Financial Times

 

退路なき英首相の賭け 展望描けず解散決断


ロバート・シュリムズリー

 

英国のスナク首相が22日、自身の最後の切り札である解散総選挙のカードを切った。ただ、同氏がこれまでに試みた数々の策略と同様、この動きは自身の政治的基盤の弱さを映している。アイデアも選択肢も尽き、将来の見通しが好転する見込みがないゆえの結論だ。

7月4日の総選挙実施を表明するスナク英首相(22日、ロンドン)=ロイター

普通、世論調査でこれほど大きく水をあけられている首相は選挙を急がない。スナク氏に近い関係者の一部は長い間、早めに選挙に踏み切るべきだと訴えてきたが、論理的に考えれば、5月初旬に実施された地方選と並行して総選挙を実施するのがタイミングとして妥当だった。

ところが、地方選の結果は与党・保守党の惨敗で、スナク氏の励みになるはずもなかった。

 

7月の総選挙、党内から否定的な声多く

保守党内では、選挙を7月に実施することについて否定的な声が圧倒的に多い。権力の座にしがみつく指導者を国民が罰する、あるいは党内の規律も崩れるという不安が生じている。またこれまで、スナク氏は自らの言動で形勢を変えられなかったとも認識されている。

英国の経済的な見通しは上向いたが、国民の生活感が向上したと感じるほどには波及していない。野党・労働党は、経済運営に関する世論調査の設問では安定した圧倒的リードを保っている。閣僚は国民が政府の話を聞かなくなったことを認めている。突然の選挙は国民の関心を取り戻すかもしれない。

賭けは奏功するようには思えない。選挙の実施を発表する際、ある抗議者が労働党の古い選挙ソングを流すなかで何とか聞いてもらおうと必死に声を上げたスナク氏をずぶぬれにした雨は、これから起きることの不吉な前兆のように思えた。

事態はさらに悪化する一方だ。スナク氏は党の下院議員を銃口に向かって急がせているように見える。だが、計算は単純だ。状況がこれ以上良くなることはない。待っていてもいいことはないのだ。

選挙先送りの最大の理由は、何とかなると考える楽観主義を別にすると、経済状況が上向くことで有権者の認識を変え、スナク氏が国民に向かって英国は危機を脱したと伝えられるようになることだった。22日には、インフレが落ち着いたことを示す物価統計が発表された。

だが、近い将来、そうした好材料がさらにあるとは思えない。期待されていた利下げは延期されそうだ。追加減税の余地は一層小さくなっている。

不法移民の問題も、先行きが好転する前に悪化するのは確実に思える。亡命希望者をルワンダへ強制移送する最初のフライトは7月に飛ぶかもしれないが、これには象徴的な意味合いしかない。これに対し、夏は英仏海峡を渡ってくる小さな船の数が毎年、大幅に増える。

有権者は国民医療制度(NHS)が大きく改善したとも感じていない。長い待ち時間については特に変化が感じられない。ここでもやはり、状況が近く好転すると考える理由はない。保守党にとってボーナスになるのは、労働党が最近、パレスチナ自治区ガザでの紛争をめぐり支持を多少失ったことくらいだ。

スナク氏本人の支持率は低下し続けた。このため同氏は有権者に「計画を貫く」よう迫りながら、インフレに関する朗報に便乗し、これを自身の賢明な経済運営の証拠として掲げた方が得策だと判断したわけだ。

 

「選挙直前までわからない」にすがる

スナク氏にとって残念なことに、短命で悲惨だったトラス前政権が、保守党の経済運営に関する評判を台無しにした。同党はジョンソン元首相の下ですでに支持率を落としていたが、トラス政権は「生活費の危機」をつくった政府だという口実を政敵に与えてしまった。

2010年代の重大政策だったブレグジット(英国の欧州連合=EU=離脱)はもはや、国民の過半から成功とみられていない。そして、少なくともこれと同じくらい重要なのは、1年で3人もの首相が交代したことで、混乱を極め、疲弊した政権の印象が定着したことだ。

スナク氏が粛々と能力を発揮する時期をもたらすかもしれないという考えは、同氏の地位の弱さと同氏自身の政治的な欠点によって打ち砕かれた。

スナク氏が前任者たちからはっきり決別できなかったため、有権者は同氏のことを過去の政権を引きずっているとみなすことになる。身勝手で役に立たず、失敗した政府ととらえているものからの「変化」とは受け止められないだろう。

保守党は、スナク氏の選挙対策本部を率いるアイザック・レビド氏の説明が希望であるかのようにすがっている(レビド氏自身は秋の総選挙を支持していた)。同氏は常に、世論は選挙直前に選択を突き付けられるまで変わらないと主張してきた。

英国の選挙制度は少数政党を圧迫し、有権者は労働党のスターマー党首が政権を任せるに値するか、決めかねている。

保守党が少しでも支持を回復できれば、スターマー氏の選挙参謀が慌てふためくかもしれないとレビド氏は主張している。世論調査の専門家は、今では労働党の票がかなり効果的に配分されているため、全体的なリードが小さくても獲得議席数が増え、なお過半数を押さえられるとみている。

選挙に向けた議論はすでに定まっている。スナク氏は、新型コロナウイルスとエネルギー危機という2つの大きなショックの後、自分が英国を立て直し、危険で困難な未来に直面する英国を安全に率いることができるのは保守党だけだと訴える。

同氏の主な(ほぼ唯一の)主張は、スターマー氏は信用できない、そしてみかけよりも左翼寄りなため労働党はリスクが大きすぎるというものだ。

労働党はこれに対し、英国は潜在能力を発揮できておらず、国は政治的な不安定さに終止符を打ち、新たなスタートを切る必要があると反論する。同時に、スターマー氏は保守党に攻撃する理由を、極力少なくしたい。つまり、英国が抱える問題の具体的な解決策を、同氏は示さないだろう。

 

ハードランディングしかなかった

選挙戦は気がめいるような戦いになるだろう。変化を訴える選挙であるにもかかわらず、その変化の詳細がほとんど取り沙汰されず、勝者が直面する困難な政策の選択肢の議論には時間が費やされない。そして両党とも到底信じられないような課税・支出計画を打ち出すだろう。

選挙が近づくにつれて保守党と労働党の支持率の差が縮まることについては、レビド氏が正しかったと証明されるかもしれない。だが、保守党議員は当然、先行きを危惧している。行き着く先はハードランディング(硬着陸)しかないのはわかっていた。そして、タイミングがいつであろうとも、そうなる公算が大きかったのだ。

 

 

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