ポピュリズム強まる逆風 独裁者の失敗、侵攻で露呈

 

 

ジャナン・ガネシュ

 

 

2012年の米大統領選討論会でオバマ大統領(当時)が、共和党候補のロムニー氏が地政学上注視すべきはアルカイダではなくロシアだとしたことを「そんな古い見方をしていたら1980年代の亡霊が現れて、それは私たちの政策だと言われますよ」と皮肉った。そのオバマ氏の冗談は、冷戦終結から20年以上たっていた当時ですらあまりに古い冗談とみられた。

2016年以降、独裁的な政治家がもてはやされ台頭したポピュリズムが、ロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻で今、強い逆風にさらされつつある=ロイター

だが歴代英首相らも冷戦後、どうやって財をなしたか怪しげなロシア人がロンドン高級住宅街のベルグレービアやハイゲートの物件を購入するのを歓迎した。マクロン仏大統領はロシアのプーチン大統領と本音で話ができる西側のリーダーだと自負しているし、ドイツのメルケル前首相は脱原発では思い切った方針転換を決めたものの、16年もドイツを率いながら国際社会で指導力を発揮することはなかった。

ウクライナ危機がポピュリズムになぜ打撃か理解すべき

21世紀に入ってまださほど年月は過ぎていないが、中道リベラル派は現実的ではないし、理想主義で甘いと批判されてきた。しかし驚くのは、ウクライナ危機でポピュリズム(大衆迎合主義)がもっとひどい事態に陥りそうなことだ。

オバマ氏がロシアを甘くみていたことは米民主党にとってまずいが、トランプ氏が大統領だった4年間、サミットなどで補佐官や通訳なしでプーチン氏と何度も直接話していた事実は共和党にはるかに厳しい事態をつきつけている。

仏世論調査によれば4月の大統領選挙でマクロン氏の再選が有力視されるなか、極右や急進左派の候補らは今、プーチン氏に好意的だったことへの弁明に追われている。

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)は移民を激減させ、官僚らの評価をある程度高めた結果、ポピュリズムには打撃となった。だがロシアのウクライナ侵攻は、16年にポピュリズムが一気に勢力を増して以来、最悪の打撃といえる。西側のある種の左派は、1956年にハンガリー動乱をソ連が軍事介入して制圧して以来、自責の念とその恥辱から立ち直ることができなかった。西側のポピュリストも今、今後の彼らの動向を左右する重要な分水嶺に直面したと記録されることになるかもしれない。

この理由を理解することは重要だ。これまではプーチン氏を支持しても道徳的に問題視されたわけではなかった。それがポピュリズムの勢いをそいだとすれば、ここ10年ほど続いたシリア内戦からそうなっていたはずだ。

だがシリアでのロシアの行動が民主主義国のポピュリストの支持者らを落胆させることも、彼らの投票行動に影響を与えることもなかった。トランプ氏の大統領選勝利も英国の国民投票による欧州連合(EU)離脱決定も、2017年の仏大統領選で極右政党候補が決選投票に残ったのも全てロシアがシリアのアレッポやクリミアで武力行使をした後に起きたことだ。

倫理面でなく問われ始めた独裁者の能力

今回は何が違うのかといえば、独裁政治の倫理性が問われているというより、独裁者の指導者としての能力が問われ始めたということだ。ポピュリズムが多くの有権者をひきつけてきたのは非常に強い、効果的に統治できる人物が存在してきたからだ。

リベラル派の指導者が複雑な官僚機構や立法プロセスにまごつく一方で、ワンマンのリーダーはそれを突き破っていく(トランプ氏は「私だけが解決できる」と言っていた)。前者が希望的観測に傾きがちな一方、ポピュリズムを利用して力を増していく政治家は権力を手に入れるための戦略が重要で、正しくなくても強い主張を展開すれば大衆はなびくと知っている。

これはムッソリーニは「(あのイタリアで)通勤列車を時間通りに走らせた」という話と同じくらい古くからある議論で、独裁者は「国をうまく回す」という点では確かに多くの歴史的実績を残してきた。他にもナポレオンやトルコ建国の父アタチュルク、中国共産党もルールを厳格視する民主主義ではできない、あるいは達成にもっと時間がかかったような国の運営をやってのけた。

ただそうした中、経済や外交で悲惨な事態を招いた独裁者の失敗は見落とされがちだ。今回のウクライナ戦争は、まさにそうした点を浮き彫りにした。

ウクライナ侵攻がプーチン氏の計画通りに進んでいたら、西側のポピュリストらは非自由主義世界の狡猾(こうかつ)さと力ずくのやり方を学ぶべきだと叫んでいただろう。戦況が変わればまだそう言うかもしれない。ロシアの天然ガスに依存する欧州がエネルギー価格高騰で景気後退に陥ったり侵攻が加速したりすれば、そうした声は出てくるかもしれない。「強権政治は機能する」との主張は失敗していれば説得力を失うが、成功すると説得力を増すので危険だ。

「スターリンの恐怖政治」の出版が残した教訓

今回は、その強権政治の強みの裏返しでもある欠点がこの数週間で浮き彫りになった。説明責任のなさから生じる傲慢さ、助言すべき人間の忠告が無視されるか恐怖から彼らが沈黙せざるを得ないこと、他国から得たいものがあれば頼むか時間をかけて良好な関係を築き同意のうえ入手すべきだが力ずくで奪おうとするといった傾向だ。こうした失敗は何度も繰り返されてきたが、ウクライナ危機で改めて証明された。

英国の歴史家でソ連に詳しいロバート・コンクエスト氏が1968年に「スターリンの恐怖政治」を出版した際、その内容が一部疑問視された。それだけにソ連崩壊後に大幅に加筆して改訂版を出す時には著述家の仲間からタイトルは「I Told You So, You Fucking Fools(最初の出版の時からスターリンがいかに問題かを伝えただろう。信じなかったおまえたちは愚か者だ)」にすればいいと提案されたほどだった。これは古い話だが、いつの時代にも忘れてはならない教訓だ。

だがリベラル派は今、ポピュリストらにそんなことを言う立場にはない。米政府から独政府まで彼らはポピュリズムに対してかくもその台頭を許してきたからだ。

ただリベラル派は、自分たちはプーチン氏にあまりに甘すぎたと反省し、前進することはできる。これに対し西側のポピュリストらは、専制政治は残忍な面があっても効率的という点を高く評価している。だがその考え方が愚かしく見えてくれば、それは彼らも一般の人から愚かに見え始めるということだ。

 

 

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