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長引く知財訴訟、判決まで平均1年半 IT時代の重荷


知的財産権を巡る民事訴訟が長引いている。専門性の高さなどが響いて平均期間は1年半近くと全事件の1.6倍に上る。迅速な解決策である「知財調停」も利用が進まない。日進月歩のIT(情報技術)時代に長びく知財紛争は企業にとって成長の重荷となる。海外の企業は話し合いによる解決を重視しつつあり、日本企業も柔軟な対応が求められる。

「出版権や独占的利用権が侵害された」。インターネット上の海賊版サイト「漫画村」に漫画を無断転載された出版社が損害賠償を求めた民事裁判の判決が4月にあった。東京地裁がサイトの元運営者側に支払いを命じた賠償額は17億円超に上った。

大手出版3社による提訴は2022年7月。審理期間は約1年9カ月に及んだ。元運営者の行為が著作権侵害にあたるかを裁判所が慎重に検討したためとみられる。判決には、出版社側が被害を訴えた17作品441巻のタイトルと認定損害額の一覧表も添付された。

4年以上になる例もある。知財高裁は23年5月、「ニコニコ動画」を手掛けるドワンゴの動画コメント機能の特許を侵害したとして、米FC2側に配信差し止めと約1100万円の賠償を命じた。

19年9月の提訴から始まった争いは今も続き、舞台は最高裁に移った。FC2側のサーバーが海外にあり、侵害行為の認定の検討に時間がかかったとされる。

 

調停は4年半で47件 利点多いが利用進まず

知的財産権の侵害を巡る訴訟は相次ぐ。背景にはSNSの普及などに伴う社会のデジタル化がある。全国の地裁には損害賠償や使用差し止めを求める裁判が1年で500?600件起こされる。

判決まで1年以上はざらだ。22年の司法統計によると、一審の平均審理期間は全民事事件の10.5カ月に対し、知財事件は16.7カ月だった。12年時点も16.8カ月とほぼ変わっていない。

対象技術などの専門性が高く、裁判官による事件の全体像把握に時間を要するためとみられる。関係者が多く証拠書類が膨大なことも迅速化を難しくする。

紛争を抱えた企業は新製品の販売などをしにくくなる。自動車関連メーカーの法務担当者は「紛争中は広告も打てない。長期的なビジネスに関わるため訴訟での主張をおろそかにもできず、ジレンマがある」と話す。

今後は生成AI(人工知能)による著作権侵害などの増加も懸念される。迅速な解決策を講じなければIT分野の開発競争などは世界に後れを取りかねない。

東京地裁は迅速化に向けて22年10月、知財紛争を扱う部署などを集約したビジネス・コートを設けた。専門知識をもつ裁判官らを配置するが、なお知財訴訟の2割超が一審の審理に2年以上かかる。

解決への「近道」と期待される知財調停も活用が進まない。19年10月の導入以来、利用は24年4月末時点で累計47件にとどまる。

利点は多い。専門家である調停委員の下、非公開の話し合いによって解決する。時間は訴訟のほぼ3分の1、費用も大幅に安い。

知財紛争を多く手掛ける大野聖二弁護士は約1年前、中国のネット企業を相手取った知財調停を担当した。依頼主である日本企業の情報通信技術の特許が侵害され、利用の差し止めを請求した。

調停は6回の審理を経て約5カ月後に成立し、中国企業が侵害にあたらない技術を使うことになった。大野弁護士は「訴訟を起こしていたら2年弱はかかった。費用をかけずスピーディーに、かつ専門家の見解も聞ける非常によい制度だった」と振り返る。

利用が進まない理由は複数ある。別の弁護士は「実例が少なく知財分野で調停が使えるという感覚が企業側にない」と話す。

 

「中途半端な決着」は嫌 柔軟性欠く日本企業

企業法務の専門家らによると、日本企業は訴訟を忌避する傾向が強い。その分、法廷で争うと決めるとかたくなになる。「調停は中途半端な決着にみえる」(法務担当者)といい、解決の手段を柔軟に選べていない姿が浮かぶ。

ある企業の法務担当者は「権利を侵害された側が戦略的に訴訟を選ぶこともある」と明かす。ライバル企業が商標権や特許権を侵害したと公開の法廷で世間にアピールすることで、自社のビジネスを有利に進める思惑があるという。

必要なのは訴訟と調停の特徴を見極め、事案に応じて使い分ける姿勢だ。知財紛争に詳しい安国忠彦弁護士は調停を「特に中小企業に適した制度」とみる。訴訟にかかる費用や時間の負担が重いためで「制度の活性化のためには、事案を絞って利用を促し実例を積み重ねることが不可欠だ」と話す。

最高裁は近く、知財調停の仕組みをまとめた動画を企業向けに公開し、利用を促す方針だ。

 

Review 記者から>海外の紛争解決は話し合いを重視

知的財産権を巡っては国境を越えた紛争も増えている。2021年にはインターネットに常時接続するコネクテッドカー(つながる車)の搭載部品で特許権を侵害したとして、米特許会社がトヨタ自動車やホンダなどを米国の裁判所に提訴した。

法律が異なる国の当事者が関わると訴訟は長期化しがちだ。このため「国際知財調停」が解決手段として注目されている。

同調停は、国連機関の世界知的所有権機関(WIPO)の仲裁調停センターが専門家を「国際調停人」の候補者として選出する仕組みだ。当事者が合意して選んだ国際調停人が間に入り、1?2日で集中的に協議を終える。和解率は7割に上る。

「訴訟がビジネスに遅滞をもたらす」との認識は各国に広がる。敗訴側に巨額の賠償金を課されることが多い米国も、訴訟に至る前に仲裁や調停を通じて紛争を解決する例が目立つ。

韓国は23年、調停の申請件数が前年から倍増して159件に上った。韓国特許庁によると、個人・中小企業からの申請が8割以上を占めた。迅速かつ経済的に解決できるメリットが知られてきた証左という。

同庁担当者は「(当事者が)迅速に紛争を解決して本業に専念できたことにやりがいを感じる」と語る。日本企業も「紛争解決=訴訟」との思い込みを排し、事業への影響をどう抑えるかという視点をもつ必要がある。

 

 

知財調停

知的財産を巡る紛争を迅速に解決するための手続きとして、2019年10月に導入された。知財事件を専門に扱う裁判官と、知財分野に精通する元裁判官や弁理士ら2人の計3人が調停委員として審理を担う。東京地裁と大阪地裁が運用する。最初の調停期日までに双方が主張や証拠を提出し、原則3回ほどの期日を経て、調停委員が見解を述べる。こうした「迅速性」に加え、審理の「専門性」や「柔軟性」、第三者に知られずに解決できる「非公開」の4つの特徴がある。

最高裁によると24年4月末までに47件が申し立てられた。このうち68%の調停が成立した。平均審理期間は6.2カ月だった。類型別だと著作権に関する紛争が最も多く、全体の4割を占めた。

 

 

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