経済教室
アルゴリズム公正さ高めよ デジタル広告、ゆがみを正す
坂井豊貴・慶応義塾大学教授さかい・とよたか 75年生まれ。ロチェスター大博士(経済学)。専門はメカニズムデザイン
ポイント
○ ブランド力弱いほど低い評価の影響強い
○ 公正さ考えるうえで厚生経済学が参考に
○ レーティング事業者の安易な規制避けよ
採点は権力である。その行使には責任が伴う。だから入試の採点ミスは大きく報道され、責任者は処罰される。差別であればなおさらだ。女性受験者を減点していた東京医科大は強い社会的非難を浴び、東京高裁は5月、同大に損害賠償を命じた。人生を大きく左右する試験であるほど、採点する側の責任は重くなる。
インターネット上の紹介サイトには採点があふれている。有名なのは食べログや米アマゾン・ドット・コムで、この焼肉店は3.6点、あの書籍は星3つという評価が画面上に並ぶ。多くの紹介サイトでは消費者が点数を入力する。そうして得られる多くの数値を紹介サイト側のアルゴリズムは集約して、点数を出力する。それが3.6点や星3つといった評価だ。こうした一連の作業をレーティング(評価付け)という。
レーティングは便利だ。ただ一つの数字や「星3つ」「Aマイナス」といった情報で消費者に大まかな評価を教えてくれる。広告は事業者による自己宣伝だが、レーティングは利用者による口コミのようなものだから、消費者はその情報を信用しやすい。利用者ではなくプロが評価する場合でも同様で、評価が中立的に見えるならば、やはり消費者はその情報を頼りにする。
だからレーティングの正しさは重要だ。2008年のリーマン・ショック時に、格付け会社は過度のリスクを含む証券に高い格付けを与えていたことが、危機を拡大させる一因となった。
無論一つの数字で細かいことは分からないし、人によって好みも違う。だがレーティングは一定の目安を与え、消費者の意思決定コストを下げてくれる。購買行動には変化が生じるが、次の2点は特に重要だ。
第1に、行動経済学の教えによると、人間は利益を得ることよりも不利益を避けることを重視する。よって消費者は高い点数よりも低い点数に、より注目すると考えられる。第2に、消費者の意思決定には、店や商品のブランド力も大きく影響する。よってブランド力が弱いほど、低い点数の影響を強く受ける。だから小さな事業者や新しい事業者ほど、低い点数の影響を強く受ける。採点ミス、あるいは差別的な採点は、会社や社員の命運に関わる。
20年5月、焼き肉チェーンKollaBo(コラボ)を運営する韓流村は「食べログ」を運営するカカクコムを東京地裁に提訴した。食べログは飲食店へのレーティングを提供する非常に影響力のあるサービスだ。韓流村は、カカクコムがチェーン店を一斉に減点するようアルゴリズムを変更したと指摘し、それを差別的な取り扱いだと主張した。
22年6月、東京地裁は判決文で、カカクコムの目的に照らして、チェーン店という理由での減点は合理的といえないとの結論を出した。カカクコムが、公正取引委員会のいう「優越的地位の濫用(らんよう)」をしたことも判示された(現在、東京高裁で係争中)。
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公正なアルゴリズムとは何か。嫌がらせで低い点を付ける少数のアンチのせいで、点数が大幅に下がることは公正か。たまたま最初のユーザーが付けた点が低かったせいで、店舗がサイトの上位に掲載されず、不利益を被り続けることは公正か。軽さが売りのドライヤーが風量重視で評価されることは公正か。ドライヤーが軽さと風量で評価されるとして、それら評価項目のウエートはいかに決められるべきなのか。考慮されるべき事項はあまたある。
人は人に対して公正であろうと思えば、それなりに公正に振る舞える。いわば公正であることはそれなりに信念の問題だ。だがレーティングで、人が対象に対して公正であるためには、信念だけでなく、信念をアルゴリズムに反映させる学知が必要となる。
一例を挙げよう。国内総生産(GDP)は、ある種の付加価値の総和によって国の豊かさを評価するレーティングだ。だがGDPは国の豊かさを測るには不適切との批判は根強い。そこで国連開発計画(UNDP)は「人間開発指数(HDI)」という別の評価指標を導入した。その際、厚生経済学が重要な役割を果たした。とりわけ、評価する要素の選択と、数値の算出の仕方においてだ。
HDIは、GDPのようにお金だけでなく、教育と寿命も評価の要素とする。教育や寿命は、人が潜在能力を発揮できる豊かな社会の評価に重要だからだ。この観点は厚生経済学の第一人者、アマルティア・セン氏の議論に基づくものだ。
そしてお金、教育、寿命という3つの要素から総合点を算出する際には「幾何平均」が採用された。幾何平均は足し算でなく掛け算についての平均の概念だ。大まかに言って、掛け算だと3つの項目のうち1つでも評価が低いと、総合点が低くなる。そうした性質はゲーム理論家ジョン・ナッシュ氏による社会厚生関数の分析に始まり、厚生経済学に議論の蓄積があった。
筆者はこの分野の研究者で、企業と協力してレーティングのアルゴリズムを設計することがあるが、HDIは重要な参考例となる。
近年、経済学をビジネスに実装する動きが盛んだ。経済学の変化よりも、経済学を使いやすいよう社会が変化したことが主な要因だ。具体的にはインターネットの普及だ。数理化されている経済学はネット上のサービスで実装しやすい。セン氏もナッシュ氏もノーベル経済学賞受賞者だが、自分の学問が店や商品のレーティングに使われるとは思っていなかっただろう。
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23年10月、ステマ(ステルスマーケティング)規制が導入された。ステマとは、商品の販売者が広告であることを隠して消費者に見せる広告表示だ。レーティングを含む紹介サイトを運営する事業者(レーティング事業者)は、販売者が一般ユーザーのふりをして点数を付けたり、ほめ言葉を書いたりといった行為を取り締まる必要が出てきた。レーティング事業者にも社会の公器としての振る舞いが求められるようになった。
複数のレーティング事業者が今秋、共同で「日本レーティング協会」を立ち上げた。筆者もその運営に関わっているが、公正なレーティングを「良貨」と呼ぶなら、悪貨が良貨を駆逐する事態が起きないようにするのが同協会の目的だ。
一方で、民間事業者であるレーティング事業者に、公器としての振る舞いのみを求めないことも大切だ。公器としての費用がかさめば、事業は圧迫されるし、サービスの質も下がってしまう。レーティング事業者は、消費者には貴重な情報を与え、販売者には消費者との貴重な接点を与えている。安易な規制は消費者にも販売者にも大きなダメージを与えてしまう。
ネットの普及は人間社会を大きく変えた。レーティングが日常生活に浸透したこともその一つだ。レーティングの影響力は、オンライン消費の増加とともに、強くなっていくだろう。だが公正なアルゴリズムや運営をはじめ、そのあるべき姿についてはまだ知見の蓄積が始まったばかりだ。