直言
第3次大戦、決して招かず
ブレア元英首相インタビュー
ロシアのウクライナ侵略によって、国連を中心とする第2次世界大戦後の国際システムは深く傷ついた。戦後の時代は終わり、世界は「戦前」に移ったのか。どうすればここで踏みとどまり、第3次大戦に突入するのを防げるのか。英国首相を約10年間にわたって務め、数々の危機を経験したトニー・ブレア氏に迫った。
ロシアのプーチン政権は民間人も標的にした残忍な攻撃をウクライナに続ける。6月下旬には、ロシアの民間軍事会社ワグネルによる反乱で、国内にも混乱の兆しが出てきた。
ロシア脅威、力で封じ込め
――第2次大戦後の世界秩序が、音を立てて崩れている。ウクライナ戦争の行方によっては、第3次大戦に突入してしまう恐れもある。何が、その引き金になると考えるか。
「罪のない国家を大国が侵略する時代は、終わったと思われていた。それだけに、世界中が衝撃を受けている。一方で、各国は戦争の影響を限定的にとどめようと懸命に努力し、ほぼ成功している。ウクライナの人々にとって大変な状況であることは言うまでもないが、今回の紛争が限定的にとどまることに望みを抱いている」
――あえて聞くが、第3次大戦が起きてしまうとしたら、どんな危険があると考えるか。
「そんなことになれば、必ず壊滅的な結末になる。だから、私は起きるとは思わない。中国すらも、ロシアが核兵器を使用しないよう訴えている。紛争が世界的な戦争に発展することは、全く利益にならないと中国も考えているのだろう」
――つまり、大戦回避に楽観的だ、と。
「その通りだ。(世界紛争を防げるとの)望みを私は抱いているし、そうした希望には合理的な根拠があると思う」
――仮に、撤退を強いられても、ロシアがウクライナ支配の野心を捨てるとは思えない。脅威は何年、何十年も続く。
「もっともであり、とても重要な点だ。プーチン大統領であれ、他の指導者の下であれ、ロシアが再び戦争をしかけることができないほどに打ち負かすのが望ましい。交渉によって解決策がみつかるとなお信じているが、隣国の運命を簡単に決められるという、(帝政ロシア時代の)19世紀の皇帝のような思想は打破されるべきだ」
――あなたは首相在任中、プーチン氏と何度も会談した。彼にはどんな戦略や戦術が有効か。
「今の彼には力の論理しか通じない。立ち向かってくる覚悟があると思う相手には、彼は真剣に考慮する。そうでない相手には考慮しない。彼が変わったのか、元来からそうだったのか分からないが、初対面の彼は確かに違った。少なくとも表面的には、ロシアと西側の関係を議論できた」
グローバルサウスと呼ばれる新興国・途上国には、ウクライナ侵略を非難しない国々も多い。西側諸国と中ロのどちらにもつかず、第三極の立場をとる動きが目立つ。 ――グローバルサウスには、ウクライナ侵略に中立的な立場の国々も少なくない。そのうえでエネルギーや食料、気候変動の問題で、西側の対応の遅さに不満を訴える。どのように関与していくのが上策か。
「まず、彼らには彼らなりの国益があることを理解すべきだ。例えば、大半の途上国にとって中国は主要な貿易相手であり、背を向けるよう期待しても無理だ。ただ、各国の指導者と私が個人的に話せば、ほぼ全員がプーチン氏の行動は大失敗だと言うだろう」
――中国のグローバルサウスへの経済的な浸透ぶりはすさまじい。
「中国の行動はすばやく、アフリカのインフラ部門に多大な影響をもたらしてきた。中国の官僚機構は、西側諸国よりもはるかに効率よく物事を動かしている」
米国関与 強く働きかけを
中国はロシアの侵略を非難しないどころか、経済的、外交的に支え続けている。米政府は中国がロシアに対し、軍民両用の物資を供与しているとも批判する。
――中国によるプーチン政権への対応は、中国がめざす世界秩序が西側とは全く異なることを示している。主要7カ国(G7)は今の対中戦略で、そうした中国に効果的に対処できるか。
「何があっても対処できる強さを保ち、中国に関与を続けるのが、私の行動原則だ。中国指導部はここ数年、外国により攻撃的となり、国内でも抑圧を強めている。中国が今後、穏健な方向に戻るのかどうか、分からない。米国と欧州、日本、オーストラリアはさらに強い同盟を築かなければならない。何事にも対処できる力があることを、中国に示すためだ」
――米軍幹部は中国が2027年までに台湾に侵攻しかねないと警告している。南シナ海でも中国軍による挑発行為が続く。中国を抑止するうえで、G7の対中戦略に足りないのは何か。
「米国はアジア太平洋で強力な同盟関係を築き、中国による台湾侵攻が極めて困難なことを明確に示そうとしている。私自身は、中国がそのような行動に出るとは考えていない。ただ、中国との(衝突を防ぐ)ガードレールを築くのが望ましい。米中紛争になれば、世界にとって悲惨だ」
――第2次大戦は欧州で始まり、日本の対米開戦で太平洋に広がった。欧州とアジアで同時に戦争になるという事態を、決して繰り返すわけにはいかない。
「(ウクライナでの停戦に向け)中国の関与が役立つタイミングが来るだろう。中国が出した和平案は、明らかにウクライナには受け入れられないものだ。だが、交渉によって賢明な解決案が生まれたときには、中国の役割が重要になる」
――ウクライナでの戦争から、中国がどのような教訓を引き出すかも極めて大事だ。
「プーチン氏はウクライナでの現状を予見できたら、侵略しなかっただろう。彼は、ウクライナは独立のために戦わないし、西側も結束しないと見誤った。だからこそ、西側は中国に関与し、何事にも対処できる強さがあるということを中国に確信させなければならない」
米国は政治や社会の深い分断にあえぐ。24年秋の米大統領選でトランプ前大統領が当選しようがしまいが、分断は米国の対外政策に大きな影響を及ぼし続けるとみられる。
――米国は長年にわたり、内向きの政策を強いられるだろう。このリスクを最小限にとどめるため、日英などの同盟国には何ができるか。
「率直に言って米国の政治分断には時々、本当にショックを受ける。私たちは米国に対し、世界に再び関与するよう働きかけるべきだ」
――将来的に、対米同盟に代わるプランBの選択肢をどう考えるか。
「米国とのパートナーシップにとって代わる存在はない」
――首相の在任中、米同時テロ(01年)、イラク戦争(03年)など世界的な危機に直面した。そこから得られた教訓は何か。特に、対イラク開戦の教訓について聞きたい。
「イラクのサダム・フセイン政権は残忍な独裁政権で、周辺国と戦争し、自国民に化学兵器を使った。このような政権が存在しなくなったことで、世界は良くなったと信じている。しかし、(同政権を倒した)後に生じる問題については重大な過小評価があった」
――03年の開戦前に時間を戻せても、やはり同じ決断をしたか。
「起きたことを後知恵で振り返るのは、いつもつらいものだ。もっと違ったやり方があったかもしれないと思うことはたくさんある。しかし、最終的に中東からフセイン政権を排除することが重要だったとの考えは今も変わらない」
Tony Blair 1953年生まれ。弁護士を経て83年下院議員当選。労働党党首として1997年の総選挙に圧勝、約18年ぶりに保守党からの政権交代を果たす。同年から2007年まで英首相。01年の米同時テロ後の対応で米国と密に連携したが、イラク戦争に参戦したことが国内外で批判された。
表情を曇らせた2度の瞬間(インタビュアーから)
戦後、最も偉大な英首相はだれか。ロンドンで政治専門家や歴史家に聞くと、マーガレット・サッチャー氏と並び、誰もがブレア氏の名前を挙げた。労働党を左派から中道の政党に改め、英国政治を変革した。
彼の発言を貫くのは、冷徹なリアリズムだ。ロシア軍を打ち負かすと同時に、停戦工作も視野に入れる。中国に強く対抗するが、本音を交わせる対話チャネルも整えておく――という具合だ。
だが、彼の表情が曇り、口ごもったように見えた瞬間が2度あった。1回目は第3次大戦の危険をたずねたときだ。紛争がウクライナ内に限定されることに「望みを抱いている」と応じ、発言を切り上げようとした。
そこでさらに問い詰めたが、大戦勃発は壊滅的であり、決して起こさせてはならないという趣旨の反応だった。精緻な論理より、強い感情が先行した発言に思えた。
再び表情が曇ったのが、イラク戦争の是非を2度、聞いたときだ。開戦理由の大量破壊兵器は見つからず、首相だったブレア氏は非難を浴びた。イラクの独裁政権を倒したのは正しかったと信じつつ、なぜ情報収集を誤ったのか、今も自問しているように感じた。