Inside Out
聴けなくてもレコード買いたい Z世代の所有欲
アナログレコードの勢いが止まらない。最大市場の米国ではレコード売上高が年10億ドル(約1300億円)を超え、米人気歌手テイラー・スウィフトの新作は3カ月で100万枚売れた。新たな買い手は、スマートフォンで音楽に親しんだ「Z世代」だ。デジタル化で遠のいた「持つ喜び」への渇望が、古(いにしえ)の音楽メディアの復権を支える。
「1日の終わりにレコード盤に針を落としてくつろぐ時間が好きなんだ」。米ハリウッドの老舗レコード店で、スティービー・ワンダーのアルバム「ミュージックエイリアム」を抱えたリッキー・ライトさん(25)がはにかむ。数年前にレコードを聴く「儀式」にはまり、新旧200作品を集めた。
英語教師として働くライトさんは1990年代半ば以降に生まれたZ世代の一人だ。週末の店内を見渡すと、中高年のオーディオファンだけでなく10?20代の若者の姿が目立った。四半世紀にわたって店の経営に携わるジム・ヘンダーソン氏は「これまでレコード店を訪れたことのなかった新しい世代の来店が増えている」と話す。
25歳のライトさんは「仕事を終えて、レコードを聴く時間が好き」と話す(米ハリウッド)
レコードはZ世代誕生前の70年代に音楽メディアの栄華を極めた。全米レコード協会(RIAA)によれば、ピークだった78年の米国の売上高はアルバムとシングルを合わせて27億ドル。76年に発売したイーグルス「ホテル・カリフォルニア」はCDを含め累計販売2600万枚を記録している。
レコードは79年に「ウォークマン」が登場して以降、カセットテープやCDに音楽シーンの主役を奪われていく。音質は良くても持ち運べない不便なメディアと評され、2003年に「iTunes」によるダウンロード販売が始まるころには話題にも上らなくなった。91年以降は20年間にわたり、市場規模が年1億ドルを下回った。
衰退が続いたレコード市場はここ数年で一変した。21年には35年ぶりに売上高が10億ドルを超え、22年は上期だけで6億ドルに迫った。米調査会社ルミネートによると22年は4350万枚のレコードが売れ、販売額・枚数ともにCD(3590万枚)を上回った。
日本も状況は似通う。日本レコード協会によると22年の生産量は213万枚で、5年前の2倍に増えた。特に直近2年間の伸びが顕著だ。復権の背景には「スポティファイ」などの音楽配信をはじめとするデジタルサービスがある。
黄金色に翡翠(ひすい)色――。動画アプリ「TikTok(ティックトック)」を開くと、スウィフトのファンを表す#Swiftieのタグとともに色とりどりのレコード盤を紹介する投稿があふれる。いずれも彼女が22年10月に発売したアルバム「ミッドナイツ」だ。複数の色を集めるファンも多く、米国での販売枚数は1月末までに100万枚を突破した。
「便利だから普段はスマホで聴く。けれど、好きな歌手の音楽を持っていたい」。ファンの一人、タカダ・ケンゴさん(17)は言う。スマホの画面をタップするだけで瞬時に音楽にアクセスできるようになったが、所有している感覚はなくなった。だからこそ、形のあるものが音を奏でる「希少な体験」を求めてレコードを買う。
聴くことを前提としない人も多い。ルミネートの調査によれば、22年にレコードを買った人の半数は再生用のターンテーブルを持っていないという。ザ・ストロークスのアルバムを購入した20代の大学生は「再生できなくても、応援したいから買う」と話す。配信サービスで繰り返し曲を聴きファンになった。レコードを知らないZ世代が市場の復権を支えている。
アーティスト側の事情もある。「音楽で生きるためにレコードが必要になる時代が迫っていた」。18年創業の米ゴールドラッシュ・バイナルのカレン・ケレハー最高経営責任者(CEO)はレコード製造に参入した理由を明かす。
米グーグルで音楽事業に携わったケレハー氏は、再生回数に応じて収益を分配する仕組みでは「ひと握りの有名歌手しか稼げない」と感じていた。多くのアーティストがライブとレコードやTシャツといったグッズ販売による収入を求めており「もっとレコード工場が必要だと思った」。
読みは当たり、テキサス州に構えた工場には大手レーベルに所属しないアーティストから注文が相次いだ。新型コロナウイルス下の「巣ごもり」が終わり成長ペースは緩むとの見方もあるが、足もとでは需要に製造が追いつかない。
「レコードは一過性のブームではない」。ケレハー氏はこう結論づける。「消費者とアーティストの双方にとって、感情的で経済的な価値がある」。工場の製造設備を春までに倍増する計画だ。
〈Review 記者から〉
音楽への愛着、アナログが補完 アナログレコードの復活は、定額制の音楽配信サービスや音楽付き動画を扱うSNS(交流サイト)の成長と並行して起きている。RIAAによると、2022年上期はデジタルサービスで配信した音楽の売上高が前年同期比1割増の65億ドルとなり、市場全体の84%を占めた。一方で、レコードの販売額も2割増えた。
デジタルかアナログかといった二者択一ではなく、両者が絡み合って市場を広げる構図が浮かぶ。国際レコード産業連盟(IFPI)が主要国の4万4000人に実施した調査で、22年は音楽を聴く時間が週20時間を超え、3年前と比べ2時間強増えた。「デジタルで音楽に触れる機会が増えたからこそ、レコードの価値が見直された」と音楽関係者は口をそろえる。
相乗効果を取り込もうとする動きもある。音楽配信のスポティファイは21年から、アーティストが同サービスでグッズを販売できるようにした。Tシャツやピンバッジなどと並び、レコードを売っているバンドも少なくない。動画配信のネットフリックスやウォルト・ディズニーも配信作品と物販の連動を試している。
ルミネートのハイメ・マルコネット上級ディレクターは「レコードの復活はアーティストを応援したいファンの力と、形があって飾れる製品の価値を示した」と指摘する。デジタルとアナログの強みを組み合わせられれば、対象への愛着はいっそう強まる。音楽以外の業界にとっても示唆に富む。
スポティファイ
スウェーデンで生まれた音楽配信サービスの世界最大手。日本を含む約180カ国・地域に展開し、2022年末には有料会員が2億人を超えた。広告が付く無料版も合わせると月5億人近くが利用する。海賊版ダウンロードサイトの隆盛でCDの販売が急減していた06年に創業した。ダニエル・エク最高経営責任者(CEO)は「合法的なサービス」をうたい、苦境に陥っていた音楽業界の支持を取り付けた。 アプリであらゆる音楽を聴ける「逐次配信(ストリーミング)」の先駆けとなり、業界構造もがらりと変えた。国を超えたヒット作が生まれやすくなった一方で、アーティストとの収益配分をめぐってたびたび論争も起きている
野崎浩成 東洋大学 国際学部教授
コメントメニュー 別の視点Y世代の価値観が脚光を浴び始めてから、「消費の流動化(Liquid Consumption)」という新しい行動様式が認知されるようになりました。クルマもブランドバッグもサブスク、所有することを嫌い、経験を大切にするという価値観の変容の結果と解説されています。そうした中での、アナログレコードの「所有」というのは、手触り感を求める人間の本質的欲求が改めて認識されつつあることを意味すると思います。ジャケットもインテリアになりますし、Z世代ばかりでなく多様な世代で共感できる対象ではないでしょうか。