グローバルオピニオン

 

ロシアはもう敗れている イアン・ブレマー氏

 

米ユーラシア・グループ社長

 

 

ロシアはウクライナ、特に東部ドンバス地方で前進し続けている。ゼレンスキー政権を倒して全土を制圧できるほどロシア軍は強くないが、ウクライナ側にロシアの支配地域から軍を追い出す力はないと確信し、侵攻に伴う世界の食料や燃料の高騰が、ウクライナ支援を続ける西側諸国の決意を試すことになるとも認識している。

だが長期的に見てロシアは既にこの戦争に負けている。プーチン氏の侵略の判断は、大国の首脳が犯したここ数十年で最大の失敗の一つとして記憶されるだろう。

プーチン氏はこの侵攻で何を達成したかったのか。

侵攻の目的はウクライナの「非ナチ化と非武装化」だと主張する。非ナチ化でロシアより欧州との関係強化を目指すウクライナの政権排除を狙い、非軍事化でウクライナが将来ロシアの支配に対抗する力を奪おうとした。

野望はウクライナだけにとどまらなかった。ロシアは大国として扱われなくてはならないと欧米に思い知らせようとし、西側の主要国が一枚岩でないとあらわにしたかった。2014年のクリミア併合時のように、ロシア国内での支持率上昇も狙っていた。

では実際に何を達成したのか。

ロシアは武力とその動機についてウソを重ねて、国境線を引き直そうとする、妄想に満ちた危険な大国であることをさらけ出した。ウクライナ市民が戦いをいとわない理由や、露骨な大規模侵略への西側の反応をプーチン氏が全く理解していないことも示した。

自国軍にも数十年に及ぶ打撃を与えた。侵攻開始から100日間のロシア兵の戦死者は、10年に及んだアフガニスタン侵攻での旧ソ連軍の死者数を上回り、戦車などの重火器を大量に失い、砲弾の供給も減った。米国の重要部材の対ロ輸出規制で、補給は一段と悪化するだろう。粗悪な装備で作戦が思うようにいかず、部隊の士気にも大きなダメージを与えた。

プーチン氏は欧米に冷戦終結以降にはなかった共通の目的意識を持たせ、多くの欧州市民に米国の支援の重要性を認識させ、彼らが西側の価値観を守るためなら犠牲も辞さないと米国民に示した。さらにフィンランドとスウェーデンに北大西洋条約機構(NATO)の中にいる方が安全だと思わせてロシアとNATOの境界線を2倍に延ばした。欧州連合(EU)に懐疑的なデンマークでさえ、今や有権者の3分の2がEUとの防衛関係強化に賛成票を投じている。

プーチン氏は自国経済に制裁を負わせ、それはプーチン氏が権力の座にある限り解除されないだろう。ロシアの製造業には予備部品が長期間不足する事態も引き起こした。迫る国際社会での孤立への国民の不満や、プーチン氏が指揮を誤ったと感じている批判に我が身をさらした。

EUにはロシアからのエネルギー輸入の大幅削減もやむなしと思わせ、欧州各国の首脳に防衛費を大幅に増やす必要性も示した。大量のロシア産エネルギーを欧州からアジアに転じるには、多くの時間と費用がかかるだろう。しかもロシアのエネルギーや農産品の積極的な買い手は減っており、安く売らざるをえない。

これら全てと引き換えに、プーチン氏はドンバス地方とクリミアとがつながる黒海沿岸地域を制圧できるかもしれない。

もちろん、ロシアは完全には孤立しない。米国の方が世界の平和と繁栄への脅威だとの考えは、世界各地にある。安いロシアの農産品やエネルギー、武器を買い続ける政府も少なくないだろう。

だがロシアにとって最悪なのは、この自業自得の状況が少なくともプーチン氏が政権にとどまる限り続く点だ。戦争は長期化の可能性があるが、プーチン氏は既に負けているのだ。

 

大きい侵攻の代償

モスクワでは撤退した米マクドナルドの事業を継いだロシアのハンバーガーチェーン店が開店し、大繁盛しているという。通貨ルーブルはウクライナ侵攻直後に暴落したものの、政府の通貨防衛策が効き、侵攻前の水準を回復した。プーチン大統領は先のサンクトペテルブルクでの国際経済フォーラムで「我々は一歩ずつ、経済を正常化している」と豪語した。

日米欧が次々と厳しい対ロ制裁を発動し、西側の主要企業が相次ぎ撤退・事業縮小しているのに、一見するとロシア経済にさしたる打撃を与えていないような印象を受ける。だが、かつてロシアの輸出の約半分を占めていた欧州との関係悪化、とりわけロシア産エネルギーの大幅な調達削減の影響はじわじわと広がってくるだろう。

安全保障面でもロシアと長い国境を接するフィンランド、軍事強国のスウェーデンがNATOに加盟すれば、ロシアが受ける脅威は格段に増す。ブレマー氏が指摘する様々な「自業自得の状況」がプーチン政権下で続けば、ウクライナ侵攻の代償は限りなく大きくなる。

 

 

もどる