時論・創論・複眼

 

藤井聡太七冠と帝京大ラグビー部に考える 若手の育て方


杉本昌隆氏/岩出雅之氏


「人的資本経営」などの言葉で人材の重要性が改めて注目されている。従来型の指導法に限界も指摘されるなか、若手の能力をどう生かし、伸ばせばいいのか。史上初の将棋八冠を見据える藤井聡太七冠の師匠・杉本昌隆氏と、史上最多の大学選手権9連覇を成し遂げた帝京大ラグビー部元監督の岩出雅之氏の話から、育成術のヒントを探った。

 

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自分の力で考え抜かせる 将棋棋士 杉本昌隆氏 

すぎもと・まさたか 1968年名古屋市生まれ。故・板谷進九段門下。 90年プロデビュー。2019年八段。弟子に藤井聡太七冠、斉藤裕也四段ら


 藤井聡太七冠の将棋は小学校1年生の終わりごろから見ている。才能をはっきりと感じたのは小3の時。対局後に互いの指し手を振り返る感想戦で示した読み筋を見て、身震いした。努力して身につくものではない。類いまれな才能の持ち主だと確信した。

見ていて面白い将棋を指すので、プロになってメディアで取り上げられるようになれば、将棋ファンが増えると思った。プロになるのは間違いないと思っていたが、最年少での七冠達成など、ここまでの成長ぶりは予想以上だ。

藤井七冠が小4、10歳で弟子入りした時、この子は手を加えすぎない方がいいだろうと思った。粗削りだが、序盤からじっくり考えるタイプで、対局ではよく持ち時間がなくなり逆転負けしていた。だからといって、早く指す癖をつけても、この子にとってはよいとは思えなかった。

私が子どもの頃は、小さいうちは実戦で考えすぎるのはよくないと言われていた。たくさん指すことが大事だし、局面を見てパッと良い手が指せないようではプロを目指すのは難しいと考えられていたからだ。藤井七冠はよく「AI(人工知能)時代の申し子」のように言われるが、小さい頃から自分の力で考え抜いてきたことが今の強さの礎になっている。

弟子が入門する際には、「将棋に関しては師匠も弟子もない。言いたいことがあれば、遠慮せず自由に言ってほしい」と伝えている。私は師匠としては関係重視型で、リーダーシップを持って弟子を引っ張っていくタイプではなかったので、物足りなく思う弟子もいたかもしれない。

私が弟子の頃は、まだ修業という面が強かった。師匠がじかに弟子と将棋を指して指導する場面は、ほとんどなかった。技術を師匠から学ぶというより、例えば、師匠の将棋道場の手伝いで、お茶出しや灰皿洗いといった雑用が主な仕事。そうした中で時間を何とかつくって将棋の勉強をするしかなかった。時代は変わり、今では、私もそうだが、弟子を集めて研究会を開くような師匠が増えた。

10代の弟子とは40歳以上も離れているわけで親子以上の年齢差になる。年々感覚は合わなくなる。いつまでも若いつもりで接していると溝もできる。自分の考えが正しいとは限らないし、自分の感覚が古くなっていることを前提に指導するようにしている。

とはいえ、弟子と向き合うには、自分も新しいことを吸収し続けなければいけない。若い人が成長するように、40代、50代でも新しいことを知れば、変わることは可能だ。今はそれができる時代だ。

現代はインターネットを中心とした情報伝達のスピードやAIによる考え方の進歩など時間の流れが非常に速い。そうした環境の中で今の若い人は育ってきた。自分が今まで関わってこなかったからといって、新しい技術や考え方に一言持っていないと、若い世代とはわかり合えない。

スポーツの世界と比べると、幸いなことに、将棋界は選手寿命が長い。自分もあと何年続けられるか分からないが、現役である以上は上を目指していかないといけない。そうした姿を見せることが若い弟子に対する指導につながると思う。

対局に勝って結果を出すのが一番だが、やはり50代ともなると勝率は下がる。それでも、いや、だからこそ、上を目指して戦う姿を弟子たちには見てもらいたい。10代、20代の彼らの30年後、40年後の姿なのだから。全盛期を過ぎたとしても、やる気まで失っている姿は見せられない。学ぶ姿勢は世代を超えて受け継がれていく。

弟子を持つことは自分自身の強化にもなる。考え方が若くなり、新しいことを吸収しなければという気にさせられるからだ。新しいことに挑戦するのはつらいこともあるが、いくつになっても好奇心は持ち続けたい。好奇心があれば、弟子をはじめ若い人たちと良い関係を築くのに役立つ。自分自身のスキルを高めることにもつながる。

身近に若い世代がいるのはすばらしい環境だ。弟子たちに感謝している。

 

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「なりたい姿」に目標設定 帝京大学スポーツ局長 岩出雅之氏 

いわで・まさゆき 1958年和歌山県生まれ。帝京大ラグビー部監督として2017年度まで史上最多の大学選手権9連覇。22年度から現職
9月開幕のワールドカップフランス大会に臨む日本代表に、帝京大学ラグビー部の卒業生が8人選ばれている。2021年度まで監督を務めた私にとっては、彼らが社会人になった後も学び、成長し続けてくれたことがうれしい。

8人の中には高校時代、無名だった選手もいる。筆頭がセンターの中村亮土選手。強豪校ではなかったがプレーを見た瞬間にポテンシャルを感じた。ボールを持つと、とにかく前に出ようとする。キックも思い切りがある。パスの技術やゲーム勘を学べばいい選手になると思った。

入部する学生を探すときは、顕在能力だけでなく潜在能力を見ていた。ボールをもらって攻めるバックスの選手なら、レベルの高いチームにいれば力を発揮しやすい。逆に弱いチームではなかなかボールを持てず、いいプレーができない。地域性も重要だ。福岡や大阪などラグビーが盛んな地域では小さい頃に競技を始める学生が多いが、それ以外の地域では中村選手のように経験が浅いこともある。

一方、高校日本代表など実績のある学生も入ってくる。様々な経験を持つ選手、それぞれの力を伸ばすには自分自身を知る「メタ認知」が重要と考えていた。自らが秘めている可能性に気づかせてあげれば、若者は自ら動き出す。

まず自分がなりたい姿を考えさせる。大学時代に何を目指すか、現役を引退するときにどうありたいか。この「ダブルゴール」と名付けた目標設定を全員に課していた。

2つの目標をイメージして自らの行動を振り返る「リフレクション(内省)」の時間も設けてきた。例えば、試合でうまくいかなかったプレーについて、背景にある自分たちの行動原理にまで遡って考える。こうして「体験」を言語化して「経験」に変えることで、今後の教訓にできる。

21年度の細木康太郎主将とはリフレクションの機会を毎日設けた。時間にしたら3?5分。練習直後に「今日はどうだった?」と尋ねる。最初はグラウンドで起きた現象に気づかず、原因の分析も表面的だったが、日に日に言葉が深く強くなり、チームを大学日本一に導いてくれた。

初めて大学日本一になった09年度ごろはフィジカルや堅守というチームの強みを重視したが、その後はより選手の持ち味を生かせるようになった。20年前後からは「Z世代」への接し方も意識した。

Z世代には社会問題への関心などの長所がある一方、失敗を恐れる傾向を感じた。アプローチをひとつ間違うと心を閉ざしてしまう。まずは不安や警戒心を和らげたうえ、チャンスを与えて成功体験を積ませる。易しすぎる課題ではなく、頑張ればクリアできる程度がいい。目標が現実になりそうだと感じれば、チャレンジする気になってくる。

それぞれの人間の行動特性を見抜いて接することも大切だ。監督時代は練習前後にグラウンドの入り口近くにいて、学生全員を見るようにしていた。暗い表情ならば「どうしたの?」と尋ねる。目をそらす学生は何か抱えているのだろう。彼らの心の状態を毎日観察し続けると、行動特性が見えてきた。

ただ、これは約140人の部員だから可能なことで、大企業では難しい。帰属意識の違いもある。ラグビー部の学生は卒業するまでには皆、チームへの愛を抱いてくれるが、社員が会社に同じようなエンゲージメントを持つかというと、簡単ではないだろう。

それでも組織の文化は戦略に勝る重要性がある。帝京では上級生が進んで雑用をこなし、下級生の心理的安全性を高める伝統が長年、続いてきた。中間管理職が主体的に運営に関わる「ミドル・アップダウン」という組織論があるが、それに近いやり方だ。

4年の期限がある学生は学ぶ意欲が強く、成長が速い。4年生になると1、2年生の頃とは人間的に大きく違う。先輩から受けた恩を後輩に「恩送り」し、また後輩が育つという流れができてきた。企業にとっても、後輩の成長のために先輩が心を配る文化ができれば、意義が大きいのではないか。

(聞き手はスポーツビジネスエディター 谷口誠)

〈聞き手から〉答え押しつけず 学び合う関係に

文化芸術であれスポーツであれ、一昔前までは当たり前だった指導法が通用しなくなっている。

将棋界ではかつて師匠の家に住み込む「内弟子」が一般的だったが、師匠が弟子に直接将棋の指導をすることはほとんどなかった。住宅事情もあって今では内弟子はほとんど見られなくなり、師弟関係にも変化が生じた。若くして弟子を取る棋士が増え、師弟で将棋の研究に取り組む事例も多い。藤井聡太七冠の師匠、杉本昌隆八段の一門もそうだ。

現役棋士の杉本八段にとって、弟子がもたらす最新の研究成果は貴重で、弟子との交流が刺激になっている。弟子から謙虚に学ぼうとする杉本八段の姿勢は、優秀な若手社員との接し方に悩む管理職層やシニア世代にも大いに参考になるはずだ。

一方、帝京大の岩出雅之氏は学生が自ら動き出そうとする内発性を重視してきたという。自分の頭で考えさせ、体験の言語化を促す。上から答えを押しつけない姿勢は、従来型の指導者像とは一線を画すものだ。

先輩が後輩の良さを引き出そうとする文化にも注目したい。一朝一夕にできるものではなく、帝京大でも岩出氏が掲げる理念のもと、歴代の学生が年月をかけて築いてきた。この文化こそ、トップダウンでもボトムアップでもない「ミドル・アップダウン」の組織運営の一形態だ。強制を嫌うZ世代との向き合い方や社員のエンゲージメント低下に悩む企業にとって、処方箋になるかもしれない。

 

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