「プーチン氏は諦めず」 前米駐ロ大使、長期戦の覚悟を

 

 

John Sullivan トランプ前政権の国務副長官などを歴任し、2019年12月からロシアによるウクライナ侵攻後の22年9月まで駐ロシア大使を務めた。

 

ロシアのウクライナ侵攻から24日で1年がたつ。2022年9月まで3年近く米国の駐ロシア大使を務めたジョン・サリバン氏は日本経済新聞のインタビューに答え、国際社会にさらなる長期戦への覚悟を促した。

――開戦前、米国はロシアのウクライナ侵攻の可能性を世界に警告していました。

「私が米国に一時帰国していた21年10月末、米情報機関の評価でロシアがウクライナ侵攻を計画しているとの警戒感が強まった。バイデン大統領は米中央情報局(CIA)のバーンズ長官の派遣を決め、私は一緒にモスクワに戻った。バーンズ氏がロシア政府高官に『そちらの計画はわかっている』と告げた11月初め、前哨戦が始まった」

「その年末、ロシア外務省は私とドンフリード米国務次官補(欧州・ユーラシア担当)に2つの条約案を示した。ロシアへの安全保障を求める内容だ。ロシア語だけで英訳はなかった。通常は礼儀として翻訳をつける。数日以内に交渉官をスイスのジュネーブに寄越せという。ロシアは真剣に交渉する気などなく、見せかけだけだった」

「22年2月初め、ロシアのウクライナ侵攻を確信した。ベラルーシでロシア軍がかつてない規模に増強されたからだ。侵攻が起きると確信しているのに展開が読めず、恐怖を感じた。国連安全保障理事会の常任理事国による征服戦争。歴史の転換点だ」

――なぜロシアのプーチン大統領を抑止できなかったのですか。

「プーチン氏はいわゆる『特別軍事作戦』の目的を数週間か数カ月で達成できると信じ込んでいた。実際は戦場で挫折し、22年9月に部分動員を発令する修正を迫られたが、ウクライナの『非ナチス化』と『非軍事化』、つまりゼレンスキー政権を排除し、ウクライナ国民を服従させるという目標は変えていない」

「多くの人がロシアによる侵攻を『非合理的』と感じたが、プーチン氏の視点から見ることが大事だ。彼はソ連崩壊を共産主義の終わりではなく、ロシアの分離とみる。その世界観ではウクライナを屈服させることが合理的で犠牲を払う価値がある」

――戦争はいつまで続くとみますか。

「プーチン氏の時間軸は長い。24年のロシア大統領選のためといった話ではない。彼は絶対に達成できないと身にしみるまで目標を諦めず、25年、26年になろうと西側を出し抜き、ウクライナを消耗させられると考えている。ロシア上層部は『第2次大戦と比べれば、今の犠牲など微々たるもの』と話しているという」

――プーチン氏が本気で停戦交渉に応じることはないと。

「装備を整えて戦争を続けるために一時停戦に応じることはあっても、(北緯38度線の軍事境界線で休戦した)朝鮮戦争のような『恒久的な停戦』はありえない。 停戦しても数週間から数カ月の一時的なもので、ウクライナへの脅威は続くだろう」

――中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席が今春にもロシアを訪問する可能性があります。

「中ロは両国の友好は無制限としたが、習氏はその限界に言及した。核の脅威についてだ。ロシアが中国への依存を強めても日米同盟のような一体の関係とは異なる。ロシアの指導者たちの本音は『求める支援を中国からすべて得られているわけではない』だろう。習氏は非常に注意深く一線を画している」

――米中の対話が重要になる局面で、中国偵察気球問題を受けてブリンケン米国務長官は訪中を延期しました。

「1960年、ソ連は領空を飛行していた米偵察機U2を撃墜した。米ソ首脳会談が中止になり、その後のキューバ危機につながった。今回の事件も『気球事件』として記憶されるだろう。習体制下の中国と中国共産党の攻撃性への懸念を象徴するものだ」

――日本がウクライナから学ぶべき教訓は。

「日本の近隣には中国という巨人に加え、北朝鮮もロシアもいる。米国や日本に加え、アジアだけでなく世界の民主主義諸国が太平洋の安全保障に注力し、自由や民主主義という価値を共有しない国々からの脅威に対して団結することが大切だ」

 

 

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