日経・慶応大・米コロンビア大 学生応援プロジェクト

 

危機下の報道のあり方は 真偽の検証、責務増す

 

 

論する(右から)小川、ピール、カーンの各氏。左は司会の原田氏(2日、東京都港区の慶応大)

 

日本経済新聞社と米コロンビア大ジャーナリズム大学院、慶応大メディア・コミュニケーション研究所は2日、学生応援プロジェクトとしてシンポジウム「これからのジャーナリズムを考えよう」を開催した。オンライン視聴も含めて学生ら約2760人が参加。ウクライナ危機の深刻化も踏まえ、戦時下の報道のあり方について議論した。

 

パネル討論第1部 戦争報道〜いま現場で何が

 

アズマット・カーン氏 米コロンビア大ジャーナリズム大学院助教授。ニューヨーク・タイムズ・マガジンの記事でピュリツァー賞を受賞した。戦争の被害の実態を明らかにする調査報道で知られ、現在は米国の空中戦を調査した著書を執筆中。

 

マイケル・ピール氏 Nikkei Asia副編集長。フィナンシャル・タイムズ入社後、西アフリカや中東、東南アジア、欧州の各地で特派員を歴任した。著書に「A Swamp Full of Dollars」「The Fabulists」。21年から現職。

 

パネル討論の第1部には米コロンビア大ジャーナリズム大学院のアズマット・カーン氏、Nikkei Asiaのマイケル・ピール氏、日本経済新聞社国際報道センターの小川知世記者、司会の原田亮介論説主幹が登壇した。「戦争報道〜いま現場で何が」をテーマに意見を交わした。

原田 ウクライナ危機では公開情報を分析する「OSINT(オープンソース・インテリジェンスの略)」やSNS(交流サイト)が大きな役割を果たしている。

カーン テクノロジーが進歩すれば事実を確かめる手段が増える一方、偽情報をより精巧で複雑な手法で広めることもできるようになる。真偽の検証は難しくなっていくだろう。OSINTも当事者への聞き取りも、取材ツールの一つだ。戦争の複雑さを報道に反映させるためには、現地で人の話を聞く努力を続けなければならない。

ピール OSINTの力は重要だ。衛星画像などはロシアの戦争犯罪を確認する手段になる。フェイクニュースは本当に大きな問題で、独裁者だけでなく、誰もが自分の価値観で偽情報をばらまいてしまうことがある。SNSの情報が本当に正しいのか、他人に送っていいのか、一般の人々も自制が必要だ。

小川 報道のあり方も変わった。情報やデータを分析する際は偽情報の拡散とならないようにする意識が必要だ。いずれの政府の発表であっても、どのように迅速にファクトチェックできるか、取材手法を日々考えている。

原田 西側諸国の報道にウクライナ側への偏りはないか、という学生からの質問がある。

カーン ウクライナ危機では民間人の犠牲が優先的に報道された。私も市民の犠牲について取り上げてほしいと思っているが、これまで西側諸国が戦争を始めたときには、民間人の犠牲者に同じように焦点が当てられることはなかった。もどかしさも感じる。物事の流れや歴史的な関連性を忘れてはならない。

ピール 欧米メディアはイデオロギーの強い機関もあるが、不完全ながらも客観的であろうとする動きもあり様々だ。倫理的なメディアは歴史上の紛争と同様に、(状況が不確実な)「戦場の霧」を認識している。ウクライナの主張は真実とは限らず、ロシアの主張は真実でないとは限らないと理解している。

 

パネル討論第2部 メディア化する戦争の時代に生きる

 

廣瀬陽子(ひろせ・ようこ)氏 慶応大総合政策学部教授。専門は国際政治・旧ソ連地域研究。国家安全保障局顧問など政府の委員を歴任。著書「コーカサス 国際関係の十字路」でアジア・太平洋賞特別賞を受賞。16年から現職。

 

津田正太郎(つだ・しょうたろう)氏 慶応大メディア・コミュニケーション研究所教授。著書に「ナショナリズムとマスメディア」「メディアは社会を変えるのか」など。国際通信経済研究所、法政大社会学部を経て22年から現職。

 

「メディア化する戦争の時代に生きる」と題した第2部には慶応大の廣瀬陽子氏、津田正太郎氏と日本経済新聞社の村山恵一コメンテーターが登壇した。司会は慶応大の山本信人教授。

山本 ウクライナ危機は最も細かく報道されている戦争かもしれない。

廣瀬 ウクライナはSNSでの戦闘に非常に成功した。一般人もSNSで世界に訴えた。このように情報戦が大きな意味を持つ戦争は初めてだ。ロシアの情報統制は国内、特に高齢者や地方において成功しているが、若い人はインターネットで西側の情報をかなり入手している。

津田 プロパガンダには国内の士気を高めるもの、敵国を混乱させるもの、国際世論を味方につけようと第三国に向けるものがある。しかし現代は情報があっという間に伝わる。誰に向けたものか見分けるのが難しく、考えていく必要がある。

山本 虚偽の情報に惑わされないようにするためにも、情報とどう接するか。

津田 「自分が何を信じたがっているか」を知ることが大事だ。好意的な情報にはガードが下がりがちになる。一つの考えを信じるのは危険だが「どっちもどっち」とシニシズムに陥るのも良くない。どこに自分の立場があるのか考えてほしい。

廣瀬 受け取るだけの立場では情報が偏る。主体的に情報を探し聞きたくない情報を受け入れる姿勢や、正しい情報を得られる知識と広い心が大切だ。情報を理解し分析するような付き合い方ができれば、自分の発展にもつながるのではないか。

村山 大量の情報に触れるとセンセーショナルなものに反応し心を揺さぶられてしまう。そうしたものの集合体として世論が形成される危うさも感じる。しっかりした軸を持つメディアの責任も重くなっている。

 

 

 

総括する慶応大の大石裕名誉教授

総括を務めた慶応大の大石裕名誉教授 戦争には軍事力、経済力、情報の3つの要素があり、特に情報戦は近年複雑化してきている。第2次世界大戦やベトナム戦争、イラク戦争のように、ウクライナ危機も10年、20年、もっと先に専門家やジャーナリストによって検証される。検証に耐えうる報道を行うという歴史的な視点が重要だろう。

 

 

基調講演 ブルース・シャピロ ジャーナリズムとトラウマのためのダートセンター所長「トラウマへの対応、議論を」 

 

紛争の報道ではトラウマの問題を議論する必要がある。長期的な影響が当事者や家族、コミュニティーに残る。しかし紛争の取材のため現地に派遣される記者が、必ずしもそうした知識と対応できる技能を備えているわけではない。

トラウマを抱えた人の中には、出来事についての証言や信頼関係の構築が難しいケースもある。ジャーナリストは、なぜそのような行動を取るのか理解しなければならない。我々は脳科学や心理学の専門家と研究を進めてきた。極めて強い恐怖によって、脳機能は生物学的に変化する。安全な段階になっても影響は続いていく。

トラウマの被害者にとってインタビューはつらい経験だが、価値もある。誰かに話すことで記憶をコントロールできるようになると多くの研究が明らかにしている。一方、取材において遅刻や名前の言い間違いといったミスがあると記者の信頼は即刻失われる。

悲惨な状況を伝える報道側にも影響はある。ジャーナリストは一般の人々よりトラウマを抱えるケースが多い。レジリエンス(強じん性)を保つ対策として、日々の仕事の中できちんと休憩を挟む、戦争報道から距離を取るといったセルフケアが重要だ。

同僚同士の支え合いも必要だ。孤立はトラウマを悪化させるリスクの一つ。チームで仕事をしなければならない。世界中の報道局はトラウマの対応策を探り始めている。

戦争の悲惨な状況を踏まえて取材対象に真摯に向き合ったうえで、トラウマについても理解を深めることにより、優れた報道ができるはずだ。

 

 

開演のことば アズマット・カーン 米コロンビア大ジャーナリズム大学院助教授 「現地行き真実を公に」

 

あらゆる紛争でプロパガンダと呼ばれる情報操作が繰り広げられる。記者は複雑に展開する事実を正しく報じることを求められている。2021年12月から米紙ニューヨーク・タイムズで公開された調査報道シリーズは、米国によるイラクとシリアでの空爆被害の取材の集大成だ。

現地で民家を一軒一軒訪ねたり、衛星写真を分析したりして、米国の公式見解と照らし合わせた。発表よりもはるかに多くの民間人が巻き込まれ、死傷したことが分かった。報道を機に政策を見直す動きも出た。何よりも重要な成果は、多くの民間人が自分の話を聞いてもらう機会を得たことだ。

学生の皆さんには、戦争報道は現地に行って人々と対話し、証言の検証を通じて戦争の背景にある真実を公にすることが大切だと伝えたい。

 

 

主催者あいさつ 伊藤公平・慶応義塾長「命懸けの報道を実感」

 

ウクライナ危機などを巡る多くの報道を見てきた。1999年のロシアの高層アパート連続爆破事件では、チェチェン共和国独立派が関わったと断定したロシア政府に対し、ロシア側の自作自演とジャーナリストが主張。一部が不審な死を遂げたとする番組もあった。

最近、面談した欧州の大学の学長らによると、真相に迫る様々な学術研究をした研究者たちが身の危険を感じるようになり、警備をつけなければならない状況だという。「真相に迫るということは不都合な人たちの反感を買う」との話もあった。

命懸けで真相を暴く研究者、ジャーナリストがいると実感し、メディアコミュニケーションの大切さを改めて感じる。今回ジャーナリストや学者がそのあり方を考えるのは機を得ている。

 

 

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