米兵器、対外供給増で逼迫

 

 

ロンドンがナチスの大空襲を受けていた1940年12月29日、ルーズベルト米大統領はラジオで国民にこう語りかけた。米国は欧州のナチスとの戦いを支援し、かつ米国を守るためにも「民主主義の大いなる兵器庫」にならなければならない、と。

日本が翌41年に真珠湾を攻撃すると、米国の工場は一斉に戦時の生産体制に入った。多くを担ったのがデトロイトの自動車産業だ。米ゼネラル・モーターズ(GM)のオールズモビルを生産する工場は砲弾を、キャデラックの工場は戦車とりゅう弾砲を、米クライスラーはブローニング機関銃を製造した。米フォード・モーターは巨大な工場を建て1時間1機という急ピッチでB-24爆撃機を生産した。

米国は地対空ミサイル「スティンガー」1400基をウクライナに供与してきたが、同ミサイルはもはや部品の一部がないために生産が逼迫しているという=ロイター

ウクライナで激しい戦闘が続く今、バイデン米大統領は自らを現代のルーズベルトと位置づけている。米国はロシアと直接戦わない方針だが、ウクライナの言うところの「勝利」を何としても支援する姿勢だ。そのため既に承認された136億ドル(約1兆8000億円)のウクライナ支援に加え、4月末に米議会に330億ドルの追加予算の計上を求めた。それにはウクライナと欧州の同盟国への軍事支援約200億ドルを含む。バイデン氏は「この戦争の費用は決して安くない。だが軍事侵攻に屈すればもっと高い代償を払うことになる」と述べた。

 

「ジャベリン」装備数回復には3〜4年かかる現実

ただ米軍需産業は全ての需要を満たせるのか。軍需品が必要なのはウクライナだけではない。軍備増強に動く欧州の同盟国に加え、米国も自らの備蓄を補充し、覇権国間の対立に備えなければならない。米シンクタンク戦略予算評価センターのトーマス・マンケン所長は「今の戦争で成功している一つはウクライナに軍需品を大量供給できている点だが、問題は米国に供給してくれる国があるのかといえばないことだ」と言う。

米国はウクライナに2018年以降、携行型の対戦車ミサイル「ジャベリン」7000基強、ジャベリン以外の対装甲システム1万4000、地対空ミサイル「スティンガー」1400基、自爆攻撃機能を持つドローン「スイッチブレード」700機、りゅう弾砲90門と155ミリ口径のりゅう弾砲弾18万3000個、旧ソ連製ヘリコプター「Mi17」16機、装甲兵員輸送車200両などをウクライナに販売もしくは寄付してきた。

大半は備蓄品から拠出したが、その分、生産を急拡大できるわけではない。米国は備蓄の詳細を公表していないが、予算資料では米陸軍は1996年にジャベリンを最初に配備して以来約3万4500基を購入した。米戦略国際問題研究所(CSIS)の推定では米陸軍が訓練などに使ったジャベリンは1万2500〜1万7500基。つまり21年末時点の備蓄数は1万7000〜2万2000基となり、ウクライナに渡した7000基は米陸軍備蓄の3分の1以上となる可能性がある。この計算には米海兵隊が購入した約2400基と、イラクやアフガニスタンで恐らく使われた5000基は含まれていない。

バイデン氏は3日、アラバマ州トロイのジャベリン組み立て工場を訪れた。同工場の年間生産量は2100基なので米陸軍の備蓄補充には3〜4年、他国からの受注分を優先するとさらに時間を要する。同工場は理論上、年間6480基生産できる。それには米ロッキード・マーチンと米レイセオン・テクノロジーズの共同出資である同工場が正式な注文を受け人員を増やし、部品を調達できることが前提となる。だが、両社の経営者は4月の投資家向け決算説明会で、それにはサプライチェーン(供給網)上の問題があると明らかにした。

 

スティンガーは一時生産ラインが閉鎖

スティンガーの生産はもっと逼迫している。米政府が1981年に導入したスティンガーを最後に購入したのは2003年。そのため21年に生産ラインが閉鎖されたが海外から注文を受け(台湾と推定されている)生産を再開したものの、同ミサイルを製造する米レイセオンは限られた部品の在庫しかないという。同社のグレゴリー・ヘイズ会長は投資家に「一部の部品はもう調達できないため、ミサイル追尾装置の先端に使う電子装置の一部を設計し直す必要があり、少し時間がかかる」と説明している。

ウクライナには北大西洋条約機構(NATO)規格のりゅう弾砲を送る動きもあり、備蓄の逼迫が緩む可能性はある。だが問題は他にある。西側諸国は長く紛争地帯の制空権を握ってきたため、ウクライナが今強く求めている長距離地対空ミサイルへの投資を後回しにしてきた。

NATO加盟国が兵器不足に陥るのは今回が初めてではない。11年のリビア空爆で英仏は精密誘導兵器(PGMS)をすぐに使い果たした。米国も14〜18年にイラクとシリアで過激派組織「イスラム国」との戦いでPGMSの供給不足に陥ったことがある。

半導体やセンサーを多用する精密兵器は製造が困難でコストも高い。米ランド研究所のブラッドレー・マーティン氏は、国防総省は戦車や軍艦、航空機などの武器を搭載する装備を重視し、爆弾やミサイルへの支出を抑えがちな点を問題視する。「戦争が起きたら(爆弾などを)増産すればすぐに対応可能だとの考え方に基づいているが、その考え方は甘すぎる」と。

 

企業はいざという時の増産体制より効率性重視

戦争が起きれば軍需物資がいかに消耗されるか過小評価されがちという問題もある。第3の問題として平時が長く続いたため、防衛各社がいざという時に増産できる強靱(きょうじん)さを備えるより効率性を優先してきた点もある。常に余剰生産能力を抱えておくには費用がかかる。

また、防衛産業も新型コロナウイルス禍、人手不足、世界的な半導体不足の打撃を受けてきた。米国防産業協会の最近の報告書によれば米防衛産業の基盤が劣化しつつあるという。最大の問題は熟練労働者と予備部品の在庫の不足だ。調査に回答した企業の約3割が、米国防総省に納入している製品は自社以外に供給できる企業がないと回答している。

ヒックス米国防副長官は、米国防総省としては防衛企業の経営者らと毎週会議を開き、ボトルネックの解消に努めているという。同省は入手困難な部品を提供できる他のメーカーを探し、スティンガーの製造に必要な機械を作れる企業を探す手伝いもしている。米政府は長期的な取り組みとして米国内での半導体の生産拡大も支援している。

ヒックス氏は特定の兵器の不足を懸念する必要はないとする。「世間ではジャベリンが話題だが、我々が提供しているのは対戦車システムだ」。ウクライナが必要なのは特定兵器ではなく装甲車両を阻止する機能であり、米国には戦車や航空機を破壊する他の手段もあるのでジャベリンとスティンガーの備蓄を取り崩しても問題ないと述べた。

 

第2次大戦中の米企業の増産余力は今はない

国防装備の改善案は多くある。備蓄規模の拡大、サプライヤーの多様化、構成部品の入れ替えを容易にする兵器の設計のモジュール化、同盟国間での規格の統一、兵器や部品の共同調達などだ。だが調達は時間がかかり、各国の企業は保護されがちなため、これらの実現は容易でない。

ヒックス氏は国防総省が各社に「企業に持続的に購入するという強いメッセージを発する必要がある」と言う。工場を拡張し従業員を増やせば「常に仕事はある」と保証しなければならない、と。

ウクライナ戦争は限定的な戦争だ。だが産業界が既に生産や調達で支障を来しているのなら、例えば中国の台湾侵攻など大規模な戦争が起きた場合、対処できるのか。

「第2次大戦で米産業界が即、戦時対応できたのは恐慌後で企業の生産余力が大きかったからだ。だが現在の民主主義の兵器庫には、激しい長期的な戦闘の需要に応えられる余裕はない」とマーティン氏は言う。

 

 

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