ロシア侵攻、終結のシナリオ(The Economist)

 

 

ウクライナのゼレンスキー大統領は「勝利を得るには戦場で勝つしかないが、戦争を終えるには交渉を通じてしか実現できない」と語る。

ウクライナのゼレンスキー大統領は世界の結束を訴えるが、西側は今、和平派と対ロ強硬派に二分しているという=ロイター

では戦闘をいつ、どんな条件下でならやめられるのか。西側諸国は、それを決めるのはウクライナだとする。とはいえロシアが侵攻してから3カ月がたつ今、西側各国はこの戦争の終え方について様々な立場を取っている。

 

「和平追求派」vs「正義求める対ロシア強硬派」

ブルガリアの首都ソフィアにあるシンクタンク、リベラル戦略センターのイワン・クラステフ氏は「西側諸国はほぼ2つの陣営に分かれている」と言う。一つはできるだけ早く停戦を実現させ交渉を開始すべきだとする「和平追求派」、もう一方はロシアには多大な代償を負わせるべきだとする「正義を求める対ロシア強硬派」だ。

両陣営の議論が分かれている一つが領土問題だ。侵攻が始まった2月24日以降にロシアが制圧した地域はロシアの領土とする、侵攻開始時点でロシアが保有を主張していた領土だけを認める、あるいは時計を2014年まで巻き戻し、ロシアが強引に併合した地域を国際社会が本来認めてきた国境線まで返還させる、の3つを巡り議論が続く。

ほかにも、戦争長期化に伴うコストとリスクの増大、長期化で得られるメリット、今後の欧州でのロシアの位置づけも議論となっている。

 

主たる強硬派は英国、ポーランド

和平追求派は動き出している。ドイツは停戦を呼びかけ、イタリアは同盟国などと協力して政治決着を図る4段階から成る和平計画を作成、国連に20日、これを提案した。フランスはロシアに「屈辱」を与えない形の和平協定が必要だとしている。これらに反対する対ロシア強硬派の主たるメンバーがポーランドやバルト諸国で、その筆頭に立つのが英国だ。

では米国の立場はどうなのか。米国はウクライナにとって最も重要な支援国だが、ウクライナがロシアとの交渉を有利に運べるよう支援する以外、明確な目標はまだ表明していない。米国はこの戦争に既に約140億ドル(約1兆8000億円)の支援をしたが、米議会は21日、さらなるウクライナ向け軍事・人道支援として400億ドルの追加予算案を可決した。

米国は40カ国以上にウクライナへの軍事支援を呼びかけ、その約束を取り付けたが、無限に支援できるものではない。ウクライナに大砲は既に供与されたが、ウクライナが求めている長射程のロケット砲システムは供与されていない(編集注、米政府は28日時点で提供する方向で検討中と報道されている)。

米国の立場の曖昧さはオースティン米国防長官の発言で増幅された。首都キーウ(キエフ)を4月24日に訪問した直後は西側はウクライナを支援して「勝たせ」、ロシアを「弱体化させる」と述べ強硬な立場を見せた。だが3週間後の5月23日のロシアのショイグ国防相との電話協議後には「即時停戦」を求め、和平追求派に近づいたかにみえた。米国防総省は米国の方針に変更はないとしている。

 

キッシンジャー氏の発言も強硬派には打撃

米ニューヨーク・タイムズが社説でロシアを敗北に追い込むのは非現実的で危険だと論じたのも強硬派には打撃だった。そこへ24日の世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議)でのキッシンジャー元米国務長官の発言だ。「容易に解決できない確執や緊張」を避けるために2カ月以内に交渉を始めるべきだ、と述べた。

同氏は、ロシアとウクライナの境界線を2月24日時点まで戻すのが理想であり、「それ以上の領土奪還はウクライナにとってもはや自由を求める戦いではなくなり、ロシアに新たな戦争をしかけることになる」と語った。ロシアには欧州のパワーバランス維持で果たすべき重要な役割があり、中国の「恒久的な同盟国」にロシアを追いやるべきではないと主張した。

西側のこうした分裂は「ウクライナの将来は同国が決めるべきだ」とのコンセンサスがあるため、今は限定的なものにとどまっている。だがウクライナが取れる選択肢は西側の支援次第だ。

ゼレンスキー氏はダボス会議で「欧州、そして世界全体が結束すべきだ。わが国は世界が団結するほど強くなる」と訴えた。そして「全領土を奪還するまで戦い抜く」と語る一方、ロシアが2月24日時点のラインまで撤退すれば交渉を始めてもよいと譲歩する余地もみせた。

米国、欧州、ウクライナの3者は、相手がここまでなら受け入れるだろうとの読みに応じてそれぞれ主張を調整し続ける必要がある。ブリュッセルに本部を置くシンクタンク、インターナショナル・クライシス・グループのオルガ・オリカー氏は「ウクライナはロシアと交渉するのと同じか、恐らくそれ以上に西側と交渉している」とみる。

西側のウクライナへの対応がはっきりしない一因は戦況にある。ウクライナが首都キーウ防衛に成功し、東部ハリコフからロシア軍を撤退させたから優勢なのか。それともマリウポリを制圧され、セベロドネツクも包囲されつつある事態を考えると劣勢にあるのかが不明だ。

和平追求派は戦争が長びけば、ウクライナにとっても世界にとっても人的・経済的な犠牲が大きくなると懸念を募らす。強硬派は、対ロシア制裁がようやく効き始めたのだからもう少し時間をかけ軍備を拡充すればウクライナに勝算があると反論する。

 

分かれるロシア軍への評価

背景には2つの相反する懸念がある。ロシア軍の戦力は依然衰えておらず消耗戦になれば優勢になるという懸念と、ロシア軍はもろいという見方だ。後者の場合、敗北が濃厚になれば北大西洋条約機構(NATO)を攻撃しかねない、あるいは敗北を避けようと生物化学兵器の使用や核兵器にさえ訴えかねないとの懸念がある。

マクロン仏大統領は、欧州は長期的にはロシアと共生する道を探らなければならないと説く。これに対しエストニアのカラス首相は「プーチンを刺激するよりプーチンに譲歩する方がはるかに危険だ」と反論する。

米欧の政府高官らは、ひそかにウクライナが交渉で要求すべき事項の策定を支援している。その要の一つがウクライナが西側に求めている安全保障に関するものだ。ウクライナを直接防衛する約束はできないが、何か起きたら対ロシア制裁を即復活させ、再攻撃されたら速やかにウクライナを再軍備させる案などが検討されている。

ウクライナが比較的楽観的なのは、ロシアによる短期制圧を阻止し、西側が新たに供与した武器の前線配備が始まったからだ。

 

西側の「支援疲れ」を気にするウクライナ

しかし、ウクライナのポドリャク大統領府長官顧問は、土のうを積み上げた大統領府から欧州の一部の国に「支援疲れ」がみえるのが気がかりだと語った。「面と向かっては言わないが、我々に降伏を迫っているように感じる。だが停戦すればいわゆる"凍結された紛争"(編集注、旧ソ連南部ジョージアから独立を宣言した南オセチアやモルドバの沿ドニエストル地方など、まだ解決していない旧ソ連の未承認国家問題を指す)になってしまう」。米政府についても「動きが鈍い」と断じた。ウクライナが必要とする量の武器が届いていないというのだ。

いつ戦争が終結するかは、ほぼロシア次第だ。ロシアは停戦を急いでいない。東部ドンバス地方を絶対に完全制圧する方針のようで、西部での領土獲得にも言及している。

キーウの政治アナリスト、ウラジミール・フェセンコ氏は「今の難題は双方がなお勝てると信じている点だ」と指摘、「戦況が完全に膠着し、ロシアとウクライナの両政府がそう認識して初めて互いが何らかの譲歩をするための交渉が可能になる。だが交渉が実現したとしても、一時的な和平にしかつながらないだろう」と言う。

 

 

 


多様な観点からニュースを考える

 

田中良和
グリー 代表取締役会長兼社長

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分析・考察戦争とエネルギーインフレというテーマが、世界経済にどういう影響を与えるのか。通常の景気循環と異なり、エネルギー不足や戦争は、いつ解消されるのか、周期的に収斂するものではないので、予見性が低い。予見性の低い状態では信用収縮が続き、さらに予期せぬショック的収縮を招きかねない。

量的緩和や金利政策だけで、解決できない問題がゆえに、全ての人の想像を超える、長期で深い不景気が起きえることが、最近の世界経済の最大の注目点だと考える。

 

 

慎泰俊

五常・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役

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分析・考察現実的な記事だなと感じました。世界的なインフレとそれに伴うエネルギーおよび食糧危機がちらつくなか、戦争を継続するのは多くの人々が望んでいないでしょう。ロシアやその事実上の衛星国であるベラルーシなどと面している国としては、インフレよりは自国の安全保障のほうが重要ですが、そうでない多くの国にとっては自国経済の安定のほうが重視されるでしょう。自国経済がインフレで痛むなか、ウクライナに継続的に支援をすることが困難な国が増える可能性が高いことを踏まえると、和平を早急に探るしかないように思っています。

 

 

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