時論・創論・複眼

 

AIと世界どう向き合う ハーバード大・アリソン氏らに聞く

グレアム・アリソン氏/アダム・ポーゼン氏/ケネス・ロゴフ氏/キャシー・リ

 

 

生成AI(人工知能)の普及はビジネスや創作活動の幅を広げ、生活を便利にすると期待される。一方、雇用を奪う懸念や人類を上回る知性への警戒感、軍事利用という課題も浮上してきた。AIが社会全体に組み込まれていく際、利活用をどう制御し共存をめざすか。国際政治や経済の専門家に見解を尋ねた。

 

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核抑止の歴史に学べ 米ハーバード大教授 グレアム・アリソン氏

Graham Allison 国際政治学者。著書にキューバ危機時の米政権を論じた「決定の本質」。クリントン政権では国防次官補

 

昨年死去したキッシンジャー元米国務長官は、晩年AIに強い関心を寄せた。

グーグルのシュミット元最高経営責任者(CEO)らから熱心に学び私と共著で論文を書いた。人類の存続を脅かしうる核兵器とAIの類似性を説く内容だ。

広島と長崎への原爆投下から79年、人類が核兵器を使わずに済んだのは偶然ではなく、各国の戦略、忍耐と協調のたまものだ。AIでも同様の対応が必要だ。

残念ながら人類は、原爆やホロコーストといった破滅的な被害を目にするまで真剣な行動をとらない。

その点、AIによる被害が見えにくいのは心配だ。核保有国は9カ国だが、AIを悪用できる集団は世界中に無数にいる。少数の人々が世界に災厄を引き起こす危険は確実に高まった。

必要なのは、どんな災難が起きうるか想像力を働かせることだ。各国が共同で危機のシナリオを練り、早急に対策を議論すべきだ。

差し迫った危機は、AIと遺伝子合成の技術による新種の病原体の生成だ。新型コロナウイルスを圧倒する毒性をもつ病原体が、多くの人々の命を奪う可能性を専門家は指摘する。

AIを使った大量の精巧な動画などが現実と創作の境目を消す危険も侮れない。人々が無分別な行動に出て政治を混乱させうる。

核への危機防止では、不拡散条約の枠組みと大国間関係の安定も大きく役立った。AI分野でも、まず米中が真剣に対話し成果を他国とも共有すべきだ。

専門家や国際社会の役割も大事だ。核利用をタブーとする価値観の醸成でも、その貢献は大きかった。

原爆開発を率いた物理学者オッペンハイマーらは、被害の深刻さを見て核兵器への反対に転じ、世界にその危険を説き続けた。AIでも各国に対応を促す専門家の指導力を期待したい。

18世紀の啓蒙運動以降、人類は自らが世界の中心だと信じてきた。そこへ知性で勝り、理解の及ばない高い次元の結論を出すAIが誕生したら、人類の自己認識も修正を迫られよう。

ともすれば人類は自らを否定し、自信喪失と幻滅で問題解決の意思と能力を失うかもしれない。合わせて思いをはせるべき課題だ。

 

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雇用懸念を超える経済効果 ピーターソン国際経済研究所所長 アダム・ポーゼン氏

Adam Posen ハーバード大博士。イングランド銀行政策委員もつとめた。マクロ・金融政策のほか通貨・貿易問題にも詳しい

 

米経済の生産性が上向くとの見方には長く懐疑的だったが、楽観に転じた。理由はAIの急速な進化だ。

効果は数年内に表れ、生産性を今後10年で30%ほど押し上げうる。1990年代からのIT(情報技術)革命時よりも、その速度は速いだろう。

理由は第一に、自動化の影響を免れてきた高所得のホワイトカラーにAIの波が及ぶからだ。製造業や低賃金のサービス業が主な対象だった従来と違う。

第二にAIは利用のハードルが低い。IT革命ではソフトやハードにまとまったお金が必要だったが、AIは初期投資が少なく済むとされる。飛躍できる企業も多く出てくるはずだ。株価にもプラスになろう。

インターネットの契約増や光ケーブル敷設といった物理的な動きが伴ったIT革命に比べ、AIの効果は当初は見えにくいかもしれない。だが従来ないサービスが生まれ消費されれば統計にも表れるはずだ。

経済への貢献は大きい。生産性の上昇はいうまでもなく成長率を押し上げる。持続すれば実質金利もほぼ比例して上がるが、これは経済の潜在力を背景とする良い金利の上昇だ。

財政にとっても総じて中立かプラスの影響がある。高めの成長が財政の持続性と信頼を高めるからだ。

日本のように技術的な基盤があり、AIやロボットの導入に前向きな国は存分に機会を生かせる。半面、雇用保護を優先する欧州などの果実は限られそうだ。

医者、弁護士などホワイトカラーの高所得者が初めて機械と競合することになり、仕事の一部はAIに代替されるだろう。

彼らの目にAIが、かつての工場労働者にとっての織り機のように映り始めるのは想像に難くない。政治的な反発は生じうる。

だが過去300年の歴史をみれば人は一貫して変化に対応した。新型コロナウイルス禍でも人々は働き方や仕事を変え適応した。過度な自由放任を奨励するわけでないが、多くの働き手が思いのほか柔軟であることを過去の経験は示す。

大量解雇のリスクは誇張だ。AI兵器などが招く暗い未来に比べ、経済面の弊害はそう心配していない。

 

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「極端な規制」で開発減速を 米ハーバード大教授 ケネス・ロゴフ氏

Kenneth Rogoff 元国際通貨基金チーフエコノミスト。チェスでは最高位の国際グランドマスター。共著に「国家は破綻する」

 

AIは長期にわたり人の生産性を高め、生活を大転換させる技術革新だ。何十年もそう言ってきたのはチェスのプロでもある自身の経歴と関係している。

この分野で発展してきたAI技術を間近で観察し、最先端の技術者と交流してきた経験からの確信だ。

心配なのはここへきての進化が速く、経済、政治、社会が順応できない可能性だ。例えば失業。職が失われても、新たな職が生まれるとの楽観論もあるが、問題は変化のスピードだ。

大学教授をめざす子供に「AI教授」と競合する危険を伝えたら考え直す余裕はある。だが中高年層が長く続けた仕事を失い方向転換するのは困難を極める。

5?7年後には人をしのぐ知能をもつAIも誕生しうるという。想定外に速い技術発展で、サービスや事務部門で数億人単位の職が消えるかもしれない。

懸念は経済だけでない。武装組織ハマスの兵力に世界は驚いたが、彼らがAIを使い大学の研究所並みの知識を得たらどうなるか。

AI業界は軽い規制を求めて攻勢をかけるが、危険は大きい。まずはごく厳しい規制で技術開発・普及にブレーキをかけるべきだ。

1990年代の金融規制論議は苦い教訓だ。当時、銀行は自らリスクを管理できると言い、当局もそう信じた。過ちは2008年の金融危機で鮮明になった。

その後の再規制は過度にも映ったが、新型コロナ禍やインフレ、金利急騰の中でも危機は起きていない。

ソーシャルメディアへの規制も後手に回り、深刻な政治分断と社会の混乱を招いた。大学でも主流派の論調からはずれた人を辱め、疎外して精神的に追い詰める凶器に使われている。

AIは、こうした負の力を増幅させうる。AIを使ったディープフェイクの潜在力はすさまじい。

むろん医療などAIの貢献を期待できる分野は多い。これが皮肉にも関連企業の成功につながり、規制しにくくする可能性がある。金融分野やソーシャルメディアでも見た光景だ。

世の中が追いつくには時間が必要だ。極端な対応は時として正しい。今それをしないと歴史的な過ちとなるだろう。

 

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設計時からルール適用 世界経済フォーラム(WEF)執行委員 キャシー・リー氏

Cathy Li 大手広告会社WPPの欧米や北京拠点でデータ解析などを担当。現職ではデータやメタバースに関する政策提言も担当(写真はWEF提供)

 

AIを語るには、その神秘のベールをはぎ技術を等身大に理解すべきだ。AIとは、人の好みを知って判断を代行してくれるデジタルな道具にすぎない。

10年後は目覚めると来客や訪問の予定が調整され、移動の車や好みの店も予約済みという世界が来よう。

ただ今も人々は地図を見ずカーナビゲーション機器に進路を委ねている。アマゾンのアレクサなど音声アシスタントも普及した。携帯電話にも強く依存する。現実の生活とデジタルの融合はすでに進んでいて、AIはその延長にすぎない。

人間が機械に代替されるとの懸念も聞く。だが各種の技術にもかかわらず人はむしろ忙しくなった。人には野心があり、やりたいことが無限にあるからだ。

機械は、これを補助する道具として使われてきた。AIも同じだろう。

企業も単にAIで人を代替するとの発想では経営を誤る。生成AIは理屈に沿って決断するのが苦手だからだ。大量のデータから学習するので思考過程も見えにくい。幻覚を起こし作り話もする。

もっとも、これは欠陥でなく特性と考えるべきだ。風変わりなインターンの学生だと思って、それに応じた仕事を与えたらいい。

生成AIのモデルは日進月歩だ。論理的な思考、問題解決力は加速度的に高まるだろう。これはルール作りが急務な実情も示す。

AIは他の技術と同様、誤用されうる。特定企業が個人の消費行動を左右するなど人を操っては困る。人間中心のAI機能が必要だ。プライバシー、安全性、安全保障面の課題もある。

世界経済フォーラム(WEF)は、AIが守るべき規範を利用時だけでなく設計、開発段階から適用するよう提唱した。最先端のAIモデルは危険を察知しやすいよう稼働前に各国の官民、団体、学会に公開することも訴えている。

AIは国の経済、軍事面の優位を左右するため各国の立場は異なる。ただAIはどこでも利用でき、技術は容易に国境を越える。

国ごとの規制で不十分な点は気候変動への取り組みとも似ている。同分野でのこれまでの歩みは、AIへの対応に希望を与える。

 

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<アンカー>危機感をてこに共存の未来図を

AIが社会にもたらすインパクトには、さまざまな比喩が使われる。印刷機や蒸気機関の発明、電気やインターネットの普及、果ては「第2の火の発見」との声もある。

いずれもうなずけるが、決定的に違うのが進化と普及の速度だ。企業の野心や大国間の対立で、野放図な開発競争が加速しかねない。

その危機感からだろう。経済、政治など異分野の識者がAIの未来を語り始めた。多方面に及ぶ影響を考えれば歓迎すべき動きだ。もろ刃の剣のAIとバランス良く共存する世界の青写真を、当事者だけに描かせては誤る。

AIは原子力と同様「プロメテウスの火」になりうる。技術が災厄をもたらすギリシャ神話の筋書きを避けるには危機感をてこに各国・各界の英知を集め、安全と繁栄の未来図を早急に詰めるべきだ。

 

 

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