しと云云。

相伝(寿量品文底大事)に云わく、寿量品の意は三世諸仏悉く名字妙覚の成道なりと云云。尼崎流之れに同じ云云。

五には謂わく、是れ久遠元初の種が家の本因本果を明かすなり、久遠元初は具さに前に釈するが如し。釈尊凡夫の御時は名字即下種の位なり、知は謂わく能証の智、我身等とは是れ所証の境なり。

天台釈して云わく、境智和合する則んば因果有り、境を照らして未だ窮まらざるを因と名づけ、源を尽くすを果と為す云云。

当に知るべし、境智和合の始めを名づけて因と為す故に照境未窮と云い、境智和合の終りを名づけて果と為す故に尽源為果と云うなり、是れ則ち刹那始終一念の因果なり。

問う、玄文第七に脱が家の本因妙を明かすに即ち四妙を具す、所謂境智行位なり。今種が家の本因妙も亦四妙を具するや。

答う、実に所問の如く四妙を具するなり。謂わく、釈尊凡夫の御時は即ち是れ位妙なり、知は即ち智妙なり、我身等は境妙なり、境智合する則んば行其の中に在り、此くの如き四妙は即ち種が家の本因妙なり、即座開悟は即ち種が家の本果妙なり。又此の因果は即ち是れ本門の当体蓮華なり、釈尊凡夫の御時は即ち当体を示すなり、種が家の因果豈蓮華に非ずや。

玄一に釈して云わく、即辨因果是名蓮華と云云。

宗祖(当体義鈔)云わく、釈尊久遠塵点の当初此の妙法当体蓮華を証得す とは是れなり。

六には謂わく、是れ本地難思境智の妙法を明かすなり。謂わく、五百塵点の当初なり、故に本地と云う、知と謂うは能証の智、我身等は是れ所証の境、此の境智冥符内証甚深甚深不可思議なり、故に難思の境智と云うなり。難思は即ち妙なり、境智は即ち法なり。

経(方便品)に云わく、我法妙難思と云云。

天台云わく、法如々境法如々智と云云。応に知るべし、此の本地難思境智の妙法は即ち一切衆生の成仏の種子なり、

経(方便品)に云わく、諸仏両足尊知法常無性と云云。知の一字の両処全く同じ、我が身地水火風空は即ち法常無性に同じ、倶に是れ一切衆生の成仏の種子なるが故なり。

天台釈して云わく、中道無性即是仏種と云云。

宗祖(惣勘文鈔)の云わく、地水火風空、今経に之れを開して一切衆生身中の五仏性、五智の如来の種子と説く、是れ即ち妙法蓮華経の五字なり云云。

次ぎに後為化他の下は垂迹化他、亦分かって二と為す、初めに本果已後、次ぎに王宮の下は今日、亦分かって二と為す。初めに能説の教主、次ぎに四十余年の下は所説の法、亦分かって二と為す。初めに爾前、次ぎに其後の下は法華経なり、法華の文略なり、然りと雖も既に種子の理を説き顕わすと云う故に文底の顕本皎在目前なり、若し上来の旨を得ば則ち此の文意を知らんのみ云云。

当体義鈔に云わく、釈尊五百塵点の当初此の妙法当体の蓮華を証得し、世々番々に成道を唱え能証所証の本理を顕わす云云。

此の文略なりと雖も其の意前に同じ、初めに本地の自行を明かし、次ぎに垂迹化他を明かすなり。已に能証所証の本理を顕わす、豈文底の顕本に非ずや。此の文底の顕本を亦我が内証の寿量品と名づくるなり。

問う、血脈鈔に云わく、我が内証の寿量品とは脱益寿量品の文底本因妙の事なり云云。此の文如何。

答う、此こに二意有り、所謂能所なり。且く我実成仏の文の如し、能詮の辺は唯是れ四字なり、所詮の辺は即ち妙法なり。謂わく、能成は即ち智、所成は即ち境、豈本地難思境智の妙法に非ずや。故に知んぬ、能詮の辺の二千余字是れを我が内証の寿量品と名づけ、所詮の辺の妙法五字是れを本因妙と名づくるなり、今所詮を以って能詮に名づく、故に内証の寿量品とは本因妙の事なりと云うなり。法華一部通じて妙法と名づく、豈所を以って能に名づくるに非ずや。

問う、両種の顕本体内体外の文理分明なること宛も白日の如し、然れば則ち所破所用応に具さに之れを聞くべけんや。

答う、唯是れ一返読誦の中に此の二意自ら是れ宛然なり。謂わく、体内の辺は即ち所破と成り、文底の辺は乃ち所用と成る、二意有りと雖も是れ前後に非ず、一室の中の明闇の来去全く是れ同時なるが如し云云。

問う、応に体外を破すべき、何んぞ体内を破するや。

答う、体外の寿量は去年の暦の如し、今末法に入って文底顕われ已れば一部の始終体内に非ざること無し、体内と云うと雖も仍お是れ脱迹なり、那んぞ種本に及ばん、寧ろ破せざるを得んや。

例せば体内の権迹を破するが如し、尚お体内を破す、況んや体外をや。

問う、方便品に借文と云い、寿量品に所用と云う、各其の謂われ如何。

答う、方便品は文は但迹の義を詮して本の義を詮せず而も之れを借用して以って本の義を顕わす、故に借文という。

若し寿量品は文の上は乃ち是れ脱迹の義を詮し、文の底は亦是れ種本の義を沈む。故に二意倶に文が家の所得なり、何んぞ借用と云わんや、故に直に所用と云うなり。

問う、寿量読誦の所破所用は前代に未だ聞かず、正しく其の証文如何。

答う、本尊鈔及び血脈鈔の中に正しく文上を以って脱益迹門理の一念三千の教相と名づけ、但文底を以って下種本門事の一念三千の観心と名づく。此れ即ち所破所用の両意文に在って分明なり、何ぞ更に証文を求めんや。然りと雖も且く一文を引いて之れを示さん。

本尊鈔に云わく、彼は脱此れは種云云。彼は脱豈所破に非ずや、此れは種寧ろ所用に非ずや。

本因妙鈔に云わく、今日熟脱の本迹二門を迹と為し、久遠名字の本門を本と為し、信心強盛に唯余念無く南無妙法蓮華経と唱え奉れば凡身即仏身なり云云。又(本因妙鈔)云わく、一代応仏の寿量品を迹と為し、内証の寿量品を本と為し、釈尊久遠名字即の身に約し位に約し南無妙法蓮華経と唱え奉る、是れを出離生死の一面と名づく云云。此の二文の正助の二行、所破所用最も之れ明著なり。

問う、有る鈔の中に高祖の譲状を引いて云わく、方便・寿量の読誦は在世の一段、一箇の三千心破の一段是れなり云云。此の文如何。

答う、両品の三千、事理殊なりと雖も倶に理の一念三千と名づく、故に一箇の三千と云うなり。読誦の心地所破に在り、故に心破の一段と云うなり。

問う、房州方の義に云わく、方便・寿量の両品倶に所破助行に之れを用ゆ云云、此の義如何。

答う、応に是れ所破即助行の義なるべし。若し爾らば但是所破の一義なり、若し所破及助行と言わば所破は是れ助行に非ずや。故に知んぬ、但一義を挙ぐるのみ。

問う、諸流の勤行各々不同なり、或は通序及び十如提婆品等を誦し、或は此経難持、以要言之、陀羅尼品、普賢呪等を誦し、或は一品二半、或は本門八品、或は一日一巻等心に任せて之れを誦す。然るに当流の勤行は但両品に限る、其の謂われ如何。

答う、諸流は名を蓮師に借ると雖も実には蓮祖聖人の門弟に非ず、但是れ自己所立の新義なり、故に蓮師の古風を仰がずして専ら各自の所好に随うなり。但我が富山のみ蓮祖所立の門流なり、故に開山已来化儀・化法四百余年全く蓮師の如し、故に朝暮の勤行は但両品に限るなり。

問う、其の証文如何。

答う、証は汝が家に在り、吾に向かって尋ぬる莫れ。然りと雖も且く幼稚の為めに之れを引かん。日講が啓蒙の十八に日向天目問答記を引いて云わく、大聖人一期の行法は本迹なり、毎日の勤行は方便・寿量の両品なり、乃至御遷化の時亦復爾なり等云云。

問う、興師の行事如何。

答う、開山の勤行全く蓮師の如し。故に又啓蒙に云わく、決要鈔に天目鈔を引いて云わく、白蓮阿闍梨、口には末法は是れ本門大法の時機なりと云い、及び公処に奉上する申状には爾前迹門の謗法を停止して本門の大法を建立せんと之れを書き載すと雖も、而も自行には方便・寿量の両品を朝夕に読誦す、是れ自語相違の人なり云云。吾が家の証文宛も日輪の如し、汝等の所行寧ろ自立に非ずや。既に宗祖に違う、何んぞ門弟子と云わんや。授職潅頂鈔に云わく、問う、一経は二十八品なり、毎日の勤行は我等が堪えざる所なり、如何が之れを読誦せんや。答う、二十八品本迹の高下浅深は教相の所談なり、今は此の義を用いず、仍お二経の肝心、迹門は方便品、本門は寿量品なり、天台・妙楽云わく、迹門の正意は実相を顕わすに在り、本門の正意は寿の長遠を顕わす云云。大覚鈔に云わく云云。

第三に唱題篇

夫れ唱題の立行は余事を雑えず。此れ乃ち久遠実成名字の妙法を余行に渡さず直達正観する事行の一念三千の南無妙法蓮華経是れなり。

末法の観心は信を以って本と為す。信無くして此の経を行ずるは、手無くして宝山に入り、足無くして千里の路を企つるが如し。是れ吾が家の最深秘蓮祖化導の一大事なり。

問う、末法は応に何なる法、何なる仏を信ずべきや。

答う、文上脱益の三宝に執せず、須く文底下種の三宝を信ずべし。是れ則ち末法適時の信心なり。

起信論に云わく、一には根本を信じ、二には仏宝を信じ、三には法宝を信じ、四には僧宝を信ず 已上取意。初めの一は総じて明かし、後の三は別して明かすなり。初めの一は総じて明かすとは総じて久遠元初の三宝を信ずることを明かすなり。

血脈鈔に云わく、久遠元初の自受用報身無作本有の妙法。又云わく、久遠元初の結要付嘱と云云。

自受用身は即ち是れ仏宝なり、無作本有の妙法は法宝なり、結要付嘱豈僧宝に非ずや。久遠元初は仏法の根本なり、故に根本を信ずと云うなり。

後の三は別して明かすとは久遠元初の仏法僧は則ち末法に出現して吾等を利益し給う。若し此の三宝の御力に非ずんば極悪不善の我等争でか即身成仏することを得ん。故に応に久遠元初の三宝を信じ奉るべし、故に二に仏宝を信じ、三に法宝を信じ、四に僧宝を信ずと云うなり。

問う、凡そ法華本門の三宝とは塔中の両尊即ち仏宝なり、法華一部は是れ法宝なり、上行已下は是れ僧宝なり、斯くの如き三宝は経文に顕然なり。是の故に吾等信を投ずるに地有り、久遠元初の三宝末法に出現すとは此れは是れ前代未聞の事なり、若し誠証無くんば誰か之れを信ずべけんや。

答う、諸流は但在世の三宝を知って未だ末法の仏法僧を知らず、然も亦共に本未有善を許す。下種の三宝は惑耳驚心す、今明文を引いて不信の闇を晴らさん。

経(寿量品)に曰わく、時我及衆僧倶出霊鷲山等云云。

時とは即ち末法なり、我とは即ち仏宝なり、及とは即ち法宝なり、衆僧豈僧宝に非ずや。此くの如き三宝末法に出現するが故に時我及、倶出と云うなり、然りと雖も謗法罪の衆生は悪業の因縁を以って無量阿僧祇劫を過ぐれども、此くの如き三宝の名を聞かず、

故に経(寿量品)に説いて是の諸の罪の衆生は三宝の名を聞かずと云うなり。唯信行具足の輩のみ有って則ち皆此くの如きの三宝を見ることを得。

故に経(寿量品)に云わく、諸有修功徳柔和質直者、則皆見我身在此而説法云云。

諸有修功徳は即ち是れ行なり、柔和質直豈信心に非ずや、則皆見我身とは我が身即ち是れ仏宝なり、在此而説法とは法は即ち所説豈法宝に非ずや、説は即ち能説寧ろ僧宝に非ずや。然れば則ち経文明白なり、仰いで之れを信ず可きのみ。

問う、其の文有りと雖も未だ其の体を見ず、正しく是れ末法出現の三宝如何。

答う、西隣聖を知らず、近しと雖も而も見ず云云、

久遠元初の法宝とは即ち是れ本門の大本尊是れなり。

(観心本尊鈔)釈尊の因行果徳の二法、妙法蓮華経の五字に具足せり、我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与う。於我滅度後応受持斯経是人於仏道決定無有疑云云。

此くの如き大恩、香城に骨を摧き雪嶺に身を投ぐとも寧ろ之れを報ずるを得んや。

久遠元初の僧宝とは即ち是れ開山上人なり。仏恩甚深にして法恩も無量なり、然りと雖も若し之れを伝えずんば則ち末代今時の我等衆生、曷んぞ此の大法を信受することを得んや。豈開山上人の結要伝授の功に非ずや。

然れば則ち末法出現の三宝其の体最も明きらかなり、宜しく之れを敬信して仏種を植ゆべし云云。

問う、有る人難じて云わく、日興上人は上足の第三なり、何んぞ是れ結要付嘱の上首ならんや云云。此の難如何。答う、六老の次第は受戒の前後に由り、伝法の有無は智徳の浅深に依る、故に孔子は道を曽子に伝うるなり、玄弉は法を慈恩に付す、並びに嫡弟に非ず、誰人か之れを難ぜん云云。

吾が開山上人は智は先師に等しく徳は諸弟に超えたり、故に塔中伝授の秘要を付して本門弘通の大導師と称し、末法万年の総貫首と定め、二箇の相承を授けて延山の補処と為す、文証・現証了々分明なり。汝等智有らば此こに於いて疑いを生ずること勿れ云云。

問う、有る人尋ねて云わく、既に本尊を以って中央に安置す、世の帝王の如し、蓮祖・興師を左右に安置す、世の左右の大臣の如し。若し爾らば応に須く蓮祖を左に安じ、興師を右に安ずべし、是れ則ち左尊右卑の故なり。況んや所図の本尊に於いて上下自ら明きらかなり。謂わく、多宝は是れ客仏、上行・無辺行は第一第二なり、故に倶に左に居す、釈尊は是れ主人、浄行・安立行は第三第四なり、故に倶に右に居す、全く世間の如く左尊右卑なり、蓮興両師の左右何んぞ異なるや云云、此の事如何。

答う、深き所以あり、暁らめずんばあるべからず。応に知るべし、千古より国風自然に同じからず、所謂漢土・日本は天子南面す、故に左は東にして陽、右は西にして陰なり、故に左尊右卑なり。

若し月氏の如くんば君父東面す、故に右は南にして陽なり、左は北にして陰なり、故に右尊左卑なり。

国風同じからざれば尊卑既に定まる、故に其の処に随って何れの方に向かう時も日本は左を上座と為し、月氏は右を上座と為すなり。本尊の左右亦復爾なり。謂わく、宝塔西に向く、故に釈尊は右の上座に居し、多宝は左の下座に居するなり。大衆は東に向く、故に上行・無辺行は右の上座に居し、浄行・安立行は左の下座に居す、是れ霊山の儀式を移す故なり。

問う、日饒が記に云わく、寿量・題目倶に是れ正行なり云云。此の義如何。

答う、此れは是れ種子の法体を知らず、祖鈔の大意を暁らめざる故なり。信者当に知るべし、末法今時は全く是れ久遠元初なり、運末法に居すと雖も而も宗は久遠に立つ、久遠は今に在り今は則ち久遠なり。然れば久遠元初に於いて更に一句の余法無く、唯本地難思境智の妙法の五字のみ有り、仏此の妙法を以って一切衆生に下種す、故に種子の法体は妙法五字に限るなり。

太田鈔に云わく、一乗を演説すれども題目の五字を以って下種と為す可きの由来を知らず云云。

秋元鈔に云わく、三世十方の諸仏は必ず妙法蓮華経の五字を種として仏に成りたまえり云云。

本尊鈔に云わく、此れは種此れは但題目の五字なり云云。

四信鈔に云わく、一向に南無妙法蓮華経と称えしむ是れ此の経の本意なり云云。

取要鈔に云わく、広略を捨てて肝要を好む等云云。

報恩鈔に云わく、一同に他事を捨てて南無妙法蓮華経と唱えよ云云。

高橋鈔に云わく、余経も法華経も文字は有れども病の薬とは成る可からず云云。

上野鈔に云わく、余経も法華経も詮無し、但南無妙法蓮華経と云云。

寿量品の御義口伝に云わく、此の品は在世の脱益なり、題目の五字計り当今の下種なりと云云。

諸鈔の明白なること宛も日月の如し、豈末法我等の正行は但妙法五字に限るに非ずや。日饒如何。

問う、文底寿量応に是れ下種なるべし、何んぞ此れを以って倶に正行とせざるや。

答う、文底の寿量品は能く種子の法体を説き顕わす、然るに種子の法体は唯妙法の五字に限るなり、能詮の寿量品は二千余言に及ぶが故に此の品を読誦して以って正行五字の功徳を顕わす、故に助行と名づくるなり。

然れば宗祖(御義口伝)判じて云わく、二十八品は用なり助行なり、題目の五字は体なり正行なり云云。

今例して亦然なり、能詮の二千余字は用なり助行なり、所詮の妙法五字は体なり正行なり。

問う、我等唱え奉る所の本門の題目其の体何物ぞや。謂わく、本門の大本尊是れなり。本門の大本尊其の体何物ぞや。謂わく、蓮祖大聖人是れなり。故に御相伝(御本尊七箇之相承)に云わく、中央の首題、左右の十界皆悉く日蓮なり、故に日蓮判と主付給えり。又云わく、明星が池を見るに不思議なり日蓮が影今の大曼荼羅なり。又云わく、唱えられ給う処の七字は仏界なり、唱え奉る我等衆生は九界なり、是れ則ち真実の十界互具なり云云。

問う、我等之れを唱え奉る其の功徳如何。

答う、当体義鈔に云わく、正直に方便を捨てて但法華経を信じ、南無妙法蓮華経と唱うる人は煩悩・業・苦の三道、法身・般若・解脱の三徳と転じて三観三諦一心に顕われ、其の人所住の処常寂光土なり、能居所居、身土色心、倶体倶用、無作三身、本門寿量の当体蓮華仏とは日蓮が弟子檀那等の中の事なり云云。

又(当体義鈔)云わく、当体蓮華を証得して寂光当体の妙理を顕わすことは、本門寿量の教主の金言を信じて南無妙法蓮華経と唱うる故なり等云云。

本因妙鈔に云わく、信心強盛に唯余念無く南無妙法蓮華経と唱え奉れば凡身即仏身なり、天真独朗の即身成仏是れなりと云云。余は且く之れを略す。

問う、古より今に至るまで毎朝の行事、丑寅の刻み之れを勤む、其の謂われ如何。

答う、丑の終り寅の始めは即ち是れ陰陽生死の中間にして三世諸仏成道の時なり。是の故に世尊は明星出づるの時豁然として大悟し、吾が祖は子丑の刻み頚を刎ねられ魂魄佐渡に到る云云。

当山行事亦復斯くの若し、朝な朝な刹那成道半偈成道を唱うるなり、

本因妙鈔に云わく、天台云わく、刹那成道半偈成道云云、

伝教云わく、仏界の智は九界を境と為し、九界の智は仏界を境と為す、境智互いに冥薫し凡聖常恒なり、此れを刹那成道と云い、三道即三徳と解すれば諸悪たちまちに真善なり、是れを半偈成道と云う。

今会釈して云わく、刹那半偈の成道も吾が家の勝劣修行南無妙法蓮華経の一言に摂尽する者なり云云。

当流行事鈔畢んぬ

享保十乙巳歳五月下旬上野大坊に於いて之れを書す

六十一歳

日 寛(花押)

 

 


 


当家三衣鈔第六


当家三衣鈔

 左伝に曰わく、衣は身の章なり、註に云わく、章は貴賤を明きらかにするなり云々。

天子は十二章、謂わく日・月・星辰、此の三は下に照臨するを取るなり。第四は是れ山、雲を興し雨を致す、左右に二画くなり。第五は是れ龍、変化窮まり無し、左に上り右に下る。第六は是れ華蟲、此れ即ち雉なり、耿介を取る、向かい合って左右に之れを画く。第七は是れ宗彜、左は即ち白猿、右は是れ白虎なり。第八は是れ藻、是れ文章なり、形藤巴の如く左右に之れを画く。第九は火、炎上って以って徳を助く、亦是れ左右に画くなり、第十は粉米、潔白能く養う、丸して米を散ずるの体、二左右に画くなり。第十一は是れ黼、斧なり、断割の義を取る、刃を向かい合わせて左右に之れを画く。第十二は是れ黻、之れ古の弗の字なり、亞は両己相背くなり、周礼の司服の註に云わく、臣民悪に背き善に向かうを取るなり、此の古文字を左右に之れを画くなり。前の六は衣に画き、後の六は裳に繍る、上を衣と曰い下を裳と曰うなり。此れ則ち天子の十二章なり。

当家三衣鈔諸侯は八章、大夫は四章、士は二章、庶人には則ち無し、故に貴賤を明きらかにすと云うなり。若し斯の旨を暁らめば則ち吾が家の法衣を知らんのみ。


当家三衣鈔第六

日寛謹んで之れを記す


夫れ法衣とは法に応じて作る故に法衣と云うなり。

法衣に三有り、一には僧伽梨即ち大衣なり、二には鬱多羅僧即ち七条なり、三には安陀会即ち五条なり。此れを三衣と名づくるなり。

色に亦三有り、謂わく、青・黒・木蘭なり。

鈔に云わく、青は謂わく銅青、黒は謂わく雑泥、木蘭は即ち樹皮、是れを壊色と名づく。此れは青・赤・白・黒・黄の五正及び緋・紅・紫・緑・・黄の五間を離るるが故なり。諸文広博なり、是の故に之れを略す。

問う、一致勝劣宛も雲泥の如し、流々の所伝亦天地を分かつ。然りと雖も其の法衣に及んでは更に異なり有ること無く全く是れ同じなり。所謂紫衣・香衣、綾羅錦繍の七条・九条等なり。唯当流の法衣のみ薄墨の素絹五条にして永く諸門流に異なり、其の謂われ聞くことを得可けんや。

答う、其の謂われ一に非ず、所表甚だ多し。今三門に約して略して之れを示す可し。所謂道理、引証、料簡なり。

初めに道理、亦二と為す。

初めに但素絹五条を用うる道理とは、

問う、但素絹五条を用うる其の謂われ如何。

答う、今略して之れを言うに且く二意有り、

一には是れ末法の下位を表する故なり。

左伝に曰わく、衣は身の章なり云々。

註に云わく、章は貴賤を明きらかにするなり云々。外典既に爾り、内典亦然なり。

妙楽大師の云わく、教弥実なれば位弥下し。

宗祖大聖人(四信五品鈔)云わく、教弥実位弥下の六字に意を留めて案ず可し云々。

今謹んで案じて云わく、凡そ正法一千年の如き、初めの五百年の間は迦葉・阿難等羅漢の極位に居して小乗教を弘通し、後の五百年の間は馬鳴・竜樹等は初地の分果に居して権大乗を弘宣し、次ぎに像法千年の間は南岳・天台等相似・観行に居して法華迹門を弘む。

今末法に至っては即ち蓮祖大聖人理即名字に居して法華本門を宣ぶ、豈教弥実位弥下に非ずや。是の故に当流は但下劣の素絹五条を用いて教弥実位弥下の末法の下位を表するなり。

二には是れ末法折伏の行に宜しき故なり。

謂わく、素絹五条其の体短狭にして起居動作に最も是れ便なり。故に行道雑作衣と名づくるなり、豈東西に奔走し折伏行を修するに宜しきに非ずや。如幻三昧経には忍辱鎧と名づく。

勧持品に云わく、悪鬼其の身に入り我を罵詈毀辱す、我等仏を敬信する、常に忍辱の鎧を著すべし等云々。之れを思い合わす可し。

次ぎに薄墨を用うる道理とは、

問う、法衣の色に但薄墨を用うる其の謂われ如何。

答う、亦多意有り。一には是れ名字即を表するが故なり。

謂わく、末法は是れ本未有善の衆生にして最初下種の時なり、然るに名字即は是れ下種の位なり、故に荊渓の云わく、聞法を種と為す等云々。聞法豈名字に非ずや、為種豈下種の位に非ずや。故に名字即を表して但薄墨を用うるなり。

二には是れ他宗に簡異せんが為めなり。

謂わく、当世の他宗名利の輩内徳を修せず、専ら外相を荘り綾羅錦繍以って其の身に纏い、青黄の五綵衆生を耀動す。真紫の上色・金襴の大衣は夫人孺子をして愛敬の想いを生ぜしめ、以って衆人の供養を俟つなり。今此くの如きの輩に簡異せんが為めに但薄墨を用うるなり、薩婆多論に外道と異にせんが為めに三衣を著すと言うは是れなり。

三には是れ順逆二縁を結ばんが為めなり、

謂わく、僧祇律に云わく、三衣は是れ賢聖沙門の標幟なり、済縁記に云わく、軍中の標幟は分かつ所有るが故云々。

標幟は即ち是れ旗幟なり。凡そ諸宗諸門の標幟と当門の標幟と其の相雲泥にして源平の紅白よりも明きらかなり、故に信ずる者は馳せ集まりて順縁を結び、謗る者は敵となって逆縁を結ぶ、故に但薄墨を用うるなり。

四には是れ自門の非法を制せんが為めなり、

悲しい哉澆季の沙門行跡多くは宜べならず、是れ併しながら自宗・他宗、自門・他門皆是れ黒衣等にして更に分かつ可き所無し。故に悪侶心を恣にして多く非法を行じ、猶お罪を他宗他門に推さんとす、然るに当門流の法衣は顕著にして更に紛るる所無し、故に名乗らずと雖も而も万人之れを知る、故に若侶たりと雖も尚お強いて之れを恥じ忍んで多くは非法を行ぜず、故に但薄墨を用うるなり。

次ぎに引証とは、第一に生御影、即ち重須に在すなり。

第二には造初の御影、即ち当山に在すなり、

蓮師御伝記八に云わく、弘安二年富士の戒壇の板本尊を造立し奉る時、日法心中に末代の不見不聞の人の為めに聖人の御影を造らんと欲するの願有り、故に先ず一体三寸の御影を造って便ち袂に入れ聖人の高覧に備え奉る、而して免許を請うに聖人此の御影を取って御手の上に置き笑を含ませられ即ち免許有り、之れに因って等身の御影を造り奉りて、而して聖人の御剃髪を消し御衣を彩色し給うなり云々。

一体三寸とは即ち造初の御影なり、等身の御影とは即ち是れ生御影の御事なり、此の両御影並びに是れ薄墨の素絹、五条の袈裟なり。

第三に鏡の御影、今鷲の巣に在り、亦是れ薄墨の法衣なり。

第四に御書類聚に云わく、大聖人薄墨染の袈裟真間に之れ在り。

第五録外十五(四菩薩造立鈔)に云わく、薄墨の染衣一つ、同じ色の袈裟一帖給び候已上。

第六に阿仏房鈔三十一に云わく、絹の染袈裟一つ進らせ候云々。定めて是れ薄墨なり。

第七に開山上人二十六箇条に云わく、衣の墨黒くすべからざる事云々。

三に料簡とは、問う、唯当流に於いて法服七条等を許さざる其の謂われ如何。

答う、凡そ法服とは上を褊袗と曰い、下を裙子と曰う。

抑仏弟子は本腰に裳を巻き、左の肩に僧祇支を著し、以って三衣の襯にするなり。僧祇支とは覆膊衣と名づけ、亦掩腋衣と名づく。是れ左の肩を覆い及び右の腋を掩う故なり。

阿難端正なり、人見て皆悦ぶ、仏覆肩衣を著せしむ、此れ右の肩を覆うなり。

而るに後魏の宮人、僧の一肘を袒にするを見て以って善しとせず、便ち之れを縫合して以って褊袗と名づく。

会に云わく、袗未だ袖端有らざるなりと云々。

其の後唐の代に大智禅師亦頚袖を加え、仍って褊袗と名づく、是れ本によって名を立つるなり。

裙子と言うは旧には涅槃僧と云ひ、本帯襷無し、其の将に服せんとする時、衣を集めてひだと為し、束帯に条を以いるなり。今は則ちを畳み帯を付くるなり。

今褊衫・裙子を取り、通じて法服と名づくるなり。此くの如き法服七条九条は乃ち是れ上代高位の法衣にして、末法下位の著する所に非ず、何んぞ之れを許す可けんや。

孝経に曰わく、先王の法服に非ずんば敢えて服せず云々。

註に云わく、法服は法度の服なり、先王は礼を制して章服を異にし以って品秩を分かつ、卿に卿の服有り、大夫に大夫の服有り、若し非法の服を服するは僣なり云々。

又云わく、賤にして貴服を服する、之れを僭上と謂う、僭上を不忠と為すと云々。外典尚お然り、況んや内典をや。

 問う、他流の上人皆香衣を著す、是れ平僧に簡異せんが為めの故なり。中正論第二十に云わく、吾が宗の上人の色衣は木蘭色を用う、而るに此の木蘭の皮に香気有り、彼の色に准じて之れを染むる故に亦香衣と名づくるなり、皆此の衣を著することは、是れ平僧に簡異せんが為めなり云々。最も其の謂われ有り、何んぞ之れを許さざるや。

 答う、是れ将に平僧に簡異せんとして、却って他宗の住持に濫す、曷んぞ之れを許す可けんや。応に知るべし、畠山が白旗には而も藍の皮有り、吾が家の平僧には則ち袖裏無し、今古異なりと雖も倶に濫るる所無きなり。

問う、他流皆直綴を著す、当家何んぞ之れを許さざるや。

答う、凡そ直綴とは唐代新呉の百丈山恵海大智禅師、褊衫・裙子の上下を連綴して始めて直綴と名づく。故に知んぬ、只是れ法服を縫合す、既に法服を許さず、曷んぞ直綴を許す可けんや、況んや復由来謗法の家より出づ、那んぞ之れを用う可けんや。

 問う、若し爾らば横裳は慈覚より始まる、何んぞ亦之れを用うるや。

答う、実には是れ伝教大師の相伝なり、故に健鈔四−五十二に云わく、天台宗の裳付衣は慈覚大師より始まるなり、根本は是れ伝教大師の御相伝なり云々。何んぞ直綴の来由に同じからんや。故に開山云わく(日興遺誡置文)云々。

問う、他流皆黒衣を著す、何んぞ之れを許さざるや。

答う、北方の黒色は是れ壊色に非ず、録外二十一(一代五時継図)に法鼓経を引いて云わく、黒衣の謗法なる必ず地獄に堕す云々。

謗とは乖背の別名なり、法は謂わく法度なり、北方の黒衣豈謗法に非ずや。例せば六物図に云うが如し、自ら色衣を楽い妄りに王制と称し、過ちを飾ると云うと雖も深く謗法を成ず云々。

況んや復当世の黒衣は其の色甚だ美にして紺瑠璃の如し、烏鵲の羽に似たり、若し藍染めに非ずんば焉んぞ彼の色を得ん、方等陀羅尼経の如き尚お藍染めの家に往来することを許さず、何に況んや三衣を染むることを免す可けんや、是れ則ち藍より而も多くの虫を生ず、其の虫と藍と倶に臼に入れて之れを舂き、而して後一切の物を染む、但不浄なるのみに非ず亦多くの虫を殺す、何んぞ之れを免す可けんや。

然るに諸宗の輩唯其の色の美なることを愛して仏制に背くことを識らず。若し当流に於いては謹んで謗法を恐る、故に之れを許さず。

開山云わく(日興遺誡置文)云々。

問う、諸流の中或は楽って紫衣を著する有り、但当流のみ曷んぞ之れを楽わざるや。

答う、此れは是れ唐の則天の朝に始まり、而して後諸代に此の事有るなり。然りと雖も流俗の貪る所、夫人女子の愛する所にして而して儒家尚お之れを斥う。況んや仏氏に於いてをや。

資持記下一に云わく、嘗つて大蔵を考うるに但青・黒・木蘭の三色如法なるあり、今時の沙門多く紫服を尚ぶ。唐記を案ずるに、則天の朝に薛懐義宮庭を乱す、則天寵用して朝議に参ぜしむ、僧衣の色異なるを以って因って紫の袈裟を服し、金亀袋を帯せしむ、後偽って大雲経を撰し、十僧を結して疏を作り進上す、復十僧に紫衣亀袋を賜う。此の弊源一たび洩るるに由って今に返らず、無智の俗子跡を釈門に濫す。内修を務めず唯外飾に誇る、矧んや乃ち輙く耆年の上に預り、僣して大聖の名を称す。国家の未だ詳せざる所、僧門の挙せざる所、貪婪嗇の輩をして各奢華を逞しうせしむることを致し、少欲清浄の風茲に於いて墜滅す。且つ儒宗人倫の教なれば則ち五正を衣と為し、釈門出世の儀なれば則ち正間倶に離る。故に論語に云わく、紅紫は以って褻服をだも為らず、乃至況んや律論の明文に判じて非法と為す、苟も信受せずして安んぞ則ち之れを為らんや云々。

応法記に云わく、朱紫は世に以って栄と為す、出家は世を超ゆる故に須く之れを捨つべし、今時の釈子反って紫服を求めて以って栄身と為す、豈聖道を厭棄し飜って入俗を希うに非ずや云々。

六物図に云わく、自ら色衣を楽い妄りに王制と称す、過を飾ると云うと雖も深く謗法を成ず云々。色衣は即ち是れ紫衣なり。

問う、扶桑記に云わく、伝教大師自ら法華を講ず、八幡大菩薩手ずから紫の袈裟を供養す云々。八幡大菩薩豈非法の法衣を供養す可けんや。

答う、神明の内証は凡の測る所に非ず、或は恐らくは応に是れ随方の護法なるべきか。五分律に云わく、是れ我が語なりと雖も余方に於いて清浄ならずんば行ぜざるも過無し、我が語ならずと雖も余方に於いて清浄ならば行ぜざることを得ず云々。

此の方の風俗専ら紫衣を尚ぶ、故に其の尚ぶ所に随って之れを供養するか。是れ一向格別の事なり、何んぞ彼を引いて此れに例す可けんや。

問う、当流に七条・九条を許さず、已に三衣を欠く、焉んぞ其の可なることを知らんや。

答う、当家の意三衣を欠くに非ず、但上古の三衣に異なるのみ。謂わく、衣・袈裟・数珠、是れを三衣と名づく、数珠那んぞ衣と名づくるや。謂わく、初めの二に相従うが故なり、或は法性の珠百八煩悩を隠蓋する故に衣と名づくるなり。

白虎通に云わく、衣は隠なり、文子の云わく、衣は以って形を蓋うに足れり云々。

問う、当流の薄墨は三種の中には是れ何れの色に属するや。

答う、此れは是れ顕露分明に泥色なり、諸文に青・黒・木蘭と云うと雖も是れ北方の黒色に非ず、只黒泥を以って之れを涅染めにするなり、故に註に緇泥涅と云うなり。是の故に十誦には青泥棧と名づけ、補註十四には青泥・木蘭と云うなり、黒の名同じきを以って当世他家の黒衣に濫ずること勿れ云々。

問う、当流或時白袈裟を著す、謂われ無くんばある可からず、応に之れを聞くことを得べけんや。

答う、此れに多くの謂われ有り、今略して之れを示さん。一には最極初心の理即の位を表する故に、謂わく、泥色の中に於いて亦六即を分かつ、白色なるは是れ理即なり、淡薄なるは是れ名字即なり、乃至黒色なるは是れ究竟即なり、況んや復天台宗初心の比丘及び京都宗門の諸寺新発意の如き、始めて袈裟を係くる時は必ず先ず白袈裟を係くるなり、豈最極初心を表するに非ずや。

血脈鈔に云わく、日蓮は名字即の位、弟子檀那は理即の位なり云々。

二には蓮祖或時白袈裟を係けたもう故に、謂わく、正中山に蓮祖の御袈裟之れ有り、地は新田山絹にして白袈裟なり、蓮師御身を謙下して理即の位を表し白袈裟を係けたもうか、本尊鈔に云わく、末代理即の我等云々。之れを思い合わす可し。蓮祖尚お爾り、況んや末弟をや。

三には白蓮華を表する故に、此れ亦二意有り、一には当体の蓮華を表す、謂わく、薄墨の衣の上に白袈裟を係く、豈泥水白蓮華を生ずるに非ずや、此れ即ち吾が当体蓮華を表するなり。故に本門寿量当体の蓮華仏とは但当流の行者に限るなり。

二に世法に染まざることを表す、謂わく、薄墨の衣の上に白袈裟を係く、豈泥濁に在りと雖も泥濁に染まざるに非ずや、如幻三昧経に袈裟亦蓮華衣と名づけ、亦離染服と名づくるなり。

涌出品に云わく、不染世間法、如蓮華在水云々。是の故に但本化の末弟に限るなり。

問う、是れ白袈裟は法滅の相なり、

摩耶経の下に曰わく、時に摩訶摩耶此の語を聞き已って即ち阿難に問う、汝往昔仏に侍してより以来世尊の説を聞けり、如来の正法は幾時にか当に滅すべき、阿難涙を垂れて便ち答う、我曾つて世尊の当来法滅の後の事を説きたもうを聞く、仏涅槃の後摩訶迦葉阿難と共に法蔵を結集し、悉く事已りて摩訶迦葉、狼跡山の中に於いて滅尽定に入らん、乃至六百歳已って馬鳴善く法要を説き、七百歳已って竜樹善く法要を説く、八百歳の後諸比丘等好き衣服を楽い縦逸嬉戯せん、九百歳已って奴は比丘と為り婢は比丘尼と為る、千歳已って諸比丘不浄観を聞いて瞋恚して欲せず、千一百歳已って諸比丘等の世に俗人の如く嫁聚行媒し、大衆の中に於いて毘尼を毀謗せん、千二百歳已って是の諸比丘若し子息有らば男は比丘と為し、女は比丘尼と為さん、千三百歳已って袈裟白に変じて染色を受けじ、千四百歳已って四衆殺生し三宝の物を売らん、千五百歳に比丘相互いに殺害し是こに於いて仏法而も滅尽せん已上略鈔。

応法記に云わく、摩耶経に云わく、仏滅一千三百年の後袈裟白に変じて染色を受けず、若し付嘱の義に准ぜば仏阿難をして僧伽梨を将って須弥の頂に往き、塔を起って供養せしむ、又帝釈に勅して新華を粉雨し、仍お風神に告げて其の萎める者を去らしむ、諸の比丘、仏に問う、仏言さく、後に袈裟白に変ずることを慮るなり、今時目に覩る、実に痛心を為す、豈魔外の吾が教を壊滅するに非ずや、悲しい哉云々。今時の下は元照の辞なり、大集経第十法滅尽品に云わく、王既に正法隠没し已るを知り余残の在る比丘を召し喚んで一処に集め、●膳衆の美味種々に供養し復千万の宝を捨つ、一宝の直百千此の衆の宝物を以って五百の寺を造るに擬す、一一諸の比丘に各々百千の物を施し、師等此こに在って住せよ、我等当に養育すべし、我が為めに正法を説け、我当に至心に聴くべしと、一切皆黙然として住し一切説く者無し、王諸の比丘に白す、法を知らざる可けんや、語り已って袈裟白し、染色復現ぜず等云々。

法滅尽経に云わく、仏阿難に告ぐ、吾涅槃の後法滅せんと欲する時五逆濁世に魔道興盛し魔沙門と作り吾が道を壊乱せん、俗の衣裳を著し、好き袈裟五色の服を楽い、酒を飲み肉を●い、生を殺し味を貪り慈心有ること無し、更に相憎嫉し自ら共に後に於いて道徳を修せず、寺廟空荒にして復修理すること無く、但財物を貪って積聚して散ぜず、法滅せんと欲する時女人は精進にして恒に福徳を作り、男子は懈怠にして法語を用いず、眼に沙門を見ること糞土を視るが如し、悪人転多くして海中の沙の如く、善者甚だ少なくして若しは一若しは二ならん、劫尽きんと欲する処日月転た促り、人命転た短く四十にして頭白し、乃至聖王去って後沙門の袈裟自然に白に変ず、吾が法滅する時、譬えば油灯の滅せんと欲する時に臨み光更に明きらかに盛んなるが如し等云々。

名義七に云わく、捜玄に大集を引いて云わく、王比丘に問うに説く能わず、遂に羞じて地に堕ち袈裟白に変ず。

法滅尽経に云わく、沙門袈裟自然に白に変ず。書註下に云わく、法滅尽経に云わく、沙門の袈裟自然に白に変ず、大集経に云わく、法滅せんとする時袈裟白に変ず等云々。

此等の文豈是れ白袈裟は法滅の相に非ずや。

答う、今両意を以って須く此の文を会すべし。

一には是れ月氏と日本と国風異なるが故に、顕戒論の中に梵網経を引いて云わく、比丘皆応に其の国土の衣服の色と異に俗服と異り有るべし等云々。

謹んで此の文に准ずるに月氏と日本と国風已に異にして衣服の色乃ち是れ同じからず、謂わく、月氏の俗皆白色を著る、故に経論の常談、俗を呼んで白衣と名づく、故に袈裟白に変ずる則んば俗服に同じ、故に法滅の相と成る、是れ則ち其の国土の衣服の色と異ならず、俗服と異なり有らざる故なり。若し日本の俗は喪服の外は白色を著ず、故に袈裟白に変ずるとも俗服に同じからず。若し爾らば其の国土の衣服の色と異に俗服と異り有り、如何ぞ法滅の相と云う可けんや。然れば則ち仏は月氏の法に准ずる故に法滅の相と言い、今は日本の風に准ずる故に白袈裟を係け更に妨礙無きなり。

二には是れ当分跨節の法相異なるが故に、今謹んで案じて曰わく、袈裟白に変ずるは已に両時に在り、一には像法の初めなり、謂わく、摩耶経付嘱儀の文是れなり。二に末法の初めなり、大集経・法滅尽経の文是れなり。当に知るべし、此の両文倶に当分跨節の二意有り、何を以って之れを知るを得んや。

一には謂わく、総じて一代四味三教に於いて皆二意を具す、豈此の一文に二意を具せざらんや。

天台大師玄文第二云々。

妙楽云わく、当分は一代に通じ跨節は唯今経に在り、仏意は今に適むるに非ざるなり等云々。

二には謂わく、袈裟変白の後法華の迹本二門広宣流布す、謂わく、天台大師は仏滅後一千五百年、漢土に出現して法華の迹門を弘宣し、蓮祖大聖は如来滅後、後五百歳に日本に出現して法華の本門を流布す、此等の現事豈分明に非ずや。

三には謂わく、白は是れ無作の本色にして清浄無染なり、是の故に宜しく白法流布を表すべし、故に一代諸経の中に多く白色を以って而して善事を表す。所謂眉間白毫・顔色鮮白・白業・白善・白法・白論・法華の白牛・普賢の白象等是れなり。天台云わく、白色は天に譬う云々。又云わく、白は即ち浄を表す云々。

且く眉間白毫の光を放つが如き即ち二意を具す、謂わく、一には闇を破し、二には普照なり。破闇は法滅を表するが如く、普照は流布を表するが如し、自余の諸文は准説して知る可し、是の故に袈裟変白の文は並びに当分跨節の二意を具するなり。

故に摩耶経に、千三百歳已って袈裟変白乃至千五百歳に仏法滅尽すとは、若し当分に約すれば千三百歳袈裟変白は是れ法滅の前相なり、千五百歳は即ち是れ仏法の正しく滅尽なり、若し跨節に約すれば千三百歳袈裟変白は即ち是れ白法流布の瑞相、千五百歳天台弘通は即ち是れ法華の白法正流布なり。大集・法滅の二経も亦然なり。

若し当分に約せば沙門の袈裟自然変白は是れ前代流布の一切の仏法滅尽を表するなり。

若し跨節に約せば却って是れ本門三大秘法の大白法広宣流布の瑞相なり、末法の初め蓮師の弘通豈其の事に非ずや。然れば則ち当分の辺は是れ法滅の相と雖も跨節の辺却って是れ白法流布の瑞相なり、故に今白袈裟を係くるは但風俗に妨げ無きのみに非ず、亦白法流布を表すなり。

問う、当流の法衣は宜しく麻苧を用うべし。既に如来は麁布の僧伽梨を著し、天台は四十余年唯一衲を被る、南山は 絋を兼ねず、妙楽は太布にして而して衣る。然るに当家に於いては尚お緞子紗綾縮緬等の法衣を許す、如何ぞ仏制に違わざるを得可けんや。

答う、実に所問の如し、是れ吾が欲する所なり。然るに之れを制せざることは強いて世に准ずるのみ。

智度論に云わく、仏言わく、今日より若し比丘有って一心に涅槃を求め、世間を背捨せん者には我価直千万両金の衣を著、百味の食を食うことを聴す等云々。

然るに当世に及ばば門葉の中に於いて一心に仏道を求め、世間を背捨する者は爪上の土の如し、徒らに万金の衣を著、百味の食を食う者は猶お大地の如し、嗚呼後生日々三たび身を省みよ云々。

問う、袈裟の功徳実に是れ無量なり、所謂悲華経の五種の功徳、心地観経の雷電無畏、賢愚経の賢誓師子、海龍王経の龍得一縷、大智度論の蓮華色尼、酔波羅門等枚挙するに遑あらず、今疑う、諸宗門の袈裟皆此くの如き微妙の功徳を具するや。

答う、妙楽大師の記三中に云わく、経に被法服とは瓔珞経に云うが如し、若し天龍八部闘諍せんに此の袈裟を念ずれば慈悲心を生ず、乃至然れば必ず須く行体を弁じ教を顕わし、以って味の殊なるを分かつべし等云々。是れ肝心の文なり、学者善く思え。又当家三重の秘伝云々。

問う、数珠の由来如何。

答う、夫れ数珠とは此れ乃ち下根を引接して修業を牽課するの具なり、 木槵子 経に云わく、「昔国王有り、波流梨と名づく、仏に白して言さく、我が国辺小にして、頻年寇疫し穀貴く民困しむ、我常に安んぜず、法蔵は甚広なり、遍く行ずることを得ず、唯願わくば法要を垂示したまえ、仏言さく、大王若し煩悩を滅せんと欲せば当に木槵子一百八箇を貫き、常に自ら身に随え、志心に南無仏・南無法・南無僧と称え、乃ち一子を過ごすべし」云々。応に知るべし、木槵子の円形は是れ法性の妙理を表するなり。

玄文第一に云わく、理は偏円を絶すれども円珠に寄せて理を談ず云々。

弘五上に云わく、理体缺くる無し、之れに譬うるに珠を以ってす云々。

土宗の平形は大いに所表に違うなり、一百八箇は即ち百八煩悩を表するなり、数珠は須臾も身を離る可からず、故に常自随身と云うなり。

南無仏・南無法・南無僧とは若し当流の意は、南無本門寿量の肝心、文底秘沈の大法、本地難思境智冥合、久遠元初、自受用報身、無作三身、本因妙の教主、末法下種の主師親、大慈大悲南無日蓮大聖人師。

南無本門寿量の肝心、文底秘沈の大法、本地難思境智冥合、久遠元初の自受用報身の当体、事の一念三千、無作本有、南無本門戒壇の大本尊。

南無本門弘通の大導師、末法万年の総貫首、開山付法南無日興上人師、南無一閻浮提座主、伝法日目上人師、嫡々付法歴代の諸師。

此くの如き三宝を一心に之れを念じて唯当に南無妙法蓮華経と称え乃ち一子を過ごすべし云々。

行者謹んで次第を超越する勿れ、勢至経の如きんば妄語の罪に因って当に地獄に堕つべし、亦復母珠を超ゆること勿れ、数珠経の如き過諸罪に越ゆ、数珠は仏の如くせよ云々。

母珠を超ゆるの罪何んぞ諸罪に越ゆるや、今謂わく、蓋し是れ名を忌むか、孔子勝母に至り暮る、而も宿らずして過ぐ、里を勝母と名づくれば曾子入らず等云々、外典尚お然り、況んや仏氏をや。

当家三衣鈔畢んぬ

享保第十乙巳年六月中旬大坊に於いて之れを書し畢んぬ

六十一歳

日寛(花押)