朝鮮戦争の休戦が参考に ウクライナにもプラス面あり

 

ギデオン・ラックマン

 

 

一部の保守派の人にとっては外交政策の危機といえば「ミュンヘン」(編集注、ナチスドイツとの戦いを含む戦争)を意味するし、一部の左派の人はいかなる戦争も「ベトナム」(戦う意味のない戦争)と化す恐れがあるとみている。

イラスト James Ferguson/Financial Times

だが、ロシアとウクライナの戦争の2年目突入が避けられそうにない今、あまり耳慣れない言葉が聞かれるようになった。「朝鮮」だ。

なぜ朝鮮戦争が比較に出てくるかと言えば、同戦争はいまだに正式には終結していないからだ。1953年に休戦協定が結ばれ、正式な平和条約が締結されないまま戦いが幕を閉じた。以来、何十年も停戦状態が続いており、戦争は実質的に凍結されている。

休戦にすればウクライナ戦争の実質的な終結につながるかもしれないという期待は3つの認識からくる。第1はロシアもウクライナも完全な勝利を収めることは難しい。第2に両国の政治的立場があまりにかけ離れており、和平合意が成立するとは考えにくい。第3にどちらもこの戦争による犠牲があまりに深刻なため、休戦は魅力的に映る可能性がある。

 

敗北したと認めずともロシアが撤退できる道

確かにロシアはいまだに「(ウクライナに)勝利した」という言葉を使っている。プーチン大統領は21年間に及んだ大北方戦争でスウェーデンをねじ伏せたピョートル大帝に自らをなぞらえることを好む。

だがプーチン氏はウクライナ侵攻で既に失敗したというのが現実だ。ロシア軍はウクライナの首都キーウ(キエフ)、北東部ハリコフ、南部ヘルソンからの撤退を余儀なくされてきた。

プーチン氏が9月に発令した部分動員令は何千人ものロシア人男性の国外脱出を招いたうえ、戦いの形勢を逆転させることもできなかった。ロシア軍は既に約10万人にも上る死傷者を出しており、過酷な塹壕(ざんごう)戦で今も兵士が多く命を落としている。

しかし、プーチン氏は自らが自国にもたらした犠牲の大きさも、ロシアがウクライナでどれほどの戦争犯罪を重ねているかも認めようとはしない。このことが和平に向けた交渉を阻む大きな障害となっている。

それでもロシアがこの戦争に敗北したと認めることなく、軍事戦術上の調整として戦いから徐々に手を引くことは可能だろう。ロシアが2月の侵攻開始直後から支配下に置いてきた南部の要衝ヘルソンから11月、撤退したのはまさしくそれにあたる。プーチン氏はこの決定からは距離を置き、軍司令官らとショイグ国防相が発表した。

 

軍部と軍部の交渉に任せる

最近出版された「指令 朝鮮からウクライナに至る軍事行動の政治学(仮訳、原題はCommand: The Politics of Military Operations from Korea to Ukraine)」を著した英国際政治学者ローレンス・フリードマン氏は「撤収に向けて(両国の)軍部と軍部が交渉する」ことで休戦が成立する可能性はあると考えている。

同氏は、朝鮮戦争とウクライナ戦争には重要な違いが複数あると強調しつつも、朝鮮半島の休戦は完全な和平合意に至らなくても「軍を引き離すことで戦闘停止」を実現できる可能性を示すものだと指摘する。

プーチン氏は領土をどれだけ奪い、それが政治的にいかにプラスになったかを主張できない限り戦争終結の宣言はできないだろう。だが、表向きは軍事的な助言に応えるという形をとる、あるいは善意を示すふりをして、戦闘停止を受け入れることはできるかもしれない。

しかし、ウクライナ側が休戦を受け入れなければならない理由などあるだろうか。道徳的にも政治的にも、国家を存続させるためにも戦闘を続けるべきだと考える強い根拠がある。

現在、戦況はウクライナに有利に展開している。ゼレンスキー大統領は、2014年にロシアに併合されたクリミアを含め、占領された地域は文字通りすべて奪還すると公言している。

プーチン氏による数々の残虐行為を踏まえれば、多くのウクライナ市民にとって、改革もされないロシアと何らかの「正常な」関係を築くなど到底考えられないように思える。休戦などしたら、ロシアがその間に再軍備を進め、再びウクライナを攻撃しかねないという現実的な懸念もある。

犠牲者数に加え水と電力の供給途絶の打撃
ただ、声を大にしては言いにくいが、朝鮮戦争の長期にわたる休戦協定はウクライナにとってもプラスに思える可能性はある。ロシア側と同様にウクライナ側も日々、膨大な数の犠牲者を出しているからだ。

ロシアがウクライナの戦意をくじこうと、インフラに狙いを定めて攻撃する戦術は極めて残忍だが効果的だ。ウクライナはこうした攻撃にも対処していかなければならない。水や電力の供給を途絶されたら、冬の寒さを耐え忍ぶのは極めて困難になるうえ、ウクライナから国外に避難した何百万人もの人々にとっても故郷に戻ることが難しくなる。

それどころか、国外に避難する市民の数はさらに拡大している。数カ月と考えていた避難生活が数年に及べば、ウクライナに戻る可能性が低くなり、家族にとっても社会にとっても大きな打撃となる。

一部のウクライナ市民は公の場では口にしないが、退役軍人だけでなく住民にもロシアに忠誠を誓っている人が多いクリミアを取り戻すには、さらに過酷な戦闘が避けられないことを認識している。

 

休戦後のロシアが攻撃ためらう安全保障の確立は可能

したがって、ウクライナ側も最終的な政治目的を断念せずに戦いを凍結したいと考える動機はある。その場合、大きな障害となるのはロシアの意図をまったく信用できないことだ。

だが、ウクライナを支援する西側同盟諸国もプーチン氏率いるロシアへの幻想はもはや捨て去っているため、ウクライナが停戦後、単独で未来に向き合うことはない。むしろ軍事支援と安全保障を得て、ロシアが攻撃をためらうてごわい「ヤマアラシ」となりそうだ。

停戦が実現すればウクライナは味方する各国からの支援を得られ、国家の再建も可能になる。韓国は朝鮮戦争で壊滅的打撃を受けたが、今は先進国となり繁栄している。

対照的にプーチン氏が権力を依然として握り、ウクライナで犯した罪を償おうとしないロシアを待つのは、国際的孤立の継続と貧困が拡大する未来だ。その現実が広く認識されたとき、長く待ち望まれてきたロシアの政治的な再建がようやく始まるかもしれない。

 

 

 

渡部恒雄  笹川平和財団 上席研究員

コメント

分析・考察ウクライナの戦争を止めるために目指すべきは、政治的に難しい和平交渉ではなく、軍と軍の交渉による「休戦」であるというのは、戦略学の大家のフリードマン博士らしい卓見だと思います。ウクライナでの戦闘が続けば、偶発によりNATO加盟国が戦争に巻き込まれるリスクが継続する、というのが11月に起きたポーランドへのミサイルの着弾で二人のポーランド人が死亡した事故の教訓です。結局、ウクライナの迎撃ミサイルがポーランドに着弾した可能性が高いということになりましたが、米国を含むNATO加盟国は、あわやロシアとの戦争かと肝を冷やしたはずです。

 

 

もどる