春秋(8月5日)

 

 

社史なんて無味乾燥な事実の羅列でつまらないと思いつつページを開いたが、意外に面白かった。ガス器具会社が自動車製造に乗り出し、苦心のすえトラックの開発に成功。戦時中は戦車工場に。敗戦で解散するも新会社として再出発を果たす――。日野自動車である。

▼玉音放送の当日、社長と専務が行く末を話すくだりが生々しい。「農具でも製作してやっていけないものだろうか」「そんなことではどうすることもできません」。7千人の従業員を300人に減らし、しばらくナベやカマをつくり糊口(ここう)をしのいだという。トントントントン、とユーモラスなCMに映らない歴史を知った。

▼社史には「日野の一家主義」という言葉が登場する。いわく、上下がフランクに意思を疎通し、研究熱心で全社員一丸となるのが社風だそうだ。明るみに出たエンジン不正問題では、上層部の意向を絶対視する体質や部門間の連携不足、物言わぬ社風が背景として挙がる。高く掲げた理想との隔たりはなぜ生じたのだろう。

▼嘘に嘘を重ね、自浄作用が働かぬ会社の病状はかなり重そうだ。ひょっとすると日本企業にまん延する病魔かもしれない。こたびの不祥事は次の社史でどう記されるか。組織を土台から建て替え、ものづくり企業の誇りを取り戻しました。そんな再生の物語をつづることができれば読み応えのあるものになると思うのだが。

 

 


 

 

日野自、開発遅れを「お立ち台」で追及 不正巡る報告書

 

 

エンジン不正についての記者会見で頭を下げる日野自動車の小木曽社長(2日、東京都中央区)

日野自動車のエンジン試験不正を調査していた特別調査委員会は2日、報告書を公表した。新たな不正を明らかにするとともに、不正が起きた原因を分析した。エンジンの性能試験を担う部署という局所的な問題とすると本質を見誤ると指摘。縦割りで上層部からの意向を絶対視する企業体質や、部門間での連携が不足しあら探しをする風土が真因だと言及した。

 

「局所的な問題に矮小化することは問題の本質を見誤る」

一連のエンジン不正は少なくとも2003年ごろからエンジンの性能試験などを担う「パワートレーン実験部」で発生したと認定。エンジンの開発時に実施する排ガス性能や燃費の試験に加え、国土交通省からの認証業務の双方を担っていた。

報告書では「エンジン開発エリート主義」などと指摘した。従業員のアンケートでは「エンジン関係者は偉いから従えという印象を受けるし、横柄な態度でろくに話も聞かない」との回答もあった。ただ報告書はパワートレーン実験部の責任は重いとしながら、組織全体に問題があると批判。企業体質そのものの変革を促す。

 

「開発スケジュールの逼迫、絶対視」

排ガス性能を評価する「劣化耐久試験」が導入されると、法律が定める時間数の試験を実施するよう迫られるようになった。上司や他部署からのプレッシャーが強い風土があり、開発の遅れが許されず、スケジュールが窮屈となった。法律が定める測定を実施しなかったり、結果を書き換えたりするといった不正が始まった。

 

「担当が明確な業務以外は積極的に引き受けにいかない雰囲気が醸成」

日野自内では部署間の連携がうまくいかず組織内で見落とされがちな業務を「三遊間」と表現。頻繁な組織変更で三遊間の業務を増やし、結果的に担当が曖昧な業務が増えたことを課題として指摘している。

今回の問題でも不正を認識していたのはパワートレーン実験部のみで他部署との人事交流やコミュニケーションは希薄だった。「日野の開発に関わる部署の役員や社員は試験内容をほとんど理解していなかった」。

 

「開発遅れで『お立ち台』、担当者レベルで責任追及」

従業員へのアンケートでは「お立ち台」と呼ばれる行為の指摘も散見された。「問題を起こした担当部署や担当者が、他の部署も参加する会議の場で衆目にさらされながら説明を求められる」とされ、問題が生じて開発が遅れれば担当者レベルで責任をとらされる。

「助け合いではなく犯人捜し」、「言ったもの負け」という言葉でも表現されており、結果的に不正行為などの問題を隠蔽する体質醸成につながった可能性がある。

 

「上意下達の気風が強すぎる組織、パワーハラスメント体質」

燃費不正では05年11月、副社長を退任して技監となっていた元役員の指示をきっかけとなり、06年から導入される自動車取得税の軽減措置への対応として、大型エンジン「E13C」などで15年度目標の達成を目指す決定がなされた。

元役員の指示は「必達」と捉えられた。エンジン燃費の実力値が軽減措置の目標を達成できない見込みにもかかわらず、役員らから達成を強く求められ、開発担当者は専務や副社長に目標達成が可能だと報告した。

 

「最後の砦としての役割が期待され、次第に追い込まれていった」

16年に発覚した三菱自動車の燃費不正問題を受けて、国土交通省は国内の車メーカーに不適切な事案がないかの報告を命じた。日野自は回答書の資料作成をパワートレーン実験部が担当、不適切なデータを提出するなどの手口で虚偽報告した。

特別調査委によると、エンジン7種類で燃費値や排出ガス値など5項目のデータが必要だが、データ全体のうち「適切」だったのは6%弱しかなかった。すでに不正行為を担ったパワートレーン実験部が自ら問題を明らかにする自浄作用は働かなかった。

 

「『トヨタグループだから大丈夫』というおごりの意識」

トヨタ自動車の子会社となり、「トヨタと同じやり方でやっていれば問題ない」との考えが広がった。日野自の事業戦略について「身の丈に合わない」、「選択と集中ができていない」と問題点を指摘する声が社員からは多くあがった。報告書でも経営陣が経営資源の不足を巡る状況について正しく理解できていないと指摘した。

 

 

 

多様な観点からニュースを考える

 

山口周  著作家/ライプニッツ代表

分析・考察アイヒマン裁判を傍聴した哲学者のハンナ・アーレントは「悪事は無批判な優等生がなす」と喝破しました。教育システムの成果で現在の日本には至る所にこの「無批判な優等生」が溢れており、そこかしこで今回のような不祥事が起きています。このような状況に陥ると仕事はたちまちブルシットジョブとなり、仕事人生は子供に語れない悲劇(喜劇?)となります。どうするか?政治経済学者のハーシュマンは「発言と離脱」の二つが必要だと指摘していますが、このような組織で「発言」が受け入れられるとはとても思えない。つまり「離脱=逃走」が解になると思います。私たちには「逃げる権利がある」のではなく「逃げる義務がある」ということです。

 

小宮一慶  小宮コンサルタンツ 代表取締役CEO

分析・考察私の師匠の禅寺のお坊さんは、「お金を追うな、仕事を追え」とよくおっしゃっていた。不正を起こす企業では、企業の存在意義である「パーパス」(目的)と、売上高、利益などの「目標」の違いが分からなくなっているのだろう。
社会やお客さまが求めているのは商品やサービスなどの「成果」であって、自社の売上高や利益などの「結果」ではない。

 

小平龍四郎  日本経済新聞社 上級論説委員/編集委員

分析・考察記事中の次のくだりは、主語を別の会社に置き換えても十分に成立します。

「縦割りで上層部からの意向を絶対視する企業体質や、部門間での連携が不足しあら探しをする風土が真因だと言及した。」

三菱電機の検査不正にも当てはまる構図であり、現下のニッポン株式会社の一断面をとらえています。対外的なアカウンタビリティーの軽視、「我が社流」の仕事の進め方についての歪んだ自信、労働の流動性が低いことによる逃げ場のなさ。ウチの会社のことかと、ぎくりとした読者の方も少なくないでしょう。中国社会について書いた日経電子版の別の記事の見出し「異論封じ失敗許さぬ『理想郷』」も二重写しに見えます。

 

 

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