リーダーの本棚
リコー・山下良則会長の本棚 働くとは何かを探る
やました・よしのり 1957年生まれ。80年広島大工学部卒、リコー入社。執行役員などを経て2017年に社長。23年から現職。
働き方や組織のあり方を改革する役割を度々担ってきた。
米国駐在を終え、経営企画担当となった2011年、本社を変えたいと思っていました。海外にいると本社は縦割りに見えたからです。米国に行く前にはものづくりを革新する推進責任者として開発と生産の機能を統合した拠点をつくりました。当時のスローガンは「世界一のひとづくり」。今回も変革を進めたいと思っていた折に出合ったのが『ワーク・シフト』です。
未来の働き方を大胆に予測している点にひかれました。ゼネラリストよりもスペシャリストが求められる時代になり、個人のブランドを確立せよと主張しています。人工知能(AI)が今ほど普及していない時期に将来を見通していたことに驚かされます。
フランスや中国での生産拠点の立ち上げや英国駐在を通じて、それぞれの地域で働く価値観がずいぶん違うと感じていました。日本人は与えられた仕事を決められたやり方で忠実にこなしますが、海外の人たちはより柔軟で、人材の流動性も高いと感じました。この本を読んで霧が晴れました。会社と個人の関係は対等になり、公私の「境目」がなくなる社会になるのだと。
著者のリンダ・グラットンさんに会いたいと思い、講演にも足を運びました。質疑応答で新規事業を成功させるためのアドバイスを求めたところ、「毎日同じ電車で会社に行き、同じ人たちと新規事業を検討しているのではないですか」とずばり指摘されました。確かに同質な組織から革新はなかなか生まれません。その後、海外の幹部を日本に呼び寄せるなど国内外の人材交流を進めるきっかけになりました。
社長に就任し、会社が目指すべきビジョンづくりに取り組んだ。
当社は2036年に創業100年を迎えます。社会が大きく変化するなかで、どのような会社になっていたいのか。日々自問自答しているなか、ある社員に薦められて手にとったのが『働く幸せ』です。知的障害者が多く働くチョーク工場の経営者の経験がつづられています。人間の究極の幸せは「人に愛されること」「人にほめられること」「人の役に立つこと」「人から必要とされること」の4つだと著者は言います。私たちが忘れがちな働くことの幸せを社員が教えてくれたそうです。読んでいて頭をカナヅチでたたかれたような気がしました。愛されること以外は働くことで得られるものだと言うのです。
この本と出合いビジョンづくりが一気に進みました。社員にも読んでもらい議論を重ねて「"はたらく"に歓びを」という当社の使命と目指す姿が定まりました。デジタルサービスで企業や社会に貢献するという考え方です。
当社の創業者が書いた『儲ける経営法・儲かる経営法』も社会に対する貢献の重要性を説いています。もうけようという経営は利己的で長続きせず、社会に役立つ事業は必然的にもうかると言います。SDGs(持続可能な開発目標)にも通じる考え方であり、脱炭素などの取り組みを進めるうえで背中を押してくれた1冊です。
若い頃に愛読し、今も時々手に取る本がある。
大学生になり下宿生活を始めたころ、孤独を感じていました。大学に日々通い、クラブ活動もしていたのですが、「自分はまだ何も始めていないのではないか」「高校時代の方が充実していたのではないか」と思えたのです。愛と孤独について書かれた『愛の試み』をむさぼるように読みました。愛されるより愛する方が100倍尊く、愛の本質は愛することにあるという言葉に感動し、勇気ももらいました。中国で工場を立ち上げた時など入社後も度々読み返しています。その時々によって感じ方が変わるので、手元にずっと置いてあります。
趣味の小唄で良きパートナーとなっているのが『春日小唄集』です。週末も仕事のことを考え続けているのもどうかと思い、16年から小唄を始めました。昨年に名取となり、公演にも出させてもらっています。うたっている時は集中し、心を無にできます。非日常を味わう大事な時間です。
【私の読書遍歴】《座右の書》
『ワーク・シフト』(リンダ・グラットン著、池村千秋訳、プレジデント社)
『働く幸せ』(大山泰弘著、WAVE出版)
《その他愛読書など》
@『儲ける経営法・儲かる経営法』(市村清著、実業之日本社)
A『愛の試み』(福永武彦著、新潮文庫)
B『小説 上杉鷹山』(上下巻、童門冬二著、学陽書房)卓越した実行力は今の時代にも通用する。
C『失敗の本質』(戸部良一ら著、ダイヤモンド社)日本軍が敗戦した原因を組織論で分析し、現在との対比で書かれているところが興味深い。
D『Down the Fairway』(ボビー・ジョーンズ、オー・ビー・キーラー著、菊谷匡祐訳、小池書院)ゴルフはいつもパーとの戦いなのだと教えられた。
E『春日小唄集』(春日とよ編、春日会)
F『日本 その姿と心』(日鉄総研著、日鉄総研)日英対訳で書かれており、日本の文化などを海外で説明する際に役立つ。