NEO-COMPANY 私たちの逆襲

 

オワコンと呼ばせない 古豪企業、時価総額2.6倍の逆襲

 

三菱鉛筆やキリンホールディングスなどの古豪企業は次の成長への布石も打つ

 

古豪企業が逆襲に出た。創業から100年以上の主要企業の時価総額は10年で2.6倍となり、全体の伸びを大幅に上回った。退路なき改革が経済成長の原動力になりつつある。米中対立や人工知能(AI)の進化、変化に駆り立てるのは激変する世界で生き抜く意思だ。オワコンとは呼ばせない。未来へ向かう企業の力が大きなうねりとなってきた。

古豪の復活が鮮明だ。株式市場での存在感が高い主要100社(TOPIX100)のうち、創業100年以上の企業の時価総額は5月末までの10年間で157兆円増えた。伸び率は全体の2.3倍を上回り、アップルなど米国の主要100社(S&P100、2.9倍)の伸びに迫る。

稼ぐ力も強い。2023年度までの10年間で古豪(金融除く)の純利益は2.5倍、売上高は1.5倍になった。いずれも全体(2倍、1.4倍)を上回る。古い会社の再成長が経済のけん引役になっている。資金をM&A(合併・買収)などに投じ、次の成長への布石を打つ動きも目立つ。

キリンホールディングスは6月、2200億円で健康食品大手のファンケルの買収を決めた。創業から139年、ビールの王者だった企業が成長領域を酒類以外に移す号砲になる。三菱重工業は造船を縮小し、工作機械事業も売却。発電設備や防衛分野に投資を集め、24年度まで2期連続の最高益を見込む。株価は1年で3倍になった。

日米の主要企業のうち創業100年以上はともに5割を占める。経済の土台だ。同時に経済成長にスタートアップの勃興は欠かせない。マクロ経済はミクロ、すなわち企業活動の集積でできている。新興の伸長と古豪の自己革新がせめぎ合ってこそ活性化する。

オワコン。時代に取り残されたことを意味するこの言葉はもう当てはまらない。古豪企業や産業が甦(よみがえ)り、再び主役に躍り出た。

 

株価上昇率1位 ジャパンエンジン、逆転の「脱炭素」船

AIでもない。半導体でもない。忘れられた産業だった。創業から114年、船舶のエンジンを造り続ける。

株高に沸いた23年、ジャパンエンジンコーポレーションは3900社ある上場企業で株価の上昇率が1位になった。これまで大きく上下してこなかった株価が1年で5.8倍だ。古豪が仕掛ける「ゲームチェンジ」の衝撃がいかに大きいかわかる。

アンモニアを燃料とする大型船の脱炭素エンジンの試験運転に世界で初めて成功した。

陸海空の移動手段のうち、「海」の船舶は脱炭素が遅れている。アンモニアだけでエンジンを動かすことができれば二酸化炭素(CO2)の排出量をゼロにできる。世界の懸案を一気に吹き飛ばす夢の技術だ。

アンモニアは重油の2倍燃えにくく、効率よくエンジンを動かすことが難しい。立ちはだかる壁を長年培ってきた燃料の噴射技術で解決した。新エンジンの開発に投じたのは純利益の5年分。川島健社長は言う。「会社の未来をこの技術に賭けた」

長い冬の時代を耐えてきた。造船業の黄金期は昭和とともに去った。エンジンの生産も低迷し、リーマン・ショック後の5年間だけで4割減った。前身の神戸発動機は12年度から3年連続の最終赤字に陥った。工場を閉め、3割の従業員が会社を去った。新エンジンを生み出したのは生存への強い意思だ。

26年、新エンジンを積んだ初の輸送船が就航する。船やエンジンの生産で日本が一敗地にまみれた中韓勢はこの技術を持たない。競合は欧州の2社だけだ。脱炭素は世界の産業秩序を一変する。船の心臓部で世界標準を狙う。そして主役であり続ける。

 

ハルメク、破綻→女性誌首位 「シニア経済圏」も

経営破綻から15年、頂に立った。ハルメクホールディングスの月刊誌「ハルメク」の販売は45万部を超え、女性誌で首位だ。23年までの6年で3倍に増えた。その間、日本の雑誌の販売部数は4割減った。出版業の苦境が?のようだ。

逆襲の始まりはプロ編集者の山岡朝子氏の編集長就任

読者層は50代以上の女性だ。ファッションから生き方までシニアの「お役立ち情報」のみをわかりやすく掲載する。通信販売も手掛け、読者を物販に導くことで独自の「シニア経済圏」をつくった。利用者は年135万人に達する。シニア向けでは国内有数の規模だ。

ゲームの利用者増を狙うポケモン(東京・港)に日本ケロッグ、シニア層を開拓したい企業から連携の依頼が引きも切らない。今や売上高の9割が通販だ。雑誌と通販を好循環させ、したたかに成長を続ける。

どん底の時代がある。09年、65億円の負債を抱えて破綻した。当時の社名はユーリーグ。社員の2割が会社を去った。投資ファンドに買収されたが部数は伸び悩んだ。

逆襲は17年、山岡朝子氏を編集長に招いたことに始まる。雑誌の創刊を2回、再建を6回経験したプロ編集者だ。山岡編集長は言う。「読者が何に悩んでいるか。全ての誌面はここから始まる」

毎号2000枚ほどの読者調査を分析し、加齢に伴う不安への解決策を示すにはどうすべきか考え抜く。誌面づくりには通常の月刊誌の2倍、6カ月をかける。スマートフォンの使い方ならタップの力加減まで記し「指の腹でゴマを拾い上げる感じ」と表現した。

次の飛躍の舞台を海外に定める。シニア消費は中国だけで30年に約700兆円まで拡大する。23年、商品の試験販売を始めた。日本発のシニア経済圏に世界を取り込む。

 


 

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「市場9割消えた」富士フイルム 古豪が変化恐れず成長


古豪企業が再び輝きを取り戻しつつある。事業売却やリストラで「失われた30年」を耐え、新技術やM&A(合併・買収)で新たな稼ぎ頭を生み出した。共通するのは変化をいとわないことだ。変わり続ける企業だけが未来へ伝統を紡ぐことができる。

目立つのが事業構造の大きな転換だ。

富士フイルムホールディングス(HD)は屋台骨だった写真フィルムの販売がデジタルカメラの普及で吹き飛んだ。ピークの2000年からわずか10年で世界市場の9割が消えた。

ディスプレー向けの素材や医療向けを育て、23年度は売上高の過半が両分野になった。「絶えず新しいものを生み続けていく文化や体質を」。経営改革を主導した古森重隆前会長は説き続けた。

 

TDKは稼ぎ頭を変えることで電子部品大手の座を守り続ける。

1980年代はテープ、00年代はハードディスク用部品、10年代はリチウムイオン電池と入れ替わった。ラジカセ、パソコン、スマートフォンと時代の変化を先取りし続けた結果だ。23年度の営業利益は9割近くを電池が稼ぐ。

オリンパスは祖業とも決別した。

ブランドの象徴だったカメラに続き、23年に創業時から維持してきた顕微鏡事業も売却した。従業員は24年までの5年間で全体の2割にあたる約6000人減った。確保した資金で医療機器に投資を集中している。海外企業を買収し、世界首位の内視鏡の競争力をさらに高めつつある。時価総額は10年で2.4倍になった。

古豪の進化は経済成長に欠かせない。米スタンフォード大学などの研究によると、米国の生産性の向上の8割は既存企業による製品やサービスの新規開発や改良でもたらされた。従業員の雇用数なども多く、社会への影響は新興企業の活動より大きいとの分析もある。

調査会社によれば23年、創業から倒産までの日本企業の「寿命」は23年、「平均年齢」は39年だった。人間でいえばシニアにあたる年まで会社の年輪を刻むことがいかに難しいかわかる。

年功序列、官僚主義、大企業病。規模が大きくなり、歴史を重ねるほど時代の変化に即応できなくなる。日本は高齢化が進み、社会も成熟している。古豪が変化できるかは日本が変われるかの映し鏡だ。




多様な観点からニュースを考える

鈴木智子
一橋大学 教授
分析・考察

日本は長寿企業の数が世界で一位二位を争うほど多いのですが、短期の利益以上に長く存続することを重視して変革を続けてきたことも、背景にはあるように感じています。京都では、老舗は改革を続けてきた結果として老舗になっただけと言われることもあります。
両利きの経営も話題になりましたが、既存事業で現在の競争をしつつ、非連続な変化に備え、イノベーションを創造する。択一思考(either/or) ではなく、 両立思考(both/and)が求められるのですが、この連載にある、再び輝きを取り戻している古豪企業は、そうしたことをやり続けているように感じます。

 

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