時論・創論・複眼

 

ファッション産業は持続可能か トップデザイナーに聞く

 

ジョルジオ・アルマーニ氏/山本耀司氏

 

新型コロナウイルス禍はファッション業界のビジネスモデルに急速な改革を迫った。過剰生産や早すぎるセール、ファストファッションやインターネット販売の台頭といった課題にどう対応していくべきなのか。イタリアと日本を代表する創業者兼デザイナーのジョルジオ・アルマーニ、山本耀司両氏にアパレル産業の現状と未来について聞いた。

 

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「スロー」な製販に転換を デザイナー ジョルジオ・アルマーニ氏

 

Giorgio Armani ミラノ大医学部中退。伊百貨店バイヤーなどを経て75年に創業。服飾ブランドのほかレストラン、ホテルなども世界展開する(本人提供)

新型コロナウイルス禍やウクライナ紛争の勃発はファッション業界に未曽有の困難をもたらした。市場の需要をはるかに超える過剰生産やセールの前倒しなど病理ともいえる業界の慣習をリセットし、適正な状態にスローダウンする好機にしないといけない。

コロナ禍に陥る以前から、業界ではあまりにも不合理な状態が続いていた。季節をかなり先取りして店頭に商品を並べるのが慣例となり、例えば真夏に毛皮コート、真冬に薄手のリネンドレスなどを売ることも珍しくなかった。新商品は3週間ほどで古いものとみなされ、すぐに別の似た商品に置き換わっていく。

果たしてそんな状況を消費者が望んでいるだろうか。商品を買ってから着るまで、実に半年以上もクローゼットにしまっておくなんてバカげている。業界のスケジュールや慣例、価値観を見直すべきだ。これは業界を正常化するために課された「ストレステスト」だと考えた方がよい。

ファストファッションの台頭は業界に多くの影響を与えた。消費者になるべく商品を多く買わせようと過剰生産が慢性的になった結果、在庫の積み上がりやセールの前倒しを招く。こんな状態が続く限り、業界として適正な利益が出ないのは当然だろう。

今こそ「スローファッション」に移行すべきだと提唱したい。スピード優先をやめ、不要な生産を減らし、生地や在庫、物流の無駄を省く。セールも規律を守って適正な時期に実施する。消費者の視点をビジネスにもっと持ち込むべきだ。環境負荷は減り、持続可能な形に転換できる。

この2年、経営するジョルジオ・アルマーニ(ミラノ)ではショーで発表する商品数を大幅に減らし、ショーも紳士服と婦人服を統合して規模を縮小するなど合理化に取り組んだ。2020年12月期の売上高は16億ユーロ(約2300億円)と前の期より25%減ったが、市場の現実に見合った結果だと受け止めている。

主要コレクション(展示発表会)以外の時期に開催する小規模なプレコレクション、単なる話題作りだけの派手なショーは作り手の仕事のスケジュールを過密にするだけで意味が乏しい。巨額な投資も無駄になる場合が多い。

「スローファッション」の実現には業界全体の協力が不可欠だ。商品を適正規模で生産し、店頭になるべく長く並べ、改廃のリズムを実際の季節の移り変わりに合わせる。それは多くの消費者が望んでいる状態だ。個別企業だけでなく、業界のイニシアチブがないと実現しないだろう。

ウクライナ紛争への哀悼の意を「無音」で表現したアルマーニのファッションショー(2月27日、イタリア・ミラノ)=ロイター

コロナ禍で非接触型サービスや仮想現実(VR)の視聴技術も急速に普及した。我が社は20年2月に無観客で開催したミラノでのショーを世界にライブ配信したほか、21年10月にはOMO(オンラインとオフラインの融合)を初めてうたった新業態店を世界に先駆けて東京・神宮前に開店するなど販売システムの改革にも取り組んでいる。

この店舗は壁に巨大なタッチパネル式スクリーンを配置し、顧客にスマートフォン画面のように操作してもらう。店頭のQRコードをスマホで読み取って商品情報を閲覧したり、注文したりできる。デジタルネーティブ世代を意識した運営を実現している。

ただ、リアルの店舗やショーの役割が表現の基盤であることに変わりはない。服の立体的な動きを五感を通して感じ取ってもらうのはショーが最適だし、世界観を伝えるのも実店舗の役割が大きい。ウクライナ紛争の発生直後、22年2月のショーでは音楽を流すのを急きょ取りやめ、悲劇に対する哀悼の意を示した。

コロナ禍を経験したことで消費者は着心地や生地の品質などをこれまで以上に厳しく見つめるようになった。それは短期間の流行に左右されない服本来が持つ普遍的な価値であり、原点でもある。

環境を汚染する産業の代表としてファッション業界は世界から批判されるようになってしまった。毛皮の使用禁止の広がりは環境保護や動物愛護の意識の高まりに配慮したものだ。社会への責任感を意識してビジネスに取り組む努力を怠ってはならない。

 

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変わる社会、機敏さカギに デザイナー 山本耀司氏

やまもと・ようじ 慶応大法学部卒。文化服装学院を経て72年創業。81年パリコレに参加。黒、非対称、穴あきなどの前衛的な作風でモード界を席巻

ファッション業界の仕組みはすでに限界に来ていると感じる。新型コロナウイルス禍やウクライナ紛争が引き金だ。社会構造や消費行動の変化でビジネスモデルは変わらざるを得ないだろう。うまく対応できなければ、業界は「終焉(しゅうえん)の始まり」を迎えることになる。

「過剰生産やセール前倒し、過密なショー日程などの慣習をリセットしよう」というアルマーニ氏の提言には大いに賛成だ。業界関係者は現状の異常さにいつの間にか慣れてしまい、負の連鎖からなかなか抜け出せないでいる。業界のイニシアチブがどこまで広がるかに注目したい。

ただ、リセットが業界主導で進むかどうかについて私は懐疑的な見方を持っている。巨大資本やSPA(製造小売業)を強みにする大手企業が提言に従うとは思えないからだ。業界の動きより、むしろ消費者側の選択の方が今後のカギになるのではないか。

服を着ることは文化であり、人生観の投影だ。広告で有名、流行の切り替えが早い、安くて便利。単にそれだけの理由が購買動機なら、あまりにも薄っぺらで情けない。そんな状態が続く限り、有能なデザイナーは育たない。

ヨウジヤマモト(東京・品川)は巨大資本やファストファッションと一線を画すビジネスを続けてきた。2021年8月期は売上高112億円(前の期比横ばい)、純利益約7億円(同45%増)と堅調だ。だが業界として真剣に変革を進めないと共倒れや淘汰のリスクが現れかねない。

業界を取り巻く困難はデザイナーが海外コレクションに参加する意味も問いただす。コロナ対策で入出国手続きは煩雑なままであり、紛争でウクライナ上空を飛行できず、パリへの渡航時間も大幅に延びた。アジア市場の重要性が急速に高まり、パリを頂点にした海外コレクションの位置づけも変質しつつある。

「無理してまでパリで作品を発表する意味があるのか」。私は自問し、多彩な作風を競い合う婦人服はパリでショーを続けるが、紳士服は最近2回連続でショーの開催場所を東京に変えた。「必ずしもパリにこだわる必要はない」と思えるようになったからだ。

仮想現実(VR)や拡張現実(AR)など商品を世界のバイヤーや消費者に伝える技術は急速に進歩している。今後もショーの形式はさらに多様化するだろう。コロナ禍を経験したことでパリでショーをする意味が紳士服に関しては薄れた。モード界の重心が欧米からアジアにシフトする契機になるかもしれない。

コロナ後を見据え、新たな挑戦に取り組んでいる。最大の柱がデジタル対応の加速だ。今秋に東京、大阪、ニューヨークにOMO(オンラインとオフラインの融合)の新業態店を開くほか、7月下旬には他社製品も扱うセレクトショップ機能を持たせたユニークなウェブサイト「ワイルドサイド」も開設する。

日米3カ所に開くOMOの新店は物販に加えて、客をネット販売に誘導するショールーム機能も兼ね備える。「ワイルドサイド」は我が社の商品のほか、世界観を共有するアパレルメーカーや芸術家らとのコラボ商品も取り扱う。デジタル化はコロナ後のビジネスモデルの新たなキーワードになるかもしれない。

デジタル対応を急ぐのは、ネット経由の売上高が年24億円規模に達するなど順調に伸びているためだ。このプロジェクトは社内幹部や親会社の投資ファンド、インテグラルの発案で動き始めた。我が社が09年に民事再生法の適用を東京地裁に申請して以来、最大規模の投資計画となる。

変えるべき部分、変えてはいけない部分のメリハリを意識することが時代の荒波を乗り越えるための活力になる。私は服作りで決して妥協しないが、企業経営として変化に機敏に対応できる柔軟性も欠かせないと痛感している。

昨今の円安は素材調達や縫製を日本国内で行う我が社には追い風でしかない。大きなコスト高もなく、輸出した商品は海外で割安に買いやすくなる。先行きが困難にみえても、地道な服作りと大胆な挑戦を続ければ、生き残りへの活路が開けてくるはずだ。

 

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<聞き手から> 環境やデジタル、改革迫る流れに

ファッション業界が批判の矢面に立たされている。環境破壊を招く商品の大量廃棄、消費者視点から外れた生産リズム……。量を作れば利益が確保できた時代は遠い昔だ。「廃業するのが最良の環境保全」という自虐的なぼやきさえ漏れてくる。

「スローファッションに移行すべきだ」「業界の仕組みは限界に来ている」――。両氏は現状への危機感を表明し、成算なき量産や販売手法をリセットする必要性を強調した。低成長時代に生まれた「ひずみ」がコロナ禍で増幅された格好だ。

米英のデザイナー団体も慣習の見直しを呼び掛けるなど「スローファッション」への改革機運は高まる兆しをみせる。背景にはコロナ禍を機にショーの自粛や撤退が増え、パリ、ミラノ、ロンドン、ニューヨークの四大コレクションの存在感が急低下していることへの危機感がある。

デジタル化の流れも鮮明になった。両氏がともに着目しているのがリアルとネットの機能を融合した新業態店。これは国内百貨店で広がる「物販主体ではない売り場」と同じ試みだ。ネット販売の伸長が実店舗の位置づけも急速に変えつつある。

家計調査によると、21年に2人以上世帯の被服及び履物の消費支出は10万8751円でバブル期末のピークの3分の1に減った。中間層の疲弊で消費の二極化も止まらない。ファッション業界は生き残れるのか。バブル期に根付いた「資本・規模の論理」からの転換は待ったなしだ。

(編集委員 小林明)