グローバルオピニオン

 

中国ゼロコロナ、不可避な影響 

 

イアン・ブレマー氏 米ユーラシア・グループ社長

中国の指導者の言い分はこうだ。中国共産党は国民を代表して国家を率い、これまでのところ米欧の指導者よりもはるかに有効な統治をしている。西側の民主主義国は、強欲や傲慢、機能不全に悩まされている。現職大統領が正当に選ばれたかどうかさえ意見が食い違う米国人が、われわれの国民にとって何が最善かとやかく口をはさむ。旧植民地を奴隷化して繁栄を築いた欧州が、われわれに人権について説教しようとする。

中国の指導者は、同国の政治体制の方が明らかに優れている例として、人命を救う「ゼロコロナ」を主張する。公式統計によると、中国の新型コロナウイルスによる死者は人口14億人のうち5000人未満だ。ゼロコロナ政策が何千万人もの人にロックダウン(都市封鎖)と検査を強いたのは確かだ。だが、新型コロナで死亡した人数が100万人近い米国人は、中国人より「自由」だと言えるのだろうか。欧米の指導者は国民のプライバシーを守り、中国の指導者は国民の命を守ると言う。

西側政府は中国が言論と情報の自由を制限しているために、当局が自国の問題の本当の規模を隠せ、責任を回避できると指摘するだろう。中国当局が新型コロナとその危険について真実を隠そうとしたことで、ウイルスは世界中に拡散してしまった。危険を指摘した李文亮医師の死が、中国のSNSで当局批判を巻き起こすと、政府は李氏を英雄と宣言した。

中国でのコロナとの戦いの規模は、歴史的に前例がない。吉林市(人口約360万人)、唐山市(770万人)、長春市(900万人)、徐州市(900万人)は一時封鎖されたが、最も注目すべきは金融の中心地で、人口が2500万人を上回る最大都市、上海のほぼ全面的なロックダウンだ。

現在中国では、オミクロン型の亜種の感染者が増加傾向にある。感染者が極めて少ないため、身を守る抗体を持つ人も少ない。また、西側で使われている高い成功率を誇るメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンも中国ではまだ開発されていない。中国政府は感染拡大に対応するため、食料や他の疾患の医療を提供する有効な計画もないまま、5000万人以上を自宅に閉じ込めた。上海のロックダウンは、すでに国の当初の約束よりも長引いている。

中国はゼロコロナ政策をわずかに緩和しているが、もっと多くのことができる。例えば、国営メディアを使って、オミクロン型の亜種は従来の変異型ほど危険ではなく、感染しても入院に至る可能性が低いと国民に伝えることができる。また多くの人を家に閉じ込めることをやめ、感染者や死者の増加を容認することも可能だ。ただ、それは政府が軌道修正の必要を認めることになり、市民が指導者の判断の無謬(むびゅう)性に疑問を持つようになりかねない。

このジレンマは、政治的に厄介なタイミングで発生している。今年11月に開かれる見通しの共産党大会ではこれまでの慣例を破り、習近平(シー・ジンピン)国家主席に総書記として3期目入りを認めるとみられる。中国経済は賃金の上昇で低賃金に依存する製造業モデルが損なわれ、何年も減速が続いている。中国が貧困国から世界最大の中間層を抱える国へと歴史的な躍進を遂げる条件をつくり出したのはこのモデルだった。

新型コロナの影響で中国の台頭を後押しした世界経済も減速してしまった。ロシアのウクライナ侵攻によって経済の不確実性がさらに増した。そして今、中国のゼロコロナ政策がロックダウンにつながり、成長率はさらに押し下げられ、その影響は世界中で感じられるだろう。新型コロナによる経済的影響と政治的混乱を前に、中国と西側の政治制度の長所を巡る議論は意味を成さなくなっている。

強い経済保てるか

10年前に共産党のトップに立って以来、中国の体制に自信を持つよう習氏は国民に繰り返し訴えてきた。新型コロナが世界的に広がってからは、そうした主張を裏付ける証拠のひとつとして「ゼロコロナ」政策の成果を宣伝してきたのである。ブレマー氏も指摘するように、秋に党大会を控え政策の転換はいよいよ難しく、上海のロックダウンのような強硬な措置が今後も続く可能性は大きい。

中国恒大集団の問題が象徴する不動産バブルの調整もあって減速気味の中国経済は、一段と低い成長を余儀なくされかねない。世界二位の経済大国である中国はグローバルなサプライチェーン(供給網)の要ともなってきただけに、世界経済への影響を心配するのは当然である。

期待したいのは、経済という営みの持つレジリエンス(強靱=きょうじん=さ)である。サプライチェーンの一角が揺らぐ可能性が浮上してきたときに、素早く柔軟に補う力である。問われるのは、中国のみならず世界の経営者たちの企業家精神かもしれない。

 

 

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