「平和な日本」襲った凶弾 国民の政治離れ望むな
By Leo Lewis
筆者が安倍晋三元首相に最後に会ったのは、8日に奈良市で銃撃され死亡した数カ月前のことだった。安倍氏は私邸から歩いて数分の距離にある東京の緑のオアシス、代々木公園で年老いた母親と連れ立って散歩していた。
安倍氏の後を継ぐ人たちは、国民の政治離れがさらに進むことを決して望んではならない=ロイター
安倍氏は「美しい国、日本」というスローガンを掲げて政治活動を展開してきた。代々木公園でこの大物政治家は、2つの異なる日本の美しさを享受していた。
一つは、安倍氏が着ていたピンク色のゴルフ用セーターと競うように咲き誇っていた満開の桜だった。もう一つは要人が気軽に散歩ができるという文明的な美しさだ。
日本で最も顔が知られており最も世論を二分する政治家が、見渡す限りでは警護をつけずに散歩していた。警備がないように見える一方で、安倍氏は「パクス・ジャポニカ(日本による平和)」とも呼べる、不思議かつ見て触ることができない結界のようなもので守られていたのだ。
破られた「結界」
この結界のようなものは何10年にもわたって確立された日本社会の安定がもたらしたことが大きい。だが、それが安倍氏が銃撃されたことで壊滅的に破られてしまった。
犯行の詳しい動機や犯人がどのような憎しみを抱いていたかは本稿執筆時点では漠然と伝えられているだけだ。ただ、山上徹也容疑者が手製の銃で安倍氏を撃てたのは、狙うのに十分な間隙があったからだ。
日本では、こうした攻撃が起きうることは個人や組織レベル、そして国全体としても想定することができなくなっていた。山上容疑者は一瞬にして、日本国民が営々と築き上げてきた心地よい環境を弛緩(しかん)しきった社会であるかのようにみせてしまった。
当然だが、この事件によってパクス・ジャポニカは今後も揺るぎない存在感をもって存続できるのかという疑問が湧く。今後もほぼ確実に存続し続けるだろうと筆者は考える。
政治家の警護は強化されるだろう。日本は現状でも、デモなどで警備に当たる警察官の数が参加者数に対して非常に多いが、その数はさらに引き上げられるだろう。しかし、自制を重視する日本社会の傾向が変わることはないはずだ。
ただ事件直後には、日本に平和が訪れる以前のより暴力的な時代が引き合いに出されることが増えた。
安倍氏が銃撃されたことは単純に政治的な動機に基づくものではない可能性が高いが、それでも政治を巡って毎日のように流血があった時代、とりわけ1960年代や30年代と今を比較する陰鬱な論調が目立つ。
気がかりな麻生氏の発言
そこから導き出される結論の一つとして、今のパクス・ジャポニカが強固になったのは国民の政治に対する無関心によるところが大きいという考え方がある。
日本の過去をひもとくと、政治決定が国民感情を逆なでして注目を集めたことがたびたびあったが、今はそうしたことにはならない、というものだ。
これには真実味がある。安倍氏ほどの歴史的な重要性やカリスマ性、名声を誇る政治家が人口35万を超える都市で選挙のための街頭演説をしていたにもかかわらず、そこに集まった聴衆はわずか数十人だった。
事件は10日の参院選の投票行動に影響を与えたかもしれないが、それ以前には投票率が過去最低の40%前後に落ち込むのではないかと予想されていた。過去67年間でわずか5年ほどを除く年月を通じて政権の座にある自民党にとって目に見える大きな障害はない。
ただ、パクス・ジャポニカを守り続けてきた日本の市民たちと市民の政治への無関心を混同し、市民が政治に無関心であることが社会の安全と同じように重要だと結論づけるのは非常に危険だ。
だが、くしくもこうした内容の分析が安倍氏死去の数日前、首相を経験したもう一人の大物政治家の口から飛び出した。
第2次安倍政権の8年間にわたって財務相を務めた右寄りで名家出身の麻生太郎自民党副総裁は1日の講演で「政治に関心を持たなくても生きていけるというのは良い国です。考えなきゃ生きていけない国のほうがよほど問題なんだ」と述べた。
麻生氏は昔から失言が多いとされるが、それは誤りで、その発言は同氏の思考プロセスを明確に言語化したものだ。
同氏は、ヒトラーはだめだが動機は正しかったと発言したこともある。また、終末期医療について「さっさと死ねるようにしてもらわないとかなわない」とか、女性が子どもを産まないのが日本の大きな問題だとも言った。いずれも不快きわまりない発言だ。
だが、政治への無関心についての麻生氏の発言は今回の局面に限り本質を突いているのではないかという不愉快な感覚がある。
ジョンソン英首相が7日、英国民を消耗させる屈辱的な辞任表明をしたなか、その数日前に麻生氏が穏やかにみえる日本の政治を賛美したのは賢明なのではないかとすら思えてくる。実際にはそのようなことはないのだが。
安倍氏が理想とした2つの礎
市民の政治意識に関する麻生氏の発言は、様々な意味で同氏の過去の発言と比べても最も悪質な部類に入る。元首相が銃撃され死亡するという悲劇を経験して国全体が萎縮し、政治扇動と暴力にまみれていた時代が過去のものとなったことにいつにも増して感謝している今はなおさらだ。
そんな時代に一瞬であっても戻りたいと思っている人はいないだろう。だが、市民の政治への関心が常に低くあり続けることで社会の安定が保たれると決めつけることには重大な危険が潜む。
安倍氏の改革は中途半端に終わったものが多かったが、同氏が提唱した美しい国は2つの理想が礎となっていた。一つは停滞の嫌悪だ。
そしてもう一つは、良くも悪くも、国のあり方を形づくる憲法を改正するために、日本の全有権者に情熱を持ってもらうようにしなければならないという信念だ。
安倍氏の後を継ぐ人たちは、国民の政治離れがさらに進むことを決して望んではならない。