グローバルオピニオン

 

ならず者ロシア、イラン化の道 

 

イアン・ブレマー氏   米ユーラシア・グループ社長

 Ian Bremmer 世界の政治リスク分析に定評。著書に「スーパーパワー――Gゼロ時代のアメリカの選択」など。53歳。ツイッター@ianbremmer、フェイスブックhttps://www.facebook.com/ianbremmer/

 

英政府高官は1月、郵便事業を担う機関への大規模なサイバー攻撃を明らかにした。ロシア政府から許可を得た同国のハッカー集団の仕業だとの見方をすぐに示した。2月上旬には英デリバティブ(金融派生商品)取引の運営業者がハッキングされたほか、フランスとイタリアのサイバーセキュリティー当局が両国と米国、カナダのコンピューターシステムがランサムウエア(身代金要求型ウイルス)被害に遭ったと報告した。欧米はロシアとウクライナの戦いだとしているが、ロシアのプーチン大統領はそう捉えてはいない。

プーチン氏は北大西洋条約機構(NATO)との直接対決を避けるため、戦闘をウクライナ国内に慎重にとどめているが、この戦略にいら立ちを募らせるばかりだ。近く、新たに動員した部隊に攻撃を命じるもようだが、西側から武器の供与を受けるウクライナ軍の堅い守りもあり、戦果は一定にとどまるだろう。

ロシアの侵攻開始から1年がたち、プーチン氏に軍事的な切り札はない。西側の主要国に大きな圧力もかけられず、経済制裁からも抜け出せない。NATOのウクライナへの軍事支援もすぐには弱体化できないだろう。

それでもロシアが引き下がるとみるべきではない。プーチン氏は西側との直接の軍事衝突を避けさえすれば、西側との対決をエスカレートさせても失うものはほとんどない。攻撃を一定程度にとどめておく限り、西側からの反応も限定的だと知っている。

プーチン氏はNATOの結束に打撃を与えるために「非対称戦」に転じるだろう。ロシアは今後、最も緊密なイランのグローバル版になるだろう。経済制裁を受けて孤立するイランは長年、スパイ行為やテロ支援、代理戦争、ドローン(小型無人機)やミサイル攻撃などを駆使する世界で最も活発な「ならず者国家」になってきた。

ロシア政府は核の脅しを強め、威嚇も一段と露骨になるだろう。とはいえ、核兵器を実際に使うわけではない。欧米政府によるウクライナへの軍事・経済支援はあまりにハイリスクになりつつあると欧米市民に思わせるのが狙いだ。だが、この種のゲームは誤算や偶発的な事態を招きかねない。

ロシアのハッカー集団は既にウクライナ支援国の政府や民間企業へのサイバー攻撃を増やしている。パイプラインや液化天然ガス(LNG)基地などのエネルギーインフラや光海底ケーブルなどの通信インフラが標的になるだろう。

西側各国の選挙に打撃を与えるため、偽情報を拡散し、ウクライナ支援に懐疑的な候補者や極左・極右勢力を物心両面で支援するだろう。今後1年は米民主党議員だけでなく、米大統領選でのトランプ前大統領のライバル候補への偽情報キャンペーンにも乗り出すとみられる。バルカン諸国でトラブルを仕掛ける可能性もある。

だが、ロシアが際限なく事態をエスカレートさせることはなさそうだ。ロシアはこれまで、西側政府への大規模なサイバー攻撃を避けてきた。この戦いでも負けを恐れるからだ。西側首脳の暗殺やNATO領土内へのミサイルやドローンによる攻撃も、痛手を負うロシア政府にはあまりに無謀だ。

希望の兆しはある。イランの挑発が湾岸アラブ諸国とイスラエル、米国を歩み寄らせたように、イランのロシアへの軍事支援を受けて欧米の首脳はイランに対する態度硬化で足並みをそろえている。ロシアがならず者国家になろうとすれば、特に欧米の結束は強まるだろう。それでも、少なくともプーチン政権が続く限り、欧米の政策立案者はロシアによる世界の安全保障、西側の政治システム、サイバー空間、食料安全保障、ウクライナ市民への脅威で息つく暇もないだろう。

 

侮れぬ「核」の脅威

バイデン米大統領が20日、ウクライナの首都キーウ(キエフ)を電撃訪問し、新たな武器支援を表明した。ロシアによる軍事侵攻から1年がたつのに、ウクライナを支える西側の結束はほとんど揺らいでいない。侵攻当初は慎重だった主力戦車など強力兵器の供与も、次々と始まっている。

ロシアのプーチン大統領は21日の年次教書演説で、戦争継続の決意を改めて示した。相当な長期戦を視野に、米欧でウクライナへの関心が薄まり、支援疲れが広がるのを待っているようにもみえる。様々な手法で、従来以上に西側の分断も画策するだろう。核兵器の脅しはその一つで、今回は米ロの新戦略兵器削減条約(新START)の履行停止まで表明した。

ブレマー氏が指摘するように、ロシアが実際に核を使うリスクは低いかもしれない。核の威嚇に屈し、ウクライナ支援を控えるのは言語道断だろう。とはいえ、追い詰められた時のプーチン氏の反応は予測し難い。核を使えば非常に重い代償を負う――。日米欧はロシアに執拗に警告していくことが肝要だ。

(編集委員 池田元博)

 

 

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