「チーム池上が行く!」 経済学を楽しもう
今回はジャーナリストの池上彰さんが立命館大学を訪ねました。経済学部の新入生に学びへの関心を深めてもらおうと、「経済学って、おもしろい」と題する講演を行ったのです。学生との質疑も含めて講演の一部を紹介します。経済に関心を持ち始めた高校生や大学生に参考になればと思います。
■自らの研究テーマを探す
訪問したのは立命館大びわこ・くさつキャンパス(滋賀県草津市)です。池上さんが経済学部の新入生に対面で講演をするのは2019年の春以来3年ぶりです。大会場には新入生およそ750人が集いました。
池上教授 入学おめでとう。大学では自ら研究のテーマを探し、学びを深めてください。ぜひ、仲間と大いに議論してください。
私も大学は経済学部で学びました。いま「経済学とは何か」と問われたら、「限られた資源の最適配分を考える学問」と答えるでしょう。ここでいう「資源」とは、原油や鉱物だけでなく人材も含まれると思います。決して金もうけのための学問ではありません。
有名な経済学者の言葉に「クールヘッド(冷静な頭脳)とウオームハート(温かい心)」という表現があります。私なりに助言するなら、冷静に分析する一方で、人間の幸せな暮らしを実現することにも思いをめぐらせてほしいと考えています。
たとえば経済学は人々の消費行動やお金の流れ、政策を研究対象にします。そこでは人間は合理的な判断を下す「合理的経済人」を前提にしています。ただ、人間の営みや心理を理解していなければ現実からかけ離れた分析になってしまうでしょう。
そこで新入生に大事なアドバイスがあります。それは想像力を鍛えることです。たとえば膨大なデータの背景にはどのような事情があるのか。そこにはどんな人々が暮らしているのか。人間への洞察力を磨いていってほしいと思います。
新入生たちは池上さんの講演を聞いた後、日ごろの疑問について質問した(立命館大びわこ・くさつキャンパス)
会場で寄せられた質問の一部を紹介します。
■思考力を鍛える
学生A 「小麦がさらに値上がりする可能性があるのはどうしてですか」
池上教授 政府は輸入小麦を買い付け、需要家である企業に売り渡します。世界的な気象条件やウクライナ危機の影響もあって、国際価格は今後も値上がりする可能性が高いのです。
学生B 「冷静な判断力を鍛えるために、いまから取り組んでおいた方がよいことは何ですか」
池上教授 学びのなかで感じたことや考えたことを大事にしてください。自らの小さな心の動きに気づくでしょう。そうした日々の積み重ねが思考力を鍛えてくれます。それが物事を論理的に考える力につながります。
学生C 「子どもの支援策などで親の所得水準など前提条件をつけるのはなぜですか。無条件ではいけないのですか」
池上教授 所得制限は世論の合意も求められると思います。親の責任だけを考えるのか、社会としての子どもの教育を支援するのか、総合的な判断が必要なのです。
■盗まれることのない財産
講演会の最後にフィリピンで出会った青年の言葉を紹介しました。貧困問題をテーマにスラム街を取材したときです。
その青年は貧しさゆえに犯罪に関わりそうになったこともあったそうです。彼はボランティアの援助で教育の機会を得て教師になりました。「あなたにとって教育とは何ですか」と問いかけると、彼は「決して人に盗まれることのない財産です」と答えました。
みなさんは、まさに大学で財産を積み上げていくのです。世界が直面する課題は理想だけでは解決しません。それでも、あきらめてはいけないのです。新しい時代を切り開くのはみなさんのような若者たちなのです。
池上さんは経済学の魅力を新入生に解説した(立命館大びわこ・くさつキャンパス)
講演会の後、番組の取材チームが参加学生に感想を聞きました。
学生D 「自分の生活にも、ニュースにも学ぶヒントがあることがわかりました。『なぜ、どうして』と疑問を持つことが大事なのですね。学んだことを生かしながら、日常と学問をつなげていきたいです」
学生E 「経済学というのは、お金もうけやお金の話かと思っていました。人間の行動も絡んでいます。いままで経済学について誤解していたことがわかりました」
池上教授 経済という言葉は「世の中を治め、人々を救う」という意味の経世済民に由来しています。「豊かさとは何か」という課題は経済学が直面する永遠のテーマでもあるでしょう。若者たちにはこうした現代の課題に対する解を真摯(しんし)に考え抜いてほしいと思います。(番組取材を再構成しました)
池上さんから学生へ 「世界のニュースに関心を」
講演会では新入生からロシアのウクライナ侵攻の背景や今後についても質問が寄せられました。新型コロナウイルスというパンデミック(世界的大流行)と同様に、世界の行方に不安を抱いていることがわかります。
私たちは危機の時代を生きています。そして、世界史の転換点に立っています。学びを深めたいと考えている若者たちには、歴史観を持って現実に起きていることを知り、その行方を考え抜いてほしいのです。
世界でいま起きていることを知る手掛かりとしてニュースを読むことをお勧めします。新聞を買ってほしいのですが、大学図書館の閲覧コーナーにある新聞でもよいですし、ネットのニュースでもよいでしょう。同じテーマを追い続けるうちに理解が深まります。
その際、注意してほしいことがあります。情報をうのみにするのではなく、「本当だろうか」「根拠はなんだろうか」と疑問を持つことです。それは大学の授業でも同じです。大学では常に疑う姿勢を大事にしてほしいと考えています。
その積み重ねが情報を見極める力を鍛え、未来を思い描く力を養ってくれるでしょう。ぜひ、試してみてください。
<学びを深める 池上流アドバイス>
書店の売り場を訪ねよう
たとえば街中にある書店の経済関連書籍の売り場にはベストセラーや注目本が並びます。店頭のタイトルを読むだけでも、時代のトピックに気づいたり、知らなかった注目書籍を発見したりできるでしょう。
自分に置き換えてみよう
経済学の授業では伝統的な理論や分析手法を学びます。人々の行動を考えるときには、「自分ならどうするか」という生活者としての意識も大事にしましょう。人間の心理や価値観は複雑で、人それぞれなのです。
経済理論を知っておこう
アダム・スミスの時代から現代まで多くの経済理論があります。それらは当時の課題解決やよりよい暮らしを実現する処方箋のような役割を担ってきました。改めて学ぶと新たな発見があるかもしれません。
池上彰(いけがみ・あきら) ジャーナリスト。1950年長野県出身。慶応義塾大学経済学部卒業。NHKの社会部記者として事件・災害・教育取材にかかわった。人気番組「週刊こどもニュース」でお父さん役を11年間担当した。2005年に独立。東京工業大学のほか複数の大学で教壇に立つ。