経済教室

 

@;ウクライナ侵攻1年 軍事紛争の火種、あちこちに

 

中西寛・京都大学教授

なかにし・ひろし 62年生まれ。京都大法卒、同大大学院法学博士課程退学。専門は国際政治

 

ポイント

○ 国連や第三国の仲介による休戦は望み薄

○ プーチン氏退いても反西側政権続く公算

○ 国際政治の重心、インド太平洋・南半球に

 

ロシアのプーチン大統領がウクライナへの軍事侵攻を開始して間もなく1年となる。メディアで戦局や戦況に関しては詳細な報道や分析が報じられる一方、戦争終結に関する見通しは依然濃い霧に包まれている。

2022年3月31日付本欄で筆者は今後のシナリオとして、(1)戦闘の長期化ないし第三者の仲介による休戦(2)ロシアによる西側諸国を巻き込んだ戦争拡大(3)プーチン体制の瓦解によるロシアの混沌化――の3つを挙げた。現時点では(1)の戦闘の長期化のシナリオをたどっており、(2)のシナリオは回避されている。(3)の可能性は多少高まっているものの表面化していない。

22年3月にロシアがウクライナ東南部の制圧作戦に集中する方針に転換して以降、当初は物量に勝るロシア軍が支配地を広げたが、ウクライナの激しい抵抗にあった。またロシア軍の非人道的行為が明るみに出たことで、西側がウクライナ支援と対ロ制裁を拡大した。ウクライナが次第に目に見える戦果を収めるようになり、9月にはロシアはそれまで否定してきた国内動員に追い込まれた。

多大な民間被害でも士気が衰えないウクライナは豊富な国際支援を受けて攻勢に転じつつある。一方、ロシアは兵力の投入を拡大しつつも、北朝鮮やイランしか軍事的協力を得られず国際的に孤立を深めている。

だがウクライナの勝利が戦争終結に至るのか。ゼレンスキー大統領はもちろんそう主張する。そして大義も戦争目標も明確なウクライナの要求に、米欧はためらいつつ軍事支援を拡大してきた。23年1月にはこれまで否定してきた戦車供与についても米英独が政策を転換し、数百両の戦車が供与される見込みになった。

欧米が逡巡(しゅんじゅん)するのは、ウクライナの大義を認めつつもその戦争目標の達成が戦争終結につながるか、あるいは戦争拡大を招かないか、確信が持てないからであろう。

◇   ◇

ロシアは22年9月の見せかけの住民投票を経てウクライナ東南部4州を併合した。国連をはじめ世界はクリミアを含めてロシアによる併合を認めていないが、ロシアの国内法上は領土の割譲を禁じた憲法の対象となった。ロシア・ウクライナ両国の領土的主張は完全に対立することになり、国連や第三国の仲介による休戦の可能性も遠のいた。

仮にウクライナが領土を回復しても、ロシア政府は憲法上その「奪還」を義務づけられている。この状況は仮にプーチン大統領が交代しても、憲法かこれら領土の法的位置づけが変更されない限り変わらない。

ウクライナから追い出された段階でロシア軍は大幅に力を失い、体制も弱体化しているはずなので、領土「奪還」を諦めて戦闘を停止する可能性はある。だがその場合でも、ロシアによる非人道的行為の責任追及や賠償問題が残る以上、休戦協定は結ばれず厳しい対ロ経済制裁は解除されないだろう。そうした状況ではロシアの政治が過激化し、戦争拡大への選択がなされないとも言い切れない。

これまでロシアが戦術核の使用を含めて戦争拡大を選択しなかったのは、西側の抑止力の効果と考えてよいだろう。しかしプーチン大統領が真に追いつめられた場合、あるいはクーデターか革命でプーチン政権が打倒されてより強硬な政権が誕生した場合に、絶望的な戦争拡大への道を歩まないとは断言できない。

一部にはプーチン政権打倒による民主化への期待が語られるが、現実性に乏しい。民間軍事会社ワグネルを十分に制御できないようにプーチン体制に綻びが見え始めているのは確かだ。24年3月に予定される大統領選を戒厳令で延期したりすればプーチン氏の威信はさらに傷つくだろう。

しかし組織的な民主化勢力は国内に存在しないし、海外勢力も国内に基盤を持たない。国内世論は戦争長期化に不満を強めているようだが、ロシアの苦境は西側の圧迫政策の結果というプロパガンダはかなり受け入れられており、プーチン氏の代替政権は反西側的になる可能性が高いだろう。

現状では、西側の支援を受けたウクライナが領土奪還を実現していくが、それにより戦争は一段と不確実で予測困難な段階へと移行していく可能性が高い。

ただしこの見通しは世界がウクライナ戦争以外は基本的に平穏であるという前提に立っている。仮に中東のイランやパレスチナ、東アジアの朝鮮半島や台湾海峡で軍事紛争が始まれば、ウクライナ戦争と連動して世界規模の戦争へと拡大していく可能性もある。

◇   ◇

この可能性も含めて過去1年の経験は、20世紀後半の冷戦期の枠組みを現代に当てはめ、「西側自由民主主義同盟対中ロ専制主義」の新冷戦時代といった西側メディアでみられるレトリック(修辞)が現代では不十分であることを示した。

国連総会では、ロシアの侵略非難決議などで140カ国程度が賛成したが、中印やアフリカ諸国の約半数は棄権もしくは欠席している。その一方で対ロ制裁に加わる国は主に西側諸国に限られ、独西部ラムシュタインでの支援国会合への参加は約50カ国にすぎず、ロシアに損害賠償を求める国連総会での決議でも棄権が73カ国にのぼった。ロシアの侵略の事実は認めつつも、西側と共闘歩調をとらない国は多数にのぼる。

この状況を冷戦期の東西と非同盟という三極構造になぞらえることは誤解を招く。「グローバルサウス(南半球を中心とした途上国)」と称される地域は冷戦期の非同盟諸国よりもはるかに多様であり、かつ影響力が大きい。対して北半球に偏在し、冷戦を主導した西側諸国やロシアは軍事的・経済的には依然として強力だが冷戦期のような世界の支配力は持っていない。

中国ですら人口減少段階に入り、習近平(シー・ジンピン)政権の国内強権化を見ると、その国際的影響力の拡大は峠を越えたのかもしれない。ともすると西側は中ロの宣伝や懐柔策の影響を過大視しがちだが、グローバルサウスの大半は主体的に判断している。

一つの証左は、22年11月にエジプトで開催された第27回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP27)とインドネシアで開催された20カ国・地域(G20)首脳会議だろう。前者では途上国への「損失と損害」補償の枠組みが合意され、後者ではウクライナ侵略を非難しつつロシアにも一部配慮した共同声明が採択された。これらは国際政治を主導するほど強力ではないが、期待値以上のまとまりを見せたと評価しうる。

今回の戦争が、トランプ政権の米国第一主義やバイデン政権の拙速なアフガニスタン撤退が招いた大西洋同盟の亀裂の修復につながったことは確かだ。だがロシアの中印への依存やインド太平洋諸国と欧州の接近は、今回の戦争の行方にかかわらず、国際政治の重心が大西洋からインド太平洋へ、北半球から南半球へと移行しつつあり、グローバリゼーションや地球環境の命運もこの地域により左右されることを示している。

 

 


 

A;ウクライナ侵攻1年 核保有国の侵略、抑止は難題

 

森聡・慶応義塾大学教授

もり・さとる 72年生まれ。京都大法卒、東京大博士(法学)。専門は現代米国の外交・国防政策

 

ポイント

○ 核兵器の存在が紛争激化抑止との見方も

○ 中国の核戦力増強が新たな不安定要因に

○ 米同盟諸国は集団防衛の重要性を再確認

 

ロシアがプーチン大統領の指示の下で、隣国ウクライナへの軍事侵攻を始めてからまもなく1年がたつ。プーチン氏は、ウクライナに親ロ政権を打ち立てることに失敗しただけでなく、ロシア軍の消耗とロシア経済の減速を招き、敵視する北大西洋条約機構(NATO)諸国を含む先進民主主義諸国を結束させるという戦略的な失策を犯した。

ウクライナを屈服させるという戦略目標を、同国の抗戦により当初予定していた方法で達成できなくなった。プーチン氏はウクライナの社会・経済基盤を攻撃して多数の民間人犠牲者を強いる方法に切り替え、同国東部・南部一帯の支配を目指し攻防を続けている。

戦争は米中対立が深まり新型コロナが世界の経済・社会に打撃を与え、食糧・エネルギー価格が高騰しつつある中で発生したため、ウクライナを超えた影響をもたらしている。ロシアが核兵器により恫喝(どうかつ)しながら武力による現状変更に及んだという衝撃は、安全保障に関する考え方や見方にいかなる影響をもたらしたのだろうか。

◇   ◇

第1に核兵器の役割に対する注目が高まった。バイデン米大統領はウクライナ戦争への対応を巡り核戦争を回避すると言明し、紛争そのもののエスカレーションのリスクを避けてきた。このためプーチン氏による核恫喝が米国ないしNATOの直接介入を抑止しているとする見方が広がった。

一方、ロシアも核兵器の使用に踏み切れば、NATOによる報復(ウクライナ領内ロシア軍部隊に対する通常戦力による報復など)とその先にあるエスカレーションの応酬を恐れて抑止されているともいわれる。

プーチン氏は米国やNATOに核による抑止が効くという見立ての下で戦争を仕掛けたのだろうか。であれば核戦力のレベルで安定が成立することにより、通常戦力で優位に立つと考える側が自らに好ましい状況を作り出せると判断し現状変更行動に出て不安定を引き起こすという「安定・不安定パラドックス(逆説)」が発現したことになる。

こうした中で米国防総省は、中国が核戦力を急速に増強している事実を明らかにした。直近の年次報告書によれば、中国の核弾頭数は2027年までに700発、30年までに1千発、35年までに1500発に達する見通しで、二極の核体制は三極に向かう(図参照)。中国はミサイル戦力をはじめ戦域攻撃能力でも優位に立っているため、安定・不安定パラドックスの現実化が危ぶまれるようになった。

中国が核恫喝により米国の介入を抑止できると考えてしまうリスクが認識されるようになった結果、核恫喝が有効との理解を持たせないためにいかなる措置を講じ態勢を整えるべきかが重要な課題となっている。

第2にロシアによるウクライナ侵攻の衝撃は東アジアに広がり、対中脅威認識を一層高めた。中国はウクライナ戦争の前から台湾に軍事的な威圧行動を繰り返しており、米国では軍幹部の議会証言などを契機に、中国による台湾侵攻の時期を巡る論争も起きていた。

ロシアがウクライナ侵攻に及んだことで、米国では台湾も同種の危険に直面しているとする懸念が強まった。シカゴ世界問題評議会の世論調査(22年7月後半実施)によれば、米国人の76%が、ロシアに続いて中国が台湾に軍事侵攻する可能性が高いとみている。

岸田文雄首相は「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」と明言した。22年12月に閣議決定された国家安全保障戦略も台湾有事を念頭に、ウクライナと「同様の深刻な事態が、将来、インド太平洋地域、とりわけ東アジアにおいて発生する可能性は排除されない」との認識を示した。

専門家の間では、ロシアのウクライナ侵攻から中国はいかなる教訓を導いているかを推測する議論も盛んだ。具体的には(1)米国への核兵器による威嚇の有効性(2)外部からの支援を遮断する必要性(3)政治指導者に対する「斬首作戦」の必要性(4)情報・通信ネットワークを完全にまひさせる必要性(5)諸外国に向けて侵攻の正当性を説く「物語」を効果的に流布する必要性――などの事例が挙がっている。

この種の議論は既存の対中警戒心が一層高まったことを示す。独裁者による独断のリスクも対中警戒心が高まる要因になっている。

第3にロシアであれ中国であれ、他国の独立と自決権の侵害を伴う形で自国の「安全保障」の圏域を定義し、それを武力で全うすることは正当化され得ないとする立場が再確認された。秩序の防衛という観点から米同盟諸国間ではアジアと欧州の安全保障の連接性が強く意識され、地域内の集団防衛や地域横断的な協力の重要性が高まっている。

22年6月のNATO首脳会議に日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドなどの首脳が出席した。また23年1月末にはNATO事務総長が来日して日本との協力深化の必要性を訴えるなど、先進民主主義諸国間の安全保障協力が進展する機会が広がっている。

先進民主主義諸国は防衛力の強化を本格化させている。米国は中ロとの戦略的な競争をにらみ、23会計年度国防予算を前年度比10%増の8580億ドル(約110兆円)とした。また米連邦議会は台湾強じん性向上法案を国防授権法の一環として可決し、台湾の防衛力強化への支援を加速する。

日本では、ウクライナ戦争の勃発と台湾有事を巡る警戒感と不安の高まりを受け、防衛費増額を支持する世論が主流化した。反撃能力などを含む抜本的な防衛力の強化とそれを補完する取り組みに乗り出す。同志国への防衛装備品の輸出・供与は、現行秩序を守る抑止力強化支援の取り組みとして重要になる。武力による現状変更に対する危機意識は高まり、他のアジア・欧州の主要国も国防予算を前年度から増額している。

◇   ◇

ウクライナ戦争は政治的見地からみれば、双方の戦略目標が折り合わない限り続くことになる。双方が互いに自らの目標達成を目指し、相手に目標の後退を強いようとするので、ロシアはウクライナの軍・社会・経済を破壊し、ウクライナは自国領内のロシア軍部隊を撃破しながら領土を奪還するという戦いが続く。

一方、軍事的見地からみれば、双方が火力と兵力を動員して戦う「古い戦争」を本質とし、それを無人機やサイバー・宇宙領域の能力などを駆使した「新しい戦争」が付随する形で繰り広げられている。ロシアは部分動員を背景に春以降の攻勢に向けた準備を整え、米英独は主力戦車などをウクライナに供与する準備を進めているとされる。

戦況が今後いかに推移するかはにわかに判じ難い。だが暴力による意思の強制的な変更を巡るこのせめぎ合いは、「プーチン氏とその取り巻き対ウクライナ人と彼らを支える諸国民」という構図の中で繰り広げられる。野心に駆られ恐怖を操る権威主義国家の指導者に、隣国支配が解ではないことを悟らせるという難題は、ウクライナだけのものではなくなったといえる。

 

 


 

B;ウクライナ侵攻1年 世界経済の分断、極力抑えよ

 

河合正弘・環日本海経済研究所代表理事

かわい・まさひろ 47年生まれ。スタンフォード大博士(経済学)。専門は国際金融。東京大名誉教授

 

 

ポイント

○ 侵攻後に世界GDPは約1兆ドル失われた

○ 本格的な分断によるマイナスの影響甚大

○ 安全保障に直結するハイテク分野に絞れ

 

2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻と米欧日の対ロ経済制裁は世界経済を大きく揺るがせた。

第1にコロナ禍による悪影響からの回復途上にあった世界経済に再び打撃を与えた。第2にエネルギー・食料価格が既に上昇しインフレが懸念される中で、世界各国のエネルギー・食料安全保障を脅かしただけでなく、インフレを加速させて米欧の金融引き締めを急がせた。第3に米中間の競争が深刻化する中で、台湾海峡を巡る軍事的なリスクの重要性を再認識させた。

◇   ◇

国際通貨基金(IMF)は22年の世界経済成長率について、侵攻前の22年1月には4.4%と予測していたが、侵攻後の4月に3.6%に引き下げ、23年1月には3.4%と推計している。侵攻前と比べて1ポイント下がったわけだ。成長率鈍化のすべてがロシアのウクライナ侵攻によるものとはいえないが、22年には世界の国内総生産(GDP)から約1兆ドル(サウジアラビアやオランダの経済規模に匹敵)が失われたことになる。

IMFは23年の世界経済成長率見通しを2.9%と、22年よりも減速するとしている。インフレ対策とウクライナ戦争が経済活動を抑制する一方、中国が経済を再開し、インドが成長を続けることから、中国とインドが世界経済成長の約半分に寄与するとしている。ただし下振れリスクとして、(1)中国におけるコロナ再拡大や不動産部門の減速(2)インフレ率の高止まりによるさらなる金融引き締め(3)ウクライナ戦争の激化や世界経済の分断――を挙げる。

世界経済の分断は、西側諸国(米欧日など)がロシアを西側経済から切り離そうと制裁を科していることから既に起きつつある。さらに米中間の大国間競争が世界経済の分断を加速させる可能性がある。米中対立はトランプ政権以来、貿易戦争の形で起きていたが、バイデン政権の下でも貿易、技術、安全保障に関わる摩擦から価値観(民主主義、人権)や台湾海峡を巡る対立に拡大してきた。

台湾有事などで米中対立が一層深刻化したり、中ロの政治・軍事・経済的な連携がさらに深まったりすれば、世界経済は米欧日と中ロのブロックへと分断されるリスクがある。

米国は22年10月、最先端半導体の技術や人材について、中国との取引を事実上禁じる輸出管理の強化策を発表した。米国は自国の技術やソフトウエアを使った半導体と半導体製造装置の対中輸出を許可しない姿勢を示しており、独自の技術や半導体製造装置で国際競争力を持つ日本やオランダの企業も輸出規制の網に組み入れようとしている。

世界経済の分断は経済的な効率性を低下させ、生産コストを上昇させるため、経済的な観点からは望ましくない。だが各国にとって国家安全保障の確保は大前提であり、貿易・経済と安全保障とのバランスをとることが必要になる。

世界経済が米欧日と中ロの経済ブロックに分断された場合、どのような経済的な影響を及ぼすのか、分断のコストを最小化するには何が必要か、経済安全保障上の施策はどこまで進めるべきか、といった問題への米欧日の対応が問われる。

◇   ◇

世界経済分断のシナリオと経済的影響については、IMFの報告書や世界貿易機関(WTO)の研究論文が分析している(図参照)。西側(米欧日など)と東側(中ロなど)のブロックへの本格的な分断、部分的な分断、電子機器の分野に限った分断などのシナリオが想定されている。

 

IMF報告書では、22年3月の国連総会でのロシアによるウクライナ侵攻の停止を求める決議案への賛成国を西側、反対国・棄権国を東側と定義している。WTO論文では、国連総会における歴史的な投票行動の類似性により定義している。いずれの場合でも、西側は主要7カ国(G7)や欧州連合(EU)など大半の先進諸国、東側は中国、ロシア、インドなど多くの新興・発展途上諸国を含む。

世界経済の本格的な分断が起きると、東西ブロック間の財貿易が停止されるだけでなく、情報・知識・技術・アイデアの流れも遮断されるため、マイナスの影響が極めて大きい。東西ブロック間の経済的な相互依存が極めて強いことの裏返しだ。分断によるマイナスの影響は東側で非常に大きく、西側で比較的小さい。東側にとって西側の高いレベルの知識・技術・アイデアへのアクセスを遮断されることの不利益が大きい。

一方、世界経済の分断が部分的な場合や、電子機器などハイテク分野に限られる場合には、マイナスの影響は小さくなる。

ただし、これらの分析には不十分な点もある。

第1に世界経済が東西のブロックに分断されるとしているが、東側に属するとされる諸国(インド、バングラデシュ、ベトナムなど)の多くは中立的な立場をとっており、東西の両ブロックと経済的な取引をしている。東西ブロックに加えて中立的なブロック(いわゆるグローバルサウス)の存在を考慮に入れると、このグループは東西ブロックを間接的につなげる役割を果たすので、分断のコストは低下する可能性がある。

第2に貿易を中心にした分断に焦点が当てられているが、実際には国際的な投資、人の流れ(観光・商用・学術目的)、金融を通じた分断を分析に加える必要があり、分断のコストはさらに大きくなる可能性がある。

仮に中国が台湾に軍事侵攻すれば、米国はEU・英国・日本などと連携して、ロシアに科したのと同様の経済・金融制裁を中国に科すことが考えられる。

香港が中国にとって重要なオフショア市場としての役割を果たしていることから、米欧日が効果的な対中制裁を科すには、香港の金融機関を制裁対象に含めることも必要になろう。

だが世界経済に占める中国の重要性はロシアよりもはるかに大きい。そのため対中制裁は中国の金融・経済のみならず、米欧日や世界の経済にも大きな影響を与える可能性が高い。

国際社会は、米中間や日中間の対話、20カ国・地域(G20)などの多国間協議の場を通じて、中国が深刻な非常事態をつくり出すことなく慎重に行動するよう訴えていくべきだろう。

以上まとめると、世界経済の本格的な分断を避けることが必要だ。国家安全保障や地政学的な観点から、輸出管理などの施策が必要とされる場合には、対象分野を安全保障に直結する最先端のハイテク分野に絞り経済全般に広がらないようにすること、対象国をロシアや中国など限られた国にとどめることが重要だ。

米中対立が決定的なものにならない限り、対象分野以外の対中経済交流は積極的に進めて、対話・協議の場を設けておくことが望ましい。対象国以外の多数の中立諸国(グローバルサウス)と連携し、貿易・投資の関係を緊密化させることも必要だ。日米欧は共同でハイテク分野での技術革新を進めるとともに、WTO改革や高いレベルの経済連携協定の拡大を通じて安定的な国際貿易システムの再構築をめざすべきだ。

 

 

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