経済教室

 

「将来プラン」が成長を生む

 

柳川範之・東大教授

ポイント

 ○ 人材確保のため中長期の育成計画提示を

○ 多年度の具体的な経済政策構築を進めよ

○ 日本には苦手なプランB組み立てが必要

 

デジタル化の進展など、大きな構造変化が社会全体で起きている状況下において必要なことは、「将来プラン」を明確にし、どのような方向性を目指しているのかを内外に示していくことである。特に若い世代を中心として、言わなくても分かるという暗黙の了解が通用しない世の中になってきている。将来プランを明示的に言語化することの重要性は高い。

もちろん、経済環境は不安定な情勢が続いている。国際的な政治情勢もそうだし、マクロ経済環境もそうだ。そのため、先の見通しがなかなか立てにくい。こういう不確実性が高い状況下では、短期的な意思決定に陥りがちな点を補正するうえでも、中期的なプランをしっかりと作成して示していくことが大切だ。これは企業経営においても、経済政策運営においても重要であり、日本社会が時代の変化に適応していくために不可欠なことでもある。

◇   ◇

その一つが人材育成プランの明示化だ。伝統的に日本企業の人事は内部労働市場と呼ばれるように、社内で人材を適切に配置すること、そして社内で人材育成をすることに重きをおいてきた。従業員の側も企業側に任せることによって、一定の安心感が確保された、あるいは確保されたように感じられた時代もあった。

しかし、経済環境の変化が激しくなり、雇用をめぐる環境も大きく変わっている。会社に任せておけば安心といった感覚を多くの人が持ちにくくなっているし、働き方の多様化の中で、自分たちのワークライフバランスにとってどういうスキルの蓄積が必要で、どういうキャリアパスを望むのかを主体的に考える人も増えてきている。

そういう時代にあっては、当人に対してある程度中長期の育成計画を提示することが、これからの人事戦略において重要になってくる。もちろん完璧なものを提示するのは不可能だし、必ずそれを実現するという約束もなかなか難しい。しかし、ある程度のプランを提示することが将来に対する安心感を提供することにもなるし、本人がキャリアプランを考えるうえでの柱にもなる。

企業側は、今後どういう人材になってほしいと考えているのか、そのためにどういうスキルを、どういう形で身に付けていってほしいと考えているのか。今回の人事異動は、どういう意図の結果なのか、といったことをできるだけきちんと伝えていくことが重要だ。

こういう中期のプランが示されないと、将来像を描けずに不本意な転職をする人が増えてしまう。場合によっては、企業側が期待している人材であったとしても当人が認識できず、いまの職場に失望して転職してしまうというようなことも起こりうる。人手不足が大きな課題になってくる時代だからこそ、将来プランの提示をしっかりと行うことが求められる。

また、そもそも単なる情報提供だけではなく、人事戦略そして経営戦略としてそれぞれの人材の中期プランを考えていくことは、今後求められる重要課題だろう。現在、人的資本投資の重要性が指摘されている。短期的な能力開発プランだけでなく、少し長い目でみた中期の人材育成プランを立てること、そしてそれをできる限り個人単位に落とし込んでプラン作りしていくことが、これからは大きなポイントになる。

同様のことは、経済政策に関してもいえる。どうしても短期的な景気対策に焦点があたりがちだが、経済の構造を変えていくうえでは、ある程度時間がかかる経済政策も求められる。企業の戦略においても、短期的にコストがかかっても中期的に企業価値向上に資する戦略が求められるように、経済政策においても中期プランが必要だ。

重要なことは、そのプランをしっかりと明示して、どのような未来像を実現させるのか、具体的に提示していくことである。それは政府全体として、きちんとした戦略を固めるために重要であると同時に、内外に向かって、将来像に関する情報提供を行っていくためにも必要だ。

現在の日本経済において、大きな課題となっているのは、潜在成長率をいかにして引き上げるかである。そのためには、将来の成長につながる投資を増やしていくことが不可欠であるが、投資を促すうえでは、将来の経済構造に対する見通しや、政策の見通しが重要になる。

もちろん、将来のすべての不確実性を取り除くことは不可能だし、将来の不確実性からくるリスクをとってこそ、企業に大きなリターンを生み出す投資が生まれる面はある。

とはいえ、大きな経済構造や社会の姿をどのように構築するかという国家ビジョンや、国民の安心をどう確保するかの政策プランがないと、投資や消費が十分に盛り上がらないのも事実だろう。不確実性の高い時代だからこそ、経済の骨格をしっかり示していくことが、適切なリスクをとる民間投資を促したり、将来の安心を国民が感じて、消費を拡大させたりするうえで大切である。

また、そのためには、多年度にわたる財政支出のプランをつくっていくことも、どこにどのような支出をして、どういう投資効果を得るかというプラン作成やきちんとしたプロセス管理とともに重要になる。

◇   ◇

ただし、将来プランを組み立てたからといって、未来を確定させられるわけでは当然ない。情勢が変化した場合には、それに応じて柔軟に変更することも当然必要になる。

したがって、将来プランは、ある程度は情勢変化の可能性を織り込んだ、こういう事態が生じたらこういう方向に変更するといった、コンティンジェンシープラン(条件つきプラン)である必要がある。つまり、ある程度の変更や修正の余地を残し、その余地も含めて、将来のコミットメント(約束)をすることが重要なのである。

その点についていえば、日本社会全体において、プランBの厳密な組み立てが求められる。中期的なプランを立てるという場合には、予想シナリオをしっかりとつくり、それが確実に実行されるようにすることがどうしても想定されがちだ。しかし、大きなショックなどが生じた場合には、当初想定とは違うプランBが必要となる。

たとえば、大災害が生じた場合の経済政策はどうあるべきか、新型コロナウイルス感染症はようやく落ち着きをみせつつあるが、もしも新たな強毒性のウイルスが発生した場合には、どのような対策や経済政策を実行すべきなのか。本来であれば、これらの詳細なプランBを組み立てておくべきだろう。

日本社会はこの組み立てがどちらかといえば苦手ではあるが、起こりえない、起こってほしくない未来にたいする具体的な対処を考えることも、これからは一層重要となるだろう。

 

 

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