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背水デジカメ、スマホに対抗 ニコン「過去撮影」搭載拡大

 


デジカメメーカーはスマホでは撮れない写真を追求してきた(富士フイルム提供、撮影:Rammy Narula)

デジタルカメラメーカーがスマートフォンへの対抗技術を磨いている。シャッターを切る1秒前まで遡って画像を残せる機能や、レトロな色合いの写真が撮れるノウハウを新型機に相次ぎ投入する。スマホカメラの高機能化で、画質の良さだけで戦うのは心もとない。こだわりのある趣味層に「刺さる」技術を武器とし、生き残りに挑む。

 

失敗を成功に変える技術

木の枝に止まった1羽の野鳥。飛び立つ瞬間を写真に収めようとしたが、シャッターを切った時には既に画面の端に動いてしまった。ただし、デジカメの機能でわずかに時を遡り、理想的な瞬間を切り取ることが出来た――。

デジカメ各社は「プリ撮影」と呼ばれる機能を備える新型機を相次ぎ投入する。ニコンが12日に発売する新型ミラーレス一眼カメラ「Z6III」はシャッターを切るまでの1秒間を最大120コマで撮影できる機能を搭載する。

シャッターを半押しすると連続撮影が始まり、カメラ内の記録機構である「バッファーメモリー」に一時的にデータが保管される。全押しするとデータがメモリーカードに移行し、撮影者は自分が求める画像を選ぶことができる。

被写体にピントを合わせつつ高精細画像で高速連写するには画像センサーや処理エンジンの機能がカギとなる。Z6IIIは画像センサーの上下に高速処理回路を多数配置する「部分積層型CMOSセンサー」という機構を搭載している。「被写体の細かな描写力による立体感とプリ撮影の組み合わせはデジカメ独自の価値」(ニコン)という。

これまでプリ撮影機能は本体価格で80万円近くする最上位機種などに搭載していたが、50万円を切る中位機種にも採用が広がってきた。

 

30万円前後の機種にも搭載

同様の機能は、オリンパスのカメラ事業が分離独立したOMデジタルソリューションズ(東京都八王子市)やパナソニックが30万円前後の新型機種に搭載する。ソニーも、24年1月発売の高級機種で初めて取り入れた。各社はプリ撮影機能を、スマホ対抗の切り札の一つと捉える。

スマホカメラは高機能化が著しく、誰でも高精細な写真を手軽に撮れるようになった。重量200グラム以下が大半のスマホは、500グラム超えが多いデジカメを携帯性で上回る。アプリを使えば、写真も簡単に加工できる。

カメラ映像機器工業会(CIPA)によれば、23年の世界のカメラ出荷額は7143億円とピークだった08年の3分の1になった。レジャー需要の回復で減少には歯止めがかかるものの、かつての水準に戻ることは想定しづらい。

いかにして生き残るか。メーカーはスマホとの対抗軸を探してきた。

ニコンは18年にミラーレス市場に本格参入して以降、エントリー層向けの低価格品の投入を事実上封印した。投資余力が限られる中で、高性能レンズの開発など研究開発にリソースを集中するためだ。

 

痛みを伴う対策で見えた強み

20年には生産や販売を中心に海外従業員2千人超を削減すると公表。さらに21年、カメラ交換レンズを手がける国内2工場を閉鎖し、生産拠点をタイと栃木県に集約した。

痛みを伴う対策と並行して顧客からの聞き取り調査を進めると、デジカメが求められる要素が見えてきた。その一つが「動いているもの」を鮮明な記録に残すことだ。

高機能センサーで被写体が何であるかを判断し、必要な箇所に瞬時にピントを合わせる。デジカメならではの技術を結集して実現したのがプリ撮影だ。手の届きやすい中価格帯に搭載を広げるのには、市場を堅守したい意図がある。

ソニーもスマホとの競争の中で、自社の強みを定義してきた。06年にコニカミノルタのデジカメ事業を買収後、ミラーレス一眼にリソースを振り切ったのは、既存デジカメメーカーと違うところだ。

ソニーが差別化要素とみたのも自動ピント調整機能。一眼レフに比べて構造上ピントが合うのが遅かったオートフォーカスの改善に経営資源を投下し、グループで画像センサーの開発を手掛ける強みも生かした。23年のデジカメ世界シェアではキヤノンに次ぐ2位につけ、21?26年度はデジカメを中核とするイメージング事業で年平均8%増の売上高成長率を見込む。

フィルムカメラのようなレトロな写真を撮影したいという需要を取り込む動きもある。富士フイルムは6月末に発売したデジカメの新型機「X-T50」で、色調表現を簡単に変更できるダイヤル機能を初めて搭載した。

 

フィルム時代の知見も生かす

独自開発した色調表現「フィルムシミュレーション」は、色合いやコントラストなどを細かく調整し「20世紀の写真誌に登場する彩度低めの色合い」などを再現できる。「1934年の創業時から追求してきた画質設計のノウハウがスマホとの差別化ポイントだ」(イメージングソリューション事業部の五十嵐裕次郎統括マネージャー)と見る。

Z世代を中心とする若年層の間では「レトロブーム」が広がる。インスタグラムをはじめとするSNS(交流サイト)で共有する行動の定着が背景にある。

内閣府の消費動向調査によると、24年のデジタルカメラの普及率(2人以上の世帯)は49%と05年以来19年ぶりに50%を下回った。94%のスマホとは大きな差が開いた。

デジカメ市場などを調査するテクノ・システム・リサーチの枝松佑典調査担当者は「スマホは搭載できる画像センサーのサイズやレンズに限界がある。写真の質や表現を楽しみたい人にはデジカメの需要がある」と話す。生き残りをかけた商品戦略の模索が続く。

 

 

多様な観点からニュースを考える

山崎俊彦
東京大学 大学院情報理工学系研究科  教授
分析・考察 「スマホは搭載できる画像センサーのサイズやレンズに限界がある。写真の質や表現を楽しみたい人にはデジカメの需要がある」

技術の進化は日進月歩で、スマホもまたAIの画像処理機能などにより、例えばボケや色味の調整などは撮影後に調整ができます。ハードウェアの優位性を訴求していかないと、ソフトウェアでの勝負ではすぐに差がなくなってしまいます。カメラメーカーの苦難はまだまだ続きそうです。

 

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