直言
AI活用は人類の利益、進化を止めるな 世界的権威の訴え
アンドリュー・ング 米スタンフォード大学兼任教授
Andrew Ng 米カリフォルニア大学バークレー校で博士号取得。世界的なAIブームの火付け役の一人で、米グーグルや中国の百度(バイドゥ)の研究を主導した。オンライン教育の米コーセラを創業するなど起業家としても活躍。AIを対象にしたファンド運営にも携わる。
人間に勝る賢さを獲得しつつある人工知能(AI)。「Chat(チャット)GPT」をはじめとする生成AIの登場で、新たな進化の段階を迎えている。10年前に大量のデータに潜む特徴を自力で見つけだす「深層学習」の研究で革新的な成果をあげた世界的権威の目にAIの未来はどう映るのか。米スタンフォード大学のアンドリュー・ング兼任教授に聞いた。
米グーグル創業者のラリー・ペイジ氏にかけ合って同社のAI研究部隊を創設し、2012年に深層学習を用いて大量の画像からネコを識別するAIを開発して世界を驚かせた。チャットGPTを生んだ米オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)は教え子の一人だ。
――AIの進化の速度はすさまじい。現在の革新を予測していたか。
「10年前の深層学習の技術は画像認識を得意としていた。その上に手に入れたのがAIの応用を広げる現在の生成AIだ。チャットGPTなどのイノベーションは、私が携わったグーグルのチームが17年に発表した『トランスフォーマー』と呼ぶ深層学習技術の論文から生まれた。正確に何が起こるかを見通せていたわけではないが、数年前から専門家は変化の胎動を感じていた」
――オープンAIはなぜチャットGPTを生み出せたのか。なぜこれほど人をひき付けたのか。
「サムは大規模なチームを少数のプロジェクトに集中させる手法で成功した。チャットGPTの優れた点は『AIの大衆化』を実感させたことだ。技術的に高度なだけでなく、利用者にとっての親しみやすさ、使いやすさで多くの人の想像力をかき立てた」
アンドリュー・ング氏はAIが人間の役割全てを担えるわけではないと説く
――生成AIは本当に暮らしや仕事を変えるような技術なのか。
「AIの特徴の一つが汎用技術であることだ。つまり、ひとつだけでなくさまざまな用途で役に立つ。多くの人はチャットGPTを消費者向けの『質問ができるツール』としてとらえているが、それは過小評価だ」
「生成AIは優れた開発者用ツールであり、顧客サービスや情報収集、電子メールの作成などに応用できる。AIはすでにインターネット広告から医療の画像診断まで広く役立っている。汎用技術として広範に恩恵をもたらした100年前の電気と同じだ」
「チャットGPTによってプログラミング作業の障壁は低くなり、エキサイティングな変化が起きようとしている。大企業から中小企業、高校生まで誰もがデータを持つ時代だ。チャットGPTのようなツールを使えば、独自のAIシステムをつくる垣根は下がる」
人はより価値のある仕事を
――AIは医師や弁護士の試験に合格する知的水準に達している。すでに人間をしのぐ賢さを手に入れつつあるのでは。
「電卓の計算力は昔から人間より優れていた。チャットGPTも特定の作業では人間を上回る。ただ、仮に医師の試験に合格できても、訓練された人間の医師をしのぐわけではない。AIは人間の役割全ては担えない」
――AIが雇用を脅かす恐れはないのか。
「生成AIに左右される仕事はあるだろう。従来の自動化は低賃金の労働者に影響を与えてきたが、生成AIはホワイトカラーや高賃金労働者により大きく関係する。AIに生活を脅かされる人々への配慮は必要だ。リスキリング(学び直し)に投資し、誰もがAIが生む巨大な価値を享受できるようにすることが社会としての責任だ」
――人間は何をすべきか。
「AIには無理でも人間にできることはたくさんある。AIが自動化するのは仕事そのものではなく一部の作業だ。多くの職業でその比率は20〜40%になるだろう。問題はその人が余った能力を使い、より価値のある仕事ができるかどうかだ」
人間の生存を脅かすAIの出現を「火星が人口過密になることを心配するようなもの」と発言したことも。急速な進化に対する不安の高まりをどう受け止めるか。
――AIはリスクももたらす。人類を絶滅危機に追い込む可能性さえ指摘されている。
「まず言いたいのはAIは社会に大きな価値をもたらすということだ。いくつかのリスクを真剣に受け止める必要があるのは確かだ。AIは偏った、あるいは不正確な出力をすることがある。有害なコンテンツを生み、偽情報の拡散を助長することもあるだろう」
「AIで絶滅危機」は誇張に過ぎず
「一定の弊害はあるとしても、利益の方がはるかに上回る。AIが絶滅危機をもたらすという意見は誇張しすぎだ。人類に有益な存在となるようかじ取りできる。次のパンデミック(感染症の大流行)や気候変動、小惑星の衝突など人類に襲いかかる危機を解決する重要な鍵になるはずだ」
――AIが制御不能になる恐れはないか。高度なAIの開発の一時停止を求める声もある。
「人類や人間社会を1000年先まで存続させ、繁栄させたいのであれば、AIの進化を減速させるのではなく、可能な限り速くすべきだ。AI開発を停止するという提案はひどい考えだ。仮に政府が一時停止を法制化すれば、イノベーションや競争を阻害する」
AIの過度な規制には懸念を示す
――欧州連合(EU)などでAIへの規制が導入されようとしている。
「多くの国の規制当局はAIについて十分な知識を持たず、適切な規制ができないと感じている。欧州に関していえば、規制プロセスの透明性をより高めてほしい」
「米国では政府がAIを学んでいる段階だ。今は『AIを用いた広告が選挙にどの程度影響してきたか』といった基本的な問いの答えもわかっていない。何が起きているかを理解しないまま規制を導入することを懸念している。このままでは弊害を減らす目的を達成できず、AIの発展も遅らせる事態になる」
「テック企業の事業が不透明で、規制当局は実態を知るすべがない。規制当局は20人や50人の専門家らと話して理解したつもりになっているが、そんなことはない」
生成AIの革新は米国が主導してきた。人口減に直面する日本にとって、AIは生産性や成長力を高める鍵となる可能性がある。
――米国では優秀な人材が集うスタートアップが続々と生まれている。
「とりわけシリコンバレーに才能ある生成AIの人材が集中している。グーグルとオープンAIの2社が数年前から取り組んできたことが大きい。両社を去った人も周辺ビジネスの立ち上げに携わってきた。毎週のように生成AIに関わる人々が出会い、会話を通じて互いを高め、最先端を維持している」
――日本にチャンスはあるのか。
「日本は多くの国民がロボットや自動化、AIに好意的だ。AIが雇用を奪うことへの抵抗が少なく、導入を迅速に実行しやすい独自の強みがある。AIは複雑な技術だが、多くの人に基本的な理解を広め、具体的な利用法を見いだす力を持たせることが必要だ」
「私は三井物産とAIを用いて船舶の航路を最適化し、燃料費を削減する取り組みを進めてきた。AIの専門家とさまざまな業界の専門家が組んで、活用の新たなアイデアを生むことが極めて重要だ。1、2年前には不可能だったことを実現できるチャンスは無数にある。AIと日本の得意な産業を組み合わせて、新たなスタートアップやビジネスが生まれることを期待している」
真価引き出す「賢さ」を
(インタビュアーから)
この10年でAIは驚くべき進化を遂げた。人間側がそのスピードに追いつくのが難しくなっているほどだ。ング氏と共にAI研究の大家として知られるトロント大学(カナダ)のジェフリー・ヒントン氏らは、AIが核戦争と同様に人類を絶滅させる恐れがあるとの声明に署名した。
その話題を振るとング氏はさみしげな表情を浮かべた。「そんなリスクがどうやって生じるのかわからない」と語り、AIの利点を繰り返し強調した。第一線を走ってきた専門家の間でもAIが生む光と影に対する見方は割れる。
強い力をもつテクノロジーには危惧や警戒もつきまとう。インターネットやSNSは多大な価値をもたらす一方、社会に深刻な分断を生じさせてきた。AIとの共存が当たり前になる時代に問われるのは、負の側面を制御し、真価を引き出す人類の「賢さ」だ。