Deep Insight

 

「権力格差」を壊せるか

 

 アサヒビールや宝島社の問う力


編集委員 中村直文

(左から)WBC優勝を喜ぶ大谷翔平選手ら=共同、旧ジャニーズ事務所の会見、品質不正の会見で頭を下げるダイハツ工業の奥平総一郎社長

2023年は実に極端な1年だった。大谷翔平選手らの活躍によるワールド・ベースボール・クラシック(WBC)大会で14年ぶりの優勝、将棋棋士の藤井聡太氏による八冠達成があった半面、ダイハツ工業やビッグモーターの不正、旧ジャニーズ事務所での性加害問題など機能不全に陥った組織の弊害が数多く露見した。

「上意下達」型の限界に

日本社会はこれまで強固な組織が自慢だった。野球やサッカー、ラグビーの世界的な大会で成果を出すと、日本的な団結力が称賛される。ビジネスでも1990年代初めの経済成長期まで上意下達の日本型組織は有効だった。だが、人口減や消費志向の多様化が進む21世紀には通用しない。

硬直した組織は万国共通の課題だ。米ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・C・エドモンドソン教授の著書「恐れのない組織」では医療機関や独フォルクスワーゲン、米銀のウェルズ・ファーゴなどの失敗事例が数々挙げられている。組織にとって不都合な現実や真実に目をつぶった結果、会社が危機に追い込まれていく姿は日本となんら変わりがない。

組織や仕事の問題点を上司に指摘するのはストレスがかかる。哲学的な対話によって企業のチームづくりを助言している東京大学大学院の梶谷真司教授は「人は自分から問うことに慣れておらず、問いとは試験のように与えられるものという感覚が強い」と話す。多くの組織で上司や指導者に向けた答え探しが優秀さの証しで、むやみに問うことは嫌われる行為だ。

 

 

モノが言いやすい組織にイノベーションの素地

日本企業の悩みはさらに根深い。組織力の劣化に加え「個」が育たないからだ。経営書を多数執筆してきたフリーの研究者、山口周氏は日本経済の停滞についてオランダの心理学者ヘールト・ホフステード氏の研究に着目した。「権力格差指標」という視点だ。

権力格差とは「それぞれの国の制度や組織において、権力の弱い成員が、権力が不平等に分布している状態を予期し、受け入れている程度」を意味する。要するに「上に対してモノが言いやすいかどうか」の指標だ。

スコアが高いほど上に弱い状態を表しており、76の国・地域を対象にした調査ではマレーシア(104)やロシア(93)が高かった。低いのはオーストリア(11)、スウェーデン(31)などだ。日本はスコア54と欧米先進国に比べて振るわず、「モノが言いづらい国」と位置づけられる。

 

山口氏はさらに権力格差指標と国際的なイノベーションランキングの関係を調べた。すると上に反論しやすい国・地域ほど、イノベーションが起こりやすい傾向が裏付けられたという。

 

「消費者isボス」の変革

お国柄はすぐ変えられなくても、企業単位なら「権力格差」の縮小に取り組めるはずだ。そのカギになるのは、世の中への問いや価値観への疑問から始まるマーケティング思考だ。とりわけ資源の限られる日本では、問いとアイデアが生命線だろう。

従業員の指摘、疑問、アイデア、懸念は市場と組織で起きていることについて重要な情報をもたらす――。「恐れのない組織」も、VUCA(ブーカ=変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)の時代は働く人々の心理的安全性が利益に直結すると説いている。

例えばアサヒビールだ。2010年代まで「スーパードライ」への依存度が高く、商品開発などはやや停滞気味だった。18年にはP&Gジャパンやサトーホールディングスで経験を積んだ松山一雄氏(現社長)をマーケティング責任者に招いた。松山氏が驚いたのは、いちいち上司である自分の意向を伺ってくる社内体質だった。

「P&Gでは消費者isボスなのに、ここではボスisボス。問う相手を間違えている」。消費者調査をみるとビールの味への評価は年々高まっているのに、市場は縮んでいる。横並びの競争で独自性が乏しいからだ。そう判断し、無駄な会議や資料の削減と縦割り組織の修正を急いだ。

数年たち、ようやく「生ジョッキ缶」など斬新な商品が生まれるようになった。松山氏は「答えがない時代は自律分散型の組織へ移行し、早く、安く、賢く失敗して学ぶしかない」と話す。

 

心理的安全性が生む成長機会

流通サービス分野でも「組織病」対策は動き始めている。ロイヤルホールディングスは菊地唯夫会長や地域のマネジャー、店長、現場社員が一堂に会する大会議「R・セッション」を23年に開催した。レストラン、ホテルなどグループを横断し、上から下までこれからの進路について意見を交換しあう。「心理的安全性が保たれた組織であることを共有したい」(菊地会長)と、当日に現場から上がってきた課題を経営陣とオープンに議論していった。

日本企業の閉鎖性を批判してきた同志社大学の太田肇教授は「個人を囲い込まず、個人の自発的活動をサポートするインフラ型組織への移行が欠かせない」と指摘する。成功例としてリクルート、サイボウズ、人材サービスのエンファクトリーなどを挙げる。

(左から)宝島社の故・蓮見清一氏、アサヒビールの松山一雄社長、ロイヤルホールディングスの菊地唯夫会長

23年末に死去した宝島社の創業者、蓮見清一氏は「マネジメントは管理と考えられがちだが、本質的には問題解決」という言葉を残している。創業期から採用時に男女や学歴などは不問とし、豪華な付録付き雑誌のようなヒット作を次々生む組織を育てた。

当たり前を問いただせる風土だけが、次代の成長という宝にありつける。そう決断すべき時期だ。

 

 

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