グローバルオピニオン

 

習近平氏が犠牲にする経済成長 

 

スティーブン・ローチ氏 米エール大学シニアフェロー

 Stephen Roach ニューヨーク大博士(経済学)。モルガン・スタンレー・アジア会長などを経て現職。研究対象は中国経済など。

 

ケ小平の時代以降、中国の指導者にとって経済成長は何よりも重要だった。1980年から2010年までの年率10%の超高成長は、6%程度だった毛沢東時代の相対的停滞に対する解毒剤として広く受け止められていた。しかし、習近平(シー・ジンピン)国家主席の下、13〜21年までの平均成長率は6.6%と、毛沢東時代に近い軌道を描いており、振り子は逆戻りした。

この減速は避けられない部分もある。1980年に世界の国内総生産(GDP)の2%だった中国経済が、2012年には15%にまで成長したのだから減速は時間の問題だった。ただ、もし12年以降、実質GDP成長率が10%台を維持していたら、現在の経済規模は1.4倍強になっていただろう。

構造的な分析では、減速は経済成長の質を高めるための戦略の副産物であるとし、楽観的な見方が示されている。超高成長の持続で、中国は温家宝前首相の言う「四不」(不安定、不均衡、協調性がない、持続不可能な経済)にますます悩まされるようになった。バランスと持続可能性という2つの目標に対応し、環境に優しく、消費者主導で、サービス集約的な成長につながるのなら、成長の鈍化がその代償だとしても、支払う価値は十分にある。

しばらくの間、構造的な減速は軌道に乗ったように見えた。サービス業主導の成長で雇用創出が促され、都市化が実質所得に強力な推進力を与えた。社会的セーフティーネットの脆弱さが過剰な予防貯蓄を生み、消費はまだ遅れていたが、構造転換の可能性を信じるのに十分な理由があった。

しかし、中国の景気減速は、むしろ超高成長時代の行き過ぎのツケが回ってきたと考えるのが妥当だろう。この筋書きは実は16年に「人民日報」一面の記事で注目されていた。債務に頼りすぎ、バブルに支えられた中国経済が日本化する可能性に警鐘が鳴らされた。08〜09年の世界金融危機以降、国有企業が負債を抱えながら拡大しているのと同様、過度にレバレッジをかけた中国の不動産セクターはこのシナリオに合致している。

加えて、ガバナンスのイデオロギー的基盤の大転換も作用している。毛沢東は新国家の創始者として、発展よりもイデオロギーを重視した。ケ小平とその後継者は、その逆だ。イデオロギーを排除し、市場原理による改革開放で経済成長を図ることを求めた。

そして、習氏の登場だ。13年の三中全会で打ち出した改革で、当初は経済好調の新時代が到来すると期待された。しかし、インターネット・プラットフォーム企業への規制強化とそれに伴うオンラインゲーム、音楽、家庭教師への規制、さらにゼロコロナ政策による終わりのない締め付けなど、「習近平思想」の総称で行われた新しいイデオロギーキャンペーンは、その期待を打ち砕いた。

重要なのは、習近平が民族の復興に執着していることだ。いわゆる「中国の夢」の発露であり、能力を内に隠す「韜光養晦(とうこうようかい)」というケ小平の受動的な姿勢とは対照的に、はるかに強硬な中国外交政策につながった。このことが米国との貿易・技術戦争をあおり、中国とロシアの「無制限のパートナーシップ」を生み出し、台湾をめぐる緊張を扇動した。これらはすべて、中国が他のどの国よりも長く恩恵を受けてきたグローバル化の巻き戻しを示唆している。

毛沢東時代には犠牲となる成長があまりなかったが、世界2位の経済大国である現在の中国にとって、はるかに大きな危機が迫っている。習氏は前例のない3期目の任期5年を迎える可能性が高い。中国の「成長の犠牲」は始まったばかりと考えるのが妥当だろう。

 

路線転換の見方も

中国の成長鈍化の理由として、経済の構造転換、過去の行き過ぎの反動、そして統治イデオロギー基盤の大きな転換を挙げているのは、明快で説得力がある。そしてこの3つの要素は深く絡み合っている。経済の構造転換や行き過ぎの是正が必要だからこそイデオロギーの変化が生じた面があり、一方でイデオロギーの変化が構造転換や行き過ぎ是正のための政策につながっている面もある。

ただ、ローチ氏が指摘するほど習氏がイデオロギーを重視しているかは、疑問である。確かに個別の業種を狙い撃ちするような規制強化を打ち出していて、背景に毛沢東時代を連想させる平等主義的な傾向がうかがえる。だが一方で、資産課税の強化など長期的・構造的に格差を是正するマクロ経済政策は停滞している。

経済政策の面でイデオロギー重視はさほど徹底していないのである。経済への悪影響が深刻になるようなら、割合あっさりと路線を転換するのではないか。結果として構造転換も行き過ぎの是正も中途半端に終わる可能性は心配だが。

 

 

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