Financial Times
米メディア、テックに反撃へ わずかな対価も奪うAI
ラナ・フォルーハー
今年はコンテンツ制作者らがついに「監視資本主義」に反撃する年となるかもしれない。イラスト Matt Kenyon/Financial Times
この数週間、大小の報道機関やコメディアン、作家やほかのクリエーターらが、自分たちの著作物が人工知能(AI)のトレーニングのために不当に利用されており、これでは自分たちの仕事がいずれAIに奪われる事態になりかねないとして次々に訴訟を起こしている。
最も注目されている一つが米ニューヨーク・タイムズ(NYT)が12月下旬、対話型AI「Chat(チャット)GPT」を開発した米オープンAIと、同社に約100億ドル(約1兆4500億円)を投資している米マイクロソフトを相手取って起こした訴訟だ。
オープンAI提訴に踏み切ったニューヨーク・タイムズ
NYTはチャットGPTの基盤となる大規模言語モデルを訓練すべく膨大なニュースコンテンツを不正に使用していると訴えている。そんなことを認めればウェブサイトを支えるプラットフォーム企業と、コンテンツを制作するメディア各社の双方が収益源としている検索トラフィックが最終的には生成AIに取って代わられる恐れがある。
問題は2つある。まず対話型AIの学習のために使われるコンテンツについて、報道機関や出版社など、そのコンテンツの制作者に正当な対価が支払われていない。加えて消費者によるオンライン検索でこれまで収益を得てきた企業に深刻な打撃を与える可能性がある。
大手テック各社が過去20年間、コンテンツ制作者の利益を搾取してきたことなど大した問題ではないと思えるほど、AIはすさまじいものになり得るということだ。
メディアへのコンテンツ使用料はその価値の100分の1
今は人々が検索エンジンを使って情報を得ようとすると、そのコンテンツ制作者のサイトに誘導するような結果が表示される。そして、そのトラフィック(アクセス)に応じたデジタル広告料が制作者に支払われる。
これは共生的な関係ではあるが、対等な関係とはいえない。米グーグルが検索結果に連動した広告枠を販売するビジネスモデルを展開し始めた2000年以降、コンテンツ制作者らはもし何らかの対価が支払われるのであれば、大手テック各社が提示する収益分配条件を言われるがままに受け入れざるを得ない立場に置かれてきた。
しかし、オーストラリアが21年に、次いでカナダが23年にプラットフォームを運営するテック企業に対し、コンテンツ提供者と利用料を決める交渉および支払いを義務づけたことで慣行が変わり始めた。もっとも、支払われるようになった対価はゼロよりましかもしれないが、多くの専門家からすれば、本来、支払われるべき報酬のわずかでしかなかった。
米コロンビア大学、米ヒューストン大学、米コンサルティング会社ブラトルグループの研究者らが最近、その不足分を計算した研究結果を発表した。同推計では、グーグルがニュースコンテンツの価値の50%を米報道機関に払っていたとしたら、年間100億?120億ドルに達するはずだった。だが世界最大の報道機関の一つであるNYTに支払われた対価は3年間でわずか1億ドルにすぎなかった。
インターネット登場当初の理想が逆回転
AIは今、こんな不平等な関係すら好ましく思えるほど事態を変貌させつつある。チャットGPTやグーグルの対話型AI「Bard(バード)」のようなチャットボット(自動応答サービス)に質問しても、コンテンツ制作者のサイトに誘導されることなく直接答えが返ってくる。
利用者はAIプラットフォームを抱える大手テックが築いたエコシステムという「壁に囲まれた庭」から抜け出すことはできないのだ。AIが著作権を回避するために、著作権があるコンテンツを使って学習しているという事実は、コンテンツ制作者が既に受けている被害に追い打ちをかけるようなものだ。
今、起きているのはワールド・ワイド・ウェブ(WWW)の出発点を究極的に、かつおそらく必然的に逆転させることを意味する。
WWWは本来、インターネットの普及に伴い膨大な数のサイトが生まれる中で利用者が求めている的確なサイトを簡単に見つけ、そこへ到達できるようにするものだった。その考え方は、グーグルの共同創設者ラリー・ペイジ氏が04年のインタビューで語った「我々は人々をグーグルのサイトからできるだけ早く正しい場所に連れて行きたい」という言葉に反映されている。
しかし、グーグルやほかのテック各社のプラットフォームが成長するに従い、これらの企業はアップルやサムスンといった端末メーカーと契約を結び、自社がそれらメーカーの端末で中心的な検索プロバイダーとなることで利用者を囲い込んでいくことが目標となっていった。
大手テック各社はさらにデジタル広告やモバイルOS(基本ソフト)、SNSなどを手掛ける企業も買収し、ネット上の様々な領域を取り込み、利用者を自社のプラットフォームからほかに行かないよう囲い込むようになった。
グーグルはこうして検索市場で巨大なシェアを握った。その強みは周知の通り、著作権で保護されているコンテンツをやりたい放題で活用する仕組みに依存していた。
AIは監視資本主義を浸透させる最後の一押し
AIはある意味、このモデルを破壊している。今のところ対話型AI市場を支配しているのはマイクロソフトとオープンAIで、グーグルのバードではない。だが別の見方をすれば、AIは監視資本主義が浸透するプロセスのもう一つの、そしておそらく最後の一押しといえる。
監視資本主義を展開する企業は、利用者の個人データや関心事をかき集める一方で、その関心に応えられるようあらゆるコンテンツについてコストをどんどん引き下げながら収集し、それを個人データを吸い上げるのと引き換えに無料提供することで利益率を一層高めつつある。
実際、米アーカンソー州の報道機関ヘレナ・ワールド・クロニクルは最近起こした集団訴訟の中で、グーグルと親会社アルファベットは他社の報道コンテンツを不正に集め、それらを自社のプラットフォームで再公開するという「違法行為」をしていると主張。「グーグルが23年にバードを導入したことで、そうした行為が増大し、悪化する一方だ」と訴えている。
グーグルのチャットボットはヘレナ・ワールド・クロニクルからワシントン・ポストに至るまで各メディアのコンテンツで学習を重ねているが、どのメディアにも報酬は支払われていない。
チャットボットがいずれ検索エンジンを葬り去ることになるかどうかはともかく、監視資本主義が進む最近の動きで誰が勝者かは明白だ。それは大手テック各社だ。だが今後は、彼らが奪い取ったものの対価をもっと支払わざるを得なくなるよう願いたい。