経済教室

 

問われるのは「問う力」


柳川範之・東大教授

 

ポイント


○ AI時代に必要なのは問いを立てる能力


○ 学び直しも質問を磨き上げる力が重要に


○ 正解に安易に満足しない教育への転換を

 

生成AI(人工知能)の登場によって、世の中は大きく変わるといわれている。そのため、どこに行ってもこの話題をみない日はないくらいだ。生成AIにどこまでのことができるのか、それによって人の役割はどう変わるのかなど、議論が盛んに行われている。

それに対してここでは、生成AIが発達していった場合に必要とされる人間の能力とは何か、ということを考えてみたい。

もしも、2人の経営者が、完璧に質問に答えてくれる同じ生成AIを使うことができた場合、両者の差はどこに表れるだろうか。それは当然、どのような質問をAIに投げかけるのか、であろう。どのような問いかけをするか、どんな情報をAIから引き出そうとするかで、当然かえってくる結果は違ってくる。

また、かえってきた結果に対して、さらにどのように掘り下げて問いかけをするかで、最終的に得られる情報や知見が変わり、両者の大きな違いとなって表れてくる。

この簡単な例から読み取れることは、つまり、いま問われているのは、どのような質問ができるかということである。もう少し言い方を変えれば、「質問をする力」「問いを立てる能力」こそが、生成AIが発達した時代に必要とされている能力だといえよう。

◇   ◇

 オーソドックスな学習においては、問いが最初から与えられていて、それに対してどのような答えを出すかが求められていた。試験問題は、問題があってこそ、「答案」があるのだし、それは当然のことだった。

答案は、知識が問われる場合もあれば、ある程度、アイデアや創意工夫が求められる場合もある。少し前であれば、前者はAIが得意だが、後者は人間に優位性があると考えられてきた。しかし、生成AIの出現によって、その風向きも変わりつつある。まだまだ模倣的な文章や画像が多いものの、AIがかなり独創的にみえる文章を出してくる場合もあり、人間でなければできない創意工夫とは何なのかがあいまいになりつつある。

正解が設定されている問いにたどり着くことが容易になっていて、たとえ正解が明確でなかったとしても、答えを作成すること自体では、優位性を確保したり差別化をしたりすることが難しくなっている。

その結果、むしろ差別化のために求められているのは、問いかけのほうになってきている。どこまで斬新な質問ができるか、どこまで深掘りの質問ができるかは、今後の知的作業の多くの部分を占めることになるだろう。

この点は、生成AIにおいて、AIに対してどのような問いかけをするかを考える、プロンプトエンジニアリングというものが重要視されていることとも呼応している。

問いを立てる能力が問われているのは、もちろん、生成AIを活用するときばかりではない。これからの人材に求められるのは、与えられた作業をこなすだけではなく、それぞれの持ち場で、創意工夫をおこなっていく能力と意欲だ。それがイノベーション(技術革新)や付加価値生産性の高まりにつながっていく。その基礎となるのが、問いを立てる能力であろう。

「既存顧客の潜在ニーズはどこにあるのか」「開拓すべき有望分野はどこか」など、自ら問いを設定し、自分からその問いに対する「答え」を探していく思考になってこそ、創意工夫も生まれてくるし、新しいアイデアも生まれてくる。

また系統立てて問いを深掘りしていくことも、今後は一層重要になってくる。たとえば新規有望分野を思いついたとしても、それだけに満足せず、他社を含め進出例がないのは何か障害があるのか、どのような進出形態が適切かなど、考えるべきポイントは多い。このように深掘りして考えていくことが、思考を深め、具体的なアクションに結びつけるうえで重要になる。

いままででもこういう問いは、たとえば経営企画部門では多くなされていたかもしれない。しかし、重要な点は、さまざまな立場にいる人たちがそれぞれの現場レベルで問いを立てていくことである。

現在、リスキリング(学び直し)やリカレント(従業員の再教育)の重要性が強く叫ばれるようになってきている。特にシニア層の人たちのリスキリングの必要性が広くいわれている。しかし、シニア層にとって必要なのは、まったく新しい分野の知識を新たにインプットすることではなく、ここで書いたような問いを立てる能力をしっかり磨くことだ。それこそが主要なリスキリングなのではないだろうか。

なぜなら、意味のある問いをたてようとすると、ある程度の知見や経験を有していないと、現実にはなかなか難しいからである。何も予備知識なしでは、問いも立てにくい。既存の知識や枠組みを理解しているからこそ、それに裏打ちされた、意味のある問いを立てることができる。

これこそこれからのシニア層に期待されていることであり、それを鍛えるためのリスキリングが重要なのではないだろうか。生成AIは、プログラミングなど専門的な知識がなくても活用できるという点では、むしろシニア層の活躍の可能性を広げる武器であろう。

 

◇   ◇

その点では、学校教育も大きな岐路に立っているといえるだろう。もちろん、生成AIをどこまで生徒や学生に使わせるべきかというのは、足元で浮かび上がっている大きな課題だ。しかし、より重要な点は、問いを立てる能力をどうやって育てるかだ。

学校教育においては、伝統的に教師が問題を出題し、生徒がそれに答えるというスタイルがとられてきた。もちろん、いままでも生徒や学生に、問題を考えさせるような取り組みがなかったわけではない。しかし、その能力を大きく育てようとすれば、生徒の側が積極的に課題や問題を考える方向性に大きくかじを切る必要が出てこよう。

しっかりとした問いを考えるためには、上でも述べたようにある程度の基礎知識を身につけることは必要だろう。しかし、それぞれの分野について、関心を持ち好奇心を失わせないことが不可欠となる。関心がなければ、何かを深く考えようとしないだろうし、問いが湧き出てくるようなこともないだろう。

それに加えて、出てきた答えに対して納得しないクセというのも重要だろう。伝統的には教師が伝えた「正解」を、生徒や学生は素直に受け入れて、覚えるという教育スタイルがとられてきた。しかし、これではなかなか新たな問いは生まれにくい。

誰がいおうとその答えに安易に納得せず、突き詰めるクセをつけさせることが、教育の現場では重要だ。これは社内教育においても、リスキリングにおいても、とても大事な点ではないだろうか。

 

 

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