直言

 

AI、創造的破壊の好機 アームCEOがみる未来


英アーム、レネ・ハースCEO

【この記事のポイント】
・AIが人の代わりに意思決定をする
・健康と気候が巨大市場になっていく
・これからの機械はソフトが定義する

半導体設計に特化する英アームは、スマートフォンの「頭脳」を牛耳ることで知られる。ソフトバンクグループ(SBG)傘下で業績を伸ばし、世界の半導体大手を支えるテクノロジーの黒子といえる存在になった。人工知能(AI)が身近になった今、どんな技術革新が起きているのか。レネ・ハース最高経営責任者(CEO)に聞いた。

30年前にインターネットが我々の身近に現れ、15年前にそれが手のひらの中に収まるようになった。その先に来るAI革命は人類にどんな世界をもたらすのだろうか。

――SBGの孫正義会長兼社長は「アームは未来を見通す水晶玉だ」と言っていた。では今、どんなテクノロジーの未来が見えるのか。

「AIの進歩が非常に大きなトレンドだということだ。(人知を超える)汎用AIに到達することは可能だろう。これから10年後か15年後かの時点で、コンピューターの仕事と人間の仕事を区分するという点で社会の多くのことが変わる」

「スマートフォンが汎用AIの情報端末になるとは考えにくい。汎用AIの時代になるともっと多くのエージェント≠ェ現れるだろう。人の代わりに意思決定してくれるようなモノが家庭やオフィスに多く存在する」

「例えば会議室の席に座ると何百もの異なる機械が次々とワークフローを理解し、利用者の考えを理解した上で勝手に意思決定してくれる」

 

健康・気候変動に巨大市場

――既存の産業は破壊されるのか。

「歴史が示しているのは現時点では本当のことは分からないということだ。例えば、携帯電話が3Gから4Gになる時に何が起こると考えたか。ビデオのダウンロードが速くなる。それは正解だったけれど、米ウーバーは位置情報と結びつけ、見知らぬ誰かの車で行きたい場所に送り届けるサービスを作った」

「民泊の米エアビーアンドビーもそうだ。それは誰にも予想できなかったことだろう」

「AIは今後、これまで専門家が行っていた仕事を代替するだろう。例えば、法律を分析する仕事はなくなるかもしれない。ただ、これも歴史が示すことだが、ある仕事がなくなれば新しい仕事が生まれる」

――どのような産業が生まれてくるのか。

「健康と気候が巨大市場になるだろう。現時点では難しいことが汎用AIによって可能になるからだ」

「排出ガスや化石燃料の消費量が気候にどう影響するのか。我々の行動の一つずつが具体的にどう気候変動に影響しているのか。まだ有効な解答は得られていないが、個別の行動の影響が分かるようになるだろう」

「健康産業の多くは非常に一般的な情報で成り立っている。健康でいたければお酒は飲むな、たばこは吸うなといったように」

「でも、私のDNAとあなたのDNAは違う。先祖も違う。それが分かれば(一般論ではなく個人単位で)食生活などの観点から、すべての人が何をすべきかが正確に分かる。これは大きなチャンスだ。医療産業にはディスラプション(創造的破壊)の機が熟していると思う」

――汎用AI時代にスマホに代わるものとは何か。

「クルマかもしれないし、キッチンかもしれない。オフィスの場合もあるだろう。いずれにせよ、スマートフォンからすべての情報を引き出す必要はなくなる」

「スマートフォンは情報を引き出すデバイスだ。それに比べて汎用AIが実現するのは、利用者にとって価値のある情報を提案する世界だ」

「実現するには多くのインテリジェンスが必要になる。AIは利用者の行動を理解するパーソナライズとローカライズが求められる。つまり、もっと多くの機器が必要になるということだ」

アームは9月、米ナスダック市場に上場した。時価総額の規模で2023年で最大の新規株式公開(IPO)だ。栄枯盛衰が著しい半導体産業で勝ち残れるのか。


仲間作りを突破口に

――非上場企業となった7年間でアームは大きく変わった。スマホに依存した収益構造からの転換を図った。

「マサ(SBGの孫氏)とは頻繁に話をするが多くは未来のことだ。彼が買収した頃、スマートフォン向けの成長は横ばいになり始めていた。非公開企業になり、株式市場の目を気にせずに戦略を見直すことができた」

「具体的にはスマートフォンのクラシック・アーム≠ニ新事業に会社を分けた。新事業はデータセンターや自動運転、それにIoTなどだ。以前はスマートフォンの技術をデータセンターでも使おうとしていたが、市場ごとに投資することにした。今では世界の人口の7割がなんらかの形でアームの半導体を使っている」

――再上場の前には米半導体のエヌビディアと合併する計画もあった。あなたはアームに入社する前はエヌビディアにも在籍していた。両社の強みをよく理解していたはずだ。

「確かにエヌビディアとの組み合わせはエキサイティングだった。彼らはAIや大規模言語モデルで驚くほどの成果をあげており、GPU(画像処理半導体)関連では広範なエコシステム、すなわちパートナー企業などとの共存関係を持っている」

「合併していれば非常にユニークな会社になっただろうが、今では彼らとやろうとしていたことは我々だけでもなし得ると信じている」

――株式公開に合わせて米インテルや米アップル、韓国のサムスン電子など世界のテクノロジー大手が出資を検討していた。中立性の点で問題はないのか。

「指摘の通り中立性は重要だが、彼らは我々との共存関係の中にある。このような出資は半導体やエレクトロニクス産業にとってアームがいかに重要な存在かを表している」

――テクノロジーの世界では米中対立の影響が深刻化している。

「これからどんな影響があるのか、その方向性を予測するのは非常に難しい。私が言えることは、注意深く検討するということだけだ」

――中国事業を巡ってはアームも現地経営者がアーム本体からの独立を画策するなどコントロールできていなかった。

「数年前に問題があったのは事実だが、解決できた。私にとっての頭痛の種はほかの経営者と変わらない。地政学全般に関わることだ」

――孫氏は世界中に1兆個のアームの半導体をばらまくと宣言した。

「その目標を達成した時に世界がどう変わるかは分からない。分かっているのは、AIや大規模言語モデルがブームを迎え、世界はこれまでにない計算能力を必要とするようになるということだ。だが現在、地球上にはそれをまかなうだけのエネルギーが存在しない」

「AIがその能力を発揮するには電力効率に優れていなければならない。それはアームが得意とするところで、我々には大きなチャンスだ」

――未来の半導体産業をリードするための条件とは。

「必要なのは大規模なソフトウエアの共存関係だ。これからの機械はソフトが定義していくからだ」

――アームは半導体の黒子という地位を築いたが、近年は誰でも使える半導体設計の「RISC-V(リスクファイブ)」といった競合技術が登場している。

「彼らの存在は真剣に受け止めている。ただ我々は長年をかけてソフトに関するパートナー企業などとの共存関係を築いてきた。それがアームがどの企業とも違う点だ」

Rene Haas 米クラークソン大学卒。NECやエヌビディアなど米シリコンバレーにある複数の半導体企業を経て2013年にアームに入社。22年最高経営責任者(CEO)に。23年からソフトバンクグループの取締役も。米シリコンバレーに常駐する。


ポストスマホ、分散の時代(インタビュアーから)

「なぜソフトバンクグループがアームを買収するのか」。その問いに孫正義氏は「囲碁で言えば50手先の一手を打ったようなものだ」と言ってけむに巻いた。それから7年がたち、50手先の意味が少しずつ明らかになってきた。
低消費電力を武器にスマホ用半導体で99%のシェアを握るアーム。次の標的がAI革命だった。
スマホはネット上のあらゆる機能を手のひらに集める「集中」の時代の申し子だった。AI時代には一転してデバイスが散らばる「分散」の時代が到来する。
その頭脳を誰が握るのか。アームが持つコンピューティングパワーと省電力のかけ算がものを言うと、孫氏は考えたのだ。
カギとなるのは半導体を牛耳るソフトの力だ。アームだけではカバーしきれまい。どれだけソフトの仲間をひき付けられるかが、AI時代の頭脳を巡る勝負の分かれ目となる。

 

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