核兵器、最悪シナリオ3つ 指導者は冷静さ失うな

 

By Gideon Rachman

 

「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」。核拡散防止条約(NPT)が核の保有を認めた中国、フランス、ロシア、英国、米国の5カ国は2022年1月、核軍縮の推進に向けて共同声明を発表した。

 

プーチン大統領はウクライナ侵攻で勝利するためには核兵器の使用も辞さない構えを示している=ロイター

ロシアがウクライナに侵攻したのは、その翌月だった。以来、世界のリーダーたちは核戦争がすぐにも現実になる脅威と向き合っている。

ロシアのプーチン大統領は初めから自国の存続を懸けた戦いだと位置付け、勝つためには核兵器の使用も辞さない構えを示してきた。

10月下旬、西側諸国の防衛関係者は、ウクライナが放射性物質をまき散らす「汚い爆弾」の使用を計画しているというロシア側の一方的な主張に身構えた。ロシア自身が核を使う口実にしようとしているという懸念が強まったからだ。

その差し迫った危険は目先、やや後退したものの、ロシアが核兵器を使う可能性は依然高いとみられる。ロシア軍がウクライナ南部の主要都市ヘルソンから撤退を余儀なくされていることを受け、米政府内では顔に泥を塗られたプーチン氏が形勢の逆転を図るため、戦術核兵器を投入するのではないかとも議論されている。

放射性物質で自国が汚染されないよう、プーチン氏はロシアの領土の近くで核兵器を使うことはないとする考え方もある。だが米政府高官らは、最も小型の戦術核兵器であれば死者は数百人にとどまり、放射性物質で壊滅的な被害を受ける範囲も数平方マイル(1平方マイルは約2・58平方キロメートル)に収まりそうだとみる。

米国と同盟国は抑止と外交を取り混ぜながら、ロシアが一線を越えないよう注視している。それだけではなく、ロシアが核兵器を使った場合の世界的な影響についても真剣に考え始めている。未知の領域だけに重圧は相当なものだ。米政府高官の一人は「今回の危機への対応の仕方が今後、何十年にもわたって精査されるだろう」と話す。

大まかに言えば、考慮すべき主なシナリオは以下のものが考えられる。核の常態化、核の威嚇、核戦争の回避、そしてアルマゲドン(世界最終戦争)だ。

「核のタブー」が破られると危惧する西側

ロシアによる核兵器の使用が全面的な核戦争へ発展していくことは全くあり得ないとはいえない。バイデン米大統領はこれを「アルマゲドン」と呼んだ。米政府関係者はロシアが核兵器を使えば、ロシアに「最悪の」結果をもたらす対応をとると警告する。

米国はそれがどんな対応かは明らかにしていない。専門家の多くは軍事的行動になるが、核兵器は使われないとみる。米中央情報局(CIA)の元長官で退役陸軍大将のデビッド・ペトレアス氏は、北大西洋条約機構(NATO)軍が通常兵器を使ってウクライナでロシア軍と戦い、ロシアの黒海艦隊の軍艦を沈没させるだろうと述べた。

西側諸国の軍事的対応を正当化する根拠は、ロシアが核兵器を使用しても何ら痛い目を見ず、しかも劣勢まで挽回できれば、1945年以来守られてきた「核のタブー」の規範が破られてしまうという危惧だ。

しかし西側諸国の軍事介入はロシアを刺激し、さらなる行動へと走らせるだろう。双方とも「エスカレーションラダー(危機の深刻化のはしご)」を駆け上がると予想され、全面的な核戦争の悪夢がよぎる。「事態がエスカレートするリスクをわれわれが制御できると考えるべきではない」。ある米政府関係者はこう話す。

アルマゲドンにまで進展しかねない恐ろしさから、ロシアが核兵器を使ったとしても西側諸国は軍事的な直接介入をしないかもしれない。代わりに米国が経済と外交の両面でロシアを完全に孤立させようとする。ただ、それは「核の使用や保有の常態化」という別の憂慮すべき未来への扉を開く。

つまり核兵器が抑止力として機能するだけでなく、侵略戦争で実際に使用可能な道具だと証明されることになる。ロシアは再び一線を越えて核戦力を行使しようとし、中国も同じように考えるかもしれない。日本や韓国、ドイツをはじめとする非核保有国も自国防衛のために核兵器の入手を急ぐだろう。

中国や北朝鮮の判断にも影響か

ひとたび核兵器が使われれば世界的に大混乱が起きても不思議ではない。金融市場が崩壊し、世界各地でパニックが発生。都市部からは大規模な人口流出が発生するはずだ。

こうした事態を憂慮し、ロシアとの和平交渉の必要性を指摘する声は高まっている。それでも西側諸国は核による「威嚇の成功」という第3のシナリオを恐れ、今は交渉には消極的だ。

核使用をちらつかせるだけで侵略戦争を思い通りに運べるとロシアがわかれば、それも暗い未来を招く。ロシアがおそらくは東欧に対する核攻撃の脅しを思いとどまる理由はあるだろうか。台湾や朝鮮半島で将来起こり得る武力衝突について、中国や北朝鮮はどのような結論を導き出すのか。

アルマゲドン、常態化、威嚇の成功という核の3つの最悪シナリオが現実となる確率は、いずれも本来あるべき水準よりかなり高い。もっとも3つのシナリオを足しても依然、核戦争の回避という4つ目のシナリオが実現する確率よりは低そうだ。

45年以降に起きた核の危機では全て、大国のトップらが瀬戸際で引き返した。一歩間違えれば何百万人を死に至らしめ、地球そのものを破壊しかねないという認識は、人間をすこぶる冷静にさせる。だからこそ45年以降、世界は核戦争を起こさずにきた。今回もそうなるはずだ。おそらくは。

 

岩間陽子

 政策研究大学院大学 政策研究科 教授

 分析・考察  小型の核兵器を使ったからと言って「形勢の逆転」につながることはありえません。ですので、軍事的合理性から言えば使う理由はありません。威嚇の手段として以外に核に有用性はありません。それでも万が一ロシアが核を使用すれば、非核による強力な軍事的対応は明らかに選択肢である、それに対する反撃があれば、こちらもさらなるエスカレーションの準備がある、ということを明白にしておかなければ、そもそも抑止は機能しません。「核の常態化」を招くのは、実はすべての核保有国の利害に反します。中国もそこに関しては先日のショルツ首相訪中に際して明白にしていました。プーチンに対して大国が周囲を固めて圧力をかけ続ける必要があります。

 

 

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