Financial Times

 

米国版シーザー 誕生か 保守派が求める強権政治

 

エドワード・ルース



米連邦最高裁の保守派判事サミュエル・アリート氏と妻マーサアン・アリート氏の私的発言が公表され物議を醸している。

米国ではトランプ氏を米国版独裁者シーザーにしようという動きが一部の右派の間で進んでいるという=AP
米政治の二極化を懸念する質問にサミュエル氏は「(右派も左派も妥協できない以上)互いに戦い抜くしかなく、いずれかが勝つだけだ」と発言した。妻のマーサアン氏は彼女の保守的な言動に関する批判に対し「怒らなくていいのよ。仕返しするから」と語った。

こうした発言で夫妻は米国で権威主義を求める保守派の異色のマスコット的存在になった。 

同夫妻のように米国を保守的なキリスト教観に基づく国に戻したいと願う者もいれば、社会正義に過度に目覚めた「WOKE(ウオーク)」なリベラル派エリートらを排除したいと考える者もいる。こうした人々はトランプ前大統領を完璧ではないものの、自分たちの希望を託せる候補だとみている。

 

歴史は組織化されたごく一部の者により築かれる

トランプ氏が11月の大統領選に勝つとしても、それは人々が強権的政治を求めているからではない。むしろインフレといったありふれた理由による可能性の方が高い。

だが歴史とは組織化されたごく一部の者によって築かれる。トランプ氏が勝てば、彼は古代ローマの独裁者ならぬ「米国版シーザー(カエサル)」として返り咲き、既に準備されている一連の大統領令を次々に行使することになるだろう。

その詳細はトランプ氏を支持する保守派のシンクタンク、ヘリテージ財団がまとめた「プロジェクト2025」計画に記されている。これにはリバタリアン(自由至上主義者)的な要素も含まれている。

920ページもの文書で矛盾点がないものなどないが、全てを読み通せるだけのスタミナのある人にとって、プロジェクト2025はまるで小説「戦争と平和」のように、権威主義的な政府を実現するための長く詳細にわたって説明された計画書だ。

トランプ氏が権力を握ることに完全に賛同している米国人は少数だ。米独立系財団デモクラシーファンドの調査では「議会や選挙に煩わされない強い指導者」を望んでいる有権者は20%強だ。また、全ての調査で若者ほど民主主義に価値を見いだしていない傾向が判明している。

一方、バイデン大統領への高齢者の支持は予想に反し堅調に推移している。トランプ氏が今、最も支持を伸ばしているのは30代未満の特に若い男性で、黒人やヒスパニック系の有権者も含まれる。

 

女性進出に不安覚える若い男性の間で支持伸ばす

筆者の同僚ジョン・バーンマードックは最近の記事で、世界的に若い女性はリベラルに傾倒する一方、男性はより保守的になりつつあり、イデオロギーの二分化が進んでいることをデータで明らかにした。

これは米国も同様だ。誰も理由を正確に把握していないが、トランプ氏は男らしさを重視する様々な非白人社会の一部の男性の間でも明らかに支持を集めている。彼は肌の色に関係なく全ての若い男性が女性に対し、その地位を失いつつあるという不安をあおることもできる。

一説によると、若い男性は新型コロナウイルス禍に伴う様々な制限や規制で特に打撃を受けたと感じている。彼らの憤りの多くは、何百万人もの学生を必要以上に(そもそも必要だったかもわからないのに)何カ月もオンライン対応させた大学や教員組合に向けられている。

しかもそれらの規制が頻繁に変更されたため事態はさらに悪化した。米疾病対策センター(CDC)や米国立衛生研究所(NIH)などの連邦政府機関にも責任の一端はあるだろう。

いずれにせよ高等教育機関では女性がますます勝ち組になっており、今や修士の学位を取得する米国人の65%は女性だ。米エリート層で女性が増えているため締め出されたと感じる男性は増えており、彼らがトランプ氏になびくのも無理はない。

 

右派も左派も今回の選挙を最後の機会とみる

権威主義を評価する人々は、自分たちこそが本当の自由の擁護者だと考えている。60年前の1964年、共和党の大統領候補となったバリー・ゴールドウォーター上院議員は「自由を守るために過激主義になるのは悪いことではない」と語った。彼は(当時のジョンソン大統領に)敗れたが、時代を先取りしていたといえる。

自分が専制政治の犠牲者だという確信があるなら、敵の戦略を取り入れるのは理にかなっている(編集注、米保守派にはトランプ氏が裁判にかけられているのはバイデン氏と同政権が権威主義だからだとみている人が少なくないという)。双方の陣営は、今回の選挙が最後の機会になるかもしれないため、勝つか負けるか全てがかかっていると考えている。

権威主義的政治を求めているのはバイデン氏でなくトランプ氏なのは否定できない。トランプ氏の議論は自らが裁判にかけられている恨みがあり、どう報復するかにほぼ集中している。実際に勝てば、自分を起訴した検察官らを攻撃するだろう。

バイデン氏は、11日に次男のハンター氏が違法な銃器所持について有罪評決を受けたことが話題に浮上しても、(右派と左派は敵同士ではないとし)癒やしについて語る。そもそもトランプ氏の有罪評決とハンター氏の件を同一視するのはおかしい。バイデン氏は司法手続きを尊重すると言っており、トランプ氏は大統領に就任したら自らを赦免すると予想される。

 

米国版独裁者シーザーにしようという保守派の動き

しかし、政治とは有権者の頭の中を説得することだ。高齢のバイデン氏がまだ元気はつらつだったとしても、彼が代表する今の体制に多くの若者が抱く敵意を和らげるのは難しいだろう。むしろトランプ氏の税制改革案がいかに一部の富裕層にしか恩恵をもたらさないかを説けば、その方が伝わるはずだ。

トランプ氏の税制改革案では、どんな肌の色の若い男性にとっても今の苦労が和らぐことはない。よってバイデン氏は誰にでもわかる経済的な主張を選挙演説の中核にすべきだ。ただバイデン氏は一部の若者が感じている疎外感は認識すべきだ。

米国では多くの年長者らが何年もかけて米制度を破壊し尽くす計画を立ててきた。

ヘリテージ財団に近い、アリート氏のような権威主義的な判事を輩出してきた保守系の司法団体フェデラリスト協会や、同じく保守系シンクタンクで、トランプ氏が大統領に就任した際には徹底して彼に権力を握らせる「米国版シーザーリズム(American Caesarism)」を強く支持するクレアモントインスティチュートは第3代ジェファーソン大統領や独哲学者ニーチェを引き合いに出して、自分たちの見解を美化している。だが、彼らの目標はどれも醜い。

シーザーとその養子のオクタビアヌス(後の初代ローマ皇帝アウグストゥス)は、ローマの権力を握るエリートらへの民衆の不満をあおり自分たちを独裁者に任命させた。その民衆はより多くの分け前を求めたが、シーザー親子は全てを奪い取った。

そのような独裁者になりたい者を倒すには、まっとうな不満を持つ聴衆に語りかければよい。トランプ支持者からほんの少しを奪えれば選挙には勝てるはずだ。

 

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