経済教室  エコノミクストレンド

 

社会全体で挑戦 後押しを

 

柳川範之・東大教授

 

ポイント

○ 世界の政治経済は「大組み換えの時代」に

○ 全世代で閉塞感がある働き方を改革せよ

○ 社内外で自由に革新や連携可能な体制へ

 

 

新型コロナウイルス感染症やウクライナ侵攻を機に、世界の政治経済体制に大きな変革が起きている。為替動向や物価、足元のマクロ経済環境にも注目が集まるが、日本経済にとっては、世界のダイナミズムをどう取り込んでいけるかが本質的な課題だろう。

世界全体の動きを一言で表せば「大組み換えの時代」ではないか。政治的には北欧2カ国の北大西洋条約機構(NATO)加盟など同盟関係に変化がみられるし、企業間の動きも地政学的リスクの変化を反映して、サプライチェーン(供給網)の組み換えが現実のものとなっている。

国家間の経済連携においても、組み換え、再編成の動きが今後生じてこよう。さらにはデジタル化や人工知能(AI)活用の進展により、取引や連携のあり方も、世界レベルで急速に変化しつつある。

企業は、生じている大きな組み換えに対して、どれだけイノベーティブ(革新的)な対応を適切かつ迅速に行えるかが問われている。DX(デジタルトランスフォーメーション)も本来はそのような文脈で考えるべきだろう。そして、企業と個人との関係も、新しい組み換えがこれから様々な局面で出てくるはずだ。結果として、組織のあり方や人事のあり方の変革も避けて通れないだろう。

 

◇   ◇

そこで、変革に対応できる人材の育成が当然重要になってくるが、日本企業、特に日本の大企業は、ヒエラルキー構造が縦に長く、かつ人口の逆ピラミッド化の結果、上が重い組織構造になっている。

ヒエラルキーが縦に長いと、リスクや課題について順番に検討していく結果、何段階ものチェックをクリアできないと案件が実行されない。この仕組みだと、問題が見過ごされるリスクは小さくなるが、新しい取り組みが実行されにくく、どうしても現状維持に傾きがちだ。安定性は実現できる半面、新しいチャレンジが実行されにくい構造になってしまう。

それに加えて、下の世代に閉塞感が広がりやすい。特に上の世代の人数や層が厚い場合には、自分の番が回ってくるのに相当時間がかかるという思いを抱きがちで、やる気が十分に発揮できなくなる。下の世代に、新しい取り組みに関するアイデアがあったとしても、会社でなかなか実行されなくなってしまう。この点は、日本経済がダイナミズムを発揮するうえで、大きな懸念材料だ。

若い世代はまだまだ頼りない、実力がないから評価されないのだという意見もあろうが、先輩後輩の関係を重視し、年長者を敬う傾向が強い日本文化の中にあっては、上下関係からくる下の世代の閉塞感は、強くなりがちだ。

一方、その結果として中高年が生き生きと活動できているかといえば、むしろ逆の傾向にある。十分な働き場所が得られていないと感じていたり、セカンドキャリアなど将来の働き方に不安を覚えたりしている人も多いのが実情だ。上の世代も下の世代も閉塞感を抱えているというのは、大きな変化が生じている今の経済環境において、あまりにももったいない。

以前この欄でも述べたが、起きているのは組み換えだけではない。イノベーション(技術革新)の民主化とも呼ばれているように、大きな資本がなくてもアイデアを実現できる時代だ。日本経済全体の視点で考えても、社会全体で、新しいチャレンジを促進していく必要がある。

極論を言えば、20〜30代、40〜50代、60〜70代と世代ごとに分社化し、それぞれに人事権も含めたかなりの独立性をもたせるという組織再構築も考えられるのかもしれない。必要な全体連携は、持ち株会社をつくって実現させる。もちろん、年齢によって組織を分ける合理性はない。しかし、年功的なヒエラルキーが強い日本企業においては、このような構造も選択肢の一つとして再検討する意義はあるのではないだろうか。

 

より現実的に組織を変えていくならば、社内スタートアップや、出向などを積極的に活用して、若い世代の自律的な活動を社内で積極的に支援していくことが重要だろう。

その際のポイントは大きく分けて2つある。一つは、独立的な意思決定をできるだけ認め、成果の実感が得られる仕事をできるだけさせること、もう一つは企業の枠外との連携を積極的に推奨していくことだ。

成果の実感を従業員に得られるようにすることは、裏を返せば、現状の大企業では自分の創意工夫によって誰かが喜んでくれるという実感が得にくいことを意味している。組織である以上、ある程度仕方がないことだが、たとえば副業などによってそのような実感や達成感が得られるのであれば、働くモチベーションの増大にもつながり、本業にも大きなプラスになる。

 

◇   ◇

また、新しい発想や工夫を考えるうえでは、閉じた組織の中だけで考えるのではなく、外部との連携や情報交換が重要だ。出向の経験や他分野の研修は、この面でも意味がある。外の仕事を経験させたり、外の知見を得させたりすると辞めてしまうのではないか、企業内の成果にならないのではないかと懸念する経営者は少なくない。しかし退職した社員ともネットワークをつくっておけば、それは将来のオープンイノベーションにもつながっていく。

たとえ辞める可能性が少し上がっても、外部の知見を得ることの企業価値に与えるプラスの効果のほうがずっと大きいはずだ。さらに言えば、外の知見が得られるような人材育成をしない企業には、今後良い人材は集まらなくなる。

中高年の従業員にも同様に新しい取り組みを積極的に促していくことが必要だろう。社会貢献や地域貢献を積極的に行いながら働きたいという中高年は多い。今までの知見をいかしながら、副業や外部との連携によって社会貢献ができる環境をつくることは、本業においてもモチベーション増大につながるし、セカンドキャリアを考えるうえでも有効だ。

このように、個人に本業とその他という、ある意味で「両利きのチャレンジ」を促し、従業員の閉塞感を打破し、新しいチャレンジと新しい「チエ」の創出を実現させていく。外との連携を排除するのではなく、むしろ企業が積極的に後押しして、企業自身の境界線を緩め、新たな外部ネットワークづくりに役立て、その先にあるオープンイノベーションにつなげていく。これらが、現場レベルから新しい組み換えを企業が実現するポイントだろう。

日本政府もスタートアップを支援する政策を打ち出しており、兼業・副業の推進や女性活躍もうたわれている。企業の取り組みとあわせ、新たなチャレンジを積極的に後押しして、経済全体の大きな組み換えを実現し、世界全体のダイナミズムを大きな力に変えていかねばならない。

 

 

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