経済教室

 

低スキル労働者こそ恩恵 生成AIと経済社会


カール・フレイ オックスフォード大学准教授

Carl Benedikt Frey 独マックスプランク・イノベーション・競争研究所博士。専門は経済学


ポイント


○ 平均的なコンテンツの生成が続く公算大


○ 成長産業へのアクセス平等化する効果も


○ 既存企業を競争から守るAI規制避けよ

 

これまで中流層が引き受けていた肉体労働の多くをロボットが肩代わりするようになったら、平凡な労働者は不要になるというのがここ数十年の通説だった。

一方で、高度なスキルを持つ専門職は、デジタル技術を活用して仕事の生産性を高めるだけでなく、インターネットを介してより広い市場に進出し、専門サービスを世界に輸出できるようになるとみられていた。だが生成人工知能(AI)の出現によりこの通説は覆され、平均的な労働者に復活の可能性が出てきた。

◇   ◇

生成AIの能力は驚異的だ。突出しているのが大規模言語モデル(LLM)、とりわけ米オープンAIの最新AI「GPT-4」だ。質問に対し人間のように回答して論文も書ける。同じくオープンAI開発の「DALL-E2」などの画像生成AIも急速に進化しており、デザイナーや広告代理店を支援するどころか駆逐しかねないほどだ。

AI導入に伴う労働市場の変化を理解するには、この技術が実際にどう働くかを詳しく見る必要がある。第1に知っておくべきは、AIが生成するコンテンツには、トレーニングに使われたデータの質がそっくり反映されることだ。つまりダメなデータを入れれば、ダメなものが出てくる。

第2にLLMは現状ではまだ大量のデータから学習する必要がある。従って専門家による精査済みの小規模なデータセットでなく、インターネットの広大な領域から調達した大規模なデータセットをLLMのトレーニングに投入しなければならない(図参照)。

いわゆるビッグデータに依存すると、LLMのアウトプットはインターネット上で見られる平均的な質と同等になりがちで、卓越した質は期待できない。

アウトプットに対する人間の評価者のフィードバックを生かしながら機械学習テクニックを微調整し強化すれば、生成AIの質的向上は望めるだろう。ただし、それにはトレーニング用データの事前処理など労働集約的な作業が必要だ。米タイム誌の最近の調査によると、オープンAIはこの作業の大半をケニアにアウトソース(外部委託)し、ケニア人労働者を時給2ドル以下で雇っていたという。

つまり明らかに、LLMの現在の学習方法は、平均的なコンテンツが生成されるよう設計されている。

この問題への取り組みは容易ではない。LLMの現時点の能力は既に限界に近いと考えられる。能力向上を制限する要因の一つは、トレーニングに使うデータセットの大幅な拡大が望めないことだ。LLMには既に膨大なデータが取り込まれ、インターネットの広大な領域についてトレーニングを実行済みなのだ。

新たなブレークスルーによりAIが精査済みの小規模なデータセットから効率的に学習できるようになるまで、この難題は残るだろう。当面はLLMの制約は解決されず、平均的なコンテンツしか生成できない状況が常態化するだろう。

◇   ◇

この状況は将来の労働市場にとって何を意味するのだろうか。簡単に言うと、能力の低い労働者が大きな恩恵を受けることになる。現時点のAIのおかげで彼らは平均的な基準に到達できるようになったからだ。

例えば米マイクロソフト傘下のギットハブが提供する、ソフトウエアのコード作成を自動化するサービス「Copilot(コパイロット)」の出現でソフトウエア開発は様変わりし、作業時間が56%も短縮された。だがこの革命的な出来事で真に重要なのは、誰がその恩恵を受けたかということだ。意外にも最大の受益者はベテランではなく、作業効率が飛躍的に高まった未熟練の労働者だった。

オープンAIのChatGPTも文章作成の生産性向上に寄与するが、米マサチューセッツ工科大学(MIT)の調査によると、恩恵を特に受けるのは文章力の乏しい書き手だという。

カスタマーサービスもAIが大きな違いをもたらす分野の一つだ。エリック・ブリニョルフソン米スタンフォード大教授らの研究によると、平凡なタスク(業務)の自動化と支援の提供によりAIは生産性を14%押し上げたが、その最大のメリットを得たのは新人や低スキルの労働者だった。

これらは、AIから最も多くを得るのは高度なスキルを持つ専門職だという従来の常識を覆す。むしろ取り残されていた労働者に機会を与え、成長産業へのアクセスを平等化する効果が期待できることを示した。

ただしこの変化が労働市場に破壊を引き起こさないとは言えない。米ウーバーテクノロジーズがタクシー業界に与えた衝撃が良い例だ。全地球測位システム(GPS)の登場で、かつてはタクシー運転手に必須だった都市部の道路事情に関する知識の重要性が薄れた。さらにウーバーの国際事業展開に伴い、平均的なドライバーに活路が開けた。

ウーバーは雇用機会を減らしてはいないが、競争を激化させて既存のタクシー運転手の収入を減らした。筆者の調査によると、ウーバーが新しく進出した都市ではタクシー運転手の1時間あたり収入が約10%減少している。生成AIは多くの職業で参入障壁を引き下げる役割を果たし、同様の効果をもたらすだろう。

生成AIが賃金に及ぼす影響は、AIの生成するコンテンツがより手ごろにアクセスしやすくなった時に個人がどれほど活用するかの度合いに左右される。米ネットフリックスのコンテンツがより安価で高品質になった時に、個人がどれほど追加的に時間を費やすかということと似ている。時間は有限なので、おそらくそれほど増えはしないだろう。増殖するコンテンツは人間の注意と時間の争奪戦を繰り広げることになり、一部は別のものにとって代わられる可能性もある。

生成AIは直ちに多様な産業で失業を引き起こすわけではないが、タクシー運転手の抗議に見られるように猛反発を招く可能性はある。ウーバーへの抵抗はおおむね失敗に終わったが、政治力の大きいホワイトカラー労働者を生成AIが直撃したら、抵抗が奏功する可能性は高まる。ブルーカラーに打撃を与えたかつての自動化とは異なり、AIへの社会的・政治的反発はもっと強力になるだろう。その傾向はAI規制を求める動きに既に表れている。

確かにプライバシー侵害や偽情報など、AIを規制すべき理由は十分にある。だが問題は拙著「テクノロジーの世界経済史」で論じたように、技術の進歩がエリート層の所得と影響力を脅かし始めた時、彼らが進歩を阻もうとし、自分たちの地位の安泰を図るような規制を練り上げることだ。

欧州連合(EU)の一般データ保護規則(GDPR)でさえ、意図は立派だったにもかかわらず、結局は規制にうまく対処できるビッグテックの地位強化につながった。筆者らの調査によれば、ビッグテックの市場シェアは規制後に拡大している。AI規制が、普通の労働者を犠牲にして既存企業を競争から守るようなことがあってはならない。

 

 

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