Next World 分断の先に

 

グローバル化は止まらない 世界つなぐ「フェアネス」

 

【この記事のポイント】

・米・メキシコ国境の「トランプの壁」は有名無実に。グローバル化の奔流は止まらない

・ロシア・フィンランド国境に新たな「壁」の計画。世界を分断の嵐が襲う

・分断と融合。正反対の力が日常の風景になるNext World。世界をつなぐフェアネスが重要に

 

米国と中国の対立、ロシアのウクライナ侵攻。分断の嵐が世界を襲い、グローバリゼーションは停滞する。それでも、外とのつながりに豊かさを求める人々の営みは途切れない。試練の先の「Next World(ネクスト・ワールド)」。世界をつなぐのはイデオロギー対立を超えたフェアネス(公正さ)だ。

メキシコのヌエボレオン州から米テキサス州に向かう国境には「TESLA」レーンがある(2022年11月)
不思議な標識だった。メキシコ北部のヌエボレオン州。米国との国境検問所に掲げられるのは「TESLA」。世界の電気自動車(EV)市場をリードするテスラの米工場に向かうトラック専用レーンの目印だ。

トランプ前米大統領は2020年の北米自由貿易協定(NAFTA)見直しでメキシコ産自動車部品に2.5%の関税をかけやすくした。それでも安くて優れたメキシコ部品はEV製造に欠かせない。22年春にできたテスラレーンは両国の相互依存を象徴する。

米国とメキシコの21年の貿易は6600億ドル(約86兆円)と過去最高。来年には米南部テキサス州ラレドの国境に新しい鉄道橋が架かる計画だ。トランプ氏が7年前に公約した「壁」は有名無実と化している。

豊かさを求める願いは国境を越え、人間がつくる壁は続かない。永遠と言われたベルリンの壁も崩壊から33年たち、跡地の一角は駐車スペースになっていた。止まらない融合の奔流と、強まる分断の嵐。私たちは今、どこにいるのだろう。

ロシア国境から2キロ。フィンランド南部の小ぎれいなショッピングセンターは薄暗く、人影もまばら。11月、氷点下の底冷えの静寂が重い。

ロシア語で皇帝を意味する「ツァーリ」と名付けられたショッピングセンターは22年10月に破産を申請した。開設からわずか4年。フィンランド政府がウクライナ侵攻後に交流を止めロシア人客が来なくなると、経営が行き詰まった。

フィンランドはロシアとの国境に「壁」を建設する(11月)

安全保障上の脅威から中立を捨て、北大西洋条約機構(NATO)加盟を決めたフィンランド。ロシアからの不法入国を防ぐため、国境には有刺鉄線に覆われた約3メートルのフェンスを200キロメートルにわたって築く。

第2次大戦後の冷戦期のグローバル化は東と西のイデオロギーに分断されていた。冷戦終結後のこの30年、イデオロギーに代わり経済効率の追求が最優先の基準となった。

これから始まる新たなグローバリゼーションで問われるのは、効率とフェアネスのバランスだ。いかに経済効率が高くとも、フェアネスを欠いた無邪気な経済活動には代償がつきまとう。

フィンランドだけではない。ロシア産天然ガスをドイツへ運ぶパイプライン「ノルドストリーム」。ウクライナ侵攻に対する米欧の経済制裁に仕返しするかのように、22年8月にロシアからのガスの供給が止まった。欧州のガス価格は10年前の10倍以上に高騰。欧州の経済や暮らしのあらゆる分野に影を落とす。

欧州がエネルギーを頼ってきた北海油田の枯渇を考えれば、地続きのロシアへの調達先シフトは理にかなうようにも映る。しかし、フェアネスなきロシアへの依存は危険が大きい。苦痛、混乱、飢餓……。その痛みは世界にも及んだ。

フェアネスに軸足を置いた経済活動の再構築は始まっている。

米西部アリゾナ州。果てしなく広がる荒野の真ん中に巨大な銀色の建屋が立ち上がった。半導体受託生産で世界一の台湾積体電路製造(TSMC)がここに工場を造るのは一大転換だった。

創業者の張忠謀(モリス・チャン)氏は、きのうまでの発想が通用しなくなったと感じている。米国での生産は人件費や物価から見て「割高だ」と考えてきたが、台湾への集中を避けるため、多少のコストは受け入れることにした。米国に続いてドイツにも欧州初の工場を計画し、効率一辺倒から修正をはかる。

英国が自国の農家を守る穀物法を廃止し、自由貿易へとカジを切ったのが19世紀半ば。20世紀に入り経済が不調になると、大国間の分断や「ブロック経済圏」という名の壁をつくる動きが激しくなり、2度の大戦を招いてしまった。

同じ愚を繰り返さないためには、フェアネスを礎に分断をつなぐ取り組みが不可欠だ。企業や個人の日々の判断が、国際ルールや人権などを尊重しない独断的な政治の暴走を抑え込む。民主主義と権威主義の二項対立を超えた新しい世界づくりの始まりでもある。

 

企業・人、複眼視点で見極め

ヒト、モノ、カネが網の目のようにつながる今、世界に線を引いて敵と味方に分ける東西冷戦型への後戻りは不可能だ。分断の現実を受け止めつつも、ゼロサムの発想には頼らない。そんなしたたかさが、国家だけでなく企業や個人に要る。

日本経済新聞は人権の尊重や法令順守、貿易の自由、環境への配慮といった10指標から世界84カ国・地域を評価する「フェアネス指数」をまとめた。指数の作成に当たって川瀬剛志・上智大教授の協力を得た。

10指標を@政治と法の安定(30点)A人権や環境への配慮(30点)B経済の自由度(40点)の3分野に分け、合計100点満点で図示した。

ランキングは北欧やスイスが上位を占め、日本や米国が10位以降で続く。中国やロシア、イランなどは下位にある。ロシア産エネルギーへの依存が裏目に出たように、フェアネス指数が低い国との取引は将来にわたる一種のリスクといえる。

貿易相手国のフェアネスの低さと貿易に占める比重から、各国が抱えるリスク量の算出も試みた。フェアネス指数が低い中国との貿易が盛んな韓国や日本が抱えるリスク量は米国やドイツより高くなった。中国からの調達に過度に依存しないサプライチェーン(供給網)の再構築が日本に求められる。

民主主義の価値は不変だが、賛同しない国もある。より基本的な視点であるフェアネスが分断をつなぐ懸け橋になる。

 

 

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鈴木一人 東京大学 公共政策大学院 教授

大変興味深い企画だが、「フェアネス」をどう捉えるか、という点で若干気になるところがある。WTOやパリ協定などの国際ルールへの遵守や、人権や環境と言った規範に従った行動を取ることばかりが「フェアネス」ではない。例えばグローバルサウスから見れば、フェアネスはルールや規範を守ることよりも、グローバルノースからの富の移転であったり、環境規制の緩和だったりする。そうした「アンフェア」な世界において、何を「フェアネス」というのか。この企画でそれをどう扱っていくのか注目してみていきたい。

 

 

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