経済教室

 

ウクライナ危機と世界@

 

冷戦後の国際秩序に終止符 

 

 

セルヒ・プロキア ハーバード大学教授

Serhii Plokhii  57年生まれ。キエフ大博士(歴史学)。専門は近世・近代東欧史、冷戦構造

 

 

ポイント

○ 旧ソ連地域で米国とロシアが主導権争い

○ ロシアは隣国での民主化成功の阻止狙う

○ 中ロは再び急接近も中国が圧倒的に優位

 

1991年12月にソ連が崩壊した時、多くの人は40年以上にわたる冷戦の歴史についに最後の瞬間が訪れたと考えた。それから30年が過ぎた今、ソ連解体はまだ終わっていないと念を押すかのように、旧ソ連の廃虚から新たな冷戦が始まるとは、歴史の悲しい皮肉と言わねばなるまい。

ソ連崩壊で救いだったのは、連邦を構成していた共和国の間で大規模な戦争が起きなかったことだ。西側陣営で多くの人が懸念したのは「核を持つユーゴスラビア」のような事態になることだったが、そうはならなかった。意外にもロシアは、かつては共産主義だった共和国を呼び戻すために武力を使おうとはしなかった、あるいはできなかった。

◇   ◇

瀕死(ひんし)の帝国にとどめを差したのはロシアではなく、旧ソ連第2の規模を持つ共和国ウクライナだ。91年12月実施の国民投票では、投票したウクライナ国民の90%以上が独立に賛成票を投じる。これでソ連の命運は尽きた。ロシアはウクライナの助けなしにソビエト帝国を維持する重荷を引き受ける気はなかった。ウクライナ側にもロシア帝国の一部にとどまることに何の関心もなかった。

ロシアとウクライナは、冷戦中こそ超大国に打ち勝つべく力を合わせたが、冷戦終結とともに両国の共通の利益も終わりを告げる。ロシアのエリツィン大統領はソ連解体に抵抗しないと決めたものの、ソ連なきあとの空隙で旧ソ連の共和国に自国のことを好きに決めさせる気は毛頭なかった。

91年12月発足の独立国家共同体(CIS)には地域でのロシアの主導的役割を確保する意図があったが、ウクライナの頑強な抵抗によりそうはならなかった。「近い外国」を意のままにするというロシアの思惑から全く外れた結末となった。

米国はウクライナの国民投票の結果を知ると、旧ソ連の共和国の支持へと転換する。ロシアはソ連崩壊後に独立した国々について限定的な主権を想定していたが、米国は完全な主権を後押しし、ロシアの影響圏となることを認めなかった。世界の他地域では終わりを告げた米ソ間の冷戦は、旧ソ連の地域ではすぐには終結せず、2つの形の主権、2つの権力中枢がつばぜり合いを演じたのである。

この地域で米ロが最後に協力したのは94年だった。当時ウクライナは旧ソ連時代の核兵器をそのまま保有していたが、米ロはこれを放棄するようウクライナ政府に圧力をかけた。同年にロシア、米国、英国などが署名したブダペスト覚書では、核兵器の放棄を条件に、独立と主権と既存の国境の尊重を確約している。

ウクライナでは核兵器の放棄が賢明なのか多くの人が疑義を呈したが、米国の援助など見返りに得られる利益は極めて大きかった。

2004年の民主化運動「オレンジ革命」では、大統領選で与党陣営の親ロシア派候補の不正に対し首都キエフを中心に大規模な抗議運動が展開された。これを契機に欧州連合(EU)加盟がウクライナの政治課題となる。米国は民主化を支持したが、ロシアは自国の勢力圏への米国の敵対的な侵入と受け取った。ロシアにとってウクライナの欧米への傾斜は、裏庭同然の地域で自国の権益を脅かす行為にほかならなかった。

14年初めには、親ロシア派のヤヌコビッチ大統領がEUとの連合協定に署名すると公約しながら、ロシアから圧力をかけられて撤回したことに対し、大規模な反政府デモが起きる。これはマイダン革命(尊厳の革命)と呼ばれた。するとロシアのプーチン大統領はロシア軍をウクライナ領クリミア半島に送り込み併合するという挙に出る。その数カ月後には、東部の工業地帯であるドンバス地方でも新たな戦争を仕掛けた。

ロシアの動機は何なのか。第1はウクライナの欧米への傾斜を阻止することだ。クリミア半島を併合しなかったら北大西洋条約機構(NATO)軍のミサイル基地になっていたとプーチン氏は主張する。だが現実的には、ウクライナのNATO加盟よりもEU加盟の方が問題だった。そもそもNATOはウクライナの加盟を認める気はなく、加盟申請も保留している。

第2の動機は、ウクライナの民主体制を弱体化させ信用を失墜させることだ。同国の民主政治の成功は、好ましくないシグナルをロシア国民に送ることになる。隣国が民主化に成功するならロシアにもできるということになりかねない。

14年のドンバス地方侵攻ではプーチン氏は目的を達せられなかった。むしろ逆にウクライナは結束し、以前にも増して欧米志向を強めた。NATO加盟を望むウクライナ国民の数は3倍に増えた。結束して意志強固になったウクライナは、ロシアの支配者にとって耐え難い存在となった。

◇   ◇

プーチン氏は再び攻勢に出た。それが今回の全面戦争だ。プーチン氏はまたしてもNATOの東方拡大の懸念を口実にし、NATOはウクライナの加盟に乗り気でないことを改めて示した。だがプーチン氏の発言からは、彼の望む世界にウクライナの居場所がないことは一目瞭然だ。ロシア人とウクライナ人は同一民族だと何度も主張している。

今回の戦争は死傷者数でも人々に与えた苦しみでもドンバス戦争をはるかに上回る。ウクライナは、西側の大方の人が期待していなかったような反撃を見せ、プーチン氏の電撃作戦の出ばなをくじいた。だがその代償はウクライナにとっても世界にとっても深刻だ。

本稿執筆の時点でこの戦争がいつどのように終わるのか予想するのは困難だ。ひとつ確実に言えるのは欧州と世界の歴史で、89年の東欧革命とともに始まった時代は終わったことだ。今や新たな冷戦が始まった。この現実は、ドイツの国防費大幅増やポーランド軍の大幅増強からも明らかだ。

新冷戦の中心はまたしても東欧だ。ただしその境界は引き直されており、新しい東欧を形成するのは旧ソ連の西部と南縁部に位置する共和国だ。前回の冷戦が始まった時と同じく、今回の冷戦の始まりもロシア政府と中国政府を急接近させた。かつての中ソ友好同盟の再現のようだが、パートナー関係は逆転し今回は中国の方が強い立場にある。

ウクライナの重要な貿易相手である中央アジア以西にまで経済的・政治的影響力を拡大している中国は、現時点ではこの地域で直接ロシアとことを構える行動は控えている。だが停滞するロシア経済が制裁でさらに打撃を受けているのに対し、成長を続ける中国経済をみれば、最終的な勝者がどちらなのかは明らかだ。

ロシアのウクライナ侵攻は、91年のソ連崩壊から始まった物語の続きだ。ソ連の正式解体から30年が過ぎた今になって、かつてのユーゴスラビアのシナリオが演じられている。核兵器こそ使われていないが、原子力施設への攻撃は行われている。冷戦最後の瞬間の再演をもって、冷戦後の世界秩序には実質的に終止符が打たれた。新冷戦の世界秩序がどんなものになるかは、まだ誰にもわからない。

 

 


 

ウクライナ危機と世界A

 

大戦・内戦リスク排除できず 

 

 

中西寛・京都大学教授

なかにし・ひろし 62年生まれ。京都大法卒、同大大学院法学博士課程退学。専門は国際政治

 

 

ポイント

○ 冷戦再来と限らず正解なき危険な時代に

○ 強力な対ロ制裁で世界経済の分解は加速

○ プーチン政権瓦解なら秩序再構築は多難

 

2月24日、ロシアのプーチン大統領はウクライナへの大規模な軍事侵攻を開始した。これは主権国家に対する明白な侵略であり、国際秩序の基本原則の侵害である。国際社会、とりわけ欧米を中核とする自由主義諸国が強く結束してロシアの侵略を強く非難し、ウクライナへの支援を表明したことは当然の反応だった。

しかし自由主義諸国が示す団結とウクライナの英雄的な戦い、そしてロシアの孤立と苦境といった現在の状況から、権威主義諸国とリベラル国際秩序の戦いといった安易な図式を持ち出すのは早計にすぎよう。むしろ今回の侵攻は約30年前の1990年8月、フセイン大統領下のイラクがクウェートに侵攻した時に始まったポスト冷戦時代の弔鐘であり、正解なき危険な時代の開始を告げるものだ。

◇   ◇

イラクのクウェート侵攻時、ソ連を訪問中だったベーカー米国務長官はシェワルナゼ・ソ連外相と共にイラクの行動を非難する声明を発した。声明はその後の国連安保理での米ソ協力の基礎となり、前年の天安門事件による国際的孤立からの脱出を図っていた中国も支持する形で国際社会が結束してイラクを包囲し、クウェートから撤退させた。

今回は安保理常任理事国のロシアが行った侵略であり、安保理は機能しない。国連総会の緊急特別会合ではロシアの侵略を非難する決議が賛成141、反対5、棄権35で採択された。だが決議には法的拘束力がないうえ、反対と棄権の40は絶対的少数とまではいえず、中国だけでなく西側との関係が悪くないインド、ベトナム、イラクも入っている。賛成国でも例えばトルコやイスラエルは対ロ制裁に完全には参加しておらず、賛成国が反ロシアで完全に結束しているわけではない。

欧米はウクライナに対する直接的な軍事介入を当初から除外し、ロシアには経済制裁で対抗する方針だった。実際の軍事侵攻後には、国際銀行間通信協会(SWIFT)からのロシア大手銀行の排除、半導体など戦略的産品の禁輸、ロシア中央銀行の外貨準備の凍結、最恵国待遇の停止、中長期的なエネルギーのロシア依存の脱却など、侵攻前の想定を超える強力な制裁措置を次々と打ち出している。

一連の措置は既に進行しつつあった世界経済の分解を大きく加速する。中国の習近平(シー・ジンピン)政権の国家主義的産業政策やトランプ政権下の米国第一主義により世界経済の亀裂が深まり、日本も含め各国が経済安全保障や分配重視政策にかじを切り始めていた。コロナ禍でグローバル・サプライチェーン(供給網)は毀損されている。この状況下で導入された前例のない強力な経済制裁は戦争が長期化するにつれて恒久化していくだろう。

とりわけSWIFTだけでなく中銀の外貨準備に対する凍結措置がとられたことは、国際経済秩序の基本的な枠組みが自由主義諸国により政治的手段として用いられる先例を示した。中国など一部の国は、将来のリスクヘッジを念頭に代替手段の整備を急ぐだろう。

戦争の行方の予想は不可能で、「歴史は繰り返さないが韻を踏む」という格言を頼りに歴史的知見を想像力と組み合わせることしかできない。その場合、20世紀後半の冷戦のような対立が固定して安定する状況は一つの可能性にすぎず、安易に冷戦の比喩を持ち出すべきではない。むしろ現状では世界大戦や革命と内戦といった20世紀前半の事例との比較を検討すべきだ。

◇   ◇

ベテランの喜劇俳優だったウクライナのゼレンスキー大統領が、SNS(交流サイト)を通じて世界にメッセージを発していることほど、歴史の偶然の重みを感じさせる事態はない。同氏は戦火の中心で指揮をとりながら、各国の首都でオンライン演説をした史上初の政治指導者となった。

非人道的な被害状況は、直接介入を否定してきた欧米諸国の世論に共感と罪悪感を巻き起こし、強力な対ロ経済制裁に加え、ウクライナへの軍事的支援も強化された。ロシアは追いつめられつつあるが、西側も交戦回避とウクライナ支援の両立が困難になっている。

この状況は対米英開戦前の日本や対ソ侵攻前のドイツの状況に類似している。軍事的苦境に陥った国が戦線を拡大することは軍事的には愚かな選択だが、勝機を失った指導者が支援阻止や局面転換の期待から、戦争拡大という政治的賭けに出ることはありうる。

米政府はロシアの体制転換を望まないと表明しているが、バイデン米大統領はプーチン政権打倒を示唆する発言を繰り返している。ロシアが化学・生物兵器を使用して北大西洋条約機構(NATO)が直接的な軍事介入を決意したり、ウクライナへの軍事支援を理由にロシアがNATOを直接攻撃したりする可能性はある。既に戦争の弾みがついている状況下では核抑止すら絶対でなく、抑止が破られた場合の選択まで準備しておくことが必要となる。

戦争を拡大せずロシアを軍事的敗北に追いこむことが自由主義世界の希望だ。だが既にプーチン大統領の威信がかけられており、政変ないし革命でプーチン氏が排除されなければロシアが軍事的敗北を受け入れる可能性は低い。そうした事態が短期的に起きる見込みは低いが、仮に起きたとしても15の共和国という受け皿があった91年のソ連崩壊時とは異なり、プーチン氏に代わりロシアを統治しうる政治勢力は存在しない。

プーチン体制が瓦解すれば内戦状態を含む政治的混乱か、経済制裁を理由とする民族主義的な勢力が台頭する可能性が考えられる。世界最大の領土と4500発の核兵器、数十基の原子力発電所を抱えるロシアの混乱を世界は放置できず、プーチン後のロシアの秩序構築に自由主義諸国は追われることになるだろう。

早期の戦闘終結のためには、両国政府間で停戦を実現するほかない。だが両者の隔たりは大きく、国際的な仲介なしでは早期の停戦実現は難しい。外相会談を仲介したトルコや国連、インドなども候補になりうるが、圧倒的に有力な仲介候補は双方と関係が深い中国だろう。実際、中国は「国際社会とともに」仲介する可能性を示唆している。

西側は制裁をちらつかせて中国の対ロ制裁への同調を求めているが、既にコロナ禍や米欧の金融引き締めで世界経済が打撃を受けている時に、対ロ経済制裁が加わった状況では大規模な対中経済制裁は実行困難だろう。ロシアが対中依存を深めるのは必然であり、中国は台湾統一に向けた戦訓を引き出しつつ、西側が仲介を求めてくる時が来るのを待つのではないか。

冷戦終結期から自由主義世界は、ならず者国家、テロ、世界金融危機といった次々と現れる「明白かつ現在の危険」に対し短兵急に没入し、安定した国際秩序の構築に失敗してきた。今回の脅威は権威主義的大国の中ロだ。しかし問われているのは、正義への衝動と世界的破滅の恐怖の間で、自由主義世界が国際秩序構築に十分な洞察力と自制心を備えているかである。

 

 


 

ウクライナ危機と世界B

 

中国、有事・制裁の影響観察 

 

 

川島真・東京大学教授

かわしま・しん 68年生まれ。東京大博士(文学)。専門はアジア政治外交史、アジア政治論

 

ポイント

○ 秋の共産党大会など国内政治に影響懸念

○ ロシア寄りも同一視されるのは避けたい

○ 日本が中ロ双方と対立すれば二重の脅威

 

ロシアによるウクライナ侵攻は、冷戦終結後の国際秩序の形態や対立軸、優先順位や価値観、米中対立の構図を変えるのだろうか。

中国は冷戦終結後も社会主義体制を堅持しつつ、経済重視の対外協調政策を採り、グローバル化、自由貿易体制下で発展した。また2001年の米同時テロ以後の米国の「テロとの闘い」のもと、米国と協力体制を維持しながら軍事的な拡大も続け、00年代後半には対外的に強硬化した。習近平(シー・ジンピン)政権期には先進国が主導してきた世界秩序への挑戦を提唱した。

その中国が描く将来像は49年に「中華民族の偉大なる復興」を実現し、米国に追いつき、追い越すことだ。

これは台湾統一、また中国独自の国際秩序の創出も意味し、中国は米国に挑戦することを想定している。中国は、近代以来の西側先進国主導の世界秩序を是とせず、途上国の観点を踏まえた「公平な」国際秩序の方が普遍的であり、世界の多数派だと主張している。

中国にとりロシアは米国への挑戦を継続するうえで重要なパートナーだ。だが他面で世界第2位の軍事大国のロシアは、中国が乗り越えるべき存在でもある。

その一方で、中国の挑戦は「冷戦」を意味しない。米国や先進国との摩擦が少ないほど中国には都合が良いし、西側先進国との経済面の相互依存が極めて強いこともあり、米国など先進国との一定の協調関係を必要とする。先進国が結束して中国を敵視するような事態は防がねばならない。

ロシアによるウクライナ侵攻は中国にとっては衝撃だ。中国はその衝撃を見極め、影響を最小限に抑えたいと考えているだろう。

◇   ◇

短期的には、極めて重要な人事がある今秋の中国共産党大会を控え、ウクライナを巡る状況が国内政治に影響することを極力防がねばならない。党規約の特例として総書記3期目に入るのか、党主席制度を復活させるかは不明だが、この人事こそが22年の中国共産党の最重要事項だ。

だからこそ、ウクライナ問題で外交上の失態を演じたり、従来の外交政策を否定したりできない。そこには「平和5原則」以来の主権尊重、あるいは独立自主の外交方針に基づきロシアとは同盟でなく、最も重要なパートナーシップ関係だとすることも含まれる。

中長期的には、米中対立というシナリオを維持できるかが問題だ。特に米国が中ロをひとくくりにして専制主義陣営とみなし、欧米先進国からなる民主主義陣営と対峙するという構図を作り出せば、中国は将来像の修正が求められる。また世界第2位の経済大国の中国への経済制裁は考えにくいとはいえ、陣営対立が形成されれば西側諸国との相互依存が強い中国経済にとって痛手だし、軍事面でも同盟国を持たない中国にとってはコストがかさむ。

中国としては、国際場裏における最重要パートナーであるロシアに寄り添いながらも、ロシアと同一視されて、陣営対立が形成されないようにしたい。だから原則論としての主権重視を唱え和平を望むなど、ロシアとは異なる姿勢を示す。無論、交渉に深入りして失点することも忌避する。中国は世界的な対ロ批判が強まる中で、ロシア寄りではあっても、次第に「中立的」ともいえる立ち位置をとりつつある。

欧米先進国との緊張関係こそが中ロの結束要因であり、中国は北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大にも反対する。だが過度の緊張は中国にとりリスクだ。ロシアは中国を引き込もうとするだろうし、中国は先進国の結束を緩めようとする。中国はウクライナ東部紛争の和平の道筋を定めた「ミンスク合意」に支持を与えつつ、独仏首脳と会談して欧州連合(EU)に米国と同調しない自立性を求めるが、既に欧州は米国との協調を強化している。

中国は対ロ関係を悪化させることは避けたい。コロナ禍の下で、経済面などで中ロ関係は一層緊密になった。2月の北京冬季五輪の開会式ではロシアのプーチン大統領を厚遇し、ウクライナ侵攻後も中国政府は国際情勢がどうなろうとも中ロ間のパートナーシップは変わらないとしている。

ただ、中国はロシアを全面的に支持することもできない。平和5原則に照らしても、ロシアによる主権侵害は支持できない。だからこそ国家主権や領土の一体性の一般原則を支持し、ウクライナも例外ではないとして、国連総会での対ロ非難決議にも棄権こそすれ反対はしない。

他方、中国からみてロシアは乗り越える対象という面もある。ロシアのウクライナ侵攻は、長期的にはロシアの国力の衰退を早めた面もある。ユーラシアにおけるロシアの勢力圏が弱まれば、中国にとり好機となるということも中国の視野には入っているだろう。

世界の圧倒的多数を占める途上国や新興国の視線も中国にとっては重要だ。ロシア寄りながら主権侵害とも距離をとり、先進国に接近しないのも、中国が世界の多数派を見極めようとしているからだろう。

戦争の終結を視野に入れると、当事者たるプーチン、ゼレンスキー両大統領か、彼らと直接話せる首脳にしかこの戦争を終わらせるプロセスは進められない。経済制裁にしてもロシアの国境線が極めて長く、また先進国の国内総生産(GDP)はもはや世界の半分もないため限界があるし、先進国側の痛手も小さくない。

習主席が和平交渉に乗り出すとしたら、政治的には当事者もしくは第三国によりお膳立てが整えられて、習主席にとって容易に成果を上げられる演出の準備ができた時だろう。

◇   ◇

ロシアのウクライナ侵攻を観察して、台湾有事に関して中国は大いに学習するとともに、そのコストの高さを実感しているだろう。台湾解放を最重要課題の一つに掲げる中国は昨今、台湾周辺での軍事活動を活発化させており、特に台湾東部への侵攻能力を高めた。だが目下の政策は、台湾社会・企業などへの武力によらないグレーゾーン浸透を強めて、中国との統一を望む「愛国統一力量」を台湾内に形成することにある。

しかし14年のクリミア侵攻の時と異なり、今回のロシアの作戦は問題山積だ。中国は、現地協力者が十分でない場合の軍事行動の限界、西側諸国の制裁内容とその効果や限界について観察し、またこうした事態が被侵略国であるウクライナのEU・NATO加盟の可能性に及ぼした影響にも注目しよう。もし中国に台湾侵攻計画があるなら、そのコストの高さ、事前の浸透工作の限界や周到な準備の必要性を認識しただろう。

日本は先進国と共同歩調をとり、ウクライナに寄り添う姿勢を明確にして、日ロ平和条約交渉も打ち切りとなった。この政策選択は誤ってはいない。ただ、対米協調だけで足りるのか。アジア・アフリカ諸国の視線への配慮や、日本が中ロ双方を隣国としていることも忘れてはならない。陣営的な対立構造が生まれれば、日本は二重の脅威に対処することを求められる。

 

 

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