セリーナ・ウィリアムズ 次のステージへ(上) 自分貫いたパワー

 

テニスの枠超え異彩

ナイキが特別にデザインしたウエアを着て登場するセリーナ・ウィリアムズ =ロイター

「恐れを知らないところが好き。負けるのが大嫌いなのもいい。本当の自分であり続け、声を上げ、大きな夢を抱く姿は私たちを魅了した。リーダーシップ、多様性、エクイティ(公平)、インクルージョン(包摂)への貢献、特に女性、有色人種の女性に果たしてくれたことに感謝したい」

現役引退を示唆し、今年の全米オープンテニスが最後の舞台とされるセリーナ・ウィリアムズのために8月29日に行われたセレモニー。女子テニス協会(WTA)創設者で四大大会シングルス12勝のビリー・ジーン・キング(米国)がこうスピーチした。

テニスだけでなく、スポーツ全体や社会への貢献をたたえる声が方々から上がる。「いい気分」。謙遜するでもなく、称賛をごく自然に受け入れ、喜ぶのがセリーナだ。

最近は自らを「GOAT」と呼び、ロゴを配したウエアも販売する。GOATとは「ヤギ」の意でなく、「greatest of all time(史上最も偉大)」の頭文字をとったもの。全米オープンではダイヤモンドをちりばめて「MAMA」「QUEEN」のタグが付いた特注シューズを履き、ニューヨークの夜空をイメージしたウエアを着て登場した。

こうした強烈な自己表現、社会的役割に注目が集まりがちなセリーナに対し、キングがスピーチで真っ先にたたえたのはサーブだ。

2人が初対面した1988年4月、約1200人の子どもが参加したイベントで目立っていた6歳のセリーナにサーブを打たせてみたという。「その場にいた母親に、『このサーブ、絶対に(打ち方を)変えちゃだめ』と言ったわね。史上最も美しいサーブ」と絶賛した。

姉のビーナスとともに女子テニスにパワー革命を起こしたセリーナ。身長175センチの体格は間近でみると意外に大きく感じないが、サーブだけでなくストロークのフォームも無理がなく、ボレーやロブなど小技のタッチも柔らかい。ボールを自在に扱えるからこそ、持久力が落ちてくる30歳を過ぎても四大大会を10度制し、5年前に35歳で出産した後も決勝に4度進出できたのだろう。

6〜7月のウィンブルドン選手権で1年ぶりにツアーに復帰した際も、新たな道へ進むことへのためらいがよぎったという。「プレーするほど、どんどん輝きが戻る。それが分かりながら去るのはつらい。でも、したいことがあるから」

姉になりたいという一人娘の希望に沿いたい思いもその一つ。「男だったら、トム・ブレイディ(45歳のアメリカンフットボールの名QB、3児の父)みたいになれたかもしれない」。最後に越えられなかった壁への無念さは、多くのファンにも共通するものではないか。 

 

 


 

セリーナ・ウィリアムズ 次のステージへ(下)「褐色の女王」扉ひらく

 

苦しい経験も後進の糧に

 

自分の信念、やりたいことを貫くセリーナ・ウィリアムズ(米国)の強烈な個性に食傷気味になる人も少なくない。ただ女性、特に褐色の肌を持つ女子テニス選手は熱狂的に支持する。

20歳のレイラ・フェルナンデス(カナダ)は「私たちのために戦ってくれた。全ての選手のために道を示してくれた」といい、大坂なおみは「彼女がなし遂げたことの産物が私」。中でも熱心なのが今季の全仏オープン準優勝の18歳、コリ・ガウフ(米国)だ。

「白人がほぼ独占していたスポーツを書き換えた」とガウフは言う。「セリーナ登場前、私のような(黒人)女性のアイコンはいなかった。世界ランキング1位が自分と似たような(肌の)人だから、成長する過程で『自分は違う』と思うことはなかった。これが彼女から得た一番大きなこと」

多くの人がセリーナにひき付けられる理由も端的に説明する。「女性、特に黒人女性は、そこそこで甘んじてしまいがち。でもセリーナはそうじゃない。高めていこうとする。彼女と何度か話して感じた」

女性やマイノリティーの多くは、多数派の人たちが無意識にする"扱いの違い"を感じたことがあるだろう。それに気づいても「仕方ない」と流していくものだが、セリーナはしない。それが摩擦を呼び、時に怒りを爆発させ、たたかれても試合で結果を出し、正当な扱いを得てきた。

「選手として苦しい経験を何度も経てきたけれど、次世代の選手たちはもっと楽に進めるんじゃないかな」とセリーナは言う。一般的にはパワフルな印象が強いが、記者会見での話し方は落ち着いており、ウイットに富んで面白い。仲のいいテニス選手も多く、本人は明かさないものの、若い選手たちにも積極的に声をかけているようだ。

「時々アドバイスをくれる。どうやって自分は乗り越えてきたかとか。内容は教えない!」と大坂もうれしそうに話す。バッシングや姉を射殺されるなどつらい経験を持つセリーナは、大坂がメンタルヘルスの問題を訴えたときにも温かいコメントを出している。

全米オープンでは多くの現役選手が、自身も大会中にもかかわらずセリーナの1回戦を見守った。同じ日に試合があったガウフはテレビ観戦の予定を生観戦に切り替えた。「8歳の頃からセリーナとビーナスを見るためだけに毎年、全米に来た。本当は大会中、会場に残りたくないけれど、人生に一度の体験だから」。初戦を突破したガウフはスタンドでセリーナの試合を観戦していた。

 

 

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