チャートは語る

 

東南アジアに迫る「日本並み」高齢化 年金など備え脆弱

 


【この記事のポイント】

・東南アジアの生産年齢人口が減少に転じる

・高齢化率はこれからどこまで高まるのか

・備えとなる年金制度などの整備状況は

 

東南アジアに老いが迫っている。生産年齢人口(15〜64歳)が全体に占める割合は2024年に低下に転じる見通し。今後、高度成長期以降の日本のような高齢化の波が押し寄せる。若さで回ってきた国々だけに備えは乏しい。一般的な定年が早いうえに公的年金のカバー率は4分の1ほどにとどまる。シニア層が安心して暮らせる安全網の構築や、希望に応じて働き続けられる環境整備が課題になる。

ベトナム最大都市のホーチミン市は1月、最大32万人の労働力が24年に不足すると発表した。米企業が建設する半導体工場もあおりを受ける。米側の担当者は「数十億ドルの投資に必要な技術者数には全く至っていない」と漏らす。

人手不足は一過性ではなく構造問題として続く公算が大きい。国連の推計では東南アジア11カ国の生産年齢人口比率は23年の68%で頭打ちとなり、下り坂に入る。タイは13年、ベトナムは14年に既にピークを迎えた。30年には域内最大で世界4位の2億7000万人の人口を抱えるインドネシアが峠を越す。豊富な労働力が経済を押し上げる人口ボーナス期の終幕だ。

全体で65歳以上の割合は19年に「高齢化」の節目の7%を超えた。43年には「高齢社会」の区分に入る14%に達する。24年間での移行は、かつての日本(1970〜94年)と同じ急速なペースだ。

もちろん国によってばらつきはある。平均年齢をみるとシンガポールは41.5歳と日本や欧州の主要国と同じ40代に上昇している。フィリピンは29.3歳とまだ若い。

いずれにせよ遅かれ早かれ高齢化が待つことは変わらない。働き手としても消費者としても経済を支えてきた層が順次、支えられる側に回る。現状の備えは心もとない。

経済協力開発機構(OECD)の21年のデータによると年金カバー率はインドネシアやベトナムで2割台にとどまる。比較的高いシンガポールでも5割台で、OECD平均(87%)との差は大きい。

年を取っても働くという意識も薄い。タイやマレーシアの一般的な定年は55歳だ。

日本総合研究所の熊谷章太郎氏は「東南アジアは介護保険制度などの対応も遅れている。将来、政府や家計の負担が急激に増えかねない」と危惧する。

定年を官民で段階的に引き上げてきた日本でさえ高齢化の重荷に苦しむ。生産年齢人口比率がピークの1992年に国内総生産(GDP)比で11%だった政府の社会保障支出は、その後30年間で25%まで膨らんだ。

東南アジア各国のこの比率はまだ1桁の水準。これからどんどん増える高齢者を支えるために社会保障を厚くするなら、財源の確保をはじめ難しい議論を迫られる。

東南アジアの変化に日本も無縁ではいられない。とりわけ労働力は深く依存してきただけに影響が大きい。23年10月時点の外国人労働者は初めて200万人を超え、国別ではベトナムが約52万人で最も多かった。フィリピンも約23万人で3位。明治大学の加藤久和・副学長は「自国が人手不足になれば日本に労働者を送り出しにくくなる」とみる。

それぞれが自国の社会を回すのに精いっぱいとなれば、中国やインドに並ぶ新興地域として世界をけん引する期待はしぼむ。既に65歳以上が人口の16%と域内でも目立って高齢化が進むタイについて、国際通貨基金(IMF)は今後5年の平均成長率を3%と予測する。00年代前半の5〜6%からの減速は鮮明だ。

成長の下り坂に入りながら迫り来る老いに備えるという難題に向き合う東南アジア。「軟着陸」の成否は世界や日本の先行きも左右する。

 

高齢化とは 65歳以上割合の増加、国連定義に由来

平均寿命の伸びや少子化により、社会における高齢者の割合が上昇すること。65歳以上を高齢者とする位置づけは1956年の国連の報告書に由来するとされる。全体の7%以上になると「高齢化社会」、14%以上は「高齢社会」、21%以上は「超高齢社会」と一般に区分する。

日本は高齢化率が29%に達する。医療技術の進歩や公衆衛生の改善で多くの人が長生きできるようになった結果だ。同時に少子化も進んでいる。国立社会保障・人口問題研究所によると平均年齢は47.9歳と、同じ東アジアの韓国(42.9歳)や中国(38.8歳)を上回り、世界でも屈指の高さになっている。
シニア層が相対的に増えることで社会のあり方も変化を迫られる。2021年施行の改正高年齢者雇用安定法は、70歳までの就労機会の確保を企業の努力義務とした。17年には日本老年学会と日本老年医学会が75歳以上を高齢者として定義・区分するよう提言して話題となった。

Think!
高橋徹
日本経済新聞社 編集委員・論説委員
 分析・考察

シンガポールは国主導で財形や持ち家の政策を進めてきましたが、公的年金のカバー率が5割台にとどまるとは少し意外です。同国は1人あたりGDPですでに日本をはるかに上回っているものの、他の東南アジア諸国の多くは「豊かになる前に老いる」リスクを抱えます。老後の社会保障をいまから整えるのは容易ではありませんが、公的制度の不備は、民間企業にとってビジネスチャンスでもあります。介護や医療、金融サービスなど、高齢化が先に進む日本企業がノウハウを生かせる分野は多くあります。高齢者を敬い、親族や地域の相互扶助を伝統とする東南アジアの社会文化とうまく融合させながら、うまくソフトランディングを図る必要があります。

 

もどる