時論・創論・複眼

 

世界の分断、避けるには 識者に聞く

 

ジャック・アタリ氏/ジョセフ・スティグリッツ氏/グレアム・アリソン氏/朱寧氏

 

 

コロナ禍、ロシアのウクライナ侵攻、資源・食料価格の高騰など相次ぐ危機で世界の分断は深まっているようにみえる。日米欧など民主主義国家と中国、ロシアなど権威主義国家との亀裂が深まるなかで分断を回避する手段はあるのか。各国の有識者に聞いた。

 

◇   ◇   ◇

民主主義国家の同盟を 元欧州復興開発銀行総裁 ジャック・アタリ氏

Jacques Attali 経済学者。ミッテラン仏大統領の特別顧問などを経て1991〜93年、欧州復興開発銀行(EBRD)初代総裁

私はいまのところ世界は深刻な分断には至っていないとみているが、その可能性はある。いまは国際協調に前向きなバイデン米大統領がいて、欧州は結束しており、日本もすぐそばにいる。しかしロシア経済は機能していないし、中国経済もコロナ対応をみるとうまくいっていない。

すべては2024年の米大統領選にかかっている。トランプ前大統領が戻ってきた場合は問題が生じる。彼が今米大統領だったら、ロシアへの制裁やウクライナ支援もうまくいかなかっただろう。

長い目で見れば、世界の分断は起こらないと信じているが、短期的には2年後の米大統領選の結果、米国が民主主義国家でなくなることがリスクだ。

ロシアによるウクライナ侵攻は、欧州にとっては目覚ましコールのようなものだった。(エネルギーや食料のロシア・ウクライナなどへの依存にみられるように)輸入の25%以上を1つの国に依存してはいけないということだ。

欧州連合(EU)は大きくなり、潜在的な成長力もある。EUはコロナ禍への対応やウクライナ危機でも一致団結している。欧州は裕福で民主的という意味で世界でも例外的な地域だ。

米国が創設した米英豪の安全保障の枠組みのAUKUS(オーカス)は、太平洋地域に関心を持つフランスを除外しており、良い方法ではない。米国は、EUとも協議して民主主義国家による同盟にすべきだ。

北大西洋条約機構(NATO)よりももっと大きい民主主義国家による軍事力の裏付けのある政治同盟をつくることが必要だ。非民主主義国が民主主義に移行するのを支援すべきだ。

格差など国内の社会的な分断を回避する一番良い方法は、次の世代の生活が今よりも良くなるという感覚を人々に与えることだ。

私は「命の経済」という考え方を提唱している。健康、教育、デジタル、クリーン・エネルギー、民主主義、安全保障、良質な食品と農業などの分野に焦点を当てるべきだ。これらの部門は現在、国内総生産(GDP)全体の4割未満だが、これを7割に引き上げるのが私の夢だ。

 

◇   ◇   ◇

ワクチン・気候変動で協調 米コロンビア大教授 ジョセフ・スティグリッツ氏

Joseph Stiglitz 米大統領経済諮問委員会委員長、世界銀行チーフエコノミストなどを歴任。2001年にノーベル経済学賞を受賞

世界は新たな冷戦へと二極化するリスクがある。5月下旬の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)では2つの異なる意見が聞かれた。

第1は世界を分断する新たな冷戦は何としても回避しなければならないという意見だ。我々は気候変動や次の感染症対策でも協力しなければならないからだ。第2は分断は避けられないので、少なくともこの機に欧米や日本、オーストラリアなど世界の民主主義国家が団結すべきだという意見だ。

今後も2つの議論が進んでいくだろうが、実態としては両方の意見を同時に実行しなければならない。つまり、我々は気候変動問題では協力すべきだし、同時に民主主義を推進するためにできることはすべきだ。民主主義諸国はもっと協力しなければならない。

中国の問題では、香港や新疆ウイグル自治区で民主主義が抑圧されていることを懸念している。しかし、必ずしも経済戦争をしなくてもよい。ロシアのように他国を侵略した場合には選択の余地はないが、相手が国際ルールに従うならば、我々は自らの価値観は守りながら交流することはできる。分断しながら協力するということだ。我々は協力の仕方を学ばなければならず、それが大きな課題だ。

私は、新型コロナウイルスのワクチン接種という明らかに世界で協力すべき問題が進んでいないことに落胆している。世界の一部の地域でもコロナがまん延する限り、ワクチン耐性のある変異ウイルスなどの危険がある。それでも世界的な合意を得られていない。

(米国内政治の問題で)世界における米国のリーダーシップが衰退することを懸念している。米国は欧州や日本などの民主主義国家と協力していくことがとても重要だ。米国の指導力が必要だが、その民主主義が心配という声をよく聞く。

バイデン大統領は経済的にも政治的にも難しい状況のもとで仕事をしている。彼は育児支援や貧困削減などで良い法案をつくったが議会で通せなかった。インフレの影響もあり支持率も低下している。2024年の大統領選でトランプ氏が復活する可能性はある。

 

◇   ◇   ◇

「競争的共存」に知恵出せ 米ハーバード大教授 グレアム・アリソン氏

Graham Allison ハーバード大ケネディスクール初代学長。専門は政策決定論、核戦略論。クリントン政権で国防次官補

私は5年前に、覇権国が台頭する新興国にとって代わられることを恐れるがゆえに戦争につながる「ツキディデスのわな」という概念を示し、米国と中国が戦争に陥る可能性について指摘した。最近の米中はまさにその脚本通りに進んでいるようにみえる。

古代ギリシャで覇権国スパルタと新興国アテネが戦ったペロポネソス戦争は、ケルキラとコリントスという小都市の紛争から大戦争に発展した。

欧州全土を焼き尽くすことになる第1次大戦の発端は、1914年のオーストリア皇太子の暗殺事件だった。現在の米中では、最も可能性の高い引き金になりうるのは台湾問題だ。

米中戦争を回避するには、まず中国のような新興大国と米国のような巨大覇権国との間では、構造的に深刻な対立が避けられないことを認識することだ。構造的な力が働いているが、(戦争という)結果は必然的なものではない。

実際、我々が過去500年の歴史を調べて、新興国が覇権国を脅かした16のケースのうち4件では実際の戦争にはならなかった。

そのうちの一つの東西冷戦が始まったときにも、多くの有識者が米国とソ連の戦争は避けられないと言っていた。

だが、想像力豊かな国家戦略が、最終的に冷戦を生み出した。冷戦は戦争ではなく競争だった。米中も実弾で破壊しあったりせずにすませることは原理的には可能だが、いまのところ良い方向にいっているとは思えない。

米国と中国は意図せぬ戦争を回避するために互いに努力しなければならない。地球温暖化問題や世界経済や金融問題でも協力できる分野もたくさんある。

米中は、戦争につながりかねない誤解や誤算がないよう明確な意思疎通をする必要がある。意思疎通や協力をしながら「競争的な共存」をしていかなければならない。

日本はこの問題に大きな利害関係がある。米中が戦争になったら日本は逃げられない。日本は意見を言う権利があるし、どうすれば両者が共存できるかを提案する役割を果たすこともできる。

 

◇   ◇   ◇

米中に信頼の基盤必要 上海交通大上海高級金融学院副院長 朱寧氏 

Zhu Ning 米エール大博士。リーマン・ブラザーズ、野村証券での実務経験も。金融、経済、経営など多数の論文を発表

地政学的・外交的な観点で中国の意思決定に影響を与える2つの重要な要因がある。

第1は、世界のなかでの中国経済の相対的な強さだ。今の中国の国内総生産(GDP)は(2008年の)世界金融危機のころの約4倍になっていることを忘れてはならない。

第2は中国がより自信を持って、自己主張していることだ。中国は自らの経済力の拡大で国際関係でより大きな影響力を持つことを望んでいる。だが、それが実現しないことへの欲求不満がある。

世界の環境変化も大きい。世界金融危機後は、世界経済のパイはかつてのように大きくは増えず、拡大ペースが緩やかになってきている。

中国だけでなく各国の国内での(社会的な)緊張も忘れてならない。若年層の将来への希望が失われ、格差が拡大している。そのため、各国の国内政策がより自己中心的になっていると思う。

金融システムについてみると、世界の資金の決済や調達、投資などがより統合されることは、皆に利益になる。ところが、中国と米国の間でデカップリング(分断)の兆しがみえてきている。

これは、トランプ前米政権が米投資ファンドに中国企業への投資から撤退するよう脅したことから始まったとみる。そして中国企業の米国での上場廃止の潜在的なリスクが出てきた。この動きは必ずしも中国から出てきたとは思わない。

中国は、ロシアに対して起きたようなこと(経済制裁)が中国にも起こったらどうするかという不測の事態への備えをし始めているのだろう。決済システムや資金調達、米ドル建ての外貨準備の安全性や信頼性など、様々な問題が考えられる。

だが、中国と米国は対立するよりも対話する方がよいと思う。問題解決を議論する際は、相互の信頼と尊敬の基盤が必要だ。

私は、中国と米国には、大きな文化的な違いがあることを常に念頭に置かなければならないと強調している。私たちアジア人には私たちのやり方があり、西洋には西洋のやり方がある。

 

◇   ◇   ◇

〈アンカー〉国際社会に試練 地球規模で修復

ダボス会議に参加した有識者へのインタビューでは、米中二大国の武力衝突を避けるべきだという点で意見は一致したが、問題はその道筋をどうつけるかだ。

アタリ氏は日米欧など民主主義国の結束を訴える。朱氏は中国の意見を国際社会はもっと尊重するよう求め、アリソン氏は米中の「競争的共存」を説く。分断修復は容易ではないが、スティグリッツ氏が言うように気候変動や感染症など地球規模の問題から協調を立て直すのも一案だ。

米国の国際指導力と関連して、今秋に中間選挙、2024年に大統領選を控える米国社会の分断を懸念する声も相次いだ。日本でも選挙遊説中の元首相銃撃という民主主義の根幹を揺るがしかねない衝撃の事件が起きた。世界の分断回避には民主主義の足元をしっかり固めることも重要だ。

 

 

もどる