経済教室

 

スリランカ混乱の背景 コロナ禍に失政が追い打ち

 

山崎幸治・神戸大学教授

やまざき・こうじ 62年生まれ。一橋大社卒、ウィスコンシン大博士(経済学)。専門は南アジアの貧困問題

 

 

ポイント

○ 内戦終結から19年までは順調に経済成長

○ 急激な有機農業への移行政策で大混乱に

○ 女性労働者や少数民族への支援が不可欠

 

スリランカの経済危機が世界的に注目されている。エネルギー・食料不足や物価高騰が深刻化しているほか、対外債務の膨張により5月にはデフォルト(債務不履行)状態に陥った。20年弱にわたりラジャパクサ一族が政権を維持してきたが、政権運営に行き詰まったゴタバヤ・ラジャパクサ大統領(当時)は7月に国外脱出する事態となった。

スリランカは26年にもわたる内戦を2009年に終結させ、外国からの復興支援と豊富な人的資源を背景に順調な経済復興を遂げていた。世界銀行のデータによれば、紛争終結後の5年間、1人あたり国内総生産(GDP)の実質伸び率は6%を超えた。また紛争終結時に約20%だった貧困率(1日あたり3.2ドルの貧困線基準)は、16年には11%まで低下した。

その背景にはスリランカ政府が重視してきた福祉政策がある。無償で教育、医療を提供してきた結果、優れた人的資源が平和を取り戻したスリランカの包摂的な経済成長に貢献した。

こうした福祉政策を維持するため、政府は慢性的な財政赤字を続け、国内外からの借り入れで補?してきた。メディアでは最近、中国からの借り入れが「債務のわな」を招いた典型例としてスリランカが取り上げられることが多い。しかしスリランカ財務省のデータによれば、中国からの借り入れは対外借り入れの10%程度にすぎない。

◇   ◇

スリランカの政治・経済危機の背景をみていこう。

同国の主力輸出産業はアパレルや紅茶だが、年間200万人を超える海外からの観光客がもたらす外貨収入が国際収支の改善に寄与していた。しかし19年4月の連続爆破テロを受け、19年の海外からの来訪者は大きく減少した。さらに20年からの新型コロナウイルスの感染拡大に伴う国際移動の制限は、観光による外貨収入源を枯渇させた。

財政赤字の原因となってきたのは、教育・医療サービスの無償提供に代表される社会福祉政策だ。貧困層と農家への給付金や補助金も財政支出の大きな割合を占める。大統領選挙の公約として、今後10年間をかけて有機農業に移行する目標を立てたラジャパクサ前大統領は、化学肥料への補助金と輸入の削減は、財政赤字と外貨不足の解消に即効性のある手段だと考えた。

ラジャパクサ前大統領は21年4月、化学肥料と農薬の輸入と使用の禁止という形で、急激な有機農業への移行を強行した。米誌フォーリン・ポリシーによれば、有機農業への政策変更の半年後には、自給できていた国内のコメの生産高が20%も減少し、米価の高騰を招くとともに緊急輸入を実施せざるを得なくなった。

また主要輸出品目だった紅茶の生産高も減少しつつあることから、22年2月には主要農作物に関して有機農業への移行政策を撤回するに至った。加えて不十分な支援であるが、農家の損失補?に2億ドル、高騰する米価補助に約1.5億ドルを支出する結果となった。

財政赤字と外貨不足が深刻化する中で、ロシアのウクライナ侵攻に伴う石油や穀物価格の高騰が事態を一層悪化させた。外貨不足で石油が輸入できないため、ガソリンスタンドには長蛇の列ができ、何日並んでもガソリンが手に入らない状況となった。燃料不足から計画停電も始まり、22年3月には1日10時間以上の計画停電が実施された。

コロナ禍に加え、ラジャパクサ前大統領による失策と国際市場の混乱の結果、物価高騰と物不足が深刻化し、今までの日常生活のあり方が崩壊したことが、広範な人々の不満と抗議行動を招き、今回の政治・経済危機に至ったのである。

通常、外貨不足による経済危機に伴い自国通貨の切り下げが進むと、紅茶やアパレルなど輸出品目を生産する人々が利益を得やすくなる。しかしコロナ禍の影響による国際的なサプライチェーン(供給網)の機能不全、長時間にわたる停電と有機農業政策の強行により、紅茶とアパレルは大きな打撃を受けてしまった。

◇   ◇

では、どのような人々が一連の危機で特に悪影響を受けたのだろうか。

新型コロナの感染拡大に伴う行動制限の影響をみてみよう。図は、英オックスフォード大学による外出制限厳格度のデータと、米グーグルがユーザーの位置情報を基にコロナ禍前と比較した人々の移動の変化(モビリティー指数、公共交通機関)を、日本とスリランカについて示したものだ。

スリランカは感染が拡大し始めた直後に、全国レベルのロックダウン(都市封鎖)を含む、日本よりはるかに強力な外出制限措置を実施し、人々の移動を強く抑制したことが分かる。感染者が増えるたびに、強い措置を実施し感染者数を抑え込むことに成功した。

こうした強い行動制限により人々の移動が大きく抑えられたことで、経済的損失を被ったのは、対面での営業や人の移動に関わる職業、そして物流に依存する職業に従事する人々だ。スリランカでは就業者の47.1%(19年)がサービス産業に従事しており、その多くが低収入かつ不安定なインフォーマルな仕事に就いている。政府の緊急支援も届きにくかったインフォーマルなサービス産業に従事する人々は、大きな打撃を受けたことだろう。

新型コロナの感染拡大による雇用への影響については、タイタン・アロン米カリフォルニア大サンディエゴ校助教授らのナイジェリアに関する研究がある(AEA P&P誌、22年)。感染が拡大した時期にとりわけ学齢期の子供を持つ女性の労働参加率が低下したという。コロナ危機が特に女性に悪影響を及ぼした事実は、従来の経済危機の影響が都市フォーマル部門の男性労働者に大きかったことと対照的だと指摘する。

こうした分析結果をスリランカに当てはめると、厳格なロックダウンに加えて学校や託児所の閉鎖の影響は、女性の労働者に大きかったといえる。さらに対面での営業が不可欠な自営の小売業などを営む世帯にとって、最近の物価上昇とエネルギー不足による悪影響が特に大きかっただろう。

さらにコロナ禍の影響を考えるにあたり、スリランカ国内の民族問題も無視することはできない。

筆者は、神戸大学とスリランカ・ペラデニア大学の共同研究として、旧紛争地域を代表する1600世帯の家計調査を18年に実施した。その結果から、内戦に敗れたマイノリティーであるタミル人世帯では、女性世帯主の割合が約20%に達しており、半数以上の世帯主が正規雇用ではなく臨時雇用か自営業に従事することが分かった。最も貧しい20%の世帯の約9割がタミル人世帯であり、わずか12%の世帯しかコンピューターを保有していなかった。

これまでの分析結果を併せて考えると、不安定な職にしか就いていない女性世帯主のタミル人世帯とその子供たちは、一連の政治・経済危機により最も打撃を受けた集団の一つであり、今後の復興と社会統合を考えるうえでも重点的な支援が必要な人々だといえる。

 

 

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